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2−1 茶、桃、銀、金。それと


「江戸鮭さしみ!今日こそはお縄についてもらう!例え天が許そうとも、風紀委員会副委員長の質候がゆるさばぁっ!」


「七並べちゃん。今日三回目だよ〜」


さて。

もる子さんの言う通り、本日三度目の質候さんの襲撃を躱した私たちは現在、放課後を迎えたところです。

既に耳になじみつつある「覚えておけ!」をバックにもる子さんはひとつ伸びをしました。


「ふぁあ。やっと放課後だね〜」


「やっとって...もる子さん今日も寝てばっかりだったじゃないですか...」


「う〜ん?そうだっけ?」


「...今日、何の授業やったか覚えてます?」


「家庭科」


「それ昨日ですけど...」


「あれ〜?惜しいな〜」


「惜しくないです」


「まあいいじゃん!あ、そだ!江戸鮭ちゃん。今日暇?」


「ええ、まあ...。特にこれと言った用はないですけど」


「じゃあさ!スーパー行こ!」


「今日も焼き鳥屋さんですか...?」


「ちっちっち、江戸鮭ちゃん。あまり私を甘く見ちゃ駄目だよ。今日は晩御飯の具材を買いに行こうかな〜って!」


「ああ、そうなんですね...。私もちょうど買い物しようかなって思ってたんで、良いですよ」


「やったあ!じゃあ早速!」


もる子さんが意気揚々と立ち上がったところで、カラカラと教室のドアが開く音がしました。


「瀧笑薬さん。まだいますか?」


やってきたのは私たちの担任、叙城ヶじょじょうがさき先生でした。


「は〜い!」


「よかった。まだ帰ってませんでしたね。少しお時間、いいですか?」


「どうしたんですか先生?」


「江戸鮭さんも一緒ですし、ちょうど良かった。お二人に少しだけお話があったんですよ先生」


「わ、私もですか...?」


先生は笑顔でコクリと頷きました。

私はこういうときに、なぜだかとても胸がドキドキとしてしまいます。

何も悪いことはしていないはずなのに、どこか怒られるのではないかと疑ってしまうのです。

授業態度が悪かったのではないかとか、課題の提出を忘れてしまっていたとか、はたまた制服姿でないことを咎められるのではないのかとか...。

いつもそんな考えが私の頭の中をくるくると駆け巡ります。しかしながら結果としてはそれは杞憂に終わることが多いのですが。


「そんなに固くならないでいいですよ江戸鮭さん。二人ともそろそろ学園には慣れたかなって聞きたくなっただけですから」


私は今回の思い違いにも、ほっと胸を撫で下ろしました。


「もう慣れました!バッチリですよ!」


「うふふ、それは良かったです。瀧笑薬さんは毎日元気そうで先生も安心ですよ。それに江戸鮭さん」


「は、はい...!」


「江戸鮭さんも真面目に授業を受けてるって、先生方からも好評なんです。これからも頑張ってくださいね」


「あ、ありがとうございます...!」


「うんうん。あ、そうだ。お二人とも部活動とか委員会とか、そういった活動に入る予定はありますか?」


「部活か〜。江戸鮭ちゃん、どう?」


「そ、そうですね...今のところ特には...」


「うふふ、焦らなくってもいいですからね。お二人ともまだまだ新入生ですから。もしも部活や委員会に入りたいとか、新しく何かを始めたいって思ったら、遠慮なく先生に相談してくださいね」


