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3−3 彼のしたいこと


「こんにちはー...」


「こんにちわ〜!」


ぞろぞろと列をなす多種多様な制服姿を眺めながら、私ともる子さんは誰というわけでもなく挨拶を繰り返していました。

もる子さんは制服のスカートにピンク色のTシャツを着ていて、なんだかいつもと違う雰囲気でちょっぴり違和感。

かくいう私も今日は珍しく学園指定のスカート姿。

上半身も鳴りを潜めて、今日ばかりはもる子さんとお揃いのピンクのTシャツです。


本日は学園のオープンキャンパス兼見学会。

私たちはそのお手伝いをすべく、真夏の学園に訪れていたのでした。


「あ...、ご見学の方ですか?でしたら、このまま昇降口を抜けていただいて、廊下を突き当たりまで。そちらで受付を行います...」


行き先がわからない方に定型文を言うだけでしたら、いくら私でも過剰な人見知りを発揮したりはしません。

最初の数人には心臓もバクバクでしたが、ひっきりなしに訪れる方々に同じ言葉を繰り返すうちにあっという間に流れ作業です。

私たちが任された作業は体験授業を受けたいという方々と、内装や部活動の見学をしたいという方々が学園内で迷わないようにというお手伝い。

要するに朝九時ちょっとから受付終了の三時頃まで突っ立っていることです。


受付スタートと同時にどっと押し寄せていた参加者の方々も午後を迎えた今では少なくなり、私達もそろそろお役御免といったところで、何もなければ後二時間ぼ〜っとしていたらお終いです。


