「どうだった。蛍日和ちゃん?」
「ダメダメですわ」
蛍日和さんはふんわりしたパーマを揺らしながら首を横に振りました。
どこもかしこも学生の声でキャイキャイとしている学園ですが、私たちは今、少しばかりもの静かな場所にいました。
それは、きっと自分一人だったら訪れることがないであろう場所、職員室です。
今はお昼休み。
いつもだったら私ともる子さんで机を合わせてご飯を食べている時間です。
授業は寝ていても、この時間だけは起きている彼女にとって至福のひととき。
早食いな上に大食いで、パンの追加購入を厭わない彼女がどうしてお昼の時間を早めに切り上げてまで蛍日和さんと一緒に職員室までやってきたかと言うと、
「通りませんでしたわ。部活の申請」
そうです。
先日結成した、いえ、無理やり結成された部活動『きらら部』を正式に部活動として認めてもらうべく訪れたのです。
「え〜。何が駄目だったの?」
「やっぱり...活動内容が不明瞭ですし...。それに使える教室がないとかじゃないですかね...?」
「え〜!きちんと書いたよ!?見てよほら!」
もる子さんは蛍日和さんから用紙を引ったくり、私に見せつけます。
『活動内容・学園に反旗を翻す』
「なんでこう、正直に書いちゃうんですかね...」
「事実だし!」
「もっとこうオブラートに包みましょうよ...」
「じゃあ『生徒会をぶっ壊す』とか?」
「オブラートって知ってます?」
「デンプン?」
「ゼラチンですわ」
「成分じゃないです...」
本気で言っているのかどうなのか分からない二人のボケを躱しながらも、私はこれはこれで良いのではないかと思いました。
私の意志とは関係無しに、学園側から設立を拒否されているとなれば、もる子さんの考える暴力革命じみたじゃじゃ馬ムーブも鳴りを潜めてくれるのではないかと。
そうなれば既にそこで伸びている質候さんのルーティンと化した襲撃も、謎の刺客の強襲もなくなりますし、目の前で行われるヒヤヒヤしたバトルも拝まなくて済むからです。
自分の好きなお洋服で通えなくなるのは少しばかり残念ですが、そんなものは微々たるものです。
「まあ、断られてしまったのなら...」
「よし、じゃあ活動内容考えよう!今から!はい!蛍日和ちゃん」
「えぇ...」
なんて都合よく、私の思い通りに行くわけもなく、もる子さんはまたしても勝手にお話を進めるのでした。
「そうですわね。やはりここは『きらら部』という名の通り『きらら』をすればいいと思いますわ!」
「その心は!」
「そりゃもうゆる〜い生活ですわ!」
「よし!ゆるい生活っと─」
「いやいや...活動内容が『ゆるい生活』って意味がわかりませんよ...」
「そっかな?」
「結局なにするんですかそれ...」
「結局なにするの蛍日和ちゃん」
「そんなことワタクシに聞かれても」
「蛍日和さんが言ったんじゃないですか...」
「じゃあ他に意見ある人!」
「ハイですわ!」
「はい蛍日和ちゃん!」
「そうですわね。やはりここは『きらら部』という名の通り『きらら』をすればいいと思いますわ!」
「なんか同じ流れになってませんか...?」
「その心は!」
「やっぱりきらら系といえば百合ですわね!ゴリゴリの百合ですわ!」
「よし!ゴリゴリの百合と─」
「学園に提出する書類になんつーもん書いてるんですか!」
「だめかな?」
「ダメですよ!もっとこう、キッチリした...ちゃんとしたこと書いてください!」
「きちんとかあ。じゃあえっと、不純異性交遊...」
「もっと駄目ですよ!!」
「そうですわよ物資さん!百合となんですから同性ですわ!」
「そこじゃないです蛍日和さん!」
「不純同性交遊っと」
「書くなー!」
私の渾身の叫びに、ふたりの暴走もどうにか止まったようでした。
「江戸鮭ちゃん。蛍日和ちゃん。あのさ『きらら部』って名前にしたけど、改めて考えると凄く難しいよね」
「そうですわねえ」
「私たち既に程々にはきらら系だと思うんだ。
花の女子高生だし」
「それはもうその通りですわ。自他ともに認める可憐さを誇っていますし。けれども、きらら系っぽい活動をするに当たって『きらら部』と名乗れるほどの活動内容といいますと、うーんですわね」
