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2−2 部活作ろうよ!


「じゃあここに『きらら部』の設立を宣言しちゃうよ!」


パチパチと拍手がなる中で私だけは眉をひそめて、少しばかり憂鬱な気分でした。


嬉々として『きらら部』なる謎部活を立ち上げことを祝うもる子さん。

欠けた眼鏡で拍手をする蛍日和さん。

いつも通り表情がない些細隣さん。

苦虫を噛み潰したように苦悶の表情と血管を浮かせながら、唇から血が滲まんばかり食いしばって手を叩くてでらさん。


全く合わないパズルピースをねじ込んで無理やり完成させるかのように出来上がった、凸凹まみれの私たちの部活動の始まりです。

これからの私の行く末がどうなるのかは甚だ心配なところですが、なぜこうなってしまったのか、少しばかり今日を振り返ってみましょう。


───


「江戸鮭ちゃん!今日暇?」


「え、はい。まあ...」


「よっし!じゃあ部室いこ!」


「ぶ、部室...?」


はじまりはもる子さんのお誘いでした。

いつもの学園、いつもの放課後。

転校から早二週間ほど。クラスにも慣れて少しばかりはお話するような仲の友人もできました。

しかしながら、やはりといってはアレですが、転校初日の一件で未だに敬遠されているのはあいも変わらず。

皆さんのどこか余所余所しい雰囲気は拭いきれません。

未だに毎朝質候しちばそうろうさんには絡まれますし、その度にどこからかやってきたもる子さんが一撃を加えますし、私はゴスロリを強要されていますし。

一度制服で登校したこともありましたが、どこで手に入れたか、もる子さんの鞄から出てきた少し小さめのゴスロリ衣装を身に纏うようにせがまれて、いえ無理やり着せられて、結局はもうお約束になっているわけで、


「江戸鮭ちゃんは革命のシンボルだから絶対ゴスロリね!」


という謎の脅迫に身を縛られているのでした。


さて、私が連れてこられたのは部室棟三階にある一室です。

ところどころ剥げた木製の扉の上には、これまた時の流れを感じる古めかしいプレートがくっついていました。


『第二軽音部』


どうやらここは蛍日和さんたち部室のようです。

「たのもー!」とぶち破るのではないかという勢いでもる子さんは扉を開けました。


「あら、早速いらっしゃいましたわね」


中にいたのはピンク色した自称お姉さん系の蛍日和ほたるびよりさん、それに加えて毒舌無口な銀髪ショートの些細隣ささいどさん、博学で優しいけど何処かおかしい持鍍金てでらめっきさんのいつもの三人組でした。