「ねえ江戸鮭ちゃん」


「なんですか?」


「江戸鮭ちゃんはオープンキャンパスって参加した?」


「あ〜...この学園のは参加してませんね...」


「私も参加してないんだよね〜。だからさ、どんな事するのか気になるよね」


「ま〜...確かに」


「ねえ」


「しませんよ?」


「まだ何も言ってないよ!」


言わずとも分かります。

もる子さんのこの口ぶりだと、多分、いえ絶対に「私達もバレないように参加しようよ」とか「持ち場離れて見学に繰り出そう!」みたいなことを言い出すんです。

先に釘を差して置かなければ、何が起きたかわかったもんじゃありません。


「大人しくしていましょうよ...。今日はお仕事なんですよ、一応」


「ぐぬぬ...たしかに。でも気にならない?」


「気になりません」


「さっきは気になる感じだったじゃん!」


「気が変わりました」


「ひどい〜!」


「まあまあ、いいじゃないですか...。さっきも言いましたけど、あと少しなんですからここで大人しくしてましょうって...」


「む〜!」


時計は午後一時を指しています。

迷う人どころか人すらまばら。

のんびり突っ立っていればお終い、というところである学生が現れました。


「あ、あのー、スミマセン。いいっスか...?」


ふいと私がふりむくと、そこにはひょろりして高身長のセーラー服姿。

高身長といっても私よりは小さいですが、蛍日和さんよりは大きそう。

よく日に焼けた褐色肌に、鼻には一つ絆創膏。

ショートもショート、ベリーショートのツンツン髪は少しパサついていてどことなく癖っ毛です。

絵に描いたようなアクティブな印象を露呈する子が少し恥ずかしげに頬をポリポリとかいていました。


「どうかされましたか?」


「えと、みんなで色々廻ってたんスけど...ちょっとはぐれちゃって...」


「それは大変ですね。えと、何の辺でばらばらになってしまったのでしょうか...?」


「そうっスね...たしか、部室がたくさんあるところで...」


「部室棟の方だね!じゃあ案内するよ!」


私の陰からぴょこんと飛び出したもる子さんに、迷子の方は驚きを隠せないようでした。


「お友達一緒に探そ!」









───────




昇降口の目の前、購買のあるちょっとした広場を抜けて外廊下、私たち三人は部室棟までやってきました。

もる子さんはここぞとばかりにはしゃいでいて、ぴょんぴょんと飛ぶように先を歩いています。


「そうだ!自己紹介忘れてたね!お名前は?」


「あ、はい。オ、えと僕は夜祭朝よまともって言います。中三です」


「夜祭朝ちゃんか!よろしくね!私はもる子だよ!一年生!で、そっちのゴスロリが似合いそうなのが江戸鮭ちゃん!」


「ゴ、ゴスロリっスか...?」


今まで言いませんでしたが、あまりにも不自然なこの挨拶に、夜祭朝さんはたじろぎました。


「そうだよ!江戸鮭ちゃんはゴスロリで学校に通ってるんだ!」


「そ、そうなんスか...ゴスロリ」


「たまにゴテゴテなバレエコアの時もあるよ!」


「バレエコア...ってなんスか...?」


「こんなんだよ!」


もる子さんは夜祭朝さんに寄り付いて、スマホの画面を見せつけました。


「こ、これはその...いいんスか!?」


「大丈夫!大丈夫!この学園は自由だから!」


「いや、自由というよりも、その...。こういうの着るんスね...」


私のことを足元からジロジロ眺める夜祭朝さん。

その横でニッコニコのもる子さんが何を見せたのかは分かりませんが、きっと碌なもんではないことは明らかです。


「もる子さん...。何見せたんですか」


「夜祭朝ちゃん!到着!ここが部室棟一階の占い部だよ!」


「聞いて下さいよ...」


私の声なんか無視して、もる子さんは勝手気ままに占い部の扉を開けました。

しかしながら、見学している方は誰もおらず、ただただ祈さんが一人、机の上に足を投げ出して文庫本を読んでいるばかりでした。


「祈ちゃん!おはよ〜!」


「もう昼過ぎだが?何の用だいもる子君」


祈さんはこちらに目もくれず、読書を続けます。


「見学だよ〜」


「見学?ああ、部活見学かい。そりゃご苦労さま」


体裁は一応整えるようで、祈さんは足を机の下に埋めました。


「君が見学者か。どうも、二年の祈だ。よろしくね」


「よろしくお願いします」


夜祭朝さんは行儀よく、ササッと腰を折りました。


「じゃあ次行こ〜!」


もる子さんは今しがた閉めたばかりの扉を開け放ちます。


「まてまて!もる子くん!待て!え?終わり?あたしの出番終わりなのかいもる子君?」


もる子さんを二度見しながら、祈さんはおおお慌てで立ち上がりました。


「え?だって誰もいないし」


「あたしがいるだろ!?見えていないのか!?今しがた話しただろう?挨拶しただろう?」


「でも人気ない部活に用はないし...」


「失礼!失礼千万!よくあたしの目の前でそんなセリフ言えたな!?」


「今は夜祭朝ちゃんのお友達を探してるの!だから誰もいないなら占い部には用ないの!それに、祈ちゃんだってダラダラしちゃって関心なさげだったじゃん!!」


「関心がないわけじゃないの!ああいう雰囲気の方がミステリアスかと思ってやってたの!わかれよ!」


「え、何?祈ちゃん、さっきみたいに無関心でアウトローな感じ出して私興味ないけど?でもこの雰囲気...いいだろ?みたいなのがカッコいいと思ってるの?」