「放課後にダラダラしたり、なにかに打ち込んだり、趣味とかお出かけとか?」
「部活として成り立ちそうな要件が一個もありませんわね」
「もっと具体案が欲しいよ〜」
「そうですわねぇ。よりきらら系に詳しそうな人がいらっしゃったら良いのですが」
私を置いてけぼりにして突き進む二人は同時に顎に手を当てて考えるポーズをとりました。
その間「百合...」「四コマ...」「カワイイ」「癒し」「ゆるふわ...」「音楽...」「男が滅亡しつつある...」「ゾンビ...」「似てるやつが多い...」などあるあるだったり不穏だったりな言葉がチラホラと口からが吐かれていましたが、あるところで「あ」っと、またしても二人は同時に何かを閃いたようでした。
「蛍日和ちゃん」
「なんですの」
「七並べちゃんって確かさ、学園内でも上位のきらら系なんでしょ」
「ですわよ」
「それにきらら系っぽくないことをすると怒るじゃん。ってことはきらら系に詳しいよね」
「もる子さん」
「なーに」
「ワタクシも同じ事を考えていましたわ」
そこからの二人は迅速でした。
蛍日和さんが職員室にいる最中、いつものように現れた質候さんを、いつものように伸したもる子さん。
質候は体を廊下に埋め、今もまだ起き上がることはなくそのへんに放置されていました。。
そんな質候さんにお二人は、
「七並べちゃ〜ん。おきて〜」
「
「ぶっはぁ!なに、何する貴様ら!おい...んんんっ!やめ...やめい!」
田舎のヤンキーの如き座り方をしながら、地に伏している質候さんの顔面にペットボトルの水をかけ始めました。
「ちょっと...!何してるんですかふたりとも!」
「「え?」」
どこからどう見ても不良漫画のワンシーンにか見えない行為をせっせと行う二人は、私の声に不思議そうな顔をしました。
「もっと普通に起こしてあげてくださいよ!質候さん溺れてますよ!?地上で溺れてます!」
「え?私いつもお姉ちゃんにこうやって起こされてたけど」
「ワタクシも居眠りしたらこうやって起こされていましてよ。些細に」
「ふたりともどんな環境で生きてるんですかね...。とにかくストップ!」
古来からの蛮行を当たり前のように行う二人に、質候さんは眉を釣り上げながら立ち上がります。
「貴様らぁ!なんだ今のは!」
「すみません質候さん。これには訳が...」
「きらら系ならきらら系らしくもっと可愛らしい責めを行え愚か者!」
「えぇ...」
的はずれな指摘をした質候さんに、もる子さんは天真爛漫にお話を進めます。
「七並べちゃん!質問なんだけどいいかな!」
「質候だ!何度言ったらわかる愚か者めが。それに風紀を守れん馬鹿どもに私が何かを答える義務があると思うか?」
「いまさ、すっごく悩んでてさ〜」
「私の話を聞け!答える義務はない!」
「もしも七並べちゃんがきらら系っぽい部活を作るとしたら、どんな部活にする?」
「貴様の耳は飾りか?風紀委員会として答える義務はないと言っているだろう!」
「七並べちゃん。きらら系に詳しいからさ。これぞきらら系!っていう活動内容聞いてみたいな〜って」
「何度言えばわかる!貴様らのように風紀を乱す馬鹿に答える筋はない」
「す、すみません、質候さん...。もる子さんもほら、ちょっと強引すぎですって...」
「きらら系らしい部活をするなら何が良いか。そんなもの決まっているだろうが!」
「...はい?」
「第一にきらら系とは美少女率が圧倒的に高いゆるふわ作品群だ!放課後にお喋りをするがよし!バイトをするがよし!適当な職についてもよしだ!重要なのはそこの中心に主人公たる乙女がいて、取り巻く環境に友人と言える数人以上の乙女がいることだ!そんな事も分からんのか愚か者!やっていることが新聞配達だろうが、ゲームづくりだろうが魔法使いだろうが魔族だろうがそんな事は二の次だ!第一に必要なのは乙女がいてフワフワしたケーキのような甘い時間を過ごすことだ馬鹿者!更に言えばそこに別要素を添付することも好ましい!代表例をあげるなら百合要素!それと萌えだ!勿論、日常的な会話のやり取りから繰り広げられるちょっとした笑いも必須だがな!しかしそれはギャグとは違う!笑わせようと狙いすますのではなく、キャラの持ち味を活かした笑いを提供しなければならない!ここは勘違いするな!つまるところだ!貴様の質問、『きらら系らしい部活をするなら何がいいか』は質問自体が間違っているのだ!可憐な乙女が何かをしていること自体がきらら系なのだ!よく覚えておけ!活動内容が何かということは最重要ではないということがわからないのか愚か者!」