「うん!善は急げって言うからね!」


「生徒会を乗っ取るのが善かはわかりかねますが、いいですわ。お座りになって」


蛍日和さんに促されガタつくパイプ椅子に座ります。

授業を受ける教室の半分ほどの大きさの部室、中央には二つ揃って並んだ長机。

乱雑にものが積み重なって、役割の放棄を余儀なくされた棚。

ワタの飛び出したパイプ椅子。

壁に設置されているホワイトボードには多数の文字や落書きがされています。

その中心にはでかでかと『天下を取る!』と書き込まれていました。


私とはもる子さんの向かいには些細隣さんと持鍍金さんが既に座っていました。

そして上座に蛍日和さんがゆっくりと腰掛けました。


「それでは早速始めますわ!」


「はいっ!蛍先輩!」


「いぇ〜い!」


「わー」


「ではもる子さん!まずどんな事をするかですわ!」


「えっとね!毎日がキラキラ〜ってできる感じで!それにユルユルも出来たらいいな!」


「いいですわね!」


「はいっ!蛍先輩!」


「はい、鍍金」


「ユルユルでキラキラというのは良いと思うのですがっ、それでは具体的内容を聞かれたときに困ってしまうと思いますっ」


「困ることあるの?それ」


「学園に申請する際に具体例がないと困ってしまうと思うんですよっ」


「確かにそのとおりですわね。些細はどう思いますの?」


「なんでも」


「ちょっと〜!些細ちゃん!真面目に考えてよ〜!」


「めんどう」


「あの...すみません....」


「はい。ゴスロリさん。なんですの?」


「...みなさん盛り上がってるところ悪いんですが...えと、何のお話をしているんですか...?」


私は肩をすくめて恐る恐ると言いました。


「何って、そりゃ部活動のお話でしてよ?」


「ぶ、部活動...ですか?」


眉をハの字にして困惑を顕にする私に、てでらさんが声を上げます。


「え?鮭ちゃんさん。物質さんから何も聞いていないんですか?」


「は、はい。なにも...」


私を含め一斉にもる子さんへと視線が集まります。


「てへへ!言うの忘れちゃった!」


「もう、もる子さんたら。ゴスロリさんいいですの?ワタクシたちは新たに五人で部活を作ろうと思いますの」


「な、なんでですか...?」


「それは私が説明しますねっ!」


飛び抜けるように大きな声で、持さんが胸を張りました。


「いいですか鮭ちゃんさん。私たちは第二軽音部には生徒会選挙に出る資格はございません!それは何故か?学園内のルールで生徒会選挙に出るためには星が必要なんです!」


「は、はあ...」


私は蛍日和さんたちに出会った日のこと、それに焼き鳥屋さんでのことを思い出します。

あの日は物凄い情報量が頭に入っては流れ出ていった気がしますが、『星ふたつ』やら『無星』やら、それに確か星が多いほど学園内での権力は上がっていき、最高到達点は『星みっつ』だと。


「前にも説明しましたが、改めて簡単にっ。私たち第二軽音部は『星ふたつ』。そして物質もるちゃんさんと鮭ちゃんさんは転校したてで実績もない『無星』です。このままでは生徒会を目指すどころか選挙にも出られません。生徒会選挙に出て生徒会を乗っ取る以上は最低限ここのルールを守らなければなりませんからっ」


「う〜ん。でもやっぱり面倒だなあ〜」


藪から棒にもる子さんが呟きました。


「ルールとかいいから生徒会全員をぶっ飛ばしちゃえば楽じゃないかなあ」


「いいですこと?物質さん。この前も言いましたわ。例え生徒会を全員無き者にしたとしても、他の学生が認めなければを意味がありませんわ」


「そうだけどさあ〜。不思議なんだよね」


「何がですの?」


「えっとね、今の生徒会ってさ。いっぱいルールを作ってそれで学園全体を縛ってるわけじゃん?髪色も髪型も自由じゃないしさ。みんなモブキャラみたいな感じで満足してるのかなって」


確かに私も同じ事を思っていました。

学園全体は統率されたように皆一様な格好で、個性を引き出すことも出来ていません。

もる子さんが言う通りまさにモブキャラというのが適当。

きらら系ならずとも、高校生ならおしゃれをしたいのが当然です。

しかしながらなぜ皆さんは反抗もせずに現状に満足しているのでしょうか。


「ああ、それはですね物質さん。現生徒会長の公約が発端となっていましてよ」


「公約?」


「生徒会長は学園にいる全生徒を何かしらの作品に出演させると言いましたの。ルールを守るものにはそれ相応の褒美という感じですわね」


「え〜。うそくさ〜い」


「ワタクシたちもそう思いましたわ。でも生徒会長は確かに公約を守っていますの。モブキャラのような見た目をした学生をきらら系作品のモブやちょっとしたセリフ有りの役で出演させまくっていましてよ。それにきらら系としてレベルが高いと見込まれた学生には特権、もとい見た目で個性を発揮することを許していますから、その方たちにはもっと良いオファーが来たりもしていますわ」


「へ〜」


「ま、ワタクシが言うのもなんですが、所詮はここは学校ですもの」


「どういう意味?」


「本気できらら系になろうという向上心にまみれた学生だけじゃないってことですわ。ただ可愛らしい制服だから、就職に有利だから、有名だからで入学した学生だってたくさんいますわ」


