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第13話

 東雲朝比は驚愕の色を隠せなかった。


「どうして後ろから……ぅわっ!」


 ドン、ドン! ドカン‼ と次々に爆発音と機体に受ける衝撃がコックピット内を揺らす。いや、全方位モニターがブレて本当に揺れているように感じるだけだ。


 朝比は焦り始め、逃げようと別の方向へ移動しようとする。


「嘘っ⁉」


 なんと移動した方向からも攻撃を受けたのだ。


 朝比はどうすることも出来なくなり、頭部の牽制用のバルカンをむやみやたらに海面に向けて放っている。しかし、それが海中に潜っているグレイブ改に直撃することは無かった。


 焦りと混乱が操縦ミスを誘発させる。


『朝比、落ち着いて。相手、健。強い、当たり前』

「リ、リン⁉ どうして」


 そう。リンからの通信が入ったのだ。

 朝比は急なことに目を見開く。


『誘導されてる。そこ、離れて』

「どうやっ……ぐへっ!」


 攻撃が止まない限り動くことはできない。いや、動けない。そう言った考えが頭に染みついている朝比にとってその場から離れるという選択肢は無かった。


 そんな考えを植え付けさせたのは他でもない普通科の機構人の操縦授業だ。


☆☆☆☆☆☆


 正直な感想は、拍子抜けだった。


 こんなものか、と思う程に動きが悪かった。


「機構人は人の分身。人の動きを完璧に再現できるものだ」


 と教師が言っていた。しかし、そんなことは無かった。むしろ逆だった。ちっとも望むような動きをしてくれなかった。こっちがミリ単位の操縦をこなしているのに機構人の駆動系がそれに追いついてこない。そのせいで何度も同級生に負け続け、多大なラグを起こして故障させた。結局、動きの鈍い授業用のシミュレーターでは機械に合わせて鈍さを装うことしか出来なかった。


「白式ならできるかな?」


 朝比は問い掛ける。


『うん。それ、朝比の物。朝比だけの物。信じて』


 朝比はリンらしからぬ言葉に苦笑しながら操縦桿を握り直す。


 そして深呼吸をしてから「行こう、白式」と優しく囁ささやいた。


 次に朝比が行ったのは急上昇だ。


☆☆☆☆☆☆


 一瞬にして白式が雲の向こう側へ飛びたった。そのため海面からいくつものミサイルと弾丸が後を追うようにして迫ってくる。しかし、弾丸は時にシールドで弾かれ、避けられ、白式の本体には一切の損害を与えることができなかった。


 次にミサイルだ。これは朝比も気付いていなかった。まさかこれが先程まで白式を痛めつけていたなんて。加えて最初から装備されていなかったはずの武装だ。これが奈子の言っていたダウンロードとインストールなのだろう。だが、それも今はただの火薬の詰まった鉄の塊だ。


 朝比には手に取るようにミサイルの軌道が読める。急降下してミサイルの間を縫うようにして避けていく。追尾式のものが撃たれても朝比は臆することなく突っ込んで行く。追尾式に対しては、充分に引きつけたあと、機体を急速旋回させて避ける。追尾式はその動きについてこられず、海面へと突っ込んでいく。