「言うんじゃねえ!全部言うなよ!悪いか!?スカした感じ出しちゃ悪いかよあたしがよぉ!」


「いや、うん...。まあ、人それぞれだし、うん...。い、いいんじゃない?」


「君に気を使われるのが一番ムカつく!!!」


ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる二人を見ながら、私は肩を落としました。

せっかく見学会に来たというのにこんな姿を見せて良いものだろうかと。

夜祭朝さんも半笑いで彼女らを見ていますし...。


「祈ちゃんはもっとこう、中二感を...いや、やっぱりいいや」


「もうほとんど言ってるじゃないか!?悪いかよ中二で!何がいけないんだよ迷惑かけたか!?」


「なんでもない、ですよ〜」


「急に敬語になるなよ!距離出すなよ!」


「まあまあ落ち着いて〜」


「ちょ、もる子くん...、ギブ、ギブ!」


もる子さんは優しく祈さんの首に腕を回すと、キュッと締め上げました。

自分でフっておきながら面倒くさくなったんだろうと思います。


「あの、江戸鮭さん」


「はい?なんでしょうか?」


「あれはその...いいんスかね...?」


「...まあいつものことなので」


「...ウッス」


足をバタバタとさせながら抵抗する祈さんを傍目に、私と夜祭朝さんは静かに教室を後にしました。






──────



「はい!じゃあ次は隣りにあるお部屋をご案な〜い!」


祈さんを絞め落としたもる子さんは、色々曰く付きの隣の部屋、つまり物置の扉を開けました。


「もる子さん。そこはヤバいんじゃないですかね...」


「大丈夫大丈夫、見学なら許してくれるって!」


物置と言えば記憶にも新しいミシン事件。

配信者の何故あわさんをブチギレさせた曰く付きの教室です。

いい思い出なんかは全くありませんが、一応はこれは学園の行事。

もしかしたら夜祭朝さんのお友達がひっそり見学をしているかもしれませんから...。

それに当の本人であるあわさんも見学会ということを意識はしているのか、物置の前には段ボールで作られた「ばーちゃるぶ」という看板のなり損ないが立っていました。

私たちは暗幕の垂れた部屋へと足を踏み入れます。

相変わらず暗い部屋の中、あわさんはモニターとにらめっこしていました。


「ロー!ロー!そいつめっちゃロー!追え!追え!やれ!生かすな!ちがう右のドラゴンのマークのやつだよ!!そっちじゃねえ!そっちじゃねえええええええええ!!!歩兵じゃねえよ!!!もういい轢け!轢き殺せ!馬で轢け!!歩兵もろとも轢き殺せ!!!」


凄まじくエキサイトする彼女に既に私はドン引きでした。


「お、お?お?おおおおおおおおい!なぁに、なにやってんだてめえええええ!笑ってんじゃねえええええええええ!」


「あわちゃんあわちゃん」


そんなあわさんに物怖じせずに、もる子さんは背後からポンポンと肩を叩きます。

もちろんカメラに映らないことを忘れずに。


「あぁ!?」


迫真の形相で振り返るあわさんでしたが、私たちの他に見慣れない制服姿が視界に飛び込んだ途端、態度を豹変させました。


「日本海で一番人気者!鹿児島湾からこんにちは!バーチャル界のご機嫌アイドル何故あわちゃんだよ〜!」


「どうも...」


「...ッス」


私に合わせて夜祭朝さんも小さくお辞儀をしました。


「あわちゃん。少しだけ見学してて良い?」


「もちろんもちろん!もるこちゃん、江戸鮭ちゃん!それに見学のコもゆっくりしてってね!」


「あ、はい...ありがとうございます」


もう一度会釈をした私に、テトテトとあわさんは近づきました。


「前みたいに小うるさくしたら消すぞ」


「.................はい」


汗をダラダラ流しながら、なんとか返事をしぼりだし、教室の端っこへと移動。

配信しているあわさんの後ろ姿を眺めることになりました。


「あの、江戸鮭さん。この部活は...?」


「えと、こちらはバーチャル部と言いまして、最近人気な動画配信なんかを行っている部活です」


「ああ、そういうことっスか」


「はい。何故あわさんって名前で配信しているんですよ。ご存知ありませんか...?」


「あはは、オ...僕、そういうのに疎くって...」


「...実は私もそんなに詳しくはないんです。ただ結構人気らしいのでよろしければ名前だけでも...」


「ッス」


「アウトから!アウトから攻めろ!あと少し!ロー!ロー!なせばなる!なれ!なれ!攻めろ!奪った物資で物言わせ!!!守るな!死角をつけ!相手の目を奪え!いけ!悩むな!すぐ打て!打ち殺せ!!!!させ!させ!」


「...あの、江戸鮭さん」


「なんでしょうか...」


「えと、その...」


何かを言い淀む夜祭朝さんでしたが、もる子さんが首を突っ込みます。


「わかるよ夜祭朝ちゃん!何の配信なんだろうね!」


「ッス...」


夜祭朝さんはどこかモジモジしているというか、何か言いたげにしているようでした。


「ゲームかな!私からは見えないんだけど、江戸鮭ちゃん見える!?」


「...さあ」


ゲームには違いありませんでした。

夜祭朝さんともる子さんからは画面が見えていないようでしたが、見てしまったらそれはもうショックをうけるというか、ある意味刺激が強すぎるような気もしますので、良かったと思います。

