「え〜!部活の申請また通らなかったんですか先生!?」
放課後の第二軽音部部室兼、きらら部部室。
もる子さんは机に身を乗り出して顧問の叙城ヶ
「うーん。通らなかったと言うよりはね
「なんで駄目だったんですか!?」
「それがね、瀧笑薬さん」
「そうですわ!活動内容も問題なしでしたのに!」
もる子さんに乗っかって
その後方にはいつものお二人。
従者としての役目を全うするように、
「何がいけないんですか!?」
「そうですわ!叙城ヶ崎先生!」
「えっとね。ふたりとも、」
「物質さん!まさかとは思いますが、これは生徒会の陰謀ではありませんでして!?」
「はっ!蛍日和ちゃん!まさかそういうことなのかな!?」
「きっとそうですわ!ワタクシたちが選挙に出られないように妨害工作をしているに違いありませんわ!」
「ぐぬぬ!卑怯だぞ生徒会!」
「いえ、もしかしたら生徒会だけでなく、風紀委員も噛んでるかもしれませんわよ!ほら!この前言ってたではないですか!刺客を差し向けると!」
「はっ...!まさか、先生自体がその刺客...ってこと!?」
「あのね蛍日和さん。先生のお話、」
「やっぱりこの前の先生のあれは襲撃だった!?」
「違いありませんわ!」
目にも止まらぬスピードで間違えているであろう方向に突っ走る二人。
部活が認可されない理由は絶対違うところにあると思いますが、そんな考えはほんのちょっぴりも無いようで、捏造から生まれた記憶をいつの間にか真実に変えて行く様はとっても滑稽に感じました。
叙城ヶ崎先生も笑顔ではいてくれていますが、妙に表情筋がピクついて見えます。
きっとこういう時は誰かが止めなければいけないのでしょうが、私には止められる自信はありませんでした。
蛍日和さん一味のお二人も、一方はピンク狂信者、もう一方は口下手悪鬼羅刹と来ていますから、多分もうどうしようもありません。
そんな事を思っていたとき、狂信者、いえ持さんが声を上げました。
「もるちゃんさん!何を言ってるんですかっ!先生に失礼ですよっ!」
「でも!
「違いますよっ!これは権力の横暴ではありませんっ!」
「でも!」
「いいですか物質ちゃんさん!申請が通らなかったのはなぜか?もっと論理的に考えてくださいっ!私たちに足りていないものは何かっ!」
ピンク色に犯されていると思われた持さんでしたが、どうやら今はまともなようです。
彼女の説得は続きます。
「足りないもの?」
「そうですっ!」
「うーん...。届けは出したし、活動内容もきらら系になるために色んなことに挑戦するって決めたし、顧問は叙城ヶ崎先生だし...」
「ちっちっち。もるちゃんさん。まだ足りないものがあるんですよっ」
「足りないもの?」
「はいっ!提出書類に私たちの名前が書いてありますよね?そこの部長の欄って、どうなってます?」
「え、
「...えぇ!?」
私は寝耳に水を五リットルくらいかけられたレベルで驚きました。
部員になることはまだしも、最終目標にも賛成していない私がどうして勝手に部長になっているのかと。
しかし私の驚嘆なんかは誰の耳にも入ってはいないようで、微かに些細さんがこちらに首を傾けたくらいでした。
「そうですっ!鮭ちゃんさんが部長になっているっ!これがいけませんっ!足りない...ッ!足りないんですよっ!圧倒的なまでに...ッ!きらら系の実績がね!」
「ま、まさかそういうこと!?」
「はいっ!それにピンク色成分とメガネと軽音部成分も...ッ!」
「それは持鍍金ちゃんの好みじゃないの?」
「そうですよねっ!叙城ヶ崎先生!」
「持鍍金ちゃっんってたまに私たち以上に突っ走るよね」
「ワタクシもそう思いますわ」
私は呆れてものも言えませんでした。
ひとり興奮した鍍金さんに、ぽつりと些細さんが呟きます。
「自覚なし」
須臾の静寂に、隙があったと見た叙城ヶ崎先生は、ここぞとばかりに再開しました。
「持鍍金さん。ぜんぜん違うんで落ち着いてくださいね」
「じゃあやっぱり陰謀ですか!?」
