天真爛漫、自由奔放なお姉ちゃん。
素直になれない幼馴染。
不幸体質な薄幸美人。
メガネが似合ったこけしちゃん。
クールでかっこいい読書家さん。
いまや「きらら系」という存在は世の中にありふれています。
次なるアニメーションや漫画の題材として誰しもがやすやすとスターになれる、いわば大きらら系時代。
しかしながら不幸にもそういった機会を得ることができない、あと一歩で手が届くのにという方々、所謂「きらら系のなり損ない」があつまる学園がありました。
女子力の切磋琢磨に活動内容がトンチンカンな謎活動へのバックアップ、もちろん髪色がきらびやかだろうが、服装が突飛に突飛でも無問題。
「好きなことを、好きなように」がモットーの素晴らしい学園です。
そんな最高の学園に私、
事情があって周りの方々によりも少しばかり遅い入学になってしまいましたが、今日は転校初日。
これからキラキラ輝く素晴らしい日々が始まるのだと、文字通り瞳をキラキラさせていました。
ですが──。
六月の青空。
校門をくぐった私が目にしたものは、知り合ったばかりの女の子が殴り合うという、とんでもない光景でした。
───────
少しばかり時を戻します。
慣れない通学路を嬉々として歩いていた私、江戸鮭にいきなりですがちょっぴり不幸が訪れたところからお話は始まります。
この日のために新調した靴が先日の雨で泥濘んでいたせいで汚れてしまったのです。
オシャレは足元からと言うように、これではなんとも締まりません。
自分の不幸体質を嘆きながら、泥を拭おうと鞄に入っているはずのポケットティッシュを探りますが一向に見つかりませんでした。
途方にくれかけていたとき、無慈悲に通り過ぎていく制服姿の方々から抜け出した方がひとり。
「どうしたの?」
可愛らしいとしか言いようのない声が、頭上でぽんっと響きました。
私は初対面の方とお話するのがあまり得意ではないものですから、あたふたとしながら答えました。
「あ...靴が汚れてしまいまして...お気になさらず...」
「わあ!可愛い靴だね!よかったら私、ティッシュあるから使って!」
「え、あ、いいんですか...?」
「いいよいいよ!ちょっとまってね!」
「ありがとうございます...」
栗色の髪を湿気った空気に浮かべて、とても小柄なその少女は私にポケットティッシュを手渡してくれました。
それをありがたく頂戴した私は丁寧に、それでいて手早に汚れを拭います。
そうしてもう一度、目の前の少女に謝辞を述べました。
「...ありがとうございます」
「気にしない気にしない!困ったときはお互い様!」
その少女は
そうしてくるりと体を反転させました。
「じゃ、またね!」
私は彼女の名前だけでもと、恩をお返しするために後ろ姿を呼び止めます。
「私?私、もる子!学園に通う十五歳!よろしくね!」
「もる子さん...。あの、私は江戸鮭さしみと申します。お礼はいつか...必ず...」
「ううん!大丈夫!さっきも言ったでしょ!困ったときはお互い様!」
「いえ...、助けていただきましたし...お礼を...」
「うーん...あっ!それじゃあ私の友だちになってよ!」
「お、お友だち...ですか?」
「うん!私、今日転校してきたの!」
「え、あ、そ、そうなんですか?...実は私も、今日転校してきまして...」
「ええ!?そうなんだ!これって運命!?」
もる子さんはそう言って、私の両手を掴みました。それからぶんぶんと握手にしては激しく激しくシェイクしました。
私のほうがだいぶ身長が高いのに、体はガクンガクンと揺れてよろけてしまうほど。
「じゃあ行こ!江戸鮭ちゃん!私たちの新しい学園生活が待ってるよ!」
そうして彼女、もる子さんは私の手を引きました。
学園に向かう学生たちの間を抜けて、私たち二人だけが駆けていきます。
天真爛漫に輝く笑顔のもる子さんに、少しばかり押され気味だった私も、いつの間にか笑顔になっていました。
きっとここから本当に本当に私が私らしく輝ける日々が始まるんだと、何の根拠もないけれど、きっとそうなるんだという希望を持って私ともる子さんは学園の門をくぐりました。
ですが、私の耳に響いたのは希望の「き」の字もない怒声でした。
「待て!貴様ら!」
大声を上げられるという経験の少ない私は思わずビクリと体を震わせて足を止めました。
「何だその格好は!」
続けざまに怒声が響きます。
声を荒げるのはどこからどう見ても風紀に厳しそうな女の子。
長髪を高めポニーテールに縛って、不機嫌に顰めた眉で私たちの方へとツカツカと近づいてきたのです。
しかしもる子さんはそんな姿を気にもとめず、元気いっぱいに挨拶します。
「おはようございます!」
「ごきげんよう、だ!貴様もきらら系なら言葉遣いは気をつけろ!」
もる子さんにビシッと言葉遣いを訂正してから、すぐにその方は私の姿を舐め回すように見ました。
「なんだその格好は...。制服はどうした!」
反論するのも憚られる勢いに、私は気圧されっぱなしです。
しかし答えなければもっと状況は悪化していく一方でしょうから、私は口ごもってもごもごと答えました。
