両親を学園祭に誘えなかった愛里。
そして快への悩みも抱えたまま。
悲しみを相談するために愛里はかつて快の事で相談に乗ってくれた純希へ電話を掛けていた。
『お似合いだと思ってたからさ』
クラスメイトのその言葉が脳裏に浮かぶ。
皆は快より純希と付き合うと思っていたという事だろう、そう言われてしまえば少し意識してしまう。
「快くん自分の事あんま話してくれないんだ」
『なるほどねぇ』
電話越しで純希は納得の行ったような声を出す。
「瀬川くんも居なくなって何も楽しくなさそうだからせめて私がって思ったんだけど……」
すると純希はある事を聞いて来る。
『学園祭でしょ?他の人と仲良くなれる機会はあると思うんだけどな』
しかしそれは純希だからの話だろう。
快にとってそれがどれだけ難しい事か。
「うーん、でもなぁ……」
そんな風に思っているとまた純希がある事を聞く。
『喫茶店やるんならさ、快コーヒー淹れるの得意って言ってたから活躍できんじゃね?それで株上げるとかさ』
その言葉を聞いた愛里は一瞬思考が止まる。
「え、快くんコーヒー淹れるの得意なの?」
『それも話してないのか……』
電話越しでも純希は呆れているのが分かる。
『まさかコーヒー淹れる係じゃないの?』
「立候補も何もしてなかったから……」
『じゃあ相当もどかしいだろうな……』
知らなかった快の一面。
きっと立候補する場面でも悔しかったのだろう、そこで愛里は思いつく。
「じゃあ明日みんなに言ってみよっかな、快くんにもコーヒー淹れさせてあげてって」
『うん、それ良いんじゃない?』
何とか明日の方針が決まり快に対しても何をすれば良いのか分かった。
何とか上手く出来ると良いが。
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翌日、愛里は決心をして登校した。
下校はなるべく快と一緒だが登校時は自宅の距離が離れているので別々だ。
「あ……」
学校の目の前に着くと前方に歩いている快の背中を見つける。
勇気を振り絞って駆け寄り背中を叩いた。
「おっす、快くん!」
「あぁ、おはよう……」
何やら快も緊張しているような面持ちだ。
昨日のやり取りをまだ引きずっているのだろうか。
「聞いたよ、快くんコーヒー淹れるの得意なんだ?」
「え、まぁそうだけど……」
いきなりその話題を元気な顔で出す愛里に快は少し戸惑っている。
「今日クラスのみんなに聞いてみたら?コーヒー淹れたいでしょ多分?」
「良いよ今更……」
「私も一緒に言ってあげるから……!」
愛里の必死さが伝わって来る。
しかし今の快にはそれが逆に奇妙だった。
前のめりになる愛里に対し仰け反ってしまう。
「良いって本当に、今更変更しても迷惑かかるだけだよ……っ!」
少し大きな声をあげてしまった。
流石の愛里もそれには驚く。
「でも快くんはそれでいいの?私、力になりたいよ……」
そう言われて昨日のやり取りを思い出す快。
『わたし彼女だよ……?何でも受け止める覚悟して付き合ったのに……』
確かに愛里はそう言っていた。
何故そこまで力になる事に拘るのかは分からないが彼女なりの信念があるのかも知れない。
「ほら、歩み寄るのが大事って話もしたじゃん」
快はせっかく歩み寄ったのにまた離れられる事を恐れていた。
しかしこれも歩み寄りだと言うのなら応えなければならない。
「……うん、分かったよ」
不本意ながらも快は了承し愛里と共に学祭準備の時間を迎えた。
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委員長たちがいつものようにコーヒーを淹れる練習を始めようとした。
快は自分に与えられた設営の仕事に手を付けながらソワソワしている。
「よし……」
すると愛里がスクッと立ち上がり委員長たちの方へ歩いて行った。
それを見た快は自分の事を話すのだと悟り緊張が倍増する。
「ねぇ、ちょっと良い?」
「ん、どうした?」
コーヒーを淹れていた委員長が顔を上げて愛里の方を見る。
話が始まってしまう。
その時、快の頭の中にはある考えが広がっていた。
『彼女に伝えてもらうとか、自分で言う勇気もないのかよ!』
そのようにバカにされる言葉を投げかけられる事、そしてもう一つ。
『今更言っても遅いよ』
せっかく勇気を出したというのに断られてしまう事。
それらのような事を延々と考えてしまい怖くなってしまったのだ。
「はぁ、はぁ……」
ここでまたパニック発作が起こる。
心臓の鼓動が速くなり体が宙に浮いているような感覚に襲われた。
しかし誰も気付いてくれない。
「コーヒー淹れる係さ、もう一人増やせないかな……?」
遂に愛里は口に出してしまった。
少し戸惑う顔をしながら委員長は言う。
「え、もしかして与方やりたいの?」
「私じゃなくてね、快くんがコーヒー淹れるの好きなんだって」
そう言いながら快の方をチラッと見る。
その視線が発作を更に刺激した。