「瀧笑薬さんも再発しないでくださいね。いいですか?先生の話はきちんと最後まで聞きましょうね。皆さんのきらら部が認可されなかった理由はとても簡単なことです。それは」
「それは?」
もる子さんがゴクリと唾を飲む音が、私の耳にまで届きました。
「既に名前も活動内容も同じ部活があるらしいんですよ」
──────
講義棟と部室棟、私たちの通う学園は大きくこの二つに別れています。
講義棟は授業を行う一般的な教室や、理科室に家庭科室に図書室といった、学校によくある教室が揃っています。
部室棟については名前の通り、各部活が活動の拠点にしている教室が並んでいるところで、教室自体は講義棟の半分ほどの大きさ。
第二軽音部の部室も部室棟にあります。
学園に認可された部活は基本的に部室棟を使用していますが、例外がないわけではありません。
なんせここはきらら系の学園。
よくある部活から、聞いたこともない謎部活まで千差万別。
その数は非公認の部活を合わせたら学園側も認知していないほど。
部室棟の部屋も無限にあるわけではありませんから、必然的にあぶれる部活もあるわけでして、もうひとつの「きらら部」もそれに該当しているようです。
失礼のないようにと、なぜか部の代表になっていた私と、きらら部設立の張本人であるもる子さんが選出されて、もうひとつの「きらら部」へと訪れたのでした。
叙城ヶ崎先生の「穏便にね」の言葉が果たしてもる子さんに届いているかは定かではありませんが、ここでもうひとつの「きらら部」の方々と話し合いをして、同じ部活として統合するか、もしくは名前を変えるのかを決めるというわけです。
ただ、まあ...。
「よ〜し。全員ぶっ飛ばそうね江戸鮭ちゃん!」
「...穏便にって聞いてました?」
「最近できた同じ名前の部活ってことはやっぱりこれは陰謀だよ!絶対全員ぶっ潰すから」
「ニコニコしながら怖いこと言わないでくださいよ...」
「っしゃ〜!カチコミじゃ〜!」
「あ、ちょ...」
「たのも〜!」と、もる子さんが勢いよく扉を開けました。
静止しようと、私なりにもる子さんを引っぱりましたが、猪突猛進な彼女を止めるには至りません。
雑という概念を通り越した彼女の開け放つ扉の先には、鬼が出るか蛇が出るか...。
「──コーヒー、少なくなっていますよ?おかわり飲みますか」
背筋の伸びた美しいシルエット。とても綺麗な立ち姿に雪のように白いロングヘア。
髪飾りなのか頭頂部には大きな丸い柔らかそうなものが乗っているというあまり見かけない風貌。
すこしだけ無愛想な声色ですが、そこにはそこはかとない愛を感じます。
「うん!折角だから頂こうかな。ありがとう!」
声色だけでわかる天真爛漫。
もる子さんに引けを取らない輝く笑顔にキラキラの瞳と栗色の髪。薄手のピンクのカーディガンが優しさを引き立てます。
きっとだれにでも慕われるんだろうなと思わせる雰囲気の漂う女の子。
「私も貰ってもいいか?自分で淹れたコーヒーもいいけど、やっぱり誰かに淹れてもらったのは一味違うな」
賢そうな凛々しい顔つき、座っているだけなのに大人びた気品ある仕草。自分にも他人にも厳しいんだろうなと思わせるストイックな雰囲気。それとは正反対に大きなツインテールに結ばれた髪は、どこか幼さも覗かせるお姉さん。
「せ、先輩がそう言うなら私も少しだけ...もらってあげてもいいわよ!」
ぱっと見とてもお嬢様。
上品な空間の中でも際立って品があるように見えますが、それとは対象的にどこかあどけなさが残る少女。
爛々としたくりくりお目々は幼さを正直に映し出しています。
背伸びした金髪の癖毛が夏になりかけた空に映えて、まるで海に来たように感じます。
「あらあら。コーヒー大丈夫?苦手じゃなかったかしら?」
一言で言えば目立つ女性。
それは彼女の服装のせいもあるでしょうが、長い髪とスタイルの良さも拍車をかけているでしょう。
お淑やか、大和撫子、面倒見が良さそう。三拍子揃った和服美人。