「それはその...えと...私服登校が許可されていると聞きまして...」
「私服登校だと?いつの話をしているんだ貴様。この学園にそんなルールはない!」
「え、えぇ...!?」
いえ、たしかにありました。
学園のパンフレットにも、ホームページにも記載があるのは確認済みです。
綺羅びやかで自由気ままなファッションを楽しむ学生の写真を見て私はこの学園への転校を決めたのですから。
しかし周囲を見渡す限り私服登校の学生はいません。
それどころか、いかにもきらら系っぽく髪色を奇抜に染めた学生すらほとんどいませんでした。
「学園の規則を乱す者はこの風紀委員会副会長の
そう言うとその方は私の手を掴みました。
私は何の抵抗もできずに目をくるくる回してされるがままでしたが、そっと優しくそれを静止するように手が伸びます。そう、もる子さんです。
「なんだ貴様」
「風紀委員さん。学園の規則では私服登校自由ってパンフレットに書いてあったよ?ほら見て見て!」
なぜ登校初日に学園のパンフレットを持ってきているのかは分かりませんが、たしかに私服姿の学生の写真が掲載されています。
私の間違いではありませんでした。
「言っただろう、それは古いルールだ!今は今だ!全身真っ黒なロリータファッションなんかが許されるはずがない!」
私はたしかに真っ黒なゴシックロリータ一色でした。
この日のために新調したお気に入りの一着です。
コルセットを締めて、頭にはヘットドレスをかぶり、学生カバンもフリルとお花。
靴だって十センチちょっとの厚底ブーツです。
「でもこの学園では『好きなことを、好きなように』できるって聞いてるよ!?」
私に代わって、もる子さんの口撃。
自分より大きい風紀委員さんのお顔ににじり寄っていきます。
「でもでもうるさい!服装も髪色も自由だった時代は終わったのだ!」
口撃には口撃をと言わんばかりに、風紀委員さんもグイグイと顔を寄せます。
鼻と鼻がくっつきそうに二人はいがみ合います。
「いいって書いてあるじゃん!!」
「だからそれは過去のものだ!現状を見ろ!」
「知らないよ!いきなりそんな事言われたって着替えなんてないから!ね!江戸鮭ちゃん!」
「着替えなんぞ保健室にも生徒指導室にも風紀委員会の部屋にも腐る程ある!着替えろゴスロリ!」
「無法だよ!むほー!そんなの知らないもん!それに見て!江戸鮭ちゃんこんなに大きいんだよ!?一九〇センチ位あるのに肩幅せませまで合う制服あるの!?」
「ある!SSからXXLまで用意があるぞ!舐めるな!少しくらい小さくとも大きくとも一日くらい着ればいいだろう!」
「江戸鮭ちゃんは制服よりこっちのが似合うからいいの!」
「そんなのお前の主観だろうが!!」
「だいたい風紀委員会さん!風紀委員さんの服装や髪色はいいの!?」
風紀委員さんの髪色、黒いポニーテールから見え隠れするのは澄んだ空色のような綺麗な水色のインナーカラー。
周辺学生が着ているのはよくある白を基調に青いラインのセーラー服ですが、なぜか彼女は黒セーラーに赤ライン赤ネクタイ。
それとお揃いの黒いスカート。
私ばかりが黒黒としているわけではなく、風紀委員さんも風紀委員さんで目立っているのです。
「ふふん。貴様、私は風紀委員だぞ。学園内での地位を確約された絶対的存在だ。髪色も服装も自由に決まっているだろう」
「なにそれズルい!誰が決めたの!?」
もる子さんは顔を歪めます。
「誰が決めた?何をいう、それは学園内での絶対的存在である生徒会、そして私たち風紀委員だ」
「わ〜!すっごいエゴじゃん!」
「ふふふ、なんとでも言うがいい。しかしこれこそが学園のルール!絶対的秩序!実力主義のきらら系にとっての完全な正義だ!」
もる子さんに阻まれた手を払い除け、風紀委員さんは私の胸元を鷲掴みにしようと再び手を伸ばします。
ですが、それを再度阻んだのはやはりもる子さん。
胸元に伸びてきた手を手刀で一刀両断するかのごとく叩き落とします。
そして、よろけた風紀委員さんの驚く顔を見る間もなくグッと体勢を低くしてからの、見逃しちゃうほどの足払い。
全身がふわっと宙に浮いた風紀委員さんは何の抵抗もできずに落ち行く地面へと目線を移しましたが、見るべき場所は下ではありませんでした。
体勢を整えたもる子さんは勢いよく彼女の腰に一撃、肘をねじ込みました。
一瞬の出来事に風紀委員さんは地に伏して「ぐえ」とカエルのような声を上げて、それからピクリとも動きませんでした。
「だめだよ風紀委員さん!私たちはきらら系だもん!好きなことを、好きなようにさせてもらうんだから!」
優しく笑顔でもる子さんが告げました。
きっとその声は風紀委員さんには届いていなかったことでしょう。
「勝ちたかったら、いつでも受けて立っちゃうよ!」
人差し指を突き立てて、もる子さんは自慢げに言いました。
その声はグラウンドを、いえ学園全体に響き渡ります。
ザワザワと集まりつつある学生の姿。
校舎からも何人も人が見ています。
私は今目の前で起きた暴行事件だけでも手一杯精一杯不安いっぱいなのに視線まで。
それに付け加えるように、もる子さんは言いました。
「私が生徒会長になって、この学園のルールをぶっ壊すから!」