「ありがとうございま〜す!」


先生はまたしても優しく微笑みました。

もる子さんの笑顔も相まってか、ここ数週間で一番穏やかな時間に思えました。


「と、お二人についてはここまでなんですが、瀧笑薬さんにはもうひとつ」


「?なんですか」


穏やかだった先生の表情がクワッと顰めた眉で引き締まります。


「瀧笑薬さん。色々な先生から聞くんですが、授業開始からほとんど寝てばかりだというのは本当ですか?」


「あはは...たまに寝ちゃってるかもです。ごめんなさい」


「ダメですよ。授業は真面目に受けてくださいね」


「は〜い」


反省しているのかしていないのか、もる子さんはいつもの調子で答えました。


「ちなみになんですが瀧笑薬さん。今日の一時間目の授業ってなんでしたか?」


「え〜と...現代文?」


「二時間目はなんでした?」


「古典だっけ?」


「三時間目は?」


「家庭...いや、化学!」


「その後はなんでした?」


「えっと〜、英語やって、お昼ごはん...それから五、六時間目が数学です!」


先生は腕を組んでにこやかに頷きました。

それから私に向かって問を続けます。


「江戸鮭さん。今日の時間割はなんでしたか?」


「え、え〜...い、一、二時間目が数学...。それから化学、現代文...。お昼休みのあとに英語と古典...です」


「うっそだ〜!?江戸鮭ちゃん、嘘でしょ!?ほんとにそれ!?ほんとに家庭科ないの!?」


もる子さんは私の肩に掴みかかるようにしてブンブンと体を揺さぶりました。

身長差は一目瞭然なのにどこにそんな力があるのか、一方的にガクリガクリとよろめきます。

私に向かって「ほんとに!?ほんとに!?」と言いながら、体幹が全くブレないもる子さんの頭がガシリと鷲づかみにされました。

そしてまるで古いブリキのオモチャのネジを巻くようにギリギリと後を向くことを強制された彼女が見たものは、笑顔ながらも青筋をたてた担任の姿。


「瀧笑薬さん。今日は反省文書いてから帰りましょうね〜」


「そんな〜!」というもる子さんの哀叫に耳を傾けることなく、叙城ヶ崎先生は嫌がる彼女をズルズルと引きずって行きました。


「江戸鮭ちゃん!すぐ終わらせるから!すぐ終わらせるから!待っててね!帰んないでね!待っててぇ〜!」


病院を嫌がるワンコのように、抵抗虚しく引っ張られていったもる子さんの叫びもつかの間、教室のドアがピシャリと閉まりました。


しんとした教室に私だけが取り残されます。

クラスメイトはもう既に、各々クラブ活動や放課後のティータイムを嗜んでいる頃でしょう。

吹奏楽部の奏でる楽器の音が薄っすらと、夏を帯びた空に響きました。



─────



もる子さんが連れられて、既に三十分ほどがたちました。

スマホでお洋服の通販サイトを見ていたらあっという間でしたが、こうも帰ってこないというとなると、彼女はコッテリと絞られていることでしょう。

私はうんと伸びをして欠伸をしました。

するとすぐ隣りにある、廊下に面した窓から見たことのある顔が覗きます。


「あら。ゴスロリさんではないですか」


私は大慌てで口をおさえました。


「はわ...!ほ、蛍日和さん...!こ、こんにちわ...」


蛍日和さんは慌てる私を見てクスッと笑いました。


「ごきげんようですわ」


「ど、どうも...。えっと...なにか御用でしょうか...?」


「いいえ、特になにもありませんでしてよ。今日は部活もありませんので。一人で帰るのも寂しいですからね、些細がいないかと思って教室まで行く途中ですわ」


「あ、そうでしたか...。仲いいんですね」


「そうですわね〜。もう一年も付き合ってますもの。嫌でも仲良くなりますわ〜」


「些細さんは一年生の頃から軽音楽部なんですね」


「ワタクシが勧誘して入ってもらいましたの。あの頃の些細は可愛かったですわ〜」


「今とは違うんですか?」


「もっとこう、ストレートに罵声を浴びせてきましたわね」


「それは可愛いんですかね...?」


「それに今よりもっとちんまりとしてましたわ。物質さんより少し大きいくらいですわね」


「小さかったんですね」


「とっても可愛らしかったですわ。今とは違って物怖じしないド直球な罵声を浴びせかけてくるあの精一杯感...今思い出しても愛くるしいですもの。目に入れても痛くありませんわ〜」


