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28 承諾

「北海道に来てくれないか」


「良いよ」


我がことながらあまりに直裁的にすぎる。

流石にこれでは断られるだろう。

まるで同情を誘うようで嫌だが、自身の身の上話でもした方が良いのだろうか。

そんなことを考えていたからか、あまりにもあっさりと了承した青平に戸惑い、逆に大丈夫かと尋ねてしまう始末である。


「……良いのか?」


「うん」


「北海道奪還に参加するつもりはないと、言っていると聞いていたが」


「あれは別に、誰に頼まれたわけでも、どこかから正式に依頼を受けたわけでもないから、現時点で自発的に参加するつもりはないってだけ」


「それならそうと発表した方が良いだろう。随分とネットで話題になっていたぞ」


「なんでそんなことをしなくちゃなんないんだよ。たかがチラシの裏だか便所の落書きだかに対して、必死にアピールする必要なんてないだろ」


2006年に転移し50年の時を経て帰還した青平にとって、インターネット空間、そこに溢れる言説などその程度のものでしかない。

当時とて、企業・有名人の失言や不祥事が拡散されるようになったり、炎上が社会問題化し始めるなど、インターネットはそれなりに影響力を発揮しつつあったのだが、そういう方面に若干疎い一高校生に過ぎなかった青平からしたら、そういう認識だったのだろう。

もちろん彼も異世界からの帰還後、現代に即したインターネットリテラシー、当時はネチケットなどと呼ばれていたそれを学んでいるが、そもそもあまりインターネットの情報を信用していないし、逆にインターネットに情報を発信することもない人間なので、基本的な価値観が変化することはなかった。


「炎上だかなんだか知らないけど、ネットにごちゃごちゃ書かれたからって、こっちは痛くも痒くもないっての。まだで幻術の炎に焼かれた時の方が苦しかったわ」


「……そうか」


配信者や企業、政治家なども含む人気商売であるならともかく、己の腕一本で一日に数千万円から稼ぎ出す探索者に対し、炎上時に社会的制裁などと嘯く有象無象の言葉など、届くはずもなかった。


「そんなことより、詳しく話せよ。ミっちゃんが何か頼んでくるなんて、なんか理由があるんだろ?」


「ああ」


美鷹は口下手だ。

頭では色々と考えてはいるのだが、それが口に出るまでに時間がかかる。

そして時間をかけるほど口は重くなり、時機を逃して言葉を飲み込む。

下手に何でも自分でできてしまうのも良くない。

誰かに何かを頼むより、自分でやってしまった方がよっぽど早く、よっぽど楽に片付いてしまうのだ。

加えて彼は情に篤い男だ。

自身の事情で友人に苦労をかけさせることを厭う。

そんな美鷹のことをよく理解し、何も言わずともさり気なく手助けしてくれたのが、青平たちであった。

だからこそ美鷹は彼らと居るのが心地よく、青平が行方不明だと知れば──自身も祖父母という保護者を亡くしたばかりで生活の目処など立っていないというのに──よくわからない化け物が跋扈するエリアにも躊躇なく飛び込んでいった。

そしてそんな美鷹だからこそ、青平らも彼を信頼しているのだ。

親友などという言葉を使ったことはないが、もしそれに該当する人間がいるとするならば、それはお互いであろうと、何も言わずとも通じ合っていた。

少なくとも自分はそれを信じる。

それが彼らのスタンスであった。


そんな彼らに熱くも湿り気を帯びた視線を向けていた女子生徒たちがいたが、ここでは割愛しよう。


話を戻すが、そんな美鷹がこうして自分に会いに来て何かを頼むのであれば、それは相当重大な理由があるのだろうと、半ばそう確信していたからこそ、青平はふたつ返事で了承したのだ。

それから美鷹は語った。

なぜ自身が北海道にいて、なぜ奪還作戦に身を投じているのか。

──生まれ故郷であり、両親の眠る地を取り戻したいからだ。

最前線の具体的な状況を。

──常に魔物の襲撃を警戒せねばならず、前線を押し上げるどころの話ではない。

──現地で出会った仲間たちも、既に何人も斃れた。

そして新たな危機が迫っていることを。


ダンジョン出現時の魔物の氾濫。

一度あったことは、再び起こってもおかしくない。

対策しないわけにはいかないので、各ダンジョンゲート前には非常用の重機関銃が設置されている。

以前、青平がダンジョンに潜る際に横目で見かけたものがそれだ。

それらは当然のことながら厳重に保管され、通常であれば誰も触れることができないようにはされている。

しかし、緊急時にはギルド職員などによって、ゲートから現れる魔物を殲滅するために機能する。

探索者による間引きの成果か、ここ数十年ほど国内においてダンジョンから魔物が氾濫したことはなく、その設置費や維持費などにケチをつける者も存在するが、なんの対案も示さず、いざ魔物氾濫が起こった時にも責任を取るつもりのない人間の言葉など、誰も相手にしない。


そんな魔物氾濫であるが、何もゲートからの出現に限った話ではない。

侵蝕領域においても、同様の現象が確認されている。

どこからかともなく現れ、領域の境界に向かって溢れ出してくる。

領域内の偵察は主に探索者による斥候と、人工衛星からの監視情報となる。

そのため、密度の濃い山林部や、建造物などが残っている廃墟となった市街地内部の細かい情報は限定的にしか得ることができない。

ドローンなどの無人偵察機は、魔物の攻撃対象らしく、発見され次第すぐさま撃墜されてしまう。

そんな状況下であるが、魔物氾濫の兆候を発見したと言うのだ。

しかも、今まで何度かあったそれと比較しても、大規模なものであるという。


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