「ふ〜ん。なんか勿体ないね」


「ですが、ワタクシたち第二軽音部は違いますわ!夢はでっかく!きらら系軽音部の最高峰!いえ、きらら系で天下を取ることですわ!」


「でも『星ふたつ』なんだ」


「ふたつでも相当凄いんですのよ!?」


「まあまあ蛍先輩っ。少し話がズレた気もしますけれど、私たちが今やらなければいけないことは学生の支持を集めること。そのためには私達自身が学園でも屈指のきらら系になって、現生徒会長の公約を超える新たな公約を周知してもらうことが必要なんですっ!いいですか鮭ちゃんさん?」


「は、はあ...」


「というわけで、今日はその第一歩なんだ!」


もる子さんは立ち上がり、椅子の上にドスッと片足を乗せました。

そしてビシッと天を指します。


「まずは学園最高のきらら系になるための部活を作ろう!ってね!」


ドヤ顔をキメたもる子さんに、まばらな拍手が響きます。

この拍手は皆さんが賛成の意味を表していることは確かです。

もる子さんはもちろん生徒会に入って、学園に自由をもたらしたいという固い意志を持っています。

第二軽音部の皆さんも、蛍日和さんが言った通り『天下を取る』という目標に情熱を注いでいます。

生徒会選挙に臨むやる気十分といったところです。

しかしここで問題がひとつ。

それは、私には全く持ってそういった目標がないということです。

気合とチャレンジ精神に満ち満ちている彼女たちと違って、私自身がこの学校に来た理由は『明るく楽しい学校生活を送りたい』。

いわばこの学園内でも多くの学生が持っている意識、ただ「いい感じだな〜」でこの学園に来たわけです。

それならば彼女たちに乗っかって生徒会に入ることを現状の目標として行けばいいのでは?と思われるかもしれません。

しかし


「生徒会になれたらどうしよっか〜!」


「ワタクシは会計が良いですわ!なんだか頭良さそうに見えますわ、会計!!」


「バカっぽい」


「なんですの!?じゃあ些細は何が良いんですの!?」


「書記」


「現代文赤点が何言ってやがりますの?」


「ぶっ殺す」


「東北ちゃん!書記は私がやりたいから駄目っ!」


「持鍍金ちゃんは監査が良いんじゃない?頭良さそうだし!」


「もる子。てでらの監査は駄目」


「なんで些細ちゃん?」


「フラミンゴに激甘だから」


「甘くないもんっ!普通ですっ!」


「あぁ、確かに鍍金が監査はヤバイですわね」


「蛍先輩くらいは私の味方してくださいっ!」


「ちょっと、どさくさに紛れて抱きつこうとしないでくださいまし。マジで」


「蛍先輩、柔軟剤変えました?」


「キモすぎ」


「あ!江戸鮭ちゃんは生徒会長ね!これは決定!」


「そうですわね」


「そうだね」


「そうですねっ!」


はい。

私が彼女たちの目標に微妙に同意しかねるのは何故か満場一致で私が生徒会長につくことになっているからです。

それが最大のネックであって、そこさえどうにか打開できれば多少の協力は惜しみません。

ですがもる子さんはあの日言いました。

私に生徒会長になってよ、と。

勿論私はどうしてかを聞きました。

すると彼女はこう答えたんです。


「やっぱり江戸鮭ちゃんは生徒会長っぽい見た目だよね!」


「そうですわね」


「そうだね」


「そうですねっ」


「そんなことありますか...!?」


「うん」


「ですわ」


「そうだよ」


「ですね」


なぜか素晴らしく満場一致を繰り返す四人に私は抗議を繰り返します。


「いや、あの、ですね...皆さん。とくにもる子さん...」


「なーに?」


「私じゃなくて、生徒会長は、その、もる子さんがなったほうが良いと思うんですよ...」


「そうかな〜?」


「そうですよ...目標もありますし、学園を自由にしたいって公約だってあるじゃないですか...」


