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5勝手目 喜んでいいことなのか(2)

 その後、父親の運転で自宅へ戻った。


 父親らは地震後に俺を探しに周囲を回ったらしいが、星が全力で走る俺達を見て待つことにしたという。邪魔しちゃ悪いかなぁってさぁ、と口角をニマニマと上げる2人にイラっとしたものの、あの出来事を考えればそうしてもらえてよかったのだと思う事にした。


 巨大地震が起きてるっていうのに、すぐにいらん思考に切り変わるのは才能だ。全く褒めてないが。


 家に着くと、賞味期限の切れた非常食で腹ごしらえをし、星はすぐ横になって腹を出しながらぐっすり眠ってしまった。

 晴太や両親も片付けや長旅などで疲れていたらしく、すやすやと寝息を立てて眠っている。


 沖田といえば、誰もいない自宅に帰って行った。持ち歩くのが面倒だからといって、庭にある植木鉢の土に鍵を隠していたのが功を奏し、住み慣れた沖田家に入ることができたのだ。


 相変わらず、沖田の両親がどこへ行ったかは彼女もわからない。

 土方家に訪ねて来たことも話したが、確かに病院に連れて行かれてからの記憶がなく、いつの間にか八幡様にいたと言っていた。


 沖田との会話を思い出しながら、自室から彼女の部屋を見つめる。停電の静けさに怯えていないだろうか。

 携帯を手に取り、眠る星や晴太を起こさないように部屋を出ながら通話を開始する。


「何」


 ぶっきらぼうな声はまだ眠っていない。足音を立てないよう、ゆっくりと2階から1階へ降り、そのまま外へ出た。

 沖田家の玄関をノックし、通話越しに「開けてくれ」と言うと、「開いてる」と不用心すぎる返答が返ってくる。


 沖田家は地震後からまるで手付かずの状態だった。

 歩くための動線を足でかき分けて作ったような跡はある。廊下には葵さんが飾った沖田の絵が入った額縁が悲しく落ちている。


 沖田の部屋のドアをノックするが、返事はない。


「入るぞ」


 声をかけても返事がないので、ゆっくりと扉を開ける。窓際にあるベッドの上で、沖田は膝から爪先までをタオルケットで包み込み、ゴロンと寝転がっていた。


 沖田の部屋には新撰組関連のグッズが大切に保管されていたが、それもそのまま。

 沖田総司の愛刀のレプリカも無造作にひっくり返っている。普段なら横切っただけで、傷が付くと怒るというのに。


「何しに来たの」

「火の元が心配でな」

「火なんて使ってない」

「そうか」


 俺には見向きもしない。突き放すように短い言葉。沖田らしくないと思った。

 きっと話したくないのだ。非現実的なことばかりが降りかかり、帰宅すれば両親がいない。ショックだろう。


 カチカチと秒針が部屋に響く――。

 その音が寂しい家の中に反響し、沖田の背中を丸めさせた。夜が明けるまでここにいようと決め、部屋にある丸クッションを枕にして寝そべる。


 何も語らず、天井を見つめていると沖田が口を開いた。


「死なないって、どんな気持ちなんだろう」


 呪いの自覚がないと言っていたが、気にしているのか。沖田は地震が起こる原因を「自分の感情が高ぶり、それを声に出したとき」だと結論づけていた。


 感情のこもった思いを言葉にすることができない。そんな沖田へ、なんと声をかければ心のおもりが取れるのだろうか。


「永遠に唐揚げが食えるってことじゃないか」


 頭で耳心地の良さそうな言葉を考えても、吐く台詞はくだらない。

 沖田が聞きたいのはこんな緊張感のない、茶化したような言葉ではないのはわかっているのに。


 沖田は寝返りを打ち、俺を見た。


「土方の話がつまんなすぎて眠くなってきたわ」


 眠いと言って擦った目の奥は、寂しそうに見えた。いや、すぐに寝息を立て始めたから気のせいか。

 タオルケットから痣だらけの足が溢れると、沖田は小さくいびきをかきはじめる。

 眠った顔や寝相はいつもの沖田なのに。


 こんなに朝日が昇るのが待ち遠しい夜は初めてだ。

 キラキラとガラスの破片が散らばるように煌めく宇宙の星でさえ、神の冷やかしに感じた。

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