「えぇ...」
「だが、貴様らには可憐さも百合要素も笑いも何も持ち合わせていない!正反対、暴力性のオンパレードだ!今ここで即刻お縄につけ!江戸鮭さしみ!!」
「私ですか!?」
喋るだけ喋りぴしゃりと私に指をさした質候さん。
彼女はいつも通り私に掴みかかろうとすべく近づこうと試みましたが、もる子さんのいつもの一撃に呆気なく昼休み二度目の床を眺めることとなりました。
「得意なことだけめっちゃ喋るんだね七並べちゃん」
「
「でも良かったねヒントもらえて!大切なのは内容じゃない!取り巻く環境が重要なんだね!」
「そうですわね!」
「...あの、喜んでいるところあれなんですけど...。結局、活動内容はどうするんですかね...?」
にっこにこで喜ぶ二人ですが、結局問題である『きらら部の活動内容』を何にするかは解決していません。
また最初に戻っただけに過ぎませんでした。
「そうだよ!だめじゃん!結局内容決まってない!どうしよ〜!」
「もる子さん!こうなったらもう
「そうだね!蛍日和ちゃん!よ〜し!」
倒れ伏す質候さんの頭上で二人はさっきと同じように腰を下ろします。
「まってください!それこそ堂々巡りですって!...冷静になりましょう冷静に」
二度目の強行を踏みとどまった二人に安堵しながら、私は少しばかり考えていました。
このまま活動内容が決まらなければ、もる子さんが行おうとしている学園の改革、生徒会へのカチコミ、そして私自身が生徒会長になる事を阻止できるのではないかと。
もる子さんには少しばかり申し訳ないかもしれませんが、私はただ静かに、ちょっぴりキラキラした生活ができればいいだけです。
もる子さんがいて、蛍日和さんたち第二軽音部の皆さんがいて、それからクラスメイトの方たちとも段々と仲良くなれればそれで...。
「そういえばもる子さん。聞いてもよろしいですの?」
「なーに蛍日和ちゃん」
「どうしてそんなに活動内容にこだわっているんですの?」
「え?だって活動内容が決まってないから部活動として認められなかったんでしょ?」
「え?違いますわよ?」
「え?蛍日和ちゃん。言ってなかったっけ。認められなかったって」
「認められませんでしたわ。ですけど活動内容が理由なんて言ってませんわワタクシ」
「は?」
「認められなかった理由は、ワタクシの担任が顧問になってくれないからってことでしてよ。顧問がいなければ部活として申請できないルールですからね!おほほ!」
蛍日和さんの高笑いが響きました。
私ともる子さんが職員室前から去る背中に、質候さんの隣にもうひとり床を舐める人影があったのは言うまでもありません。
──────
「ってことがあったんです!」
「そうだったんですねぇ」
時は過ぎて、放課後。
私たちは寂しくなった教室にいました。
クラスメイトは既に誰もいません。
「部活を作りたいけど顧問の先生がいないということですね」
そのかわり、といってはなんですが教卓で話しているのは私たちの担任である叙城ヶ崎先生です。
「そう!そうなんです!」
「たしかに蛍日和さんの担任の
「ってわけで〜!叙城ヶ崎先生!私たちの部活の顧問になってくれますか!」
「先生がですか?」
「そうです!この前の放課後言ったじゃないですか!何かあったら何でも言ってねって!」
「そうですけれども...う〜ん」
「お願いします先生!頼れる人いないんです!」
叙城ヶ崎先生は深く考える素振りを見せました。
ですが、もる子さんはどう答えられたとしても押しに押すでしょう。
叙城ヶ崎先生が今現在顧問をしている部活は服飾部。部員も少なく、活動もほとんど行っていないようでして、幽霊部員ならぬ実質幽霊部。顧問らしい姿を見ることもないと
「わかりました。いいですよ顧問。先生でよければ」
「やったぁ〜!」
もる子さんは先生の答えに飛び上がりました。
「ただし、瀧笑薬さん。いくつか条件があります」