「でも江戸鮭ちゃん背高いし」


「関係あります!?だったら蛍日和さんも高いですよ...!私よりは小さいですけど...」


「蛍日和ちゃん何センチ?」


「167ですわ」


「江戸鮭ちゃんは?」


「...178です」


「ほら〜やっぱり江戸鮭ちゃんのが良いって」


「どういう基準ですか!?」


「だってこう、さ。生徒会長を中心に並んだ時に真ん中が一番大きい方がバランス取れない?」


「なんですかその理由!?」


「もし、もしもだよ!もしも私が生徒会長になったとしたらさ、江戸鮭ちゃんより30センチも小さいわけだからさ、こう...並んだとしたら、私がきっと中心じゃん?そうしたらさ端っこで一番大きい江戸鮭ちゃんが一番パワータイプっぽく見えちゃってバランス悪いなって」


「パワータイプ!?なんですか戦うんですか私たち!?悪の組織とかと戦いませんよね?」


「生徒会とは戦うよ?」


「そうだけど...!そういう意味じゃない!」


「持鍍金ちゃん何センチ?」


「152です」


「些細隣ちゃんは?」


「157」


「じゃあ並びは右から蛍日和ちゃん、私、江戸鮭ちゃん、持鍍金ちゃん、些細ちゃんね!同じ順番で役職は監査、副会長、会長、書記、会計で!」


「意義なしですわ」


「いいよ」


「はいっ!」


「皆さんのその謎の統率感なんなんですか!?」


「じゃあ部活動の内容決めに戻ろっか!」


「無視!?」


「もる子さん。やはりここは最近流行りの偶蹄目を全面に押し付けるのが良いと思いますのよ」


「蛍日和ちゃん、それきらら系なの?」


「ウチ、苗字、志摩にする」


「学校に住むのってありかな?もういるんだっけ?じゃあ新聞配達するのはどうかな?ゲーム作る?スルメイカ干したりとかもありかな、持鍍金ちゃんツインテールだし!でもやっぱりアウトドアがいいな!」


「もる子さんも何か混じってませんこと?」


私の渾身の声は皆にかき消され、いまやもる子さん、蛍日和さん、些細隣さんは激論を交わしています。

そんな三人を見て、私はため息をつきました。


「鮭ちゃんさん。どうしました?」


「え...?」


「ため息、ついてましたからっ」


「あ、え、はは...すみません、持さん」


「大丈夫ですよ。怒ってません、ただ」


「ただ...?」


「鮭ちゃんさん。楽しそうだなって」


「え...?」


「ため息ついてても、お口はちょっと笑ってました」


私は慌てて自分の口元をおさえました。

そんな私を見て持さんは微笑みます。


「ふふ、楽しいですよねこういうひとときって」


「...。」


私は何も答えませんでした。

決して楽しくなかったから、というわけではありません。

ただ、少しだけ「はい」と答えるのがどこかむず痒かったのです。

それを見透かすように持鍍金さんはもう一度小さく笑みをこぼしました。


東北みぎちゃんの本性知ってますよね?蛍先輩と東北ちゃん、ちょっとした事で言い合いになっちゃったりして、いつもドタバタなんです。そういうときは私もさっきの鮭ちゃんさんみたいに苦笑いしてますから」


持さんは何かを思い出すように目を瞑りました。


「そんな楽しい思い出がいっぱい。『天下を取る』なんて目標を持ってる私たち第二軽音部ですけれど、こうやってただこんな時間を過ごせることが一番キラキラしてるなって思うんです。あっ、勿論目標は叶えますっ!でも、これはこれで幸せだなってっ!」


私は転校初日から今日までを思い返しました。

もる子さんと出会って、風紀委員会の質候さんに目をつけられて、購買で騒いで、第二軽音部の皆さんに出会って、少しだけれど皆で出かけて、なぜか生徒会に立候補することになって、私が生徒会長候補にされそうになって...。