「それはホントに可愛いんですかね...?」


「まあ一回目に入れたときはクソ痛かったですわ」


「入れたんですか...」


「一緒にお出かけしたときなんかも意見が違ったりするとよく目潰ししてきますわ」


「入れたと言うより入れられてるのでは...?」


「些細は流されやすそうに見えますけれども、アレでいて結構意思が固いんですのよ〜」


「いや...固そうに感じます。とっても」


「この前も晩御飯にパスタを作ろうと準備をしていたのですけど、些細が牡蠣フライを食べたいとゴネ始めたんですのよ」


「これまた面倒ですね...」


「牡蠣なんてないですわ〜って言ったのですけれども、食べたい食べたい言うものですからしょうがなく買いに行きましたわ。小雨降ってるのに買いに行きましたわよ。一回ゴネたらもうどうしようもないんですわあのコ。ワガママったらありゃしませんわ」


「それは大変ですね」


「せかせか一人で行っちゃうんですもの。それにパン粉買い忘れましたし。洗濯物も干しっぱなしでしたし。踏んだり蹴ったりでしたわ〜」


「あはは...」


「ほんっと笑っちゃいますわよね。でもやっぱりパン粉がないからといって、加熱用の牡蠣を生食はヤバかったですわね。死ぬかと思いましたわ」


「全然笑い事じゃないと思うんですが...」


「苦しみに悶える些細も愛らしかったですわ〜」


「蛍日和さんってなんかこう、無敵ですね...」


「ま、些細も今じゃちょっと人見知りというか、あまり喋らないかもしれませんが、仲良くしてあげてくださいまし。ゴスロリさん」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「では、ワタクシは行きますわ。もし些細を見かけたらお声かけてくださいまし。あ、ついでに連絡先も交換していただけますこと」


「あ、はい」


連絡先を交換し終えると、登録された蛍日和さんから早速メッセージがやってきました。

「よろしく」と書かれた他愛もないスタンプが表示されます。

それと一緒に彼女のアイコンも。

そこには蛍日和さんを中心に、些細さん、持さんの三人がギュッと抱き合った自撮り写真でした。


「じゃあお先にですわ。ゴスロリさん」


「あ、はい。また...」


蛍日和さんはそう言うと、すたすたと去っていきました。

私はもう一度じっと蛍日和さんのアイコンを見つめます。


「晩御飯...牡蠣フライって言ってたけど...一緒に暮らしてるのかな」


「カキフライ」


「うわあ!?」


突然にゅっと窓の下から現れた銀髪に私はビックリして声を上げました。


「さ...些細さん!ビックリしましたよ」


「ごめんね」


些細さんは表情を変えずに、すんと澄ました顔でそう言いました。

私は鼓動を早めた胸元を押さえながら、息を整えます。


「なにみてたの」


「え、あ。えっと蛍日和さんからの連絡を...」


「ふーん...カキフライじゃないんだ」


「今ちょうどここで会いまして...連絡先を交換したんです」


「そっか。カキフライじゃないのか」


「はい...カキフライじゃないです...」


「じゃあなんでカキフライって言ったの」


どれだけカキフライに思い入れがあるのか、些細さんグイグイとこちらに向かってきます。

それはもう、窓から身を乗り出すくらいに。


「え、あ、その...。蛍日和さんが言ってたんです...。些細さんがカキフライ好きって...あはは...」


「ふーん」


「小雨の中買い物に行ったとも...あはは...」


「ふーん...」


「生食してお腹壊したとも...あはは...」


「ふーん.....」


「些細さんが凄くせがんだ...みたいなことも...あはは..」


「あの野郎絶対殺す」


「えぇ...」


「こちとらクールで無口なキャラでやってるのに何でイメージ壊すようなことすんのかなぁ、あの腐れピンク。そう思うだろ鮭」


「え、あ、えと」


「だよな?」


「...はい」


「マジでさ〜...くそ。ウチには感情ないし、みたいなキャラだろウチ。それなのに余計なことばっかだよクソが。何々が好きです〜とか言わねえっつうの。もっと頭働かせろってんだよなあ」


