目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

3−8 みずぎかい5

「おーい。桜でんぶと青瓢箪。まだ雌雄を決するのは早えんじゃねえのかァ?」


歩みを止めた姉妹も、声の主へと振り返ります。

そこにいたのは、


「まだ第二軽音部終わっちゃいねえんだよなあ。勝った気でいるんなら、ウチをやってから言えよボケナス姉妹がよ」


シルバーの髪に太陽光を反射させながら、腰に手を当てがったきらら部イチの悪鬼羅刹。


些細隣ささいど東北みぎうえ...だっけ?お姉ちゃん」


「あってるあってる。クラス違うのによく覚えてた。偉い」


「ほ〜、空っぽそうな頭でも人の名前くらいは覚えてんだな。ストレス溜まんなそうなのに先端だけ白髪になってんぞ?歳か?」


「は〜?同い年っしょ些細ささいちゃ〜ん?マジありえナい。そんな事言うなら全身若白髪の些細ちゃんの方がやばくナ〜い?」


「これは銀色っていうんだよ。知らねえのか?それとも貧し過ぎて銀って概念自体がわかんねえか?」


「ぷっつ〜ん。キレる〜。いやキレた〜。全身貧困女子の些細ちゃんに言われるとかマジショックだナ〜。折角だからスレンダーになる方法でも教わろっかナ〜」


「無駄な肉ばっかつけやがって。教えてやるよ。毎度毎度、能力にかまけてぴょんぴょん反復横とびしねえ事だなオキアミカラー。もっと運動しろ」


「あ゛?」


「ぷぷ。お姉ちゃん、言われてるよ」


「うっせーよ青海苔。暗いとこに引きこもってゲームばっかしてるテメエも同じだろうが」


「ア゛?」


三人の間にの、余りにも気まずすぎる空気が流れました。

しかしながら些細ささいさんのこの煽りよう。何かしら二人を倒す手段があるのでしょうか。


先に動いたのはいそぎさんでした。

お得意の瞬間移動で些細さんの後ろに回り込、ポムとその手を頭の上に置きました。


「ゲ〜ムセ〜ット。些細ちゃん呆気ナいね〜」


「きかない」


「はぁ?何言ってるの?飛ばしちゃいますよ〜?さ〜ん、に〜...」


弄ぶかにようなカウントダウンに私は我慢できず、大声で些細さんの名前を叫びそうになりました。

しかしそれは、てでらさんがもう一度に私の腕に力を込めたことで妨げられました。


「なっ...、持さん?」


「鮭ちゃん、東北みぎちゃんなら大丈夫...」


「だ、大丈夫っていっても...二対一ですよ?もる子さんでも勝てなかったのに...」


「確かに東北みぎちゃんは勝てないと思う...でも」


「勝てないって...、それならどうにかしないと!」


「大丈夫。勝てないよ、勝てないと思うけど...。東北みぎちゃんは二人に、絶対に負けないから」


「...ゼロ」


カウントダウンがおわり、私は同時に目をつむりました。

しかしいくら待っても着水音は聞こえません。

恐る恐る目を開くと、そこには先程までと何も変わらずに立っている些細さんと姉妹がいるだけです。


「お、お姉ちゃん?どういうこと?」


「...ッチ。噂通りか〜。面倒くさいから相手したくなかったナ〜...」


「残念だな桜でんぶと青瓢箪。私の口が動く限り、絶対に負けることはねーんだよザコが」


些細さんは後ろへ振り返ると、今度は自分の番と言うように、急さんの頭を鷲掴みにしました。


「散々やってくれてたみてぇだなァ!ちゃんとお礼しねえとなあ」


「やれるもんナら──」


「おかえし」


彼女の『易読仮名えきどくいろは』は四文字ちょうどで呟いたことを実現して自分に付与する能力。

些細さんの放った、たった四文字の言葉はいそぎさんを海に投げ出すのには余りにも充分すぎました。

急さんは触れたと同時に能力を発動していたのでしょう。

しかし些細さんが「きかない」といった時点でそれは発動条件を満たしていようが関係ない。

絶対的な防御を築いていたのです。

さらに「おかえし」で行使された力をそのまま弾き返したということも。


逆転の一手となりかねない同級生の登場にゆるりさんは焦りを覚えたのか、後ろから些細さんの腕を掴みました。


「きかない」


「...そういえば言ってたね。風紀員の人が。いくら格下でも注意しろって」


「ほーん。そうか。じゃあどうする?」


「動けなくするまでかな。こうやって掴んでいたら、些細隣ささいど東北みぎうえは守ることしかできない」


「...。」


そうです。

例え些細ささいさんの防御いかに一級品だとしても、相手に発動条件を満たされた状態で拘束されれば攻勢に出る手段はありません。

「きかない」を解除する次の四文字が告げられると同時にゆるりさんが能力を行使すればいいからです。

いわば硬直状態。

その弱点に気付いた緩さんも流石です。

しかし些細さんは、珍しくも表情を崩して笑みを浮かべました。


「だから言ったんだよ青瓢箪。力ばっかりにかまけてんじゃねえよ」


些細さんは振り向くと同時に、緩さんに足払いを仕掛けました。

足を取られた彼女は掴んでいた腕を離し、砂浜に手をついて何とか着地。

ですが些細さんの攻撃はまだ続きます。

いつもの無表情なお顔からは想像できないケンカキック。

緩さんはそれをどうにか片腕で防ぎましたが、有利不利は明らかです。

後ろに倒れ込むようにバランス崩した緩さんは、バク転の要領で距離を取りました。