 天空に舞い上がった白い天使が降りてきた。


「ここだ!」


 朝比は弾丸が打ち出された方向へシールドに装備された二門のキャノンバルカンのトリガーを躊躇いなく引く。


 キャノンバルカンは頭部の牽制用バルカンとは違い列記とした対MC用の武装だ。それも量産機とは比べものにならないほどの強力な武器だ。


 そのため海中にいたグレイブ改は慌ててその場を離れる。そうしなければ海の藻屑となっていた。


「外した!」


 ピーピーピー、と白式のコックピット内に警報が鳴り響く。敵の反応がすぐ後ろから出たのだ。


 白式は振り向きざまに腰部背面のビームサーベルを引き抜く。


 バシャッ! と海面から大きな水柱と共にグレイブ改が姿を現した。その手には二本の実体剣が握られていた。


 グレイブ改は何の躊躇いもなくそれ等を振り降ろす。しかし、白式の反応速度がそれを上回った。グレイブ改が二本の実体剣を振り切る前に両腕の肘から先が宙を舞った。


 白式はそのままの流れでグレイブ改の頭部と両脚の膝から先を斬り飛ばし、胴だけを残したその機体は海中に沈んでいった。


『そこまでだ! 勝者東雲、褒美として砂浜五十周‼』

「うそーん‼」


 朝比の悲鳴に近い声はコックピットハッチを越えて格納庫に響き渡った。敗者よりも勝者の方が走る周回が多い。そんな理不尽な罰ゲームが朝比を襲うことになった。


☆☆☆☆☆☆


 先にハッチが開いたのは健の方だった。


 悔しそうな表情と負けたことに納得した表情を浮かべてしまっているからか、健の表情はよく分からないことになっている。まさか月で経験を積み上げてきた自分が負けるとは微塵も思っていなかったからだ。


「奈子さーん! もう少し反応速度上げてもらっていいですか?」

「うん、私も見てて思ったよ! ごめんね‼」


 それなりに距離があるせいで大声になってしまう。


 健は機体から降りて早速体操着ならぬ訓練着に着替えに行った。


 同時に白式のコックピットハッチが開いた。


「おら! 東雲もとっとと走ってこい‼」


 朝比は野太く殺気だった瑪瑙の声に怯えながら返事をして着替えに行った。


「アオノ、お前どうして東雲に教えた」

「まだ使い方、分かって……なかった、から。でも……ごめん、なさい」


 分かっているようだ。


 瑪瑙が言いたかったのは、これは訓練でも実戦と同じようにする。つまり、実戦でお互いにアドバイスを出し合うなんてことは基本的に無い。自分で考えて動く。これを訓練するためのシミュレーターだ。


「分かってんならいい」

「私も、走る」


 そう言ってリンは駆け足で着替えに行ってしまった。


「今回の新人は命令を聞くか聞かないかどっちかにしろって感じだ!」

「落ち着いて落ち着いて。瑪瑙たんは短気だねぇ」

「お前は呑気過ぎるんだよ!」

「でへへへ」

「褒めてねーよ!」


 麻衣ときよこは良くも悪くも口喧嘩をする二人を遠目で見る。


「仲良いんですね」

「まあ、あの二人と理事長の藤堂先輩って幼馴染なんだよ」

「そうなんですか⁉」

「絵に描いたような反応ね」


 きよこがそう言うと今度は自分のUSBメモリーを奈子に渡す。


「あ、ごめんごめん。それじゃあシミュレーターやってみようか」

「はい」


 格納庫の機構人を収納するスペースにもう一機の機構人が現れる。この機体も朝比の白式同様に瑪瑙の緑士よりもスペックとパワーが共に上回っている。


 機体の名は『切斬きりぎり』。

 その名の通り中近戦に特化した機体だ。


『それじゃあ敵は何匹くらいが良い?』

「取り敢えず五匹で。タイプはそちらでお願いします」

『了解!』


 楽しんでるな。声だけでもはっきりするくらい奈子の感情が伝わってくる。裏表のないとは正にこのことだろう。


 そして、全天周囲モニターが格納庫から海と空に変わる。


 小型モニターに『START』と表示された。


 開始十分。シミュレーター終了。

 これが第五機動部浅利隊のエースの力だ。


 なお、自分の隊のエースを知らないのは朝比と健だけだ。瑪瑙は噂しか聞いたことがなかったため実際に見るのはこれが初めてだ。


 このエースの通り名は『小さな切り裂き魔リトルリッパー』。これが容姿と心が小学生染みた子どものものだとは誰も思わないだろう。


 肉塊と化したMCに突き刺さった何本もの刀剣が通り名をより際立させている。


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