当然周りに違わず、生き生きとしたキラキラなお目々はここにも。
──見たこと無いのにどこかで見たことがある。
そう思った瞬間に、私はもる子さんが開け放った扉を勢いよく戻しました。
「江戸鮭ちゃん、どしたの?」
「...もる子さんヤバイですって。
「本気?なにが?」
「何がって...その、すごく、既視感が...」
「既視感?」
「...天真爛漫とツインテールと金髪、それに和服美人と頭になんか乗っけてる子がいたらもう確定というか、ヤバイと思うんですけど...」
「ヤバイ?つよいってこと?戦いがいがあるね!」
「そういう次元の人たちじゃないんで辞めてくださいマジで...」
「どういう次元なの?」
「いや、なんていうか...その、すごく注文してきそうな気がして...」
「注文?ご注文するのはこっちだよ!私達がきらら部だって言わなきゃ!ご注文は不可避ですよって感じ!」
「わかって言ってます?」
「なにが?」
「...ならいいですけど」
「よし!じゃあ、ご注文に向かいますか!」
「やっぱりわかって言ってます?」
「なにが?」
「...ならいいですけど」
もる子さんは含みを持った私の言葉なんて全く気にせずに、もう一度扉を開け放ちます。
「たのも〜!!」
一度目の来訪からの即帰宅に違和感と不信感を覚えていたのか、室内にいたどこか見たことある皆さんは、不思議そうな眼差しで一様にこちらを見つめていました。
「こんにちは!」
「こんにちは〜」
もる子さんの挨拶に、同じ栗色の髪をした子が笑顔で返します。
「えっと、ここはきらら部でいいのかな?」
「そうだよ〜。わたしたちはきらら部だよ〜」
「よかった!あってたね江戸鮭ちゃん!」
「え、ええ...」
「なんだお前達。藪から棒に。入部希望か?」
ツインテールの方が一層の不信感を持って尋ねました。
「ううん!入部希望じゃないんだけど、きらら部って名前が気になっちゃってさ!」
「あらあら。そうよね。あんまり具体的じゃないものね、きらら部って。私は部活の名前、戯れの
「ちょっと!また奇抜なネーミングセンス発揮しちゃって!ここはきらら部でいいの!先輩が決めたんだから!」
和服さんと金髪の方が掛け合います。
まさに、といったネーミングセンスに私は「おぉ...」と感嘆の声を上げました。
「うるさいですね......。では、要件はなんですか?えっと...」
白髪の子が掛け合いにジト目で軽く流します。
「あ!ごめんね!自己紹介まだだった!私もる子!ここの隣の教室の一年一組だよ!で、こっちのゴスロリが江戸鮭ちゃん!」
「...どうも」
元気な挨拶に、どこかで見たことのある皆さんはペコリと軽く頭を下げました。
ですがツインテールの方だけは、まだ何か納得のいったような表情を浮かべています。
その表情が意味するところは分かりませんが、特に誰も気にかけることはなく、白髪の小さな子が代表のように挨拶をしました。
「よろしくお願いします。もる子さん。江戸鮭さん。それで、ご要件はなんですか?」
「うん!実はね!私達もきらら部って部活を結成したんだけどさ!名前が被ってて申請できなかったんだ!だから」
「だから、なんですか?」
ジトッとした目が私たちを襲います。
「だから、実力─」
「実力行使にきたのよね?」
金髪さんと戯れていた和服美人が、もる子さん答えるよりも前にそう言いました。
「うん!」
「きらら部イチ察しが良い!さすっが〜!」
「あらあら、ありがとう。うれしいわ」
桃色のカーディガンと和服が擦れて、ほんの少しだけ懐かしいような香りがした気がしました。
しかし、そんな事気にしている場合ではありません。
当然といったように反対する方は現れます。
少しだけ背の高いツインテールさんと、これまたこじんまりとした薄い金髪の方が反論しました。
「お前ら...笑ってる場合じゃないだろ。こいつら私たちの部活の名前を変えようとしてるんだぞ」
「そうよ!先輩の言う通りよ!せっかく先輩が決めた名前なのに!」