楽しい、だけでは済まされないことも多々ありました。

けれど、楽しくない事ばかりではないのもたしかでした。

半月にも満たないこの期間は、私にとってとても密で、それでいて忘れたくとも忘れられないものになっていた事に間違いはありませんでした。

嫌なことももちろんあります。それに不穏なことばかりですし...。

ですが、転校前の私では考えられないほど楽しい時間があったことは確かです。

「明るく楽しい学校生活を送りたい」という願いは、ほんのちょびっとですが叶いつつあるのかもしれません。


...そうですね


「いってえですわ!何しやがりますのもる子さん!ぶち飛ばしますわよ!!」


持さんに気付かされた、私の小さな小さな肯定は脆くも蛍日和さんの叫びにかき消されました。


「だって私があってるもん!今は軽音部は時代遅れだよ!流行りに乗らないとだよ!」


「だから、鹿系軽音部になりましょうって言ったじゃないですの!」


「鹿系の意味がわからないよ!鹿もかなり遅れてるし!時代は写真にキャンプ!もっと外に出ようよ!」


「なーにがキャンプ、なーにがアウトドアですの!山登るのにも写真取るのにも金がかかりすぎですわ!もっときらら系は慎ましくですわよ!それにお言葉ですが、鹿も軽音も遅れてませんわ!鹿はまだしも、きらら系軽音部は不滅ですの!例え私がボッチだろうと突っ走ってやりますわ!ねえ些細!そう思いますわよね!」


「どっちもクソだから黙れよ」


「「なにー!」ですわ!」


「はっはっは!今日こそはお縄についてもらうぞゴスロリ!この質候が刺客を連れて参上したからにはな!」


「七並べちゃんはだまってて!」


「うぼぁず!!!」


「些細ちゃん!いい?今は流行りに乗っかるべきだよ?わかる?新しいものを生み出せないんじゃ何も進まないの!」


「産まなくていいし。二番煎じでいいし。何番煎じでも流行ればいいんだよ流行れば」


「量産型きらら系に未来はないよ!」


「あらあら〜?そんなこと言うんだったら物質さん?アナタだって見た目はどっからどう見ても量産型きらら系主人公みたいですわよ〜?栗色ショートカットなんて特徴ないないの元気っ子ですわ〜。もっと自分磨きしてはいかが、ぅぼぁ!!」


