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第13話 Pマートへようこそ

『……はる、か……?』


霧原はそうつぶやいて朱莉の顔に、再び指が三叉に分かれてしまった異形の右手を伸ばす。


『……?何だよ急に』


朱莉が霧原から目をそらす。


『おいキリハラ、何寝ぼけてんだよ起きろ‼︎』


霧原はパラサイトくんに、ぱしっと傷ついたほうの頬を叩かれる。後からじわりとした痛みがやってくる。あれほど激しかった頭痛は嘘のように消えていた。


『ああ、すまない……もう大丈夫だ』


霧原は床に両手をつき、背後の冷蔵庫の縁へりを手がかりにして立ち上がる。


「霧原さん、本当に大丈夫なんですか? なんなら一度病院に行って診てもらったほうが……」


そう話す羊子の手には携帯電話が握られている。


『……いや。その必要はないよ、ありがとう柴崎くん』


霧原は朱莉に向き直って言葉を続ける。


『ああそれから……君、黒河くん。ご両親を殺害したのはやはり君なんだろう?』

『……はい、そうです。私が……やりました』


朱莉はうつむいたまま言う。


『あと白いマントの男がどうとか言っていたけれど、あれも嘘かね?』

『そ、それは……違います本当です。私見たんですから』


朱莉は霧原と羊子たちに信じてもらおうと言葉を吐き出す。


『……ほう?どこでかね』

『あの夜、宵ヶ沼中学校の旧校舎の3年4組で……』

『……証拠は?』


霧原がそう尋ねると、朱莉は着ているセーラー服の左袖を肘のあたりまでめくりあげる。そこには小さな注射の後にできるような痕があった。


『これ、私が目が覚めた時に気づいたんです。きっとアイツが何か……』


朱莉の言葉はそこで遮られた。霧原が朱莉と同じように白衣の右袖を肘までまくりあげて見せたからだ。霧原の右肘にも同じような注射痕こんがある。


『……アンタそれ、なんで』

『私も……君と同じなんだよ。その男に《パラサイトにされた》』


そこで話の内容が把握できてない羊子が割りこんでくる。


「あの……。話についていけないんですが……私にもわかるように説明してくれませんか?」

『ようするにキリハラとアカリをパラサイトにしたヤツは一緒ってこと。そういや冷蔵庫の中の肉のほうはどーするの?』


パラサイトくんがスーツの裾ポケットから、素早く解説と指摘を挟む。


「え、それは……。もちろん殺人だし、このまま警察に電話したほうが」

『柴崎くん、その必要はない。その肉は今からとある場所に持って行って処理する』

「で、でも……」


羊子は納得できずに食い下がる。


『いいや、《警察は必要ない》……いいね?』


霧原が眉をつり上げて羊子を睨む。


「…………はい、わかりました。連絡はしません」


羊子は握りしめていた携帯電話をスーツのパラサイトくんが入っている反対側のポケットに戻す。霧原はその様子を確認すると、朱莉にこう言った。


『黒河くん、クーラーボックスと氷はこの家にあるかね? あれば今すぐにここに持ってきてほしいんだが』



(……なんで私、こんなことしてるんだろう)


羊子は膝を曲げてしゃがみこみ、朱莉が持ってきた緑色のプラスチック製大型クーラーボックスに霧原から手渡されるラップで包まれた肉の塊をせっせと詰めながらそう思う。


(なんで……殺人の証拠隠滅なんか手伝ってるんだろう)