私も目にした時はそれはもう驚きましたから。

まさか将棋の対局にここまで興奮する人がいるなんて。



──────



「さてさて、お次はどこに行こうかな〜!」


物置を後にした私たちは廊下を進んでいました。

案内するといっても私ともる子さんだってまだ新入生。

それも転校からやっと二ヶ月といったところですから、お話のレパートリーだってありません。

そんなときちょうど、外廊下へと続く分かれ道で『おちむしゃ部』の渋滞おしさんと出会いました。


「あれ?渋滞ちゃんじゃん!おひさ〜!」


「うるさいですね......。もる子さんですか。こんにちは。江戸鮭さんも...。そちらの方は?」


「見学会に来てる夜祭朝ちゃんだよ!」


「そうですか。...よければ、すぐそこの教室に来ませんか?私たちの部で一応出し物的なものをやってるんです」


「そうなの?あれ?でも、おちむしゃって講義棟使ってなかったっけ?」


「空きができたんで移動したんですよ。すぐそこですが、いかがです?」


「よろこんで!」


渋滞さんに連れられて向かった先は、部室棟の二階、階段にほど近い一室でした。

この間まで使用していた講義棟の教室の半分ほどの大きさでパーテーションで区切られています。狭いなりに彼女たちの色が端端に表れている一室はまさしく部活動っぽいといった様相を呈していました。