「黙ってて蛍日和ちゃん!今は些細ちゃんと話してるから!」


「そうだぞ全身ピンク。タイトルが星で区切られた四コマ漫画のキャラみたいな見た目しやがって。チョココロネの細い方を千切るか、もしくは高良に改名しろ」


「も、もぅ、喋る元気もないですわ...」


「よーし!じゃあ理解らせちゃうもんね!些細ちゃん!流行が何なのか教えてあげるよ!体に!」


「言うじゃねえか天津甘栗。今度は正々堂々一対一のタイマンだコラ」


バチバチと火花を散らすもる子さんと些細隣さん。そして床に寝そべる息絶え絶えの蛍日和さん。

あといつの間にか伸びてた質候さん。

いつも通りかと言えばいつも通りかもしれませんが、取り敢えず二人のまったくキラキラしていない死闘のゴングを取り上げるべく、私は重い腰を上げようとしました。

すると


「申し訳ないが、ちょっといいかね」


私の背後から聞き慣れない声がしました。

振り返るとそこには淡い黄緑の長髪を携えて、魔法使いのようなヘンテコな帽子とブカブカの白衣を身にまとった猫背の女の子がひとり立っていました。


「あたし、質候さんに連れてこられたいのうっいうんだけどね」


「え、あ...はい。はじめまして...どういったご要件でしょうか...?」


「そのね、風紀委員会からの刺客ーって名目だったんだけど...うん。なんか、な、うん。どうしたらいいのかと思ってね」


「あ、え?ああ〜...質候さんが言ってたあの、刺客さん...ですか...えと、あ〜...ど、どうします?」


「どうします、と問われてもな...。じゃあ取り敢えず名乗りだけでも...練習させられたし」


「練習とかあるんですか...。ど、どうぞ」


「あ、ども。風紀委員会からの刺客ナンバーいち。スピリチュアル系部活動『占い部・侑來來うらら』部長、二年のいのう綯袖ないそでだよ」


「よろしくお願いします。江戸鮭です」


「質候さんから伺ってる。伺ってたんだけど、どうしようかね」


「...どうしましょうかね...」


「ね」


あちらでは一触即発、こちらでは意味のわからない不思議な空気に、今や室内は混沌としています。

持さんに助け舟を出して貰えないかとチラと彼女を見ましたが、先程までいた机の向かいに姿はありません。

恐る恐ると後を見ると、死に体と化している蛍日和さんの上にぴったり重なって寝そべっていました。

何をしてるのかは知りません。

知ろうとも思いません。

助け舟はありません。

助け舟どころか船も無ければ人もいません。頼れるのは自分だけです。


「じゃあ、占ってもらえます...かね?」


「あたしはいいけど...いいのかな」


「あ、駄目なら大丈夫です...よ。急ですし...」


「いやいや。あの、ね。あたしは良いんだけどね。ほら、風紀委員会から頼まれてるからさ、成果というかそういうのも一応報告入れないといけないしね」


「あー...結構細かいんですね...。でもまあ...質候さんがこれですし...」


「そうねぇ...。まあいいだろ。あたし戦うとかそういうの向いてないし。そんじゃあ、何占う?」


「それじゃあ...名前とか...」


「名前?」


「はい...今ちょうど、新しい部活を作ってるというか、何部にしようかの会議というか...きめてるんですけれど...」


「そうは見えないけどね」


「ですよね...」


「で、何をする部活にしたんだい?」


「まだ全然決まってなくて...それで、」


「名前を先に決めようかってか。ふふん。面白いね。OK、じゃあきめよっかね」


いのうさんは私をじっと見つめます。

彼女の瞳はまた、キラキラと菱形を描いていました。

それから順番に、取っ組み合う二人を、寝そべる二人を。

顎に手を当てて、ふんふんと鼻にかかった声を鳴らした彼女は、もう一度私の方へと向き直りました。


「キミたちはあれだな。とってもバラバラだな」


「バラバラ、ですか...?」


「うむ。天下を取りたいってヤツと、元通りにしたいやつ。好きな人とべっとりしてたいやつ。ずっと思い出を大切にしたいやつ。ただ日常をすごしたいやつ。皆違ってる。でもそれがいいね」


「わあ...わかっちゃうんですか...?」


「私の能力だね。『のうめん』って名前なんだ。自分でつけたんだけどね、結構お気に入り」


「のうめん...」


「ホントは見えないものを見えるように、見えるものを見えないようにする能力なんだよ。深層心理や思い出なんか覗き見させてもらった。だから占いはその応用だね。ま、最近じゃ専らその人が持ってる能力の本質を見て名付けとかしてるけどね」


「あ、じゃあ些細さんの名付けっていうのも...」


「些細か。『易読仮名えきどくいろは』だね。イケてるっしょ?結構お気に入りだよ。ま、それは置いといて、君らの部活の名前だったね」


「あ、はい。そうでしたね...」


「う〜...じゃあ、きらら部ってことでどうかな?」


「きらら部...ですか?」


「うむ。キミたちはバラバラだといった。だがとてもキラキラしているよ。アホなことで馬鹿騒ぎできるいい仲間だね。まるで第一世代のきらら系みたいだよ。だからそんな日常の幸せを忘れないように、『きらら部』だ。単刀直入、シンプルが一番だからね」


