「では、繰り返しになりますが、本作戦の内容を確認させていただきます」
そう声をかける四分谷三佐。
とはいえその内容はそう複雑なことではない。
1, 外周部分の旧市街地及び草原部を突破し、中心部分である旧旭川地区を覆う森林部へ向かう。
2, 中心部分に到着後、本部による敵の戦力分析を行うため、情報収集に務めること。
3, 分析完了後、再度侵攻または撤退の指示が出るのでこれに従うこと。
「外周部分は属性ウルフ種、毒性サーペント種、中型ラプトル種が多く確認されています。中心部分についてはほぼ不明ですが、ダンジョン内における森林環境の分布傾向から、トレント種、昆虫種、大型動物種が予想されます」
札幌ベース到着後、案内された宿に荷物をおいた青平たちは、その足で自衛隊の前線本部が置かれた天幕──要するに軍用のテントである──に向かうことになった。
普通であれば、流石にタフな探索者といえど移動後一日は間を置くし、美鷹や四分谷もそのつもりでいたのだが、時間に余裕があるわけでもないだろうと青平から提案したことだ。
そこで説明された現状は以下のようなものだった。
まず、北海道の侵蝕領域、その中心点は旭川のどこかに出現したダンジョンゲートである。
領域定着後に当時の情報等を調査したが、正確な位置はわかっていない。
その中心部である旧旭川市周辺は、既に密度の濃い森林地帯となっているため、人工衛星等からでも詳細は確認できない。
森林地帯の外縁──旧深川市付近から、この札幌ベースが置かれた旧江別市までは、人工物を残しつつも、草木が生い茂り廃墟の様相を呈している。
地勢的状況はそういった具合で、魔物の分布情報もある。
旧市街地など、入り組んだ場所ではウルフ種が、比較的開けた場所ではラプトル種──要は二足歩行の恐竜だ──が、そして場所を問わず草むらなどの視線の通らない場所には毒持ちのサーペント種が配置されている。
素早い敵を相手にしながら、足下にも注意せねばならない嫌らしい配置である。
「第一段階ではとにかく中心部に向かうことが優先となりますので、判断は任せますが戦闘を避けていただいても構いません。可能であればスポーンコアの魔物は斃していただけるとありがたいですが、無理はしないでください」
先のとおり、侵蝕領域では自然に増殖する以外にも、突如として出現する魔物が存在する。
各国の侵蝕領域研究の結果、そのスポーンポイントともいえる、コアとなる魔物が存在していることがわかっている。
通称コアモンスターと呼ばれるその魔物は、周辺に出現する魔物の上位種であることが多く、侵蝕領域の地形や魔物の種類によっては見つけることも斃すことも難しい存在と言えよう。
そして、どうやらこのコアモンスターは、侵蝕領域を定着させるためのアンカーとしての機能も持っているようで、コアモンスターを複数体撃破した地域ではまだ魔物が残っていたのにも関わらず、侵蝕領域を解除されたという報告もある。
魔物が残った状態で侵蝕領域を奪還する、つまりは通常空間に回帰したら、スキルが使えない状態で魔物を相手にしなければならないのかと思ってしまうが、魔物も併せて消えていくのだ。
ただし、この現象は報告例が少なく、まだわかっていないことも多いため、あくまでも出現する魔物の数を減少させることを目的とした指示である。
「そしてもし中心部の森林地帯に到着したら決して無理はしないで──」
そうしたやり取りをしている内に、周囲に人だかりができてきている。
明らかに高位の自衛隊探索者が集まっているし、尾ノ崎玲那も冷泉美鷹も非常に目立つ。
なによりその中心にはあの守月青平がいるのだ。
野次馬が野次馬を呼び、人垣と呼んで良いほどの人数が集まるまで、そう時間はかからなかった。
その人垣の中からひとりの男が進み出る。
Aランク探索者の砂湖=アレクサンドロヴナ=虎琉である。
ダンジョン災害後の北海道出身で、異常なほどの地元愛を持ち、探索者登録以降この札幌ベースを離れたことがないといわれるほど、常に北海道戦線の最前線に立ち続けた男である。