「どうぞ、こちらにおかけ下さい。今はちょうど織戠おりりさんとぬえさんは学園側のお手伝いに行ってしまってますけれど」


「お〜!ここが新しい部室!」


「見学の方もどうぞ」


「ありがとうございます」


四つ向かい合わせになった学生机。

私はもる子さんの目の前に、夜祭朝さんは私の横に腰掛けました。


「いらっしゃ〜い!二人とも久しぶり〜」


パーテーションの奥から元気に表れたのは、ココア大好きの天樹あまみきさん。

しかし彼女は制服姿ではなく、なぜかYシャツの上にピンクのベスト、それにクラシカルな黒いスカートをまとっていました。


「おお〜、天樹ちゃんカワイイ〜!今日は私服なの?」


「あはは、私服じゃないよ〜!これはね、部活用にお揃いで作ったコスチュームなんだ〜」


「そうなんだ!いいな〜カワイイな〜!江戸鮭ちゃん!私達も作ろうよお揃いのやつ!」


「ろくに活動もしてないのにですか...?」


「きっとこんなカワイイ部活着があればみんな気合入れると思うよ!」


「ん〜...些細さんとか着てくれますかねえ...」


「大丈夫だって〜!ね!夜祭朝ちゃんも思うでしょ!?カワイイよね〜!」


「は...ハイ!」


ぐいと顔を寄せたもる子さんに、夜祭朝さんは押され気味。

ですが、興味はたしかに可愛らしいお洋服に向いているようでして、日に焼けた頬を赤く染めてうっとりとした目で天樹さんを見つめていました。


「甘露さん。お喋りはそこまでですよ。ちゃんとおもてなしして下さい。...どうぞ皆さん、お口にあえば」


そう言って渋滞おしさんは私達の前にそれぞれティーカップを置きました。

フワッと香ばしい香りがお鼻をくすぐります。


「おぉ!コーヒー?なになに渋滞ちゃん。喫茶店でも始めるの?」


「喫茶店ってわけではないですが...まあ真似事ですよ。コーヒーや紅茶そういう物を嗜もうと始めてみたんです。毎日お喋りばかりでも飽きてしまいますしね」


「へ〜!ナイスアイデアだね!じゃあいただきま〜す!」


もる子さんがカップを手に取ったのを見守って、私と夜祭朝さんもコーヒーを口に含みました。

甘すぎず、苦すぎず、酸味とのバランス取れたそれが胃に落ちていく程よい熱さ。

夏の暑さを忘れてしまうほどの爽やかさが胸いっぱいに広がります。


「...とてもおいしいです。渋滞さんが淹れたんですか?」


「いえ、奥で落雁らくがんさんがやってくれてます。私達より上手ですので」


「そうなんですね...。これは、どこか有名な銘柄だったりするんですか?」


「江戸鮭さん」


「は、はい?」


渋滞おしさんは平行移動するように、私に顔を近づけました。


「そんな豆とか拘れると思いますか?たかが部活ですよ?お金があるわけでもないし、そのへんで買ったインスタントです」


「え、あ、はあ...」


先程まで私が感じていたちょっとした特別感は呆気なく吹き飛びました。

考えれば分かりそうなものですが、確かに渋滞さんの言う通り。

部活動で思いつきで始めた喫茶店ごっこ。

いきなり高価なものをなんて事はありえません。


「私が家で飲んでるのと似てる味〜!」


「ホッとする味ですね。ボク、好きですよ」


何か一人で期待して一人でがっくりした私は、なんだか自分に情けなさを感じました。


「紅茶も飲みますか?折角ですし」


「飲む飲む!あ、でも暑いからアイスティーがいいな!」


「ボクは、どちらでも」


「わかりました。...江戸鮭さんはどうします?」


「...アイスで」


「アイスですね。じゃあ甘露さん、任せていいですか?」


「は〜い!まっかせなさ〜い!」


いつもニコニコな天樹さん。

コーヒーを一気に飲み干したもる子さんのティーカップをトレンチに載せてパーテーションの奥に消えていきました。


「なんかいいね〜、こういう感じの部活!オシャレで落ち着く〜!」


「ありがとうございます。どうですか?見学の方は」


「はい!なんだか夢に見ていたというか、思い描いた通りののんびりした雰囲気と言いますか...!とにかくスゴイッス!漫画みたいで!」


夜祭朝さんは本当に心からそう思っているようで、少し興奮気味。

両手をぎゅっと握りしめて、軽く振ってみせました。


「ありがとうございます」


「おまたせ〜」


パーテーションの奥から天樹さんの声が聞こえました。

奥で落雁さんがこちらの話を聞いていのか、既に紅茶は出来上がっていたようです。

姿を見せた彼女、トレンチの上には紅茶の入った細長いグラスと一緒にシンプルなパンケーキも載っていました。


「おお〜!ホットケーキだ!」


「えへへ〜、落雁ちゃんが作っててくれたんだ〜!」


ワクワクが止まらないといったもる子さんに、ちょっと得意げで満面の笑みの天樹さんでしたが、机までの本の数歩の間に事件は起こりました。


自分の足に引っかかったか、それともまだ慣れていない部活着が駄目だったのか、彼女はトレンチを持ったまま躓いたのです。

それだけならまだしも、あろうことかグラスとパンケーキを死守したいという気持ちが裏目に働いて、両腕を思いっきり高く掲げてしまったのでした。