祈さんはニカリと笑いました。

私もつられて少しだけ笑みを浮かべました。


「ありがとうございます」


「いいよいいよ。それよりも後ろの惨劇を止めたほうが良いんじゃないかな?」


祈さんは私ごしに、わざとらしくもる子たちを確認する素振りをしました。


「...そうします」


私は掴み合って膠着しているお二人さんに声をかけました。


「もる子さん、些細さん。一旦ストップで...」


「もすこし」


「ちょっとまってね江戸鮭ちゃん!...あれ?その後ろの子誰?」


もる子さんは質候さんと一緒にやってきた祈さんに気づいていなかったようです。

ですがさすがもる子さん。

彼女を認識した途端に、こんな状況にもかかわらず挨拶をしました。


「こんにちわ!私、もる子!一年一組だよ!よろしくね!」


「よろしく。私は祈、占い部の祈だ。もる子君、つかぬことを聞くけどいいかい?」


「なんですか?」


私の隣をすたすたと、祈さんの小さな背丈が通り過ぎました。

靡く黄緑の髪は風に乗る速度を上げて、もる子さんに向かっていきます。

そして彼女の髪だけでなく、身体も、長い白衣も風に乗って宙を舞いました。


「争いごとは得意かな?」


ドロップキックの要領で空を切った祈さんに、私は驚きを隠せませんでした。

先程が言っていた戦いは苦手というのは不意をつくための嘘だったのでしょうか。

もる子さんは些細さんと掴み合っています。

私からではもう、祈さんに手を伸ばしても届きそうにはありません。

このままでは直撃は免れないでしょう。

そう思いました。


「どっせーい!!!」


「いたくなぃい!」


「ねぎぃ!」


ですがもる子さんが一筋縄で行くわけがありませんでした。

掴みかかっていた些細さんをその怪力で瞬時に軽々と持ち上げると、そのままライダーキックをかました祈さんに叩きつけたのです。

祈さんは一撃ノックアウト。

ついでに些細さんも床に伸びています。

小さな教室のなかで、七人中五人が床に伏しているというなんとも謎の状況。

これにて今日の戦いは決着となりました。



──────



「貴様ら!次はないからな!覚えておけ!」


祈さんを肩に抱えた質候さんは、そう言い残すと勢いよく部屋の扉を締めました。


「嵐のごとくってやつだね!」


もる子さんが嵐では?と言いかけましたが、今はやめておきました。


「でも『きらら部』か〜。ぴったりちゃぴったりかもね!」


「...まあ、良いんじゃないですかね...?祈さんもシンプルが一番って言ってましたし」


「祈ちゃん?さっきの襲ってきた子?」


「そうです...。争い事を望むような方ではないと思ったんですけどね...」


「あれが七並べちゃんの言ってた刺客ってやつ?ま、勝ったしいっか!」


「もる子さんが良いなら...まあ」


改めて私は辺りを見回します。


「蛍先輩っ!メガネ大丈夫ですか!?ヒビ入ってますよ!?」


「大丈夫ですわ。こうなることを予想して予備持ってきましたから。それより鍍金も大丈夫ですの?」


「私は大丈夫ですっ!むしろイキイキしてます!寿命がすごく伸びましたっ!!」


「ならいいですわ。それに比べて...些細〜?大丈夫ですこと?痛くなかったですの?」


「痛かった。持のガードあったけど痛かった」


「あらあら。なでなでして差し上げますわ〜」


「ゆるさん。もる子。いつかつぶす」


「ぐぎぎぎ...東北みぎちゃん...私の、私の先輩なのにっ...ゆるさん...」


第二軽音部の皆様も一応は何の被害もないようでした。

いつものように...なのか、きっとこれも彼女たちなりの日常風景なのでしょう。

もる子さんが自分勝手に盛り上がって、蛍日和さんはとってもマイペース。

些細隣さんは静かで毒舌だし。

持さんは持さん。


これがきっとこれからも、私の日常になっていくのでしょう。

これが正しいのか間違っているかはわかりません。

でもこれはこれで...。

...生徒会長になるということだけは納得はできませんけれど...。


「じゃあここに『きらら部』の設立を宣言しちゃうよ!」


パチパチと拍手がなる中で私だけは眉をひそめて、少しばかり憂鬱な気分でした。


嬉々として『きらら部』なる部活を立ち上げことを祝うもる子さん。

欠けた眼鏡で拍手をする蛍日和さん。

いつも通り表情がない些細隣さん。

苦虫を噛み潰したように苦悶の表情と血管を浮かせながら、唇から血が滲まんばかり食いしばって手を叩くてでらさん。


全く合わないパズルピースをねじ込んで無理やり完成させるかのように出来上がった凸凹まみれの私たちの部活動の始まりです。

これからの私の行く末がどうなるのかは甚だ心配なところです。

ですけれども、少しばかりは楽しみなのかもしれません。



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