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第31界 ユレルテンビン

#1

 年も明けた頃、世界は少しずつ活気を取り戻して行った。

 崩壊は完全に止まり復興の目処が立ったのである。

 今日から学校が再開する。

 しかし快たちの学校はカリスにより崩れてしまったため敷地内に仮設校舎が建てられそこで授業が行われる事となったのだ。


「おはよー、久しぶり」


 そのような声が飛び交う中、快は久々にみんなと会うため緊張していた。

 しかし結ばれた恋人である愛里に支えられ登校できたのだ。


「景色は違うけど雰囲気は変わらないね……」


 いい意味でも悪い意味でも雰囲気は変わらなかった。

 相変わらず快は人々の輪には入れない。

 障害者差別の件で快もそうだとは知られなかったがそもそも友達が居なかった。

 しかし普段の日常が戻りつつあると感じた快はそれはそれで良いと思えたのだ。

 しかしただ一つ、変わってしまった事がある。


「そこの席、何で開けてあるの……」


 クラスの女子が不安そうな顔をしながら一人分の机が空いているのを指摘した。

 しかし誰も反応はしない、寧ろ彼女に"触れるな"と注意したのだ。


「あんなヤツの席が残されたままなんて、同じクラスだったなんて……!」


 しかしその声を聞いた一同は考え込んでしまう。

 快も難しそうな表情を浮かべ隣にいる愛里の顔を見た。

 すると愛里は誰よりも辛そうな表情を浮かべている。


「さっちゃん……」


 黒板に貼られている座席表。

 その一つだけ空いた席の所には"河島咲希"と書かれていた。


 ___________________________________________






『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』

 第31界 ユレルテンビン






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 その日は授業はなくまだオリエンテーションの段階だ。

 仮設教室の中でどのように授業が行われていくのか等の説明がある。


「プリント配るから後ろに回してくれー」


 先生が説明のためのプリントを最前列の生徒たちに渡す。

 そして彼らは後ろの席へ回して行ったがその最中で一人の生徒が振り向くとある事に気付く。


「あ……」


 プリントを回そうとした背後の席は咲希のものだった。

 一瞬手が止まってしまいその理由も他の生徒たちは察する。

 彼女は本校舎を破壊した張本人。

 ましてやこれまでの罪獣の騒ぎを起こしてきた人物だと公表された。


「すまんな、公表される前だったから……」


 席を用意したのは咲希の事が公表される前だったらしい。

 しかし今の出来事で咲希の事を思い出してしまった愛里は少し顔を落としてしまった。


「愛里、大丈夫……?」


 隣の席の友人である女子生徒が心配してくれる。

 彼女も咲希と共に仲良くしていた、修学旅行でも同じ班だった。

 彼女も辛いと言うのに。


「うん、気にしないで……」


 そう言う愛里だが表情は無理をしていそうだった。

 ・

 ・

 ・

 オリエンテーションが終わった後、快と愛里はクラスの数名を連れて避難所となっている体育館へ。

 もう避難民は居なくなり家に帰ったが大きな変化が。

 施設などが襲撃され行き場のない障害を抱えた人々を匿っているのだ。

 共に避難生活をしている中でこの空間に芽生えた差別のない世界。

 そこで生徒たちは彼らの支援をしていた、ここの教師たちの計らいである。


 __________


 数日前、教師の会議にて……


「仮設校舎設立後の避難所の有無についてですが……」


 校長がそう言った後、快たちの担任が言った。


「残しましょう、行き場を失くした障害を抱える方々の支援をするんです」


 しかし校長は不安がある。


「それも良いですが世間の非難の的になってしまうのでは……?ここの生徒たちも受け入れるかどうか……」


 そう言われた担任は瀬川を思い出していた。


「私の生徒が示しました、歩み寄る事の大切さを……他の者たちにも気付かせなければ」


 そんな担任の意見が通ったのだ。


 __________


 そして現在、快のクラスメイト達はまだ慣れないが匿われている障害者たちの支援を手伝っている。