私は些細さん全く表情を変え無いのに、口から紡がれる田舎のヤンキーのような言動にオロオロと目を泳がせました。


「おい鮭」


「は、はい!?」


「お前、どう思うよ。ウチのキャラ」


「え、ど、どっちのですか...?」


「どっち?どっちってなんだよ?ウチどこからどう見ても無口クール感情無い系可憐な乙女だろ」


「ア、ハイ」


「率直に言ってみろ。どうだ」


「ア、ハイ。そう思います」


「本当か?」


「ア、ハイ」


「フラミンゴに言われたこと言ってみろ」


「え...」


「はやく」


「えー...些細さんは...その、罵声を浴びせてきてカワイラシイと...」


「ほおー。あとは」


「め、目に入れてもに痛くないと...」


「そんで」


「ワガママだけど愛おしいと...」


「さては無口クール感情ない系アンチだなオメー!!」


「滅相もございません!!」


真顔でキレ散らかす些細さんに、私は咄嗟に頭を垂れました。


「ったく...。おい、鮭。あんまりあのピンクの言う事を真に受けるんじゃねえぞ」


「し、承知しました...」


「ん。そうだ、てでら見なかったか」


「持さんですか...?いえ、見てませんけど...」


「そっか。どこいったんだか」


「何か御用があったんですか...?」


「うん。借りてたノート返そうと思って」


「部室にはいらっしゃらないんですか?」


些細さんは首を横に振ります。


「では持さんの教室には?」


些細さんはもう一度首を横に振ります。


「電話かメールでも送ってみては...?」


「持、連絡でない」


「え、出ないんですか?」


「うん。持、蛍のストーカーしてるときは電源切ってる」


「えぇ...」


私は一緒に焼き鳥屋さんに行ったときのことを思い出します。

質候さんに竹刀で叩かれた些細さん。

それを慰めた蛍日和さんを見て、彼女は心底悔しそうに「ズルい...!」と嘆く彼女をの顔は忘れようにも忘れられません。


「あの...持さんって、どういう...」


「ピンクラブ」


「ですよね...」


「毎日蛍の分のお弁当作ってきてる」


「おぉ...それはそれは...」


「蛍、たべないけど」


「食べないんですか?」


「うん。毛とか入ってる。恣意的に」


「えぇ...」


「あと、蛍が頼めばなんでもやる」


「...そういえば屋上にいたときに私ともる子さんの情報探ってたって言ってましたね...」


「うん」


「あれ、どうやったんですか...?怖いんですけど...」


「金の力」


「金の力...」


「持、お金持ち」


「お嬢様なんですか...?」


「違う。割の良いバイトしてる」


「ああ、そうなんですか...」


「うん。グレーなやつ」


「良いんですかねそれは...。きらら系にあるまじき単語だと思うんですけど...」


「大丈夫。あんまり犯罪はしてない」


「グレーの範囲が広すぎないですか?」


「そういうお友達に頼んで調べてもらったらしいよ。鮭ともる子のこと」


「ひぇ...鳥肌たちますよそんなの...」


「持は何でもやる女。何でもできる女。他にもあるよ。埋めた話とか。沈めた話とか」


「もういいです...」


「わかった。ん、もうそろそろ行く」


「あ、はい...。そうだ。今さっき蛍日和さんが探してましたよ。もしかしたら連絡、きてるかもしれません」


「ん。ほんとだ。どこにいる、ってメッセージ来てた」


「一緒に帰りたいって言ってました」


「ん」


些細さんはスマートフォンをみつめると、ぷいと私から顔を背けました。

そして窓から少しばかり離れてこちらに振り返ります。


「ありがと」


「!...どういたしまして」


「ウチらも交換。連絡先」


「あ...はい!」


済まし顔でスマートフォンをタップする些細さん。

そのお顔は、夕日のせいか前よりも血色がよく見えた気がします。


「じゃ、また。鮭」


「はい!さようなら、些細さん」