「うるさいですね......。皆さん、落ち着きましょう。えと、もる子さん」
「なーに!」
もる子さんは全くもって緊張感の欠片もなく元気に受け答えます。
目の前で名前を貰うから宣言をしたにも関わらず、悪びれる素振りもありません。
それに実力行使を謳っておいて...。
もる子さん風に言うならば、いわばここは敵の本拠地。そこで取り囲まれているのに余裕綽々です。
代表っぽく語りかける白髪の方でしたが、それを押しのけて金髪の方がズンズンとこちらへ迫りました。
「部活の名前をあげることはできないわ!きらら部は先輩がつけた素晴らしい名前なんだから!」
「ん〜。そう言われてもな〜」
「だったら勝負よ!どっちが本物のきらら系、きらら部の名前に相応しいか私が見せつけてあげるんだからっぅう!?」
お話が終わる間もなく、もる子さんの手刀が延髄を捉えました。
一瞬の出来事にどこかで見たことある方々はポカンとするばかりです。
私はもう見慣れましたがドン引きです。
それから、最初に動いたのはツインテールさんでした。
「しょうがない、私が出ようか。ちょうど
長い毛束を揺れ動かしてのそりと立ち上がった彼女、どうやら質候さんから刺客としての依頼を受けていたようでした。
ここ最近、だれかと知り合う度に刺客と名乗られる気がするのですが、質候さんはどれほどの方に声をかけているのでしょうか...。
「学園の風紀を乱す江戸鮭の一味!ここで私が成敗してやる!さあかかってこい!」
威勢よくそういったツインテールさんは、左手の人差し指と中指を揃えてピンと伸ばします。
親指もピンと立てて、薬指と小指はぎゅっと握り込みました。
そう、まるで拳銃を示すハンドサインのようなそれを私に向かって突き出したのです。
「くらえ!後刻舞ぃう!?」
あっという間もなく二勝目です。
能力を使おうとしたのかもしれませんがお構い無し。
金髪さんの上に覆いかぶさるように、ツインテールさんが倒れました。
もる子さんでない方の栗色さんが放つ、きらら系らしからぬ叫びがこだまします。
「あらあら」
「うるさいですね......。勝負とか言ってましたが、私はもっと穏便済ませたいんですが......」
「じゃあ、何で勝負する?」
「いえ、そもそも勝負とかでなくですね......。名前くらい変えてもいいってお話です」
「え!?いいの!?」
もる子さんと一緒に私も目を丸くしました。
「はい。元々きらら部って名前も倒れた二人のゴリ押しで決まったものですし......。かまいませんよね?」
白髪さんは頭上の丸い何に触れながら、残った二人に聞きました。
栗色さんはアワアワとしながら何度も首を縦に、和服美人は「ええ」と一言だけ言いました。
「じゃあ、いいの?」
「構いませんよ。きらら部の名前はあげます」
「やった〜!!!やったね江戸鮭ちゃん!!」
「え、ええ...」
「うるさいですね......。ですがあなた方がきらら部になったということは、私たちの部の名前がなくなってしまったということです。ですから、一緒に名前を考えてもらってもいいでしょうか?」
「いいよ!もちろんだよ!ね、江戸鮭ちゃん!」
「ま、まあ...」
「あらあら。私の考えた戯れの
「よくないですね......」
「じゃあ私と江戸鮭ちゃんが、きらら部に変わるキラッキラな名前決めちゃうね!」
「お願いします」
「放課後の〜」
「うるさいですね......。いいですか。決めるからにはちゃんとした名前でお願いします。奇抜じゃなくていいので」
「りょうっかい!さてさて、江戸鮭ちゃん!どうしよっか!」
意気込むもる子さんに対して、私は気が乗りません。
確かに最低限できる限りの穏便さで、きらら部の名前を頂戴したことは決して悪いことではありません。
しかしながら、私の頭をチラつくのは
名前をつけてと言われたら嫌でも類似する事は免れそうになかったからです。
「ご注文はお名前をつけてほしいわけでしょ〜。どんな部活にしたいとかあるのかな?」
