「
「えっ...は、はい」
「先に
「わ、わかりましたっ!」
「江戸鮭ちゃん。私は?」
「もる子さんは、さっきまでと同じで突っ込んでください。でも狙うのは緩さんから。あとは絶対に掴まれないように」
「りょうっっかい!」
もる子さんはそう言ってすぐさま駆け出します。
相対する姉妹は歩みを止めると、妹さんが何歩ぶんか前に出ました。
そして想像通り、突っ込んでくるもる子さんの攻撃をガードするために胸の前で手を開きました。
もる子さんは助走の勢いを拳に乗せて、まっすぐそのまま緩さんへと振り抜きます。
野球のキャッチャーが立ちあがったような体勢でガードを崩さない緩さん。
攻撃どころか些細さんの能力を遮断するほどのものですから、自信があるのでしょう。
ですがそれこそ命取り。
拳が掌に吸い込まれるのと同時に、私は右手を上げました。
「今!」
すぐさまもる子さんと緩さんの間に数枚のエフェクトが表れました。
光を放ったのも束の間、約束通りに数枚のお花は散りゆきます。
ですがたった一枚。緩さんが触れてをしまっていたそれだけは予想通りに消えませんでした。
もる子さんの一撃が残ったお花をぶち破って、緩さんに突き刺さりました。
「───っ!?」
何が起きたのかわからないと言った表情を浮かべた緩さんは、膝から崩れ落ちました。
緩さんの遮断の能力。
攻撃だけでなく能力の行使も遮断するそれを逆に利用して、持さんが張った花盛を先に触らせることで、それを
展開したお花自体が消えるか、それとも残り続けるのかは分かりませんでしたが花盛りを消すという行為自体を遮断させることには成功。
あとはガード自体を貫ける威力があれば関係ありません。
急さんの表情が変わり、妹さんを自分の影に入れるべく、横たわる緩さんへと近づこうとしました。
ですがそれよりも早く、再度、持さんはエフェクトを展開。もる子さんと緩さんを三枚のお花で取り囲みます。
ちょうど三角錐のような形でお花は重なり合って、底面は空いている状態です。
その間にもる子さんは、緩さんの両腕を砂浜に伸ばして掌を下に向けさせると、そのまま押さえつけました。
「いたたた...。痛いんだけどぉ...。お姉ちゃんどうにかしてよ」
「...まあ待っててよ緩、いま」
「影には入れさせませんよ」
私はそう言って、もる子さんと緩さんが影になるように、三角柱のすぐそばにパラソルを突き立てました。
持さんも一緒になって、影に入ります。
「さっき言いましたよね。緩さんは急さんの影に入れるって」
「...いったかナ〜?」
「言いました。あの言い方だとお姉さん以外の影には入れない。もし入れたとしたらもっと有利に立ち回ってたと思いますしね。影なんて誰にでもあるんですから」
「...ほ〜」
「これで詰みです。持さん、お願いします」
「は、はいっ!」
持さんは急さんの周囲に三角錐を出すように促します。
きっとここで急さんは捕まらないように移動するはず。
それもきっと妹さんを助けるために、パラソルのあるこの場所に。
必ずパラソルに触れるならある程度場所は予測できますから、こちらに移動したらすぐさま三角錐に封じれば。
持さんの花盛の枚数の限界もありますから、急さんを閉じ込めた直後に緩さんを囲む花盛を解除してもらい、今度は底面も覆うように完全に囲めばきっと戦いは終わるはず...。
花盛を出現させるのにも体力を使うようでして、持さんも既に疲れ切っていますから。
これで最後。
しかし急さんは動きませんでした。
その場に留まり、こちらを伺っていたのです。
完全に予想外の現状に、少しばかり時が止まりました。
「鮭ちゃん、どうしますか...?」
「...むしろチャンスです。あのまま取り囲みましょう」
「は、はいっ」
お花でできた三角錐は、微動だにしない急さんを包みました。
これならこれで、駆け引きもなく安全に勝利を掴み取ることができますから、こちらとしては問題はありません。
ですが、彼女の落ち着きようはとても不気味に感じました。