グラスが宙を舞って、天樹さんの頭にポコリと落下。

どうやらガラス製ではなく、プラスチックか何かだったようでした。

しかし問題はパンケーキ、その生末を見守るように私たちの目線が一点に集まりました。


くるりくるりと回りながら、どこに落ちようかなと迷っていたパンケーキ。

それはここしかないと言うかのように、ぽけっと口を開いていた渋滞おしさんのお顔に音もなく着地したのでした。



──────



「......みなさん。失礼しました」


「いえいえこちらこそお邪魔してしまいまして...」


渋滞さんに見送られて、私たちは「おちむしゃ」を後にします。

部室の中では戻ってきた織戠おりりさんに泣きつく天樹さんの姿がありました。


渋滞おしちゃんが口聞いてくれないよ〜!」


もう一度お辞儀をして校内の見学へと戻ります。


「ん〜、そろそろ時間になっちゃうね〜。夜祭朝ちゃん。他に見て回りたいところある?」


「見て回りたいところですか?そうっスね...」


ポクポクと歩きながら、夜祭朝さんは顎に手をあてがいました。


「...もる子さん、どこといっても夜祭朝さんも困ってしまうのでは...?」


「それもそっか〜。ん〜、どうしようかな...」


「もうそろそろ時間も時間ですし...それに夜祭朝さんのお友達も見つかってませんし...」


「う〜ん...あっ!じゃあ折角だからさ!最後に少しだけ寄ってってよ!」


そう言ってもる子さんは、夜祭朝さんの手を取りました。

夜祭朝さんは少したじろいてから、恥ずかしそうに応えます。


「えっと...どちらでしょうか?」


「この学園でいちばんキラキラしてるとこだよ!!」



──────



「ようこそ私たちの部室へ!」


「わあ...」


到着したのは部室棟三階。

寂れたという言葉がとっても似合う私たちきらら部の部室です。

ただ長机があって、ホワイトボードがあって、使われていない店があって、小綺麗とは言えない私たちの部室。

いえ、どちらかと言えばどこぞのスポーツ系の部室と忖度ない汚れっぷりです。

勧誘や紹介なんて事もしていませんから、蛍日和さんたち三人衆の姿もありません。

もる子さんは久しく開けられていない埃っぽいカーテンと、ガタつく窓を開きました。


「どうぞどうぞ!座って座って〜」


「あ、はい。失礼します」


もる子さんは、いつもは自分が座っている席に夜祭朝さんを座らせて、自分は上座のお誕生日席を我が物顔で占拠しました。

私はいつも通り、ドアから一番近い席、夜祭朝さんの横に座ります。


「えっと、ここはどういう部活なんですか?」


「よくぞ聞いてくれました!夜祭朝ちゃん!ここはきらら部!日夜、目標達成のために己の鍛錬を欠かさない、学園内有数の自由さをもった素晴らしい部活!いつもはお喋りしたり〜、風紀委員の人と対話したりとかしてるんだ!あとは放課後を目一杯楽しんでる!」


「へー。そうなんですね」


間違ってはいない、決して間違っていませんが決定的になにか違う。

それに活動内容を聞かれているのに、お喋りや放課後を楽しんでるってのは説明になっているのでしょうか...?

聞いた本人である夜祭朝さんが納得しているなら構わないのですが...。


「どう夜祭朝ちゃん?」


「はい?どうって...えっと、なんだか馴染みやすいというか、落ち着く部室だなって思います」


「違うよ〜!部室じゃなくって、今日、色々まわってみてさ!」


「あ、そっち...そうですね...。なんというか、皆さんは自由で、それでいて楽しそうだなって思ったっスね!」


「お〜!それでそれで!?」


開けた窓から、野球部の皆さんの声が聞こえました。

オープンキャンパスも終わりの時間を迎えたようで、本格的に練習を始めたようでした。

夜祭朝さんにもその声が聞こえたのか、窓の方に目をやりました。


「...ボク、いや俺は、ずっと悩んでたんです」


「悩んでた?」


「はい」


夜祭朝さんは立ち上がって、外の声に少しでも近づこうと窓辺に寄りました。


「ボク...いや、俺、野球やってたんです。ずっとずっと野球しかやってこなかったんです、ホントに。でも色々あって、今は辞めちゃって。でも辞めたっていってもネガティブな意味じゃなくって、別にやってみたいことができたからなんです」


夜祭朝さんは空に背を向けて、私達へと振り返りました。


「それでも、後悔というか...、これで良いのかなっていうか...。本当にいいのかなって思いも無いわけじゃなくて...、どうしたいのかってハッキリさせようとこの学園に来たんです!」


顔を真赤にして、私達に思いの丈をぶつけます。

いえ、自分に言い聞かせるように夜祭朝さんは本心を吐露して、決心が鈍らないように必至に言いました。


「今日あった先輩方はみんな、やりたいことをやってるなって思ったッス!配信してた方も、占い部の人も、自分の思いっていうか...自分がカワイイとか、カッコいいと思うことを突き通そうとしてました!最後のコーヒーの部活の人たちも一緒ッス!ボク...いや私も...!キラキラしたい!」