「え〜。なんですか〜」
「ひとつめ。この前も言いましたけど、ちゃんと授業を受けること。今度から寝てたなんて聞いたら許しませんよ」
「は〜い」
「ふたつめ。部活を作るならちゃんと活動すること。きらら系っぽい活動、ちゃんとできますか?」
「勿論です!」
「いいですね」
叙城ヶ崎先生の快い返事にもる子さんは今一度感嘆の声を上げました。
「みっつめ、の前に。瀧笑薬さん。噂というか、まさに鵺茶先生から聞いたんですけれど、毎日のように風紀委員の質候さんとなにやら揉めているというのは本当ですか?」
「もめてるって訳じゃないですけど、七並べちゃんがいつもつっかかかってくるんですよ〜」
「何か原因があるんですか?」
「う〜ん。私達がきらら系っぽくないとか...。あとなんか江戸鮭ちゃんの服装がだめって言ってました」
「あ〜...」
叙城ヶ崎先生の目線がすいっとこちらに向きました。
そして私を舐め回すようにゆっくりと瞳を動かします。
足元から始まり、ふくらはぎ、膝、ふともも、腰、おなか、胸元、首、そして頭。
見られている私がわかるほどにゆっくりと。
毛先までじっくりと見終えると、先生は少しだけニヤリと口角を上げたように感じました。
「たしかに。江戸鮭さんの服装は今の生徒会が決めた
わかっていましたが、この格好は校則違反。
学園のルールを守らない学生に注意しない先生はいないでしょう。
今まで風紀委員の質候さんだけが注意してきていたことだけが逆におかしいのです。
いくら自分の意志とは関係なく、もる子さんに半強制されてゴスロリ登校しているとは言え、怒られて当然です。
私は身を強張らせました。
「生徒会が決めた
意外な答えに、私は面食らいました。
このまま先日のもる子さんのように生徒指導室コースだと思っていたのに。
「いまも学園自体が自由なのは変わっていません。ルールはルールですけれど、それは生徒会が決めたことですからね」
「...えと、じゃあこの格好は」
「先生として咎めることはありませんよ。今まで通り風紀委員にはなにか言われるかもしれませんが」
「お〜!よかったね江戸鮭ちゃん!」
「あ、ありがとうございます...」
「じゃあ一件落着だ!先生が顧問になってくれるし!江戸鮭ちゃんもこれで生徒会長になれるね!」
「いや、それは...」
「先生!ありがとうございました!じゃあ早速、部活スタートだよ!」
ぎゅっと私の手を掴み、もるこさんが教室の後方へと駆け出します。
向かう先は勿論、蛍日和さんたちが待っている第二軽音部の部室です。
私にとって部活の始まりは、少しばかり嫌なことです。
生徒会長になる気はありませんし、暴力も嫌ですから。
ですが、すこしだけワクワクしている自分もそこにはいました。
「瀧笑薬さん」
もる子さんがドアに手をかけたそのとき、先生の声が響きます。
「なんですか?」
歩みを止めて、もる子さんは先生に顔を向けました。
「まだお話は終わってませんよ?」
「あれ?そうでした?」
「はい。まだ先生は最後の条件を言ってません」
「え!まだあるんですか?」
「ありますよ」
叙城ヶ崎先生がニコリと首を傾けました。
視線の先はもる子さん、ではなく私。
もる子さんと話しているはずなのに、見つめる先はなぜか私でした。
「最後の条件ですけれど、」
何かおかしいと思ったその瞬間、何やら白い線が教室中を反射して、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされました。
そのうち私に向かってきた一本をもる子さんは叩き落とします。
その一閃を攻撃と認識したもる子さんは叙城ヶ崎先生へと教室の端から端へと飛ぶように距離を詰めました。
敵意があるならば、彼女にとっては相手が先生だろうが何だろうが関係はないようです。
いつものように放たれたもる子さんの一撃。
昏倒必至の一撃必殺は叙城ヶ崎先生を捉えたと思われましたが、二人を阻んだのはまたしてもいつか見たような光を放つ華。
持さんのもつ能力である花盛でした。
それも、持さんが出したものよりも一段と鮮明に見えます。
瞳の形を変えた先生は、こんな状況でもいつもの授業と変わらない態度で言いました。
「瀧笑薬さん。少しばかり江戸鮭さんをお借りしてもいいですか?」