「ふ〜。
「つ、つかれませんよっ!」
「へ〜、じゃあまだまだ行けるんだぁ?」
「い、いけますよっ!」
「ならちょうどいいナ。さっき言ったじゃん?私、やられた分だけ充電できる〜って。あれさ、どのくらい効率いいと思う?」
「は、はいっ?」
「持鍍金ちゃん。後何枚、耐えられるかナ〜?」
急さんはそう言うと、お花の中で思い切り振りかぶりました。
そして力任せに目の前の一枚に殴りかかると、まるでガラスにヒビが入るようにパキパキと音を立ててそれは砕けたのでした。
「──!?」
完全に想定外。
力の充電という能力がここまでの破壊力を持っているとは思いませんでした。
しかしまたもや振りかぶった彼女はそれを突き破ります。
張り直しては破られ、張り直しては破られ、張り直しては破られを何度も何度も繰り返します。
「はぁっ!持鍍金ちゃん、どうかナ〜ぁ、そろそろ、限界なんじゃナいっ?」
「ぜ、全然余裕ですよっ...!」
完全に力比べとなった二人。
急さんもかなり消耗しているようですが、持さんも比ではありません。
既に緩さんともる子さんを包んでいた花盛すら解除して、急さんに一点集中しています。
もる子さんは動くことができませんし、些細さんが戻って来てくれるのを待つしかありませんでした。
ですが着実に終わりは近づいています。
そしてついに、雌雄が決します。
「はぁ、はぁ...。あれぇ...?持鍍金ちゃ〜ん。もう終わりかナぁ?」
持さんは既に膝をつき、息は乱れに乱れていました。
それでも最後の力を振り絞って、緩さんともる子さんを囲むように三枚のお花を作り出しました。
「...あっはっは!...はぁあ、やっと、やっと私の、急ちゃんの勝ちかぁ...!」
急さんは項垂れながらも、ゆっくりと歩を進めました。
もる子さんと、緩さんが囚われる花盛を打ち破ろうと着実に一歩ずつ。
「あと一枚、これを壊せば私の、私たち姉妹の勝ちだナぁ!」
今度こそ、今度こそ終わりだと思いました。
手を離してしまえばもる子さんはまた海に飛ばされてしまいます。
絶体絶命。
彼女の一歩一歩が私たちを崖っぷちに追い詰めていきます。
ここまで来たのに、結局私は何もできませんでした。
もる子さんが飛ばされたときも持さんに防御と足場をお願いして。
影から緩さん姿を表したときも些細さんの力に頼って。
見つけ出したヒントと考え抜いた作戦も、何の意味もなしませんでした。
私のは頬はいつの間にか濡れていました。
ここまでやったのに、全部無駄になってしまうのかと思うと、皆さんの頑張りに本当に申し訳がなくて、自分が情けなくて、悔しくてどうしようもなかったのです。
次の何かを考えなければと思うほどに、頬を伝う物が増えて、目の前が見えづらくてしょうがないのです。
でも負けたくない、ただ負けたくないと言う気持ちだけで、私は彼女から目を離しませんでした。
すると、もる子さんたちを囲む花盛ごしに急さんの瞳が光ったように見えました。
能力を発動する際に見えていた瞳の輝き、それが今更鮮明に見えたのです。
急さんは今まで能力何度も使っていたのに、何度も瞳の輝きは見ていたはずなのに、それはより光を増していると感じたのです。
ですがそれは私の思い違いでした。
光っていたのは急さんの瞳ではなく、持さんの花盛。
いえ、それに反射した私自身の瞳だったのです。
「これで!おわりだナぁ!第二軽音部!」
振りかぶった急さんに向かって、私は思い切り手をかざしました。
パキパキとヒビの入る音が聞こえて、お花は脆くも散っていきました。
ですがそれはもる子さんたちを囲っていた花ではなく、
「...ナ、ナんで?...もう一枚...?」
その手前に顕現した、持さんとは別の種類のお花を模った小さな小さな花盛でした。
「......急ちゃん。もーむり...」
彼女はその場に大の字になって、倒れ込みました。
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