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6勝手目 冷たい唐揚げ(2)



 撃たれたように目が覚めた。呼吸は荒い。外ではスズメが朝を知らせる声がする。

 見慣れたカーテン、嗅ぎ慣れた掛け布団。よかった。アタシの部屋だ。


 アレは――夢だったと思う。けど、足にはしっかりと握られた感触が残っている。広がった痣もまだある。


 夢なのか現実なのか、もう全てが意味不明。寝ても覚めても非日常。寝ていたのに呼吸が乱れていて、汗までかいて気持ちが悪い。


「随分うなされてたな」

「……」


 ベッドの脇で土方が頬杖をつきながら言う。笑うなら笑えよって言い返したいけど、それも億劫。言葉にならない感情があふれて胸と喉の奥を苦しくさせると、涙がボロボロっと出てきた。


 ゴーッ――っと音がする。地鳴りだ。そしてすぐにハンマーで地面を殴ったような大きな縦揺れが襲う。

 土方がすぐに私の左手を握った。何も言わず、私をじっと見ている。

 土方なんかに助けてもらいたくないから、鼻をすすり、心を落ち着けると地震はすぐに止んだ。


 本当、なんだ。


 私が泣くと、災害が起きちゃうの。ほら、携帯の通知音が震度5強の揺れがあったって知らせてくれる。

 私が泣いてすぐに来たんだから、震源地は私。だから通知の震源地も仙台市になっている。


「洋ちゃぁーん、大丈夫!?」


 晴太くんが階段を駆け上がって、心配する声が聞こえる。土方は、やれやれと握っていた手を離した。


「今のはたまたまの地震だよね……って――なぁんで守がここにいるのさぁ!」

「沖田1人じゃ、火事場泥棒が心配でな」

「夜通しいたの!? なんかしたの!? ねぇ!」

「何もしとらん。沖田、着替えたらうちへ来い。腹、減ってるだろ」


 そう言って騒ぐ晴太くんを押しながら、何もなかったみたいに部屋を出ていく。

 何か言えばいいのに。腹減ってるだろ? アホ、そんな気分じゃないっての。


 1人になった部屋で、夢を思い出してみた。けれど、頭が思い出したくないって言って、男から言われた言葉だけしか再生されない。服を着替えている間も、頭の中でずっと回ってる。


 いつものショートパンツ、ワイシャツを着てからパーカーに腕を通し、髪の毛を結って白いリボンの付いたバレッタで止める。


 あとは靴下だけだ。いつものくるぶし丈の靴下じゃ痣が見える。呪いの象徴って感じがカッコ悪い。

 引き出しが飛び出たタンスから、ニーハイソックスを引っ張り出して、太ももの真ん中あたりまで上げてみる。

 痣は隠れたのに、アタシらしくなくて機嫌が悪くなりそう。


 はぁとため息一つついた。そしたら、お腹がぐうとなる。


 呪われても、お腹は空く。バカくさいな。それでも土方の家に行く気にはなれない。おじさんやおばさんに、足のことを聞かれてもなんて言っていいかわからない。


 1階にある冷蔵庫の中を開けて、食べられるものを探す。冷蔵庫にはポツンとお母さんが地震が起きた晩に揚げた唐揚げが、白くなった状態で残っている。


 停電で電子レンジは使えない。仕方がないから、そのまま手で掴んで口に運んだ。冷たいけど、お母さんの味がする。

 いつもはお母さんが「温めるから」って言ってくれた。仕事で疲れていても、待ってたらそうしてくれた。

 だからアタシ、毎日温かいご飯しか食べたことがないのに。


 朝と夜のご飯はいつも誰かと一緒だった。お昼は必ず土方と。いつも誰かと食べてたのに、1人で食べるのが当たり前になるのかもしれないの?


「んまぁ、1人の方が気楽だし」


 強がってみたけど。誰に向かって? 唇を噛みしめて、こらえてくるものを抑える。


 ずっと生きるって、そういうことだ。

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