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3−10 みずぎかい7




「ナんだよな〜、花盛ふたりもいるとか聞いてナいんだよナ〜」


時間はしばらく過ぎ去って、既に空には星が浮かんでいる時間帯。

今は第一軽音部の二人も交えて、私たちは些細さんの知り合いが経営する旅館の一室にいました。


質候ににパイセンも人が悪いってか〜、もっときちんと情報共有してくれって感じナんだけど〜」


「情報共有っていうより、ただ単にお姉ちゃんが弱かったってだけじゃない?その可能性大アりだと思うな」


「ナんだぁ、てめえ...」


「まあまあ、お二人とも...」


あのあと倒れ込んだ急さんのかわりに、緩さんが白旗を上げて勝負は終りを迎えました。

そうして皆で砂浜に寝転んでいるうちに、すっかり忘れていた蛍日和さんを抱えて些細さんは戻ってきました。

それからくだらない話をして、宿もないということですし二人も一緒に泊まることになったのです。


「それにしても皆様、この二人に勝利をおさめるなんて、ワタクシは驚きですわ〜!さっすがワタクシの後輩ですわ!」


「後輩ですわ〜、じゃねえんだよピンク。海に浮いてばっかで何もしてねえくせによぉ」


「あら?だから褒めてるじゃありませんの!よくやりましたわ〜!」


「でしょ〜!頑張ったんだよ〜!蛍日和ちゃんと違って!」


「そうですよ蛍先輩っ!めっちゃ頑張りましたっ!今日は私を労って一緒に寝ましょうっ!」


蛍日和ほたるびよりパイセンはいてもいナくても変わんナかったね」


「そうだねお姉ちゃん。むしろいたから隙が増えたまでアる」


「トゲがすっげぇですわ〜。でも何が何でも一緒には寝ませんわ〜」


「でも一番頑張ったのは江戸鮭ちゃんでしょ〜!ね!江戸鮭ちゃん!」


「...いえ、わたしはなにも...」


「だって的確に作戦考えてくれたし〜!」


「急さんを取り囲むってのも私じゃ考えつきませんでしたよっ!えらいえらいっ!」


「いえいえ...」


「そういえば、最後はどうやって勝負が決まりましたの?教えてくださいまし」


「それがですね〜っ、なんとっ、江戸鮭ちゃんも花盛を習得しちゃって、それが決め手になったんですよ〜っ!」


「しゅ、習得〜??え、じゃあナに?急ちゃんは初心者の初実践で負けたってことナの!?」


「そうだよ」


「うえ〜...まじか〜...ナいわ〜...」


「ちゃんと鍛えないからだよお姉ちゃん。最近ゴロゴロしてばっかだったでしょ」


「ほ〜。引きこもりのゆるりに言われるってことは相当だないそぎ


「なんだァ、テメェ...」


「まあまあ!些細ささいちゃんもゆるりちゃんも落ち着いて!とにかく、第一軽音部への勝利記念アンド刺客討伐記念アンド江戸鮭ちゃん覚醒記念ってことで!みんなで乾杯しよ!」


