鏡を抜けた先は、今の仙台市内よりもビルが少ない街の中だった。
まだ冬の寒さが残る朝。まるっきり冬ではないけれど、風の吹き方は春風だ。
さっき歩いた駅前のペデストリアンデッキはあまり変わらないけれど、商業施設の名前が違ったり、あるはずの建物もなかったりと、昔の仙台市内へ来た事がすぐにわかる。
「洋ちゃーん」
僕らは過去へ来た。同じ所へ出ると思ったけど、どうやら違う。洋ちゃんを探しながら、仙台のアーケード街へ向かう。
仙台は東京よりも近い都会のイメージがあるから、歩いているだけで楽しい。
どの年代に来たのだろう。すれ違う人がガラケーを持っているのを見ると、そこまでうんと昔ではないみたいだ。
途中あった本屋に入り、新聞の日付を見たところ 「2005年4月2日」と書いてある。
確かに守が書いた4月2日だけど、僕らが生きる西暦ではない同日に来たってことか。
ちょっと観光したい気もする。きっと守がこんな僕を見たら怒るかもしれないけど、鏡の中から必ず出られると思ってるんだ。
北側の鏡にだけ変化があったってことは、南は多分だけど出口なはず。
風水的には北玄関は良くないってされてるけど、南玄関は好ましいとされてる。
つまり「行き悪い悪い、帰り良い良い」って事で、そうなったんじゃないかなぁって思うんだ。
禁忌もなんだかんだ説得すれば物分かりが良かったりするから、そんなに悲観しなくていい気がするんだよね。
よく「やっちゃいけないことして祟られてるんです!」って、慌てて神社やお寺に駆け込んでくる人もいる。
例えば神霊スポットに行ったとか、祠を動かしちゃったとか、酔っ払って鳥居を蹴っ飛ばしちゃったそういうの。
僕が霊と話をつけて解放される人は何人もいたし、お礼の手紙だって沢山貰った。
だから今回も大丈夫! なんとかなるでしょう! イタコの僕なら大丈夫!
早く洋ちゃんを見つけて、余裕があれば誰かを救ってから守のところに帰りたい。
アーケード内に入ると、朝なのに活気ある店や人々が沢山集まっている。
これぞ仙台って感じだ。青森県民はとりあえず仙台に憧れを持っている認識だけど、僕の偏見だろうか。
美味しそうなお弁当やお菓子を見ると、なんだかお土産にして買っていきたくなっちゃうや。
お店を眺めつつ洋ちゃんを探していると、2つのアーケードを抜け、大きな横断歩道に差しかかった。
そこには浅葱色のパーカーを着た女性の後ろ姿がある。
「洋ちゃん! やっと見つけた!」
手を振り駆け寄ると、洋ちゃんは緊迫して焦った顔をしていた。
「来ちゃダメ!」
洋ちゃんが僕の体を突き放すと同時に、悲鳴が聞こえて、その一瞬がスローモーションになる。
トラックが僕らが歩いているのに気づいているはずなのに、猛スピードで迫って来た。
気づいたらもう、体は宙に跳ね上がっていて、全身が雑巾を絞るみたいに捩れていく。
頭には強い衝撃が走り、熱い血が吹き出していくのを感じる。
同時に、耳をつんざく悲鳴が共鳴する。
荷物を投げられたようにアスファルトに叩きつけられた体が痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いのに声をあげるのも激痛が走る。
死んでしまう、痛い、鮮血がアスファルトに染みていくのが怖い。僕は死ぬのか?
「洋ちゃ……」
目玉だけを動かすと、横たわる洋ちゃんが見えた。
全身が見えているわけじゃないのに、手足が変な方向に曲がっているのがわかる。肘も逆方向に折れている。
僕より酷い。目視で確認すると、他の誰よりも洋ちゃんが1番酷い怪我をしていた。
それでも血まみれの体を這わせて、片手のみの匍匐前進で彼女の側へ行く。
顔は血で肌の色がわからない程だ。
救急車を呼ぼうとする声が、意識のない洋ちゃんが優先だと叫んでる。
僕が助けなきゃ。洋ちゃんは死なないから、大丈夫なはずなんだ。
守のところに、洋ちゃんと一緒に帰らなきゃ行けないんだ。
じゃないと、守が独りになっちゃうじゃないか。
痛みを堪えながら、立ちあがろうと体を動かす。軋む体に走る激痛に耐えられず、僕は目を閉じてしまった。