「あ、良くんだっけ……」


 委員長は恐る恐る絵を描いている良に声を掛ける。


「うん、誰ー?」


 良は返事はするが目は合わせない、絵を見たままだ。


「だから俺、クラスの委員長だよ」


「ん、出来た!」


 そんな委員長の声を聞かずに絵を見せて来る良を見て少し心が複雑になる委員長。


「うん、上手いな……」


「でしょー!」


 しかし慣れないものの実際に関わってみると思っていたような身勝手な人物ではない事を知る。

 ただ良は誰にも迷惑をかけず純粋に絵を描いているだけだ。


「ほら、向こうでジュース配ってるから行ってきな」


「え、ジュース⁈」


 そして良は走って行きしっかり列に並ぶ。

 他の者もしっかり並んでジュースを受け取り更に感謝している。

 クラスの他の一同も委員長と同様にまだ慣れないが少しずつ変わりつつあるのだ。


「おっすお兄ちゃん!」


 一方で愛里も自分の兄と会い、先に来ていた両親と共に手伝いを始めた。

 快はそんな一同の様子を見ていたがある心配が浮かぶ。

 そんな時に背後から声を掛けられた。


「おーい快、手ぇ止まってるぞ」


 その人物とは純希だった。

 以前のバイトのようなやり取りが一瞬だけ繰り広げられる。


「純希、ここ来てるんだ」


「被災者を援助するのもレスキュー隊の仕事だからな、経験して損はないだろ」


 そうして二人で荷物運びなどの作業を行う。

 すると純希はある事を口にした。


「前バイトで似たような事やったよなぁ」 


 段ボールなどを運ぶ作業は確かに経験した。

 その時に初めて純希は愛里と会ったのだ。


「そいえばバイトは?ここにいて良いの?」


 しかしその言葉である事に気付く。

 快の記憶では純希はまだチキン店でバイトをしていたはずだ、だと言うのに純希はずっとここにいる。


「あーバイトね、クビになっちまった」


「え……?」


 笑いながら言う純希に思わず聞き返してしまう。


「世界崩壊から店立て直すために人件費削減するんだってよ、そんで俺が選ばれたってわけ」


 軽く言う純希だが快には疑問がある。


「でも何で仕事も出来た純希が?」


 そう、純希は優秀な人材だった。

 なのに何故彼が落とされてしまったのか。


「店長にも言われたけど障害者を庇ったのがマズかったらしいな、この避難所では良くなってるけど世間ではまだ風当たりが強い」


 そこで純希は何か真剣か顔をして話しかけて来る。

 しかし快は純希がクビになってしまった事がショックであまり内容が聞けなかった。


「(俺が障害者差別を招いたから純希は巻き込まれて……)」


 底知れぬ罪悪感を身に沁みて感じる。

 自分が原因の一端を担ってしまったのだから。


「っておい、聞いてるか?」


 すると純希は快の頭に軽くチョップをして目を覚まさせた。


「あぁごめん、何だって……?」


 やれやれと言わんばかりの反応を見せた純希はまた真剣に語り出す。


「ここで匿ってるって噂が広まってる、そろそろ危ないかも知れないぞ」


 更なる罪悪感が押し寄せる。

 しかしそれ以上に純希の凄さを思い知った。


「ねぇ、純希は何でクビになった原因のためにそこまで出来るの……?」


 そう問うと純希は当たり前のような顔をして答えた。


「俺は差別を助長してまで仕事したくないと思っただけだよ、そんな理由で落とす所ならこっちから願い下げだ」


 快を安心させるような言い方の純希を見て更に胸が痛くなる快だった。


「(快、自分のせいだと思ってるか……?)」


 純希はカリスとの一件で快がゼノメサイアである事を知ってしまった。

 本人にはバレていないが純希は快が抱え込んでいるものを理解してしまう。


 すると避難所に支援をしに来ている施設の職員から快に声が掛かる。


「あ、快くん!」


「あ、みう姉のとこの……」


 その人物は姉である美宇やその旦那である昌高の同僚だった。


「いま昌高さんから連絡があって……!」


 そして快はある事実を耳にする。

 隣で聞いていた純希も驚いた顔をしていた。


「そんな……!」


 そして快は即座に走り出した。

 姉の所に向かうためである。


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 慌てた快はかつての家であり現在は姉夫婦の自宅である建物の扉を開けて中に入る。