私は、こころなしか足取りが軽く見える彼女を目で追って、ちょっとだけ笑みをこぼしました。

どうやら本当に口数が少ないこともある些細さん。

蛍日和さんの言っていたカワイイの意味が少しだけわかったような気がしました。

なんて穏やかな時間もつかの間。


「鮭ちゃんさん...」


「うわぉぃ!」


机の下、私の足元から聞いたことのある声がしたのです。


「て、っててて持さん!ちょっと!どこにいるんですか!?」


「鮭ちゃんさん」


持さんは足元から這い上がるようにして、まるでどこかの心霊ビデオの如く髪をだらりと垂らしながら私の机に項垂れます。


「な、ななな、なんですかっ...!てか、持さんいつからいたんですか!?」


「いまさっき...」


「今さっきって...!音もなく忍び寄らないでくださいよ!」


「そんなのどうでもいいんです。鮭ちゃんさん」


「どうでもいいって...」


「どう思います?」


「え?」


「どう思います?」


「な、なにが...?」


東北みぎちゃん」


「さ、些細さん?些細さんが、どうかしました...?」


持さんは暫くじっとしてから、すうっと大きく息を吸い込みました。

そして私をクワッと見上げて


「あれっ!絶対っ!絶対ぃっ!女の目ぇしてますよねえっ!」


「えぇ...」


「あれは間違いありませんっ!絶対恋する乙女ですよっ!」


鼻先がくっつくくらいの勢いで迫りくる持さんに、私は降伏をするように両手を小さく上げて仰け反りました。


「みましたかっ!?あれっ!あの顔ぉ!ん。じゃないんですよ東北ちゃんっ!ん。じゃあないですっ!くっそーっ!」


「ちょ、持さんコンパスやめて...私の机にコンパスをドスドス刺さないで...」


ろうかな〜。ね、鮭ちゃんさん。盛ってもいいですよね〜?口に入れちゃいけないものってもいいですよねあれ〜」


「よくない!よくないです!」


「じゃあなんです〜っ?なにすればいいのかな〜私〜。腕力以外ならどうやったって勝ちますよ私は〜。埋めるか〜?埋め置くか〜?」


「持さん、ちょ、やめて...すごい、もう机の穴スゴイ...いちごの表面みたいですから...」


「くっそ〜。東北ちゃんめ〜っ。もうはみ出しちゃおうかな〜?法と倫理をはみ出そっかな〜。はみ出したいな〜」


「持さん、きらきらエフェクト出しても怖いです...。なんですかこの光景...。机に穴開けながらきらきらしてる女の子見たことないです私」


「どうしたら良いですかね鮭ちゃんさん?私、どうしたら良いですかねっ?」


「えっと〜...」


「もう巻くか〜。もう巻いちゃおうかな〜」


「巻く!?何ですかそれは...」


「巻いてカラッと揚げよっかな〜」


「え、春巻きかなんかの話ししてます...?些細さんを春巻きにしようとしてます持さん?」


「鮭ちゃんさん。東北みぎちゃんに春はこさせないよ」


「ア、ハイ...」


「とりあえず蛍先輩に私の自撮りでも送りますかっ」


「それは、いいんですかね...」


「ああ〜...蛍先輩の通知欄に私がいっぱい入ってく快感〜っ!」


「連投なんだ...」


勝手に怒って、勝手に恍惚に染まった持さん。

自撮りの連打でなんとか自我を取り戻したようで、落ち着きを取り戻しました。


「フ〜、スッとしました〜っ」


「...よかったですね...」


「ありがとございますっ!鮭ちゃんさん」


「いえいえ...私、何もしてませんし...」


笑顔になった持さんと裏腹に、一部がボコボコに穴だらけになった机を見つめた私の心は沈んでいました。


「えと...持さん」


「なんですかっ?」


「持さんは、その...蛍日和さんのこと...」


「だ〜い好きですよっ!毎晩夢に出演させるくらい好きですっ」


「出てくるじゃなくて出演させるんですね...」


「蛍先輩の一言一句は全身に刻み込んでますしっ!一緒にカラオケに行ったときのお歌も録音して毎秒聞いてますしっ!毎週手紙も送ってますしっ!全身像をプリントした抱き枕も作りましたしっ!」


