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30 挨拶

「……だから異世界は覚醒とかなくて、最初からどこでもスキルが使えて……」


「……なにそれ羨ましいわ……」


「……その代わりどこでも魔物が出るんだからどっこいしょどっこいしょ……」


「……なにそれ恐いわ……」


…………


「……そういえばEXランク認定ってどうなったん……」


「……知らない、そういう要請だか認定だかが来てるのは聞いてるけど……」


「……そもそも、なんの権限もないIDRCOに認められようがられまいが関係ない……」


「……でもAランクより上ってイメージあるわ……」


「……情報操作に踊らされてる……」


「……てか、国際機関なのに権限がないとかあるんや……」


「……むしろザラでしょ……」


「……国際機関より、国内の組織の方が先にできてるし権限も大きいから……」


「……ダンジョン後進国や新興国には割と影響力があるらしいけど……」


…………


よくそれだけ喋ることがあるなと、口下手な美鷹は戦慄しつつも沈黙を続ける。

たまに話題を振られることがあるが、いつもどおり一言二言で会話は終了する。

最初こそ冷泉美鷹というネームバリューに気おくれした様子を見せたふたりだが、今では特段気にした素振りも見せない。

青平が連れてきたこのふたりも、相当な実力者だ。

10年足らず、20代でAランクに至った尾ノ崎玲那は言うに及ばず、未だEランクだという少女も、強者の雰囲気を纏っている。

北海道戦線という、国内における最前線で戦い続けた美鷹だからこそ、強者を見分ける眼には自信がある。

その眼で見てもなお何もわからない青平の強さは、異次元という他ないが。


「それで、到着後の予定はどんな感じなん?」


「ああ」


そんなことを考えていて話の流れを把握していなかったが、今後の流れは頭に入っている。

新千歳空港に到着後、まず札幌ベースに向かう。

北海道戦線における主要な3つの拠点──札幌ベース・富良野ベース・網走ベースの中では、新千歳から一番近く、侵蝕領域の中心部である旭川とは距離があり、一番安定している。

その代わり、地形のほとんどが廃墟となった都市部で視認性は下がるのだが。

ともあれその札幌ベースへと入り、まずは自衛隊の探索者部隊と合流する。


その名を戦略自衛隊と改称して久しいが、その部隊編成も一部に変更が見られる。

大きな違いは探索科の誕生だろう。

その名のとおり、ダンジョン探索を主任務とする部隊であり、ここ北海道戦線においても大きな役割を果たしている。

ダンジョン災害発生当初はともかく、現在は砲撃などによる火力制圧を行うのは現実的ではない。

やたらと声の大きい反対派の存在もそのひとつの要因ではあるが、最も大きいのはそういった火砲を用いない奪還実績が存在することである。

外国のことであるが、地元やその国の全土から集まった有志の探索者、また軍隊に所属するダンジョン関連部隊の協力により、国土を焼かずに奪還したのだ。

それが理想の奪還方法として世界に知られてしまったため、安易に砲弾で大地を耕し、無人の地を征きこれを奪還するというわけにはいかなくなってしまったのだ。


そんなわけで、北海道戦線においても民間の探索者やボランティアなどの支援者、そして戦略自衛隊探索科の部隊が協力してこれにあたっている。

札幌ベースには、ダンジョン災害発生後にその根拠地を失った第2師団を振り分ける形で再編し、その際に師団に昇格となった第11師団。

その隷下部隊である第11探索旅団から3つの大隊が交代制で詰める形となっている。


あくまでも協力しているだけなので、戦略自衛隊が直接的に探索者を指揮する権限はないが、探索者に戦略・戦術方面の知見はない。

そのため、作戦立案等に関しては自衛隊側が行うというのが、慣例となっている。

独立独歩をよしとする探索者がそれに従うのかという疑問が湧くが、これには探索者のキャリアも関係している。

特に北海道戦線に従事している探索者に多いのだが、探索者は元自衛官である場合がある。

元々、自衛隊には任期制というものが存在する。

陸とそれ以外で任期の長さは変わるが、要するに決まった任期を務め、辞めていくのを前提とした区分だ。

その運用理念等はここでは省略するが、ダンジョン発生前であっても、たとえば消防士になりたいが今年の試験は落ちてしまったという人間が、とりあえず自衛隊に入ってお金をもらいながら身体を鍛えつつ、次回の試験合格を目指すといったライフプランで入隊するというケースも多かったという。

これと同じでとりあえず2年、あるいは4年ほど自衛官として身体能力や探索技能を磨き、任期満了とともに探索者として独立するというキャリア形成を目指す人間が一定数存在するのだ。

こうした理由から、現場の探索者にとって自衛官は元同僚や元上官であったりするわけであり、そうした彼らとの連携は外部の人間が思うよりはずっとスムーズなのであった。


そんなことを話している内に飛行機は新千歳空港に到着し、さてタクシーでも捕まえるかと思っていると、件の自衛隊員らしき人物に声をかけられた。

美鷹が対応していたが、どうやら彼らの車両で札幌ベースまで送り届けてくれるということらしい。


「はじめまして。私は第113探索大隊の四分谷芳樹三等陸佐です。この度は本作戦にご協力いただけるということで、まことにありがとうございます」


そう言って青平に手を差し出すのは、佐官──要は高級将校のエリートであるとは思えないほどの、実戦的な身体つきをしていることが迷彩服の上からでもわかる男性だ。

昔は任務以外で駐屯地等の外、公共の場に出る際は迷彩服ではなく各種制服を着用するという不文律があった。

というより規則的には『自衛官は、常時制服等を着用しなければならない』と定められていたわけだが、前述の任期制自衛官として入隊した新兵などは『迷彩で歩くとうるさい連中がいるから』などと先輩隊員から教わっていたりする。

そんなわけで、演習等に参加する場合を除き、基本的には制服で移動することが多かったのだが、今では即応性の観点から、むしろ常時迷彩服の着用が義務付けられている。


「守月青平です。よろしくお願いします。あとこちらは僕のパーティの尾ノ崎玲那さんと沙塔……えっと龍ヶ崎……いや……」


「沙塔で良いよ」


「沙塔真奈美さんです」


それぞれが頭を下げ合い、挨拶を済ませる。


「それでは、うちの無骨な車で恐縮ですが、札幌ベースまでドライブといきましょう」


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