一撃を止められたもる子さんを白線が襲いかかります。
足元を狙ったように伸びた白線。
それを軽々と後方へと飛ぶことで避けたもる子さん。
白線は床にぶつかるとまるで光が屈折ように向きを変えて、教室を覆う蜘蛛の巣の一本となりました。
次の一撃、白線は私に向かって迫ります。
私には避けようもない速度です。
「ひっ」と硬直した身体で放った一言を遮るように、もる子さんが私の前に現れて、白線を叩き落とします。
しかし白線は一本ではありません。
先生の手首、服の袖から無数の腕のように私に向かっていくつもいくつも伸びました。
もる子さんはそれを叩き落とし、いなして、防戦一方です。
一瞬の隙でもあればきっともる子さんは突っ込んでいくことでしょう。
しかし、そんなものはありませんでした。
しばらくそんな攻防を続けていると、余裕綽々、もる子さんと違って教壇に立ったまま姿勢すら変えることもない先生は言いました。
「先生、さっき最後の条件っていいましたけど、ごめんなさいね。最後じゃなかったかも」
「え〜。先生。条件多すぎ〜」
「ごめんなさいね。先生ちょっとはしゃいじゃってて」
「も〜」
「でも瀧笑薬さん。楽しいでしょ?」
「うん!」
「それはよかったです」
「でもね、先生」
そう言いかけると、もる子さんはもう一度叙城ヶ崎先生の懐に飛び込みます。
間合いを詰めて正面からの単純な一撃、先生も最初と同じように前面に防御のお花を展開しました。
しかし、もる子さんはインパクトの直前に先生の側面へと回り込みました。
防御も攻撃も圧倒的な先生でしたが、反射する白線の速度はあったとしても身体的な認識速度や動き方ではもる子さんに軍配が上がるようです。
先生ももる子さんの一撃を防がなければ危ないと思ったのか、一瞬だけ遅れて側面に二枚目のお花が咲きました。
しかし、もる子さんの狙いは一撃必殺ではなかったようです。
袖から伸びた白線の束、それを両手で掴み取りました。
そしてそのまま勢い任せに引っ張ると、白線の根本とも言える部分が全てスッポリと抜け落ちたのです。
教室中に張り巡らされた白線も張り詰めたままで入るものの力を無くしたのか、もる子さんにも私にも向かってきません。
「あらあら。瀧笑薬さん。スゴイ」
「えへへ。たくさん広がってても出てるところは先生の手元だったから!」
「よく見極めましたね」
「これも能力ってやつですか?」
「そうですよ。きらら系能力です。『
「聞いたことあります!汎用能力?ってやつですか?」
「正解です!よく知っていましたね瀧笑薬さん。にじゅうまるですね」
「えへへ〜!ありがとうございます!でも、これでおしまい!」
もる子さんは右腕を引きました。
先程は花盛に阻まれた一撃必殺でしたが、持さんの花盛を突き破ったこともある威力に間違いはないはずです。
今度は渾身の力を込めて拳を振り抜きます──
「──
「うぇ!?」
叙城ヶ崎先生の鳴らした指パッチンとともに、もる子さんが白い煙のようなものに包まれました。
そしてあっという間に彼女の姿は見えなくなったかと思うと、次の瞬間には煙が消えました。
するとそこには、
「ひ、ひえ〜!なにこれ!?」
目や鼻や口といった顔の一部と髪の毛、そしてあられもないことにお腹や太腿が顕になった、包帯でぐるぐる巻きのもる子さんの姿がありました。
自身の姿に驚くもるこさん。
動こうにも手は後ろに、脚はまるで二人三脚の如く二本をひとつに巻かれていて立っていることがようやく、といったようでした。
「いったでしょ瀧笑薬さん。にじゅうまるだって。はなまるには程遠いですよ」
叙城ヶ崎先生は得意げに指をクルクル回しながら言いました。
「汎用能力、花盛にも
そう言い残すとぴょんぴょんと跳ねることしかできないもる子さんを余所目に、叙城ヶ崎先生は私の方へと真っ直ぐに歩き始めました。
「自愛召物の能力の段階は全部で四つです。詳しくはまたどこかで話しますけれど、第一段階から順番に
したしたと先生のパンプスの音が近寄ってきます。
「さっき先生が瀧笑薬さんに使っていたのは二段階目の白線。今使ったのが第三段階の灰践と第四段階の無染です。四まで使える人は中々いませんからいい経験ですよ。それから」