そして実際に何度も魔物災害を押し返し、札幌ベースを守った英雄として人は彼を『札幌の虎』と呼ぶ。
「おい、アンタ、守月青平だろ?」
説明をしている四分谷も、他の自衛隊探索者たちも、人が集まってきているのは気づいていたが、まさか話しかけてくるとは思ってなかった。
しかも国内でも数えるほどしかいないAランク探索者だ。
「そうですが、あなたは?」
「俺は砂湖=アレクサンドロヴナ=虎琉だ。ここの探索者だよ」
「そうですか。守月青平です、よろしくお願いします」
守月の人を食ったような返答にやや戸惑った様子を見せた砂湖だが、気を取り直したように話しかける。
「ああ。ところで、アンタがここに来たのは北海道奪還のためってことで良いんだよな?」
「……」
その質問に守月は応えず、四分谷に視線を向ける。
「彼には日本国から正式に、指名依頼として魔物氾濫対策を要請し、こうしてご協力していただいています」
もちろん、真実は違う。
美鷹が己の裁量で青平を誘い、後からそういう形にしただけだった。
戦略自衛隊と共同して動くとなった時に、まず行ったのは秘密保持契約の締結であった。
当然ながら、戦略自衛隊の作戦行動のすべては国家機密に抵触する事項であるので、たとえ外部の協力者──実質的な作戦実行者──であってもその機密情報を漏洩させることはできない。
この場で、この札幌ベースで、守月が自衛隊探索者に囲まれているという状況が、彼の作戦への参加をほぼ肯定していたとしても、それを口外して良いかどうかの判断は、彼にはできなかったためである。
もちろんこれは彼に限った話ではなく、北海道戦線に参加するすべての探索者が、ギルドで依頼を受注する際など、同時にこの契約が結ばれているのだ。
実態としては、良く言えばある程度ファジーで柔軟性のある運用、悪く言えばなあなあでおざなりな運用がされている。
全員が顔見知りなため、何となくでやっているところがあるのだ。
とはいえそんなことを青平が知るはずもないので、四分谷に投げたわけだ。
ちなみに砂湖が出てきた時に、美鷹が前に出ようとしたが、自分の口下手な性分とそれらの口裏合わせをどうしたものかと考えている内に、話が進んでしまった。
いつもこうなのだこの男は。
「そうか。俺はここで30年戦ってんだ」
砂湖の話の行方がどこにいくかわからず、周囲は困惑している。
「15で探索者になって、45になる今までずっとだ」
日本国における探索者資格の取得条件のひとつには、18歳以上であることが含まれる。
つまり彼は、資格を取る前からこのダンジョン内に準じるとされる侵蝕領域に侵入していたと、まるで犯罪を告白したかのようにも見える。
とはいえ、そんなことを気にしている人間はこの場にはいない。
そもそもどこからどこまでが侵蝕領域だと明確に線が引かれているわけでもなく、この北海道のために戦っている戦士を追い出すほど狭量でもなく、むしろ悔しながらそんな戦力でも欲しいほどに厳しい戦いの連続だったのだ。
こういったいわゆるモグリの探索者が、昔は北海道に限らず多かった。
実のところ、奈緒もそうである。
彼女は美鷹よりも一世代下ではあるが、奈緒が6歳でダンジョンが出現し、その9年後の15歳、中学卒業を待ってダンジョンに潜り始めたのだ。
その頃はまだ政府が統制しきれておらず、そういった探索者は多かったのだ。
「それが、Aランクだの札幌の虎だの言われるようになっても、未だに道内の上半分は魔物の住処よ」
──本当になにが言いたいんだコイツは?
周囲が困惑を通り越して疑問を抱き始める。
「でも、アンタならどうにかできる。なぜかそう思えるんだ」
「そうですか……微力を尽くします」
「ああ。頼む」
そう言って、深々と頭を下げる砂湖。
彼に倣ってか、周囲で人垣を作っていた探索者たちもみなばらばらと頭を下げていく。
青平はそれを見て、肩を竦めて、鼻を鳴らして視線を逸らす。
「四分谷さん。話を続けましょう」