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第37話 真実への第二歩

 午後の陽ざしがまだ残る中、ひんやりとした風が制服のスカートを揺らした。

私は、伍代先輩の前に立っていた。彼の驚いた目が、まっすぐに私を映している。


「わ、別れる!?」


先輩の声が、校舎裏に響く。

その声には、驚きと焦り、そして私の予想以上の動揺がにじんでいた。


「……はい。ごめんなさい、先輩」


私は丁寧に頭を下げた。

この言葉を口にすることに迷いはなかった。

私は、自分が間違っていたことを理解している。

だからこそ、ここでちゃんと終わらせなければならない。


「待ってくれよ! 俺たち、さっきまでうまくいってたじゃん! だから、あいつより俺を選んだんだろ!? それに、この前の公園の件だって、さっき誤解だって言ったよな!?」


伍代先輩が、一歩近づく。


──「あいつ」

彼の言う「あいつ」とは、きっと啓のことだろう。


私はゆっくりと首を横に振る。

最初から、伍代先輩を選んだわけじゃない。


私はただ、啓を傷つけるために、伍代先輩を利用しただけだった。

そんな自分が、ひどく情けない。


「別に、伍代先輩を選んだわけじゃないんです。ただ……」


「たっただ?」


伍代先輩が問い返す。その声には焦りがにじんでいた。


私は、胸を押さえながら言葉をつむぐ。


「私は……自分の気持ちに嘘をついていました」


心の奥底にある感情は、もうはっきりしている。


「先輩にひどいことをしました。本当にごめんなさい」


「……俺のこと、好きだったんじゃないのか?」


伍代先輩の声が、低く落ちる。


私は、ゆっくりと首を振った。


「先輩は……私の夢をかなえてくれた。素敵な人です。でも、それは恋じゃないんです……」


「なんだよ、それ」


伍代先輩の顔から、笑みが消えた。


その瞬間、彼の空気が変わる。

それまで見せていた余裕ややさしい笑顔が、一気に消えたのが分かった。


その変化に、私は無意識に肩を震わせる。


「本当に、ごめんなさい……先輩!」


私は、彼の前から走り出した。


伍代先輩の「待て!」という声が背後から追いかけてくる。

でも、振り返ることはできなかった。


走りながら、涙がにじんできた。


──私は、最低だ。


伍代先輩を利用して、啓を傷つけた。

結局、自分の感情をぶつけているだけだった。


そのとき、頭の中に浮かんだのは、響子さんの言葉だった。


「他人まかせで自分の見たいものしか見ない……だからそうやって真実を見失う……」


響子さんは、私のことを見抜いていた。

私は、自分が信じたいものだけを信じて、都合よく解釈して、傷つくことを避けていただけだった。


私は、啓と向き合うことを怖がっていた。


だから、伍代先輩を利用して、啓の目をそらそうとした。


そんな自分が、ひどく情けなかった。


「……もう、こんなこと、やめなきゃ」


私は、制服の袖で涙をぬぐう。

泣いている時間なんて、ない。


私は、このままでは終われない。

今度こそ、まっすぐ啓と向き合わなきゃいけない。


私は足を止めた。

目の前には、夕焼けにそまる校舎の壁が続いている。

オレンジ色の光が影を作り、私の姿を長く伸ばしていた。


そう、私は今までずっと影を追いかけていた。

過去にしばられ、誤解にとらわれ、自分の本当の気持ちから逃げていた。


でも、もう違う。


もう一度、啓に向き合う。

本当に聞きたかったことを、ちゃんと聞くために。

誤解を解くために。


……そして、


自分の本当の気持ちを確かめるために。


「……今度こそ」


私は、前を向いた。


今までとは違う一歩をふみ出す。


迷うことはもうない。

答えを出すのは、私自身だ。


ただ、大切なのは、


もう二度と、自分に嘘をつかないこと。


風が吹いた。

涙のあとが、乾いていくのを感じた。


私は、もう一度、歩き出した。

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