「あのーあといくつくらいありそうです?」

『ちょうどこれが最後だ。入りそうかね』


そう言って霧原が手渡してきた塊を羊子が受け取り、ボックスの1番上に詰める。


「……これで全部ですね。随分重そうですけど……どうやってこれ運ぶんですか?」


羊子はラップで包まれた肉がぎっしりと詰まったクーラーボックスを見てから霧原を見上げる。


『あ、それならアタシかオッサンがやるよ。人間のアンタじゃ無理だろ?』


そう言って、朱莉が羊子が蓋を閉めてロックをかけたクーラーボックスを細い腕でひょいと持ち上げる。


『で、これはどこまで運べばいいんだオッサン』

『……Pマートだ。パラサイト専門の食品や品物を取り扱ってる。私が案内するからついてきたまえ』



赤い月が浮かぶ夜空の下を、人目を避けるようにして羊子とクーラーボックスを持った朱莉が霧原の案内にしたがって住宅街を進んでいく。


「霧原さ〜ん……まだ歩くんですか?」

『到着まであと少しだ、頑張りたまえ』


え〜そんな、という泣き言をつぶやきながら歩く羊子の脇を霧原と朱莉がずんずん追い越してゆく。


「……なんか2人ともいつもより元気そうね」

『まあ……おいらもそうなんだけど、パラサイトだからね。本当の姿では滅多に外に出ないからきっと嬉しいんじゃないかな……たぶん』


羊子のスーツの裾ポケットから今のつぶやきを聞いていたのか、パラサイトくんが顔を出す。


「うーん……そういうものなのかしら」

『おーい!亀みたいにのろのろ歩いてると置いてくぞ‼︎』


首をかしげる羊子の耳に、はるか遠くのほうから朱莉が呼ぶ声がする。羊子は慌ててそちらに向かって走る。


「す、すみません!すぐ行きます」



「な、何ですか……これ。ここがもしかしてPマートですか?」

『……無論そうだが?』

『いや、これは……さすがにちょっと……。本当に場所合ってます?』


Pマートと聞いて、ごく普通のコンビニエンスストアを想像していた羊子は期待を裏切られ、開いた口がふさがらない。


今一行の目の前に建っているのは、コンビニとは似ても似つかない場所–––なかば廃墟と化した映画館だったのだから。


『……場所はここで間違いない。見た目はひどいがな、中は改装されているから安心したまえ。さ、行くぞ』

「えっ……嫌ですよ、こんなところに入るの」


外見の錆びついた壁や塗装を見て怖気づく羊子。それを見て霧原がため息をつく。


『……じゃあ、柴崎くんはここで見張りをしていてほしい。もし何かあったり、警察やパラサイト狩りの連中が来たらすぐに私の携帯に電話してくれ。いいね?』

「あの……パラサイト狩りってなんですか霧原さん」


羊子は映画館の入り口に向かう霧原を呼び止める。


『……私や黒河くんみたいなパラサイトを狩ることを専門にしている奴らだ……見つけ次第すぐに殺しに来るからタチが悪い』


霧原の顔が嫌悪に歪む。


「その人たち、何か特徴とかありますか?」

『……だいたい刀や銃、武器の類いを携帯していて、左右の腕どちらかに腕章をしている。こんな感じに』


霧原はそう言って自分の左上腕部に付けたパラサイト課の緑色の腕章を革手袋をはめた左手の指で示す。


『先に入るぞ!オッサンも早く来いよー ‼︎』


クーラーボックスを持った朱莉が、入り口のドアのそばから霧原をに向かって呼びかけてくる。


「わかりました。黒河さんが呼んでいるみたいなので、行ってきてください。あの……引き止めてすみません」

『……ああ。すぐに戻るから、それまで頼むよ』


霧原が羊子に向かってうなずき立ち去ろうとすると、彼女のスーツの裾ポケットにいたパラサイトくんが霧原の着ている白衣の肩に飛び移った。


「え、君も行くの?」


羊子はパラサイトくんの突然の行動に思わず彼を見つめる。


『おいらは……キリハラと約束してたから。ごめんねヨーコ、ちょっとだけ待ってて』



外観は廃墟同然の映画館こと「Pマート」の中に朱莉と霧原が一歩入ると、天井や床はきれいにリフォームされ、今でも営業を続けていてもおかしくないような場所である。


『うわ、中はほんとに綺麗にしてあるのなー。いや、なんか疑ってて悪かった』


朱莉が歩きながら周囲の様子を見て感想を小さめの声で口にする。


『あれぇ?もしかして……お客さんですか』


不意に低い声がした。朱莉と霧原が声のしたほうを見ると、黄緑色のクマの耳がついたフード付きパーカーを着た少年がスマートフォンを片手にこちらに歩いてくる。


『……そうだ。失礼だが君、雨野店長はいらっしゃるかな?』

『綾子さんに用ですか?たぶん劇場シアターのほうにいると思うんで、案内しますけど』


クマ耳パーカーを着た少年は無愛想にそう答え、朱莉の手にしたクーラーボックスに気づいて指さす。


『あの……それは?』

『人肉だ。まだ腐敗はしていないだろうから、こうして持ってきたんだが……どこか置く場所はあるかね』

『あー……なるほど。だったら僕が奥まで運んどきますんで、お客さん方は奥へどうぞ』


少年は納得した様子で朱莉の手からクーラーボックスを受け取ると、映画館の売店のカウンターの奥のドアにさっさと去って行ってしまった。


『……あの、私が店長のところまで案内しますよ。すみません……圭けいはいつもあんな感じなんです』


すぐそばから細い声がする。霧原たちが視線をそちらに向けると、待合用のイスに暗い青色のワンピースを着た肌が異様に白い少女が座りこちらを見ていた。その両目にはワンピースと同じ色の細長い布が巻かれている。