足音がやみました。
先生は既に私の眼前で、ニッコリと微笑んでいました。
「江戸鮭さんにに使ったのが第一段階の黒選」
スルリと伸びた先生の腕、その袖口から白線がぬるりと姿を見せました。
「江戸鮭さん。覚悟してね?」
先生の手が、私の方に触れました。
「──させて下さいね」
「...え?」
「ん〜!わっ!」
そのとき先生の後方で、もる子さんの叫びとともに、何かが破れる音がしました。
私を見つめていた先生はその声に驚いて振り向きました。
しかし、時既に遅く彼女はぐるぐる巻きの両手両足の拘束を力ずくで破って先生の目の前に迫っていたのです。
花盛を一撃で粉砕するもる子さんの一撃が。
「まって!!」
私はここ一番に大声で叫びました。
──────
「採寸?」
「...はい」
「江戸鮭ちゃん。どゆこと?」
「えーっとですね...」
もる子さんの一撃は先生に届きませんでした。
私の一声に、何とか踏みとどまってくれたようでして、先生の黒髪がブワっと風に舞って、まさに寸止といったところでした。
「先生、どういうことですか?」
至極当然にもる子さんは疑問を口にします。
私も同じ気持ちです。
意図が全くわかりませんでしたから。
なぜなら先生が私の肩に手を触れたとき放った言葉は「採寸させて」だったからです。
「えっとですね」
先生はマイペースにも言葉を紡ぎます。
「
「...はい?」
「先生ね、江戸鮭さんの格好、とっっっっても好みなの!高身長に似合った素敵なゴスロリ姿!素晴らしいと思うの!でもね、江戸鮭さんあんまりお洋服の種類は多くないじゃないですか」
「は、はあ...。まあお金かかりますし...」
「だからね!先生の能力で採寸してお洋服を作ってあげたいって思ったんです!」
「...。」
あまりの言葉足らずに私は愕然としました。
どう見ても襲ってきているあの姿。
どう見てももる子さんを倒そうとするあの攻撃。
どう見ても優しさで動いていなさそうなあの目つき。
全てが上手く噛み合っているのかいないのか、全くわかりません。
「でもさ〜、先生。さっきなんか白いので攻撃してきたじゃん」
もる子さんも同じ考えのようで、私を代弁するように口にしました。
「あれですか?あれは、ほらこれですよ」
「...メジャーですか?」
「そうですよ。あれは自愛召物の能力、第二段階の
「...はあ、」
「じゃあ私をぐるぐる巻きにしたのは?」
「あれは第三段階の
「...じゃあ、その私にかけたっていう、くろ何とかとかいうのは...?」
「それは第一段階の
「どういうものなんでしょうか...」
「はい。対象を観察することで似合うお洋服がわかったり、着るべき服のイメージが具体的にわく能力ですね」
「...はあ」
私は呆れたように息を吐きました。
「え〜!じゃあ先生!私の制服どっかいちゃったの!?」
もる子さんは先生に噛みつくようにぐいと体を寄せました。
「大丈夫ですよ。先生がイメージすれば戻せます。先生の唯一の特技ですから。それに似合ってますよ瀧笑薬さん」
「そうかな?似合ってるかな?どう?江戸鮭ちゃん!」
もる子さんはなぜか自信満々に私に擦り寄って、ちょっぴりセクシーなポーズを決めました。
そんな彼女に私は目を伏せました。
「もる子さん...!だめです!そんな、ちょっと...はしたないですって!」
「そっかな?まーいいや!じゃあ先生、戻して〜!」
「いいですよ。動かないでくださいね」
もくもくともる子さんを煙が包みます。
今一度見ればそれは煙ではなく、服の繊維のようで、ただの布切れと化した制服はあっという間に元通りになりました。
「おお!ばっちし!」
「ふふ、もちろんきちんと戻しますよ。じゃあ次は」
先生の眼差しが鋭く光ります。
そして、また私の肩に手をかけました。
「江戸鮭さん!ファッションショーと行きましょう!ここで!」
「え、こ、ここで!?」
「もちろん!」
「ひえっ...せめて、せめて更衣室に、あぁー...!」
私の服の繊維がほどけて体を包みます。
多分、あられもなく全身がお二人に見えている、ことはないと思いますが心配はやみません。
それからというもののファッションショーとは名ばかりの着せ替え人形遊びは小暑の空が暗くなるまで続いたのでした。