「というわけで北海道に行ってきます」
「どういうわけで?」
美鷹と別れ、部屋に戻った青平はリビングに居た妹と弟子ふたりに対してそう告げ、彼女らを代表して奈緒がツッコミを入れた。
「ミっちゃんが北海道に来てくれっていうからさ」
「ミっくん?」
「なんかいま、北海道で活動してるらしい」
「それは知ってるよ。……ああ、ふたりはわからないよね。ミっくんっていうのは、冷泉美鷹のことね。冒険者の」
その奈緒の補足によって納得する弟子ふたり。
彼女らにとって、冒険者・冷泉美鷹といえば、ダブルユニークの最優『ウォリアー』にして、北海道奪還の旗印という印象である。
「なんか、北海道で魔物氾濫が起こりそうで、やばいから来てってさ」
「お兄ちゃん、行く気ないんじゃなかったの?」
「そりゃ、なんもなけりゃ行かないよ。遠いし寒いし。別に魔物の相手なんてしたくないし。世間の意見だのネットの声だのは知らないよ。でもミっちゃんが来てくれって言うなら、それは行くじゃん」
いくら友人のためとはいえ、そこまであっさりと決められるほど、魔物氾濫を前提とした戦いは甘くない。
たとえAランク探索者であろうと、命をかけて臨む戦いだ。
それがわかっているからこそ、まるでなんでもないことのように語る青平に、彼女らは困惑しているのだ。
「でもししょー、いくらししょーが強いからって、魔物氾濫をどうにかできるんですか?」
「なんとかなるんじゃない、知らんけど」
真奈美が純粋な疑問を投げかけるが、青平は大して気にしてないような返事しかしない。
「私も行って良い?」
「別に来ても良いけど、玲那さんってミっちゃんより強い?」
「……わからない」
「ミっちゃんがどうにもならないから助けてくれって言ってきたのに、ミっちゃんより弱い人を連れて行ったら足手まといだって怒られないかな?」
玲那の問いに対して、青平もまた純粋な疑問で返したが、それが却って玲那の心を抉ってしまった。
国内最強格の探索者を引き合いに出されて、ノータイムで自分の方が強いと言える人間など、よほどの自信家か詐欺師くらいのものだろう。
「別にミっくんには及ばなくても、現地でできることはあるでしょ。少なくとも玲那ちゃんも国内トップクラスの探索者ではあるんだし、あっちにだってミっくん以下の探索者なんてごまんといる……というかほとんどがそうだろうし」
「ああそうか。なら別に良いよ」
それを見かねて奈緒がフォローを入れる。
青平はそのあたりを理解していないが、そもそも若手の中では間違いなく国内探索者のトップ層である尾ノ崎玲那であっても、さらに雲の上の人だと感じるのが冒険者と呼ばれる者たちである。
その冒険者の中にあって、最も戦闘に特化した探索者のひとりに数えられるのが冷泉美鷹である。
青平ブートキャンプに参加して実力を伸ばした玲那であっても、手放しで勝てるなどとは、とてもではないが言える相手ではない。
「あ、沙塔さんは参加だよ」
「え、なんで!?」
ほな自分は関係ないかとばかりに油断していた真奈美は、あまりにも当然のごとく言われて思わず目を剥いた。
「撮影係」
「そんなあ……ドローンの設定変えて、ししょーに追従するようにしたらええやん」
「ドローンより早く走らなきゃいけなくなったらどうするの。戦闘はしなくて良いからちゃんと撮っておいてね。覚醒メソッド動画のオマケ映像にちょうど良いでしょ」
「アタシドローンより足遅いんやけど……てかオマケって……いやまあ覚醒も大概ビッグコンテンツやけども。それならそれでふたつに分けた方が伸びる気がしてもったいないなあ……」
「ならお留守番してる?」
「うーん……行く!」
そんなことを呟く真奈美も大概、青平に染まってきているなと思う奈緒であったが、それは口に出さずに別のことを考えている。
現在、件の覚醒メソッドは日本国の同盟国・非同盟国、友好国・非友好国を問わず、秘密裡にではあるが全世界に、少なくとも外交チャンネルが開かれた国家・政府に対しては公開されている。
動画などで、本当の意味で全世界に対して発信するよりも先に、各国の治安維持当局等の人員が覚醒していなければ、社会が崩壊するのは目に見えているからだ。
まず、自分プラス弟子ふたりで青平本人以外でも覚醒できるかを試し、そこで得たノウハウを活かして国内の治安維持当局などの人員を覚醒させる。
あとはその人員に伝道師となってもらい、そのまた下もという形で広めていく。
言うなれば、正なるねずみ講とでも呼ぶべき構造である。
そんな状況ではあるのだが、まだ全体への公開は早いのではないかというのが、奈緒の考えだった。
美鷹よりもいくらか遅れてだが、それでも初期から探索者として活動してきた奈緒である。
力を持った者が、必ずしも正の方向にその力を使うかといえば、そうではないということを、嫌というほど間近で見てきたのだ。
兄はそこらへんの認識が甘いのか、あるいはそこで発生し得る痛みすらも勘定に入れた上でなのか、大して気にした様子はない。
「それで、具体的には北海道に行ってどうするの?」
「詳細は聞いてないけど、向こうの指揮下に入りはするけど、やることは遊撃じゃない? 今さら他と連携して有機的な部隊行動をなんて言われても無理だし」
「たしかに青平くんはそういうタイプではないか。取られさえしなければ自由自在に動き回れるのが大駒の良いところ」
もし異世界の人類サイドの人間が聞いたら耳が痛いことを言う玲那。
先述のとおり青平は、ある程度成長してからは単身で敵軍に突っ込むという戦術もなにもない戦い方しかしてこなかった。
そんな人間に高度な作戦行動を理解しろというのは酷な話である。
本人の知能レベル的にはもちろん理解できるが、それを差し置いても自由に目的達成に向かって行動してもらった方が、効率は良いだろう。
「それで、いつ行くの?」
「明日」
「明日っ!?」
「予測では数日の猶予はあるってことだけど、いつ魔物氾濫が起こるかわかんないから、早く行くに越したことはないでしょ」
「それはそう。飛行機のチケットは?」
「一応、俺の分以外にも数人分ってことで貰ってるよ。奈緒はどうする?」
「アタシは仕事。特に派遣の指示も来てないからね」
「宮務めも大変だな」
「そう、気楽なもんよ?」