勝ったのに罰ゲームを強いられた日の翌日。
朝比とリンの二人は整備長である奈子に早朝訓練を免除されてラボに呼ばれていた。
「昨日はごめん。僕のせいでリンまで」
「いい」
どれだけ謝ってもこれだけなので本当に許しているのか、怒っているのか分からない。何よりも表情はあくまでも無なので本当に分からない。けれども、罰ゲームの際は朝比のペースに合わせて一緒に走ってくれていた。
それに比べて健は「はっはっはー! これだけは絶対ェ負けねえぞォ‼」と言って朝比より三十周少ないのにも関わらず散々威張り散らしていた。挙句の果てには序盤から張り切り過ぎたことで、終盤ではほとんど白目を向いた状態でおぼつかない足取りで走っていた。いや、あれを『走る』と言っていいのか躊躇うくらい見るも無残だった。
それを見ていたリンは無表情のまま朝比の隣を走っていた。あれで笑わないのにどうして格納庫の扉に額をぶつけた時は笑ったのだろうか。不思議に思って問いただそうにも応えてくれるかも分からない。いやはや、本当に不思議なコだ。
「朝比、前見る」
「え?」
ゴツン、と鈍い音を鳴らして朝比は尻餅をついて座り込んでしまった。
電柱に頭を打ったらしい。
「いってぇ」
朝比が頭を抑えながら言う。確かに痛そうだ。しかし、それを見ているリンは心配するより先に頬を膨らませて笑うのを我慢している。
昨日といい今日といいリンの笑いのつぼがいまいち理解できない。
朝比は笑うなよ、と言いたげな表情を浮かべる。
「あっ東雲先輩にアオノ先輩だ」
二人は聞き慣れた声に顔を上げる。
前方から第五機動部浅利隊整備士の南雲麻衣が歩み寄っていたのだ。
「麻衣ちゃん、どうしてここに?」
「私も奈子先輩に呼ばれたんですよ。って瑪瑙隊長言ってませんでしたか?」
言ってなかった、気がする。昨日の砂浜五十周という罰ゲームを走り終えた直後に言われたせいで記憶が曖昧だ。意識だって朦朧としていた。
「言ってた」
隣のリンが言った。
「え、何で言ってくれなかったの?」
「朝比、訊かなかった」
そう言われると弱い。
朝比は頭を抑えながら立ち上がる。
「そう言えば麻衣ちゃんて中学生だよね?」
会った当初から気になっていた疑問を投げかける。
「はい。中等部の整備科です。元々こっちに住んでたんですけど、偶然母に呼ばれて実家に戻ってたんです。その帰りにMCに襲撃されちゃって」
「なるほど。でも、なんで健くんと仲良かったの?」
「実は私と健先輩って苗字が同じなんですよ。それで部屋を間違えちゃって」
「言われてみればそうだね」
南雲健と南雲麻衣。確かに苗字が一緒だ。
☆☆☆☆☆☆
三人は話しているうちに第五機動部浅利隊の格納庫に着いてしまった。扉は開けっ放しにされていることから作業は特にしていないらしい。もしもしていたら近所迷惑だと学校からも市街地からも苦情がくる。現に他の隊でそんなことがあったらしい。
中に入ってみればいつも通りの鉄とオイルの匂いで他には特に変わった様子は無い。
「おはよう、諸君! 今日も良い天気だねぇ‼」
最後に入った朝比は扉を閉めてよかったと思った。
それ程までに奈子の声はうるさかった。
「さて、今日はねェ二人にパイロットスーツを渡そうと思ってね」
パイロットスーツの存在が朝比の好奇心と興味をそそらせる。
奈子は二人の反応が待ち遠しいのかソワソワしながら二人を見つめる。
「もうメモリーに入れてあるから着てみて」
「え? 着てみてってどうやって着るんですか?」
「念じれば出てくるから。ほら、機構人を出す時と同じ用量だよ」
言われるがまま朝比とリンは奈子からメモリーを受け取り念じる。新人や初心者は皆こうして初めてパイロットスーツを着ると言われている。もちろん、それが本当かどうかは分からない。
先にパイロットスーツを着たのは朝比ではなくリンの方だった。能力値が高ければ高いほど最初の着用の際はパイロットスーツが輝くらしい。それを後で知らされた朝比は今から起こることを全く予期していなかった。
なんとリンの身体がまるで機構人を呼び出した時の発光現象のように、眩い光に包まれたのだ。その光量は凄まじく、格納庫内を照らした。余りの輝きにその場にいた全員が目を閉じてしまう程だった。
心配になった朝比は目を閉じながらリンに生死を呼び掛ける。
「リン! 大丈夫?」
「大丈夫。けど、眩しい」
リンはありきたりな言葉を返すだけで他は何も言わなかった。
光が止んでもまだ少し目が曇っていてはっきり見えない。
驚きを隠せない朝比と新たな発見に心躍らせる奈子、呆気に取られて口が開きっぱなしの麻衣。
「凄い。まさかここまでの逸材だったとは……」
「ええ。私もここまでの輝きは初めて見ました」
奈子たちの話しを聞く限り相当才能があることが分かる。
対する朝比はと言うととてもげんなりしていた。
「あの、僕も着たんですけど」
白をメインにカラーリングされたパイロットスーツ。素材は伸縮性なのか身体に完璧にフィットしているため、違和感がまるでない。ファスナーやスーツ内の空気を抜くための弁があることから、着脱が可能なようだ。
「全然光りませんでしたね……」
「朝比、駄目ダメ」
言っちゃった、みたいな空気が漂う。それを受けて朝比は地面に膝を付きながら呻く。
「朝比、駄目ダメ。でも、白式、ある。だから、大丈夫」
「そうだね。まだ発作状態で試してないし」
朝比は開き直ってから発した自分の言葉に驚くことしか出来なかった。今まで自分を苦しめてきた呪いのようなものに頼ろうとしているのだ。
東雲朝比の呪い。
極度の緊張とストレスで精神的に追い詰められた時によく起こる。その効果は一分間が数時間に感じてしまう。自分以外の全ての時が止まって見える。見方を変えれば便利に見えるかもしれないが実際はそうではない。この発作が起きている間は、全くと言っていいほど呼吸をしていない。それを戦闘で使うとなれば自殺行為に等しい。
一つの戦闘で早く終わっても数十分。しかし、長いときは日付が変わる。そんな中で使う訳にはいかない。
「発作と言えばシズちゃんから聞いてるけど、凄いらしいね。良くも悪くも」
「はい。まあ」
「データ取りたいけど……無理だよね?」
奈子はどことなく悲しそうな目をしているが、その辺りは心配しているというより、データが取れないことにショックを受けているのだろう。
確かに、やれと言われて出来ない訳でも無い。しかし、昨日の理不尽な罰ゲームを走り終わってからまたシミュレーターを行った際に発作の瞬間を垣間見た。その感覚をまだ覚えている限り試したいことがある。それは任意に使えるかどうかだ。
「リン、相手になってくれるか?」
「無理」
即答だった。
「まだ、ちゃんと……使えない」
朝比はリンが残念そうに言うからか罪悪感を覚えてしまう。
最終的にコンピューターを相手にする羽目になったが、発作を任意に起こすことは出来なかった。