「え、そうなの?手も挙げなかったから全然知らなかった」
作業の手を止めてしまっている快の方を見て驚きの声をあげる委員長。
今はどんな視線もとにかく痛かった。
「おーい創、なんか彼女がコーヒー淹れさせてやりたいって言ってるけど?」
大きく手を振りこちらに声を掛けてくる委員長。
覚悟はしていたが実際に声を掛けられた事に戸惑ってしまう。
「あっ、えっと……うんっ」
現在絶賛パニック発作が出てしまっている。
受け答えはぎこちないものになってしまった。
「はは、何だその反応。じゃあとりあえずやってみる?」
戸惑う快にこちらに来るように促す委員長。
善意でやってくれているのは分かるが申し訳なさから更にパニック発作が強まってしまう。
「ちょっと待って、一旦トイレっ……」
慌ててトイレに駆け込み頓服薬を摂取しようとする快。
その背中を愛里は見ていて不安になるのであった。
「(やっぱり何も相談してくれない……)」
間違いなく快は兄と同じように障害を抱えている者なのだろう、なので力になりたいが向こうはそれを隠そうとしているのだ。
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トイレに駆け込み快は慌てて頓服薬を飲んだ。
「すぅぅぅ、はぁぁぁ……」
そのまま深呼吸をし何とか落ち着きを取り戻す。
しかし元気にまではなれないままトイレを出た。
するとそこにある人物が立っているのを見つける。
「……アンタ何やってんの?」
「え、河島さん……?」
その人物とは愛里の親友であった咲希。
最近は話している様子を見てはいないが。
「愛里と付き合うならちゃんと歩み寄らないと、なのに目を背けて」
今の快たちの様子を見ていたのだろう。
そう思えるような発言だ。
「で、でもせっかく歩み寄れたのに嫌われるのが怖くて……」
すると咲希は溜息を吐いて言う。
「はぁ、私から愛里奪ったんだからしっかりしなよ?」
それだけ言って咲希は去って行く。
言葉の意味は一体何だったのだろうか。
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そして教室に戻ると快は委員長たちに自分流のコーヒーの淹れ方を見せていた。
「えっと、まずお湯を沸かしてる間に使う分だけの豆を挽いて……」
「え、そこ一気にやった方が後で楽じゃね?」
「いやあの、空気に触れると味落ちちゃうから使う分だけ……」
「んーそれだと混んだとき大変かもなぁ」
「あ……」
せっかく愛里に言われてやったというのにいちいちやり方を突っ込まれてしまっては気分が悪い。
「今回は学園祭だからさ、そんなクオリティ求めてもしゃーないって!効率いいやり方見つけたから教えてやるよ!」
あくまで善意なのだろうが快にとっては嬉しい結果ではなかった。
「(淹れたかったコーヒー、こーゆーのじゃない……)」
言われた効率の良いやり方で淹れたコーヒーはどうにも快が活躍できるような味にはならなかった。
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その日の後片付けの時間、快の姿が見当たらない。
愛里は心配になってしまう。
まさか自分の采配がこうさせてしまったのだろうかと焦りが生まれた。
「私ちょっと行ってくる……っ」
快を探しに愛里は教室を出て行く。
大体の居場所は検討がついた。
「はぁ、やっぱりいた……」
息を切らしながら愛里は快と初めて心を通わせた中庭にやって来た。
案の定そこのベンチに快は座っている。
「与方さん……」
愛里に気づいた快は気まずそうに顔を逸らす。
「何で避けるの?私のこと嫌いになっちゃった……?」
「違うよ、好き……だからこそ嫌われたくないんだ」
快はそう言って修学旅行での事を思い出す。
「修学旅行の時、俺も成長できた。だから俺を認めてくれたんだと思ったんだ、今更弱いとこ見せて嫌われたくないよ……」
障害の事を頑なに隠す理由はそれだろう。
良い所を見せて付き合ってもらえたと言うのに今更悪い所を見せて嫌われたくないのだ。
「そんな事っ、私は弱い所もちゃんと受け止めたいよ……?」
一方で愛里も快の弱さの正体は既に知っている。
知っているのを快は知らないからこそのすれ違いが生まれるのだ。
「でもそれだと辛くなるよ……」
そう言って快は立ち上がり去って行こうとする。
「待ってよ!」
愛里な引き止めようとするが快は止まらなかった。
「ちょっと一人で考えさせて……」
その言葉を聞くと止める事は出来ない。
快はそのまま去って行った。
「快くん……」
その場に立ち尽くす愛里が一人。
そしてその姿を見ていた者がいた。
「可哀想な愛里……」
校舎の窓から咲希がその様子を眺めている。
手にはスマホを持ち罪獣のアプリを開いていた。
「アルフスで行こうか」
召喚ボタンをタップし咲希は第玖ノ罪獣アルフスを呼び出したのだった。
つづく