「みう姉!」


 居間に姉夫婦はいた。

 しかし姉はソファで俯いておりそれを昌高が介抱している状態となっている。


「快くん、来てくれたのか……」


 施設の者から事情を聞いていた快は机の上にあるものに目を向ける。

 それは一冊の本とそれに添えられた手紙だった。


「っ……」


 その本を手に取る快。

 昌高は快が手に取る事を良く思わなかったようだが。

 そのタイトルと著者名にはこう書かれていた。


『罪の記録 河島栄二』


 快と美宇の両親を殺した犯人が獄中で執筆したあの事件を記した書籍だったのだ。

 ・

 ・

 ・

 その頃、街のモニターであるニュースが流れていた。

 例の書籍が発売された事を知らせていたのだ。


『七年前のあの事件、その記録を記した著書が発売。著者は被告本人です』


 険しい顔をしたキャスターが説明しているのを見ている人物が一人。


「…………」


 それはフードを被って顔を隠している咲希だった。

 何故その事件が記録された書籍のニュースを苦しそうな表情で眺めているのだろうか。

 ・

 ・

 ・

 昌高が快に事情を説明していく。


「今日これが発売されるのは知ってた、本当はもっと前の予定だったけど崩壊のせいで遅れて……」


 そして添えられた手紙についても触れる。


「なるべく触れないようにしてたんだけどまさか本人から送られてくるなんて……」


 それを聞いた快は手紙を手に取る。

 そこには犯人である河島栄二から遺族に向けたメッセージが書かれていた。


「これは……っ」


 快はあの瞬間を思い出してしまうためまともに全部読む事は出来なかった。

 しかし所々に印象に残る文面が記されていたためそこだけを見ている。


『この度は誠に申し訳ありません。勝手ながら事件の経緯などについて記した書籍を出させて頂きました、読んで頂けると幸いです』


 あの時のような荒れ狂った人物、そして快に忘れられない言葉を残した人物とは思えない丁寧な言葉遣いをされていた。


『私自身、家庭で問題を抱えており酒浸りの毎日でした。酔った時に出会った被害者のお二人が素晴らしい夫婦に見えてしまい憤りを抑えられなくなり犯行に及んでしまいました』


 罪を犯した経緯などが綴られている。


『苦しみを発散する対象にしてしまった事、非常に後悔しています。この書籍の印税は全て遺族の方に寄付したいと思っています』


 そのような事が記されているのを快は確認した。

 するとそれに合わせて美宇が声を上げる。


「そんな自分が可哀想みたいに書いてっ、ただ事実を並べて謝れば済むと思ってるの……⁈」


「美宇……」


「そんなこと言われてもこっちは納得できないよっ、お金払えば良いと思ってる辺りもさ……絶対受け取らないから……っ!」


 涙声で震えながら怒りを表す美宇。

 しかし今の快にその言葉は非常に刺さった。


「うん……」


 そして静かに自室だった部屋に入っていく。

 スマホでニュースをチェックする。

 そこには快が起こしてしまった崩壊で傷付いた者たちの意見が書かれていた。


『Connect ONEもまたゼノメサイアと協力してる感じでさ、やったこと忘れたのかよ』


 いくら反省してやり直せた所でそれを許せない者もいる。


「俺も同じ事をした……」


 誰もいない部屋で静かに呟く。


「いくら反省したって被害者からしたら納得が行かないんだ……」


 両親を殺した犯人の顔は今でも恐ろしい、とても許せるものではないだろう。

 それほどまでに快の人生に影響を与えてしまった。


「俺はよく分かってるはずなのにな……っ」


 強く歯軋りをしてしまう快。

 被害者の気持ち、加害者の気持ち。

 そのどちらも理解できるからこそ行き場のない苦しみを抱えてしまうのだった。






 つづく

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