「そんなに我の呪いが信じられないか?」
「証明もできな――ヴッ!」
八十禍津日神が沖田に問いかけてすぐ、乾いた発砲音がした。
思わず顔を上げると、八十禍津日神は沖田へ銃口を差し向けていた。沖田は倒れ、頭から血を流し、畳に鮮血が染み渡る。
「起きろ。貴様は呪われているんだぞ?」
「沖田!? おい、沖田!」
足首を掴む晴太の手を振り解きたかったが、彼の力は強い。沖田をフィアンセだと言っておきながら、助ける素振りすら見せないのか?
転ぶ覚悟で勢いよく飛び出し、持っていたハンカチで倒れる沖田の頭を押さえる。
「無駄だ」と重圧のある声が鼻で笑う。銃口から香る焦げた匂いに心臓を掴まれた気分だ。
沖田は眉頭をぴくりと動かした。信じられないが、脳天をぶち抜かれ、出血も甚だしいのにも関わらず、寝起きのような顔で起き上がる。
「何? 撃たれた? でも……死んで、ない? 気のせいか?」
戸惑う沖田が俺を見る。首の脈を触って確かめるが、確かに生きている。死んでない。本人はキョトンとしている。
致命傷を受けても死なない沖田。安心はしたが、これで良いのか?
「邪神がアタシにかけた呪いって……」
「今回だけ、特別痛みは消してやったぞ」
八十禍津日神はまた笑う。目の下に黒いクマ、気だるげな目、青白い肌に薄い唇が不気味な顔。沖田が「金持って無さそう」という理由で嫌う男性の特徴そのままだ。
彼は突然漫画のようにブフッっと吹き出して、沖田の驚いた顔みて高笑いし、外の雷が激しくなった。
ひとしきり笑い終えれば、手に持っていた銃が一瞬で消えた。そしてその手を傷口に翳すと、小さな銃弾がぬるりと血を纏って出てきた。
「生きてる人間は死を恐れる。死から遠ざける事が救いだと信じる馬鹿がいる。その馬鹿は神をも敵に回し、自らが真の神だと血を通じ、いつの時代も正義を貫く――神へ喧嘩を売る馬鹿達の尻拭いをするのが貴様だ、洋!」
馬鹿というのは沖田の先祖の事。つまり沖田家の事だろう。
「我が貴様にかけた呪いは3つ。1つ目、不死。お前は決して死なない。2つ目、感情の欠落。貴様は救いに必要な同情や他者に対する悲しみや慈悲が無い」
「感情の欠落……地震もそのせい?」
「どうだか」
お前なんかに教えてやらないと言いたげな顔。憎たらしくて仕方がない。
「そして3つ目、苗字の復活だ。貴様の先祖らは我からもらったアリガタァイ名を消そうと必死だったが、今から"幸災楽禍"と名乗れ。49番目の証だ」
嫌味たっぷり、嫁をなじる姑のようだ。沖田は神相手に平手撃ちを喰らわせようと手を振りかぶった。俺と沖田意外は神を見ないように下を向いたまま黙っている。
手を止めようとするが、八十禍津日神の方が早い。
「とんだじゃじゃ馬が」
「アタシは沖田洋! 新撰組とおんなじ沖田で、コイツ、土方と一緒にいる沖田なの! そんなダッサイ苗字なんか誰が名乗るか!」
「勘違いするな。貴様の事情などどうでもいい。貴様はあくまで尻拭いさせるためだけの存在。永久に死ねない苦しみを味わえばいい。そして先祖の望み通り救い続ければいいじゃないか」
その苗字は「他人の不幸は蜜の味」という意味を持つ。沖田がこの熟語を知っていたかわからないが、漢字の並びからして良い名前ではないと解るだろう。
しかし、他人の不幸を味わっているのは神の方だ。本をつまんで沖田にひらひらと見せ、呪ってやったと沖田を馬鹿にする。
俺はそれがたまらなくなって、本を払い投げてやった。
「なるほどね。土方と沖田。いつの世も救うだ変えるだって躍起になる馬鹿がいるものだ」
「沖田の呪いを解いてくれ。何をどう詫びればいい」
「詫びる? ご先祖代々詫びの一言も無かったのに、無縁の人間から詫びられても何とも思わんね。無論、このじゃじゃ馬から今更詫びられても赦す気など毛頭無いわ」
もし片目の一つでもやれば赦すと言われれば、黙って差し出すつもりでいる。
人間にとっては大層な事であっても、神には謝罪の一部にもならないのかもしれないが、それほどの覚悟はある。
それからと言い、前髪を掴まれた。荒々しく頭を揺さぶられ、神と目線が同じになる。目の奥の鋭く冷徹な視線は、本来恐るべきものだ。
しかし俺は興奮しているらしく、その目をまっすぐ見ることが出来た。沖田が沖田で無くなるのが神に罰せられるよりも嫌なことなのだ。
「神の顔を見ると本来ならばとっくに殺されている。貴様の勇敢さに免じて今回は赦す。二度は無いと思え」
「そのご尊顔、見たくて見たんじゃないがな」
挑発的に言ってみると邪神は「コイツもか」と言いたそうな顔しながら、前髪を引っ張った。
「禁忌は間違ったでは済まされない事を知らな――」
「邪神! アタシは絶対に呪われないからな! 不死はいいけど、ダサい名前は嫌!」
話の途中で沖田が割って入ってくれば、神は喧しいと頭を掻いた。不死だって、呪いなんだからよくないだろ。
沖田は自分の異変を身を持って体験しても、非現実的な状況を理解しきれず、ハイになっているのかもしれない。
死なない事や感情の欠落よりも苗字に拘るあたりが沖田らしい。
「もう呪ってんだよ、クソガキ」
しかし神はこれ以上相手にするのは面倒だと言いたげに、霞のように消えていく。
そして場は再び鎮まったが、重苦しい空気は消えた。
――俺は神を見た。成りは俺たちと変わらない人間そのものだったが、神が居なくなると雨と雷は役目を終えたように止む。
沖田の感情は戸惑いや恐れではなく、いつもの沖田に近い状態に落ちついてくれた。それからは小さな揺れも起きない。
本殿は半壊、落雷で御神体付近が壊滅的に黒焦げていた。場にいる人々は言葉数が少なく、疲れ切った様子だ。
義理子も、力が入らないから明日話しましょうと顔色を悪くしながら本殿を去っていった。
「やっと終わった……」
疲れ切った沖田に肩を貸し、自宅へ帰ろうと参道へ向かおうとした途端だ。
「洋ちゃん! 守!」
晴太に何か言いたげな顔をしながら俺達を呼び止めた。
「洋ちゃん! 僕も新撰組なんだけど、覚えてないのかい!?」
疲れた体を休めさせてはくれない。神云々の話より、晴太には問い詰めたい事があるようだ。