「...もる子さん。端々に驚くので言葉選んでください...」
「と、それよりまず、自己紹介しようよ!私はもる子だよ!こっちのゴスロリは江戸鮭ちゃん!」
「先ほど聞きましたね......。まあいいです。じゃあまずは私から。私の名前はちの...」
「ちーっ!?」
「どうしたの江戸鮭ちゃん。急に叫んで」
「どうしたのって!ヤバイですってもる子さん...!完全にパクってますよ。訴えられますよ!」
「だれに?」
「誰にって...げ、原作者...?」
「原作者?何言ってるの江戸鮭ちゃん?この子たち何かきらら系っぽい作品に出てるの?原作付きなの?」
「...いや、あの...いいえ。すみません。なんでもないです...名前ですもんね...うん。似てることもありますよね...うん」
「変な江戸鮭ちゃん。名前だよ?普通にみんなの名前なんだから、自分自身で
「分かっていってます?」
「なにが?」
「......いいですかね。続けても」
「あ...はい」
「では改めて。私はちの、
「よろしく!えっとなんて呼べばいいかな?」
「呼びやすければ何でも構いませんよ」
「じゃあちのちゃ─」
「名前はなんていうんですか!!!」
絶対にいけない愛称をつけようとしたもる子さんを差し置いて、私は叫びました。
「うるさいですね......。名前ですか。
「オシさん!じゃあ呼び名はオシさんで行きましょうねもる子さん!うん!呼びやすい!最高!親しみやすい!」
「なんか今日気合入ってるね江戸鮭ちゃん」
珍しいもる子さんのツッコミもなんのその。
私は背中に汗をびっしょりとかきながら、なんとか呼び名を決めました。
白髪の子は
「茅野海ちゃん。気になってたんだけどさ。頭の上のそれは何?」
「これは教室に落ちてたでかめの綿埃です」
「へ〜」
「それでは次の自己紹介に。じゃあココア─」
「美味しいですよね!ココアァ!」
禁止ワードを気軽にポンポン発する渋滞さんに、私はあらん限りの声を上げました。
「なんか今日気合入ってるね江戸鮭ちゃん」
「......ココア好きな部員の
「か、甘露だよ、よろしく〜」
先程およそきらら系と思えない叫びをあげた栗色の方がおずおずと言いました。
なぜ最初に好きな飲物を言ったのかは理解できませんが、今言えることはひとつです。
よかった。
「あらあら。じゃあ次は私ね〜」
続いて和服美人さんが一歩前に進み出ました。
「じゃあ、私のお名前はクイズ形式で行こうかしら〜」
「クイズ?」
「ええ。ヒントは、和風っぽい名前よ〜」
「和風か〜。江戸鮭ちゃん。なんだと思う?」
「...サー。ナンデショウネ...」
「どうしてカタコトなの?」
「じゃあもうひとつヒントよ〜。私としては緑色のイメージね〜」
「緑色か〜。江戸鮭ちゃん。なんだと思う?」
「...サー。ナンデショウネ...」
「どうしてカタコトなの?」
「ヒントみっつめね〜。お茶の〜」
「アウトー!はいアウト!ギリアウトです!」
「江戸鮭ちゃん気合入ってるね」
「ぶぶ〜。アウトって名前じゃないわよ〜」
「いや、それはわかってますよ...!アウトはお茶の方!お茶の方です!お茶であったとしても京都じゃなくてせめて静岡茶でお願いします!」
「江戸鮭ちゃんお茶の産地にこだわりあるんだ」
「あらあら〜。私は宇治の」
「はいアウトー!アウトです!ちょっと超えた!ちょっとライン超えた!アウトです!アウトですから!!!」
「江戸鮭ちゃんって意外と落ち着きないね」
息を切らせる私に和服こけしが微笑みます。
まるでこちらの焦る様を面白がっているかのように。
「うふふ、じゃあ最後のヒントね。和風だけど、お茶じゃなくってお菓子の名前なの〜」
私はその一言に、ほっと胸を撫で下ろしました。
なんだか遊ばれていたような気もしますが...。
「う〜ん。お茶じゃなくってお菓子か〜。う〜ん...はい!」
「はい。
「宇治抹茶さん!」
「うおおおお!」