「勝利記念って...私とお姉ちゃんいていいの?それ」


「細かいことは気にしな〜い!はい!乾杯〜!!」


「「「「「「かんぱ〜い」」」」」」


それから私たちは夜中まで食べたり飲んだり取っ組み合ったりしながら、楽しいひと時を過ごしました。


夜もふけて段々と皆さんが眠りにつき始めた頃、私は一人で旅館ありがちなあのスペース、広縁にある座椅子に腰掛けました。

そして掌を見つめて、何度か握ったり開いたりを繰り返します。

咄嗟のところで急に発動した花盛。

それは私が成長したことの証拠なのか、それともまた何か別の意味合いがあるのか。

それに、これからもっと争いに本格的に巻き込まれていくのだろうという現実。

とにかく自分が持鍍金さんと同じ能力を発動したことの実感が、全くわかなかったのです。


「鮭ちゃんさん」


てでらさんの声でした。

まだ起きていたようで、彼女は静かに私の向かいに座りました。


「鮭ちゃんさん。どうかしました?」


「あ、いえ、その...」


私はなんと言っていいのか分からずに、彼女から目を背けました。

すると持さんは手を伸ばして、私の手を握りました。


「ふふ、戸惑いますよね」


「...え、ええ、まあ...」


「自分が成長した嬉しさとか、これからのこととか、たくさんのことがぐるぐる巡ってるんじゃないですか?」


「は、はい...」


「ですよねぇ。私もそうでした。こんな力を手に入れてちゃんと一人前のきらら系になれるのかとか、やっぱり第一世代にはなれないんだとか、いろいろね」


「はぁ...」


「でもね鮭ちゃん。花盛っていうのはね。誰かを守りたいとか、負けたくないって思いが人一倍強い人に表れるものなんだよ?汎用能力なんていって誰でも使えそうな気がしちゃうけどね。...ま、実際そうなんだけど...」


「学園内でもかなり多いと聞きますね...」


「うん。でもそれは段階で言えば一番目だからかな」


「一番目...?」


「そう。学園内で花盛を使える人はたくさんいるよ。でもそのうちの殆どは初期の力しか使えない。三月おろしって言うんだけどね。私たちみたいにお花で何かを守ったりは出来ないの。ただキラキラってしたエフェクトを出すだけなんだ」


「エフェクトだけ...なんですね」


「そう。それが自分の意志とともにどんどん強くなっていってね。初期段階の三月おろしから、第一の桜枕ちりまくらになって、そこから第二、第三、第四、って強くなってくんだ。ちなみに私は第三の十盆晦とぼとぼ。結構スゴイんだよ?前も言ったかもしれないけど」


「...伺ったような気も、します...」


「ふふ、覚えておくと便利かも。実力がもろに出ちゃうから」


「...精進します」


「ふふ...よかった」


持さんは握った私の手に少しだけ力を込めました。


「さ〜てっ、私達も寝ますかっ!」


「あ、はい...」


「鮭ちゃん。心配しないことですよっ。身についちゃったものはしかたないですからねっ!それに、さっきも言ったけど誇っていいんですよっ。お花を咲かせられるのは誰かを守りたいって気持ちの表れなんですからっ」


「ありがとうございます...」


「よしっ!じゃあ私は蛍先輩の横で寝ますんでっ!」


「.........どうぞご自由に」


持さんの後に続いて、私も広縁から居間へと足をおろします。

そのとき、がさつに置かれていた誰かの荷物に足を取られました。

幸い転ぶことはありませんでしたが、大きめの旅行鞄の上に置いてあった、スマホサイズの何かがカランと音を立てました。

なんだろうと思いよくよく見れば、その白い板切れにはどこかで見たことのある字で『まけたくない』と書き込まれていました。


「持さん...」


「はい?なんですか?」


「持さんは、何を守りたいと思って、強くなったんですか?」


「私ですかっ?」


「はい」


「私は...」


月明かりも部屋の奥の彼女には届きません。

ですから、彼女の表情はよく見えません。


「蛍先輩と、東北みぎちゃんとの思い出を守りたいって思ってる」


ですがどことなく悲しそうで、それでも笑っているような、そんな表情をしていた気がしました。


「鮭ちゃんも頑張って成長してくださいねっ!目指せ、第四段階っ!」


「第四って、てでらさんより上じゃないですか...」


「そのくらいの気持ちを持っていてくださいよ〜っ」


「もう...ちなみに、私はいま何段階くらいなんですか?」


「そうですね〜っ...多分ですけど、エフェクトの大きさを鑑みれば第一の桜枕ちりまくら以上で、私と一緒の第三にしては小さすぎると思いますので〜っ...多分、第二段階ですかねっ」


「第二段階...名前は、名前はなんていうんですか?」


瑞雲開みずぎかいですよっ!」


瑞雲開みずぎかい......」


みょうちくりんな名前を聞いて、私はこれまで以上に努力しようと思い床につきました。


翌朝、もる子さんのいびきがうるさくて全員から叱られていたのはまた別の話...。





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