それでも些細さんは距離を開かせる気は無いらしく、着地と同時に思い切りドロップキックを放ちました。

もる子さんの一撃をも防いだ彼女でもその勢を殺せなかったか、はたまた些細さんが何らかの四文字を呟いたのか、今度こそ緩さんは倒れました。


些細さんの強みは能力だけではありません。

相手に力を封じられたとしても、元々の喧嘩っ早さと、躊躇いもなく相手を傷つけられる残虐性。

性格という要素が相まって、防御特化のバーサーカーとなっていたのです。


「引きこもってゲームばっかしてっから弱えんだよ青鉛筆。もっと鍛えてから出直せや」


「おい。あんまり妹で遊ぶのやめてくれナいかな」


背後から些細さん肩に頬杖をついて急さんが言いました。


振り向くと同時に彼女はまたも足払い。

ですが急さんには当たりません。

それどころか、もう一度些細さんの背後へと回り込みます。

今度は振り向きざまに裏拳を繰り出しますが、急さんは両腕で難なくガード。

些細さんの攻めのターンは終わりません。

防御に徹した急さんはズリズリと後退していきます。

そして倒れ込む妹さんへと影がかかると、ゆるりさんは溶け込むようにして、影に姿を消しました。

次の一撃もなんとかというように防ぎきって、彼女は些細さんの腕を掴み取りました。


「おいおい。妹優先かぁ?自分の心配したほうがいいんじゃねえかぁ?」


「ふん。言ってれば〜?」


些細さんに能力が効かないならば、素手で彼女に勝つほかは姉妹にはありません。

ですがそれでも防戦一方。

妹さんを影に引き込んで耐えるのが精一杯に見えました。

ですが私は何か違和感を覚えました。

妹さんを救出するだけなら直接その場に向かえばいいのに、何故か急さんは些細さんの背後に現れた。

その後もわざわざ避けることなく、耐え続けたのもおかしいのです。

急さんは些細さんに能力を行使できずとも、自分に作用させることもできるのですから。

なにか悪い予感がしました。


「一対一なら勝負ありだな。急ぃ」


「一対一?どこが?」


急さんは些細さんの手を振り払うと、またもや背後に回り込みました。

そして些細さんが振り向く前に、彼女の腕を鷲掴みにします。

ですが些細さんの手刀も同時に彼女の脇腹へとクリーンヒット。

急さんは体をくの字に曲げました。

しかし急さんは苦しみに悶えるわけでもなく、その表情は笑っていたのです。


「ゲームセ〜ット」


突如、些細さんの足元、急さんの影から白々とした腕が伸びて、彼女の足を掴み取りました。

そしてもう一本伸びた手は、急さんと手を繋ぐように指を絡ませます。


「っ!?」


些細さんに衝撃が加わって、体が宙に浮きました。

影から出てきた妹さんに意識取られた直後に、どういうわけか急さんの能力が発動したのです。

海へと向かいすっ飛んでいく些細さんに、てでらさんはすぐさまエフェクトを発動。

空気に立てかかるようにして顕現したお花は、些細さんを受け止めました。

距離はそこまで遠くない。

しかし些細さんの目の前には既に急さんが迫っていました。

右手を大きく引き絞った姿はもる子さん連想させます。

二人を割くようにもう一枚お花が展開されましたが、どういうわけか些細さんの目の前には緩さんの姿もありました。

それもお花とお花の間に入り込むようにして。

些細さんは完全な無防備です。


緩さんに触れられた些細さんは即座に急さんの目の前に転移され、振り抜かれた拳は些細さんに直撃。

その上、二枚のエフェクトまでも打ち砕き、彼女を彼方に沈めたのでした。


急さんが浜に降り立つと呆気にとられた私達に言いました。


「気づいてると思うけどさ〜、能力ってのは一人一個じゃない。私とゆるりは手で触れたものを移動するだけが能じゃナい」


こちらへ向かう彼女の足取りは、軽くも重くもありません。

ただただ狙いを定めた獲物に、まっすぐ近づくことだけを目的にした静かな歩みのように思えます。


「私は自分に影に緩を出し入れできて、緩は私と重なるように存在できる。さっき緩が現れたのはそれだナ」


急さんは祈るように自身の指先を絡めると、そっとそれを解きました。

すると離れたところから分裂するように、妹さんが現れます。


「それに今の見たでしょ?あれも私たちの能力ちから。緩は手で触れたものを何でも遮断できる。さっきは些細ちゃんの能力自体を遮断した」


「花盛を壊すくらいの力、それがお姉ちゃんの能力ちから。痛い思いをした分だけ、自分に力を充電できる」


「「それが私たちの」」


一里非直ひとりじゃないよ

交一繋肯こいびとつなぎ


二人はもう一度、互いの指を絡ませました。


「「勝てるかナァ?姉と妹わたしたちに?」」


一縷の希望だった些細さん敗れ、頼みの綱だった持さんのお花は壊され、絶対的力を持った姉妹が私達に近づいてきているこの状況。

いまさら私がかかっていこうが、彼女たちからすればそんな物は些末な問題でしょう。

力もない、速さもない、能力もないただの唐変木の私。

目の当たりにするこの光景に、私は後ろに下がることも、逃げるこもできませんでした。

なぜなら、


「──だってよ。江戸鮭ちゃん」


「...バッチリ聞きましたよ!」


今なら勝てる、そう思ったからです。

ヒントをあれだけ貰えれば、負けるはずがありませんから。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?