「江戸鮭ちゃん!?どうしたの急にタックル仕掛けてきて!何事!?」
「点入っちゃった!もる子さん一点入っちゃった!!」
「ど、どういうこと!?落ち着いて江戸鮭ちゃん!?」
「お菓子って言ったじゃないですか!お菓子って言ったじゃないですか!お菓子ですからもる子さん!和服でこけしで抹茶でネーミングセンスが壊滅的なのは許されないんです!許されないんですよ!訴訟不可避!不可避です!」
「どうどう、どうどうだよ江戸鮭ちゃん!?何が江戸鮭ちゃんをそうさせるの!?なにが江戸鮭ちゃんを掻き立てるの!?」
「全部...!全部です!やっちゃってます!私の心のざわめきがとめどないんです!」
「何言ってるの!?」
私が混迷を極める最中、和服さんはこちらを面白がるように微笑み、ココア好きの甘露さんは頭にがハテナを浮かべ、渋滞さんはコチラを「うるさいですね......」と言わんばかりに見つめていました
「うるさいですね......。面白がるのもそろそろ良いんじゃないですか?」
「うふふ、そういうとおもったわ。でも実際の反応見たくなっちゃって。ごめんなさいね江戸鮭ちゃん。
「私はいいけど江戸鮭ちゃんが」
「教えてください...もうお茶じゃなければ何でも良いんで...」
私は半泣きでそう言いました。
「あらあら。うふふ。じゃあ教えるわ。お菓子の名前。正解は
「彼女は落雁さん。
「...よ、よかった...」
「そんなに!?泣き崩れるほど良かったの江戸鮭ちゃん!?」
倒れ込むほどの安心感に、私は心を撫で下ろしに撫で下ろしたのでした。
──────
「はい。では皆さん落ち着いたところで自己紹介の続きですね。先程もる子さんがぶちのめした一人目の方、金髪の彼女は
「ふん!部活の名前を変えようなんてっ、生意気だわ!」
「ま〜ま〜鵺ちゃん」
「甘露は黙ってて!」
「......はあ。で、最後にそちらのツインテールの方。私たちの一個上の先輩。三年生の
「もういいよ鵺。
「せ、先輩が言うなら!私も賛成です!」
「あらあら〜」
私もどうにか落ち着きを取り戻し、非常に他人の空似が激しい皆さんの自己紹介も一段落したところで本題に戻ります。
そう、本題は皆さんの名前ではなく、この部活に新しい名前をつけることですから。
「
「こら!
「いいよ鵺。そんな堅苦しくなくって」
「せ、先輩がそういうなら...!」
「うるさいですね......。というわけでもる子さん。江戸鮭さん。本題に入りましょうか。部活の名前、なにかいいもの思いつきましたか?」
自己紹介の時点で全力を出し切ってしまった私にとって、部活の名前がどうとかそんな事を考えている余裕は全くありませんでした。
しかし、考えなければならないという義務感に支配はされているわけで...。その理由はきっとこのままこの方達ともる子さんを自由にさせておけばとんでもない名前をつけるに違いないだろうという確信があったからです。
「茅野海ちゃん。部活の名前にこれだけは入れたいってのあったりする?」
「そうですね......。できればカワイイのがいいですね例えば、うさぎとか」
ほら。こうなるんですから。
「渋滞さん。うさぎは辞めましょう」
「なぜですか江戸鮭さん」
「コンプライアンス的にです」
「コンプライアンスならしょうがないわね〜。渋滞ちゃん」
フォローなのか分かりませんが、落雁さんは何か察してくれているようで、鬼気迫る私の反論に乗ってくれました。
「そうですね......。では甘露さんは何が良いと思いますか?」
「私もカワイイものが良いかなって思うな〜。それかみんなの好きなものが良いな!」
「あらあら。それなら皆の好きなものから考えるっていうのはどうかしら?」
予想通りのコンプライアンス展開でしたが、皆さんの好きなものから考えるという手は悪くないと思っていたところでした。
頭の中を巡る不可避のワード以外にも何か思いつくかもしれませんし。
丁度良く落雁さんも提案をしてくれたことなので、そういった路線に舵を切りました。