「いいじゃん!なっちゃおうよ!誰も止めないよ!夜祭朝ちゃん!自分がそうしたいって思ったことに間違いはないよ!」


「ハイ!......でも、一つだけ気になるところが無いわけでもなくって...」


「な〜に?」


もる子さんがそう訪ねた時、部室の扉が音を立てて開きました。

こんな勢いで現れると言えばもる子さんと、あとは一人しかいないでしょう。


「貴様らぁ!持ち場を離れてどこへ行っていた!今日という今日こそ指導室送りだからな!!」


「七並べちゃん!久しぶり〜!」


「久しぶりではない!このたわけが!」


久々の二人の応酬です。

私はいつものか...と流せますが、今日は夜祭朝さんがいるわけですからそうは行きません。

といっても私ごときが止められるわけもなく、早々に二人は掴み合いを始めました。

私はそっと夜祭朝さんに近づいて、話の続きを聞くことにしました。


「夜祭朝さん」


「は、はい!」


「私も、やりたい事には凄く悩んでたんです。実はこの学園にも転校してきてまだ二ヶ月も経っていなくって」


「そうなんですか?」


「はい。でも、来てよかったなって思ってるんです。騒がしかったり、あちらの二人みたいに滅茶苦茶な方もいたりしますけど...毎日楽しいなって思ってます」


「そうっスか...そうッスよね!!」


夜祭朝さんは瞳をキラキラさせて、固く握った自分のお手々を見つめました。

それは今日一番の笑顔だったような気がします。


「...ところでなんですが、先程何か言いかけたのは...?」


「あ、そうっスね。それなんですけど...」


「まだ心配事なんかがあればお話だけでも」


「はいっス。...えと、今日一日、いえ特に皆さんと会ってからなんスけど...ちょっと、あれと言いますか...」


「はい...?あれとは...?」


夜祭朝さんは何故かモジモジしていましたが、決心したように私のことをじっと見つめました。


「単刀直入に言います!」


「ど、どうぞ...」


「下品では?」


「...はい?」


「もう言ってしまったから全部言っちゃうッス!まず占い部でですけど、あんな短いスカートで足をバタバタおっぴろげて!女子同士が絡み合ってくんずほぐれつはいけないと思うんです!!」


「は、はあ...」


「次に配信してた方ですけど!ネット配信で世界中の皆さんにイケとか、サセとかいうのは卑猥すぎっスよ!それに江戸鮭先輩にコソコソ耳打ちしてたのも、んーっもう!って感じッス!」


「えぇ...」


「コーヒーの部活もっスよ!あんな可愛い衣装なのに頭からぶっかけって...!扇情を煽るにも程があるっスよ!それに、コーヒー入れてもらうってだけでももう...!駄目です!破廉恥ッス!!」


おぞましいほどの思春期の塊具合に、私は顰め面の戻し方を忘れてしまいました。

確かにもる子さんは抱き合ったりだとか、やたらと距離感が近いのは認めますが、他の方々は冤罪です。

しかしながら彼的には大問題らしく...。


「見て下さい!見て下さい江戸鮭先輩!また抱き合ってますよ、もる子先輩!ポニーテールの人に顔近づけて!後ろから抱きしめてますよアレ!エッチすぎっすよ!駄目ですって!ダメっスよ!俺には刺激強すぎッス!」


「...夜祭朝さん。あれは後ろから首を絞めてるだけなんで安心して下さい...」


「なら良いっス!...ん?いいんスかそれは??」


無事もる子さんが質候さんを絞め落とし、本日の戦いは終焉を迎えました。




──────



「先輩方!ありがとうございました!必ずまた伺います!」


「ばいばーい!」


私ともる子さんは校門のすぐ近くで、帰路を辿る夜祭朝さんとそのお友達に手を振りました。


「来てくれると思う?」


「夜祭朝ですか?」


「うん!」


「...どうでしょうねぇ」


「きっと来てくれるよね!やりたい事、一緒にできたらいいな〜!」


「...そうなったら、嬉しいですね」


「それにしてもよかった!夜祭朝ちゃん!お友達見つかって!」


「ああ、...そうですね」


「でもお友達がみんな男の子だとは思わなかったな〜!」


「うん...まあ、はい...」


「ところでさ。夜祭朝ちゃんってどこの学生なんだろ?このあたりで見る制服じゃないよね?」


「そりゃまあ...見ないでしょうね...」


「うん?どゆこと??」


「あんな制服の学校、ないですから...」


派手なピンクのリボンに、お揃いの色のスカート。

リボンや編み込みがたくさん施された華美な後ろ姿は、いつの間にか街の風景に溶けていきました。



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