『圭って、さっきのやつ?』


朱莉が質問する。


『はい。彼はこのPマートの店員です、態度は少々無愛想ですが……。あ……申し遅れました。私、青江透子あおえとうこと申します、同じくここの店員です』


少女は自己紹介をしながら深々と霧原と朱莉に頭を下げる。つられて2人も簡単に自己紹介を済ませた。


『では、ご案内します。たぶん……まだ映画観賞中だと思うんですけど。今夜は仕事が終わったら思う存分好きな映画観るんだって、朝からはりきってましたから』



『…………なあ、まさかとは思うけどあれが店長だったりする?』


そう言う朱莉の視線の先にいたのは、暗くなった劇場のスクリーンに映し出される外国のミュージカル映画(たしか床屋とパイ屋の話だ)に見入りながら、手にしたハンカチで盛大に涙を拭っている30代くらいの女性だった。


『……そう。彼女がここPマートの店長–––雨野綾子あまのあやこさん』


霧原はそう言うと、座席で号泣している店長に向かって少し大きめの声で叫ぶ。


『店長〜!ご無沙汰してます、霧原です〜‼︎ 新鮮な人肉、持ってきましたんで見てもらえませんか』

『……え⁈ ちょっとお、今いいところなんだから邪魔しないでよね‼︎ 話なら後から聞くから』


雨野店長は霧原の声に一瞬だけ後ろを向いたたが、またスクリーンに向き直ってしまう。


『……ダメみたいだな』と朱莉。『店長〜お客さんですよ!』と再度呼びかけてみる透子。もちろん反応なし。


『ああ……すみません。うちの店長、映画見始めると気が済むまで止まらないんですよ』


透子が申し訳なさそうに謝る。


『いや、別に構わない。彼女のその癖は知っているからね……初めてここに来た時も、それで6時間くらい待たされた』

『え、そうなの?』


朱莉が霧原の話を聞いてひくっと表情を引きつらせる。


『仕方ない、外で待っている柴崎くんに連絡しておくか』


霧原は座席の店長を横目に、携帯電話を白衣の裾ポケットから取り出して羊子の番号を打ち込んだ。



羊子の携帯電話が着信メロディを鳴らす。発信元は霧原だった。


「……はい。え、じゃあまだかかるってことですか?」

『……本当にすまない。すぐに出られるはずだったんだが店長がちょっと今、手がはなせない状態でね』


霧原が残念そうに言う。


「そうですか……了解です。あ、えっと言われてた警察とパラサイト狩りらしき人は今のところ通っていないので大丈夫だと思いますけど……あまり遅くならないほうがいいと思いますよ」


羊子は自分の周囲を見回しながら、声をひそめる。


『……了解。もし、どちらかに職務質問をされたら絶対に知らないフリをしてほしい。では、また何かあれば連絡する』

「はい、お願いしますね」


通話が切れた。羊子はスーツのポケットに携帯電話をしまう。見上げた空にはまだ赤い月が浮かんでいる。今夜支部に戻れるのはまだまだ先になりそうだ。


(……今日は徹夜か。これなら上着持ってくればよかったかな)



それから3時間後。霧原が手にした携帯電話の画面に表示された時刻は午後12時になり、明日を迎えた。なぜかといえば、廃墟の映画館の中で運営されているPマートの奥にある劇場で足止めをくらっているからである。原因はここの店長……雨野綾子が1人映画鑑賞会を止めないことだった。


『……なあオッサン。今、映画何本めだっけ』


朱莉は霧原の左隣の座席に座り、小声でたずねる。


『……これでおそらく5、6本めじゃないかね』

『うえ……よくそんなに続けて見られるな。私だったら1本見るのに2日くらいかかるけど』


そう言って朱莉は大きく欠伸をする。すでに両瞼が下がってきていて、今にも眠りにおちそうな感じだ。制服のスカート下から伸びた鈍色の尻尾の先も主あるじの動きに合わせてゆったりと揺れている。


『……眠いのなら少し寝るといい。まだ終わらないだろうから』

『ああ、そうするわ……おやすみ』


霧原にそれだけ言うと、朱莉は座席から少し下にずれて手を乗せる部分を枕がわりにして寝始めた。おそらくそれまで眠いのを我慢していたのだろう。顔には安堵の表情が広がっている。


(……しかし、店長の映画好きには困ったものだな)


霧原ははあ、と長めにため息をつく。映画は今、両手がハサミの人造人間が主人公のラブストーリーに切り替わっていた。先ほどから気になってはいたが、店長はこの監督の作品がお気に入りらしい。霧原も彼女の勧めでいくつか、研究室の本棚にDVDを置いている。


(今夜はもう少し付き合うか)


霧原は手にした携帯電話をパタンと音をたてて閉じ、スクリーンに集中した。

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