「私もちょうどそう言おうと思ってました落雁さん。...そうなるとまずは、皆さんの好きなものを伺いたいのですが...」
「私はココア!」
「はいわかりました。わかりましたから甘露さん。カカオの嗜好飲料ですねはい」
「あの、江戸鮭ちゃん私、ココア」
「天樹さん。二度とココアって言わないでください。私の前で」
「...私部長なのになんでこんなに虐げられてるの?」
「まあ、甘露だからな」
「ひどいよ織戠ちゃん!そんなに言うなら織戠ちゃんは何が好きなの?」
「私か?私は─そうだな。私は甘いものが好きだな」
「私も好きです甘いもの!織戠先輩と一緒ですね!」
「鵺も甘いもの好きだもんな」
「はいっ!これからの時期だとお中元で送られてくるものに甘いもの入ってたら最っ高に嬉しいですよね!」
「お中元...。ま、まあ嬉しいけど。食べたかったら自分で買えば良いんじゃないか?」
「そ、そうですよね!私ったら!あはは!と、ところで落雁は何が好きなの!?」
「あらあら。鵺ちゃん。自分の家が経済的余裕がないからって」
「いま関係ないでしょ!?何が好きかって聞いてるの!」
「あらあら。そうね〜。私はオカルト的なものかしら〜」
「......落雁さんは意外な趣味をお持ちですね。私は怖いのはちょっと」
「私も渋滞ちゃんと一緒〜」
「私も得意ではないな...」
「空気読みなさいよ落雁!」
「あらあら、ごめんなさい。うふふ」
一通り皆さんの好みを聞き終えたところで、もる子さんが膝を打ちました。
「なるほどなるほど。みんなの好きなものはわかったよ!」
「まあ、そうですね...具体的なのは少ないですけど...」
「じゃあ具体性のあるお中元は名前に入れよっか!」
「お中元ってワードが入ってる部活聞いたことないんですけど...」
「意外性あって面白いと思うんだけどな〜。じゃあ次は」
「あらあら。次はみんなの苦手なものを聞こうって流れかしら?」
「そうそう!羽書越ちゃん正解!」
「あたったわ〜。でも苦手なものって言われると難しいわね〜。鵺ちゃんがコーヒー苦手って事はわかるんだけど」
「私はいいでしょ私は!!」
「あらあら〜」
苦手なものは何?という部活の名前を決めるのには全く関係のなさそうなやり取りの最中、ちょうど開け放たれていた窓から、ぶんと一匹小さな何かが入ってきました。
そしてそれは立腹加減な鵺さんの頭にペタリと腰を据えたのです。
「いえ゛ぇあああああ!!何!?何!?何かとまった!?」
「ウ゛ェア゛ァァ!?鵺ちゃん!虫!虫とまってる!」
「虫いやああああ!」
「うるさいですね......虫の一匹くらい振り払えばいいじゃないですか」
「じゃあとっで!
「私は苦手なので平気そうな織戠さん。どうぞ」
「わ、私!?私も無理だ!」
「あらあら〜」
阿鼻叫喚へと早変わりを遂げた教室。
私はそっと鵺さんに近寄って、彼女の頭で休む小さな虫を手にしました。
「鵺さん。取りましたよ。ほら...。ただのカナブンですよ」
「ひっ!よ、よくさわれるわね!見せないで!見せなくっていいから!どっかやって!!」
はいはい、と私は二つ返事をして窓からそっと虫を放します。
「はぁぁ...こわかった...。ありがとうゴスロリ」
「いえいえ...」
一大事、というほどでもない出来事でしたが一件落着です。
そんな騒ぎの中でももる子さんは何かを観察するように、ひとり頭を捻っていました。
「ふむふむ。みんな虫は苦手なんだね!」
「そりゃあんまり得意な人はいないと思いますが...」
「じゃあ部活に名前に虫も入れよう!」
「苦手なのに入れるんですね...」
「ほら、好きなものも嫌いなものも全部ごちゃ混ぜにして、なんでもOK千客万来ってイメージって良いかなって!ピンチはチャンスだよ!」
「...言ってることはよくわかんないですけど、まあ、うさぎとかココアとかよりは良いと思います」
「で、江戸鮭ちゃんは何か思いついたの?」
「え、いや...私は...」