「愛が重い...」


「でも使った後のテッシュと、落ちた髪の毛の収集は怒られちゃいましたっ!てへ」


「てへ、じゃないですよ...」


「それにお弁当だって毎日作ってるのに食べてくれないんですよ〜っ?まったく蛍先輩ったら恥ずかしがり屋さんですよねっ」


「お弁当...些細さんが言ってましたけど、髪の...隠し味が入ってるとか...」


「そうですっ!隠し味にちょっぴり髪の毛を間違えて入れちゃいますっ!」


「間違えて、の使い方合ってますかそれ?」


「こういうときにツインテールって便利なんですよ〜っ?結んだ先をバサッといけますしっ。それに金髪だと卵焼きでもバレにくいですからっ!」


「数本とかじゃなくて束なんですね...。もうなんかレベルが数段違いすぎて違和感無くなってきました...」


「苦労したんですよ〜っ?なんせこの学園では金髪にできるのは『星ふたつ』の中位以上ですからねっ!毎日毎日鍛えまくっちゃいましたっ!」


「動機が不純すぎる...」


「鮭ちゃんさんは金髪にしないでくださいね?」


「しませんよ...」


「ありがとうございますっ!」


「持さん...。いまサラッと言いましたけど、『星』と髪色って何か関係あるんですか?」


「うん?あ、そっか。そうですよね。鮭ちゃんさん知りませんよねっ。じゃあ説明させていただきますねっ」


「ああ、はい...」


「えっとですねえ、まず『星』ですが、これはきらら系っぽい活動をして一定の評価を上げた学生個人や、部活動なんかに付与されます」


「第二軽音部は『星ふたつ』ですよね」


「そうですっ。皆で頑張ったんですよっ!バイトしたりしてっ。それでですね、『星』のランク分けの中でも『星ふたつ』には上中下っていうランクが更にあるんですっ」


「細分化されてるわけですね」


「私は『星ふたつ』の中位ですっ。東北ちゃんも中位で、蛍先輩は上位ですねっ」


「蛍日和さんは部長なだけあって少し上なんですね」


「はいっ!で、この上中下ってのも髪色や髪型、それに服装まで関わってくるんですっ。今後のためにも書いておきますねっ!」


「あ、ありがとうございます...」


持さんは一緒に持ってきていた小さな鞄からメモとペンを取り出すと、サラサラと筆を走らせました。



『星みっつ★★★』

生徒会 風紀委員会 

上位部活動部長

(キャンプ、美術、情報処理、よさこい、他) 

髪色 青 水色 

*全校生徒で30人くらいしかいません!!


『星ふたつ★★』

上位部活動部員、中位部活動

(第二軽音部、吹奏楽、調理、放送、新聞、他) 

髪色 上、ピンク、赤

   中、シルバー

   下、緑



『星ひとつ★』

下位部活動

髪色 金



『無星』

髪色 黒 茶色





「...なんだか思ったよりも複雑ですね」


「これに加えて個人で星を獲得してたりもありますからね。それと部活も沢山ありますし」


「覚えられそうにありませんよ...。わあ...質候さんって結構スゴイんですね...インナーカラー水色だったし...」


「そうですよー。けっこうスゴイんですよあの人」


「...ところでなんですけど、書いていただいたものを見る限り、持さんの髪色ってシルバーのはずではないんですか...?」


「そこなんですよっ!面倒なのはっ!」


「うっ...はい」


「実は自分のランクより下にの髪色だったら何色にしても構わないんですっ!」


「わあ...」


「ですからっ、確実なのはその人が学園からもらった『星』を確認することなんですよねえ。一応、生徒手帳につけることになってますし。でもわざわざ皆さん生徒手帳なんて持ち歩きませんからねえ...」