「何かありそうな感じじゃん?部室に入る前から予感?みたいのあったし!」
「それはその...」
「いいからいいから!教えてよ!」
「えぇ...。じゃ、じゃあ。もる子さんにだけ」
皆さんの視線が集まる中、私は屈んでもる子さんに耳打ちをしました。
「ほうほう...。ご注文は...?」
「口に出さないでください...」
「なんで?カワイイじゃん?」
「あの、コンプライアンス的に...」
「コンプライアンスなら仕方ないか。じゃあ私の案と江戸鮭ちゃんの案をあわせて...よし!これでどうかな!」
そう言うと彼女は小さい背丈をめいいっぱい伸ばして黒板にでかでかと文字を刻みます。
「あらあら。決まったのね江戸鮭さん」
「落雁さん。...どんな名前になるかは私もわからないですけど...まあ、もる子さん的には決まったようです...」
「そうなのね。楽しみだわ〜」
「...すみません」
「あら?どうして謝るの?」
「いえ...あんまりいい名前にはならない気がするので...」
「うふふ。そうかしら?私はいい名前だと思うわ〜」
「え、でも...滅茶苦茶ですよたぶん...お中元とか言ってたし...」
「お中元でも御歳暮でもいいわ。名は体を表すって言うじゃない?」
「は、はあ...」
「物質ちゃんが決めた名前はきっと滅茶苦茶。でも私達みんなも個性はバラバラで、好きなものも嫌いなものも全然違うから。そんな私たちっていう集まりがどうなっていくのかとっても気になるの。だからね分からないものに賭けてみるっていうの、私はとっても好きだなって。だから滅茶苦茶でも、とっても素敵な名前だと思うわ」
「...は、はあ」
「できた!!どうかな!」
書き終えたもる子さんが教壇の上で堂々と胸を張りました。
「えぇ...」と私は思わず声を上げました。
それは皆さんも同じだったのか、笑顔でいたのは謎の賛成をしていた落雁さんと甘露さんの二人だけ。
他の皆さんは苦い顔。
「......落雁さんと同じレベルのネーミングセンスですね」
「そうかな渋滞ちゃん?私は面白いと思うな〜」
「甘露のセンスも独特だからな...。鵺はどう思う?」
「私は、いいか悪いかで言ったら、う〜んですけど...。織戠先輩がいいなら...いいですけど」
「私はいいと思うわ〜」
「落雁は黙ってて!」
「あらあら〜」
意見は完全に分断。
賛成派には甘露さんと落雁さん。
反対派には渋滞さん、織戠さん、鵺さん。
廃案は免れません。
また考え直しかと気を重くしていたところ、渋滞さんが私を呼びました。
「江戸鮭さん。江戸鮭さんはどう思いますか?」
「え?...私ですか?」
「はい。ちょうど三対三で別れていますので」
どういうわけか賛成派にはもる子さんも含まれているようでした。
自分たちの部活なのにこれでいいのでしょうか...?
「私はその...部外者ですし皆さんで決めたほうが...」
「まあそうおっしゃらずに」
「はあ...」
私の一票でこの部活の命運がきまるといっても過言ではありません。
もっとカワイイ名前や、わかりやすい名前にしたほうがいいに決まっています。
しかしそうなれば問題として上がってくるのは代案をどうするか。
また地獄のようなコンプライアンスに冷や汗をかくのはゴメンです。
かといってもる子さんの案に賛成すれば、私のセンスが疑われることは間違いないでしょ。
反対派には真っ当そうな人しかいませんし...。
私の判断を待つように、十二の瞳がじっとこちらを見つめます。
自分を贄にして、彼女たちの安寧をとるか...。
部を犠牲にして、自分の胃痛を和らげるか...。
ふたつにひとつ。
どうすべきかと、選択肢がぐるぐると頭を駆け巡りました。
....そうして決心した私は小さく手を上げて言いました。
そうして雌雄を決した部活動。
彼女たちの運命はこれからどうなって行くのでしょうか。
私にはわかりません。
ですがひとつだけ言えることと言えば、きっと新入部員は入ってこないことでしょう。