「じゃあ結局は...」


「ある程度すごそうな人は覚えるか、感じるしかないですねっ」


「ふんわりしてますねえ...」


「ま、いいじゃないですか鮭ちゃんさんっ!生徒会に入っちゃえばそんなルールも変えられますよっ」


「え、いや、まあ...」


私は黒が好きで今の髪色にしていたので、正直言って髪色を変えるということはないと思います。

ですがここで興味がないと言うのもアレなので...。


「まっ!私も金髪から変える気はありませんけどねっ!」


「...そうでしたね」


会話が一段落したところで下校を伝えるチャイムがなりました。


「あれっ、もうこんな時間!?蛍先輩から返信は...きてない...。くっそ〜」


「蛍日和さんでしたら、さっき私が些細さんと話していた少し前に帰ると言って向こうに行きましたよ...?」


「え!?そうなんですかっ!?」


「は、はい...」


「くっそ〜。もう少し前から潜んでおけばよかったな〜っ」


「いや、もう潜むのは今回限りでお願いしますよ...」


「鮭ちゃんさん、ありがとうございますっ!私、追いますっ!」


「え、あ、どうぞ...」


「はいっ!その前に連絡先交換してくださいっ!今後、蛍先輩を見かけたら必ず私に連絡してくださいねっ!」


「えぇ...」


「よっし!じゃあまた今度っ!鮭ちゃんさん!バイバイっ!」


「あ、さよなら...」


嵐のように去っていく持さんの背中を見送って、私は新しく連絡先に登録された三名のアイコンを見比べました。


「ふふ...みんな同じ写真なんだ...」


いつのまにか、聞こえていたはずの吹奏楽部の音はなくなっていました。

空もより赤く赤く色づいて、特有の寂しさを醸し出していました。

この学園に転校してきて何日か、今日は一番平和だった気がします。

私が願っていたキラキラした日常とは少し違うかもしれません。

ですが、決して間違ってはいないなとも思いました。

ほんの短い時間でしたが、第二軽音部の皆さんは私に愛おしいと時間をくれた気がします。

勿論もる子さんも、ですかね。


「...そういえば、もる子さん。まだかな...」


私はポツリと吐いて、机に突っ伏しました。

毎日の疲れが出たのか、それとも何か安心したのか、瞼が段々と重くなってきます。

このまま寝てしまってはいけないと思いましたが、欲求には勝てそうにはありません。

歪んでいく風景に安らぎを感じていると、廊下の方から何やら音が聞こえた気がしました。

かつん、かつん、と、きっとそれは誰かの足音だったのでしょう。

段々とこちらに向かって来るような、一定のリズムでなる音が、私に近づいて一番大きくなったところで止まりました。

ですが、今の私にはもう、それが現実なのか夢なのかは定かではありませんでした。


「もう下校時刻じゃぞ」


微睡んだ瞳で、私は廊下を隔てる窓を見上げます。


「あ...はい...友達をまってまして...」


「そうか」


「...はい」


「その友達は、良いやつかの」


「...滅茶苦茶な人です。でも...笑顔が素敵で、とっても楽しい人ですよ...」


「そうか」


「はい...」


「瀧笑薬が戻ったら、早う帰るんじゃぞ江戸鮭」


「...はぃ」


かつん、かつん、と再び一定のリズムを刻み、人影は遠ざかっていきました。

その時の私は夢心地、浮かぶような気分でしたが、とある違和感にハッと目を覚ましました。

急いで窓から身を乗り出して話しかけてきた人物が夢だったのか、現実なのかを確認します。

廊下の突き当り、そこに人影はありませんでした。

ですが誰かはいたのです。

突き当りはちょうど階段になっていて、そこで誰かの長い髪がキラリと光ったのを、たしかに私は見たのですから。

夕日が反射したせいか、それともと廊下の暗がりのせいか、はたまた私の目がまだ微睡んでいたからか...その髪色はとても妖艶に映った気がしました。


「紫...?」







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