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第25話 逆襲の時

 森の奥深く、薄闇が立ち込める中で、俺と桐生は対峙していた。


「まさかそんな……魔法使いとはいえ、あの傷から起き上がってくるなんて」


 化け物でも見るような目でこちらを警戒する桐生絵美。


「お前、一体どうやって生きて――!」

「教えてやるつもりはないな」


 俺は淡々と答えた。痛みは容赦なく全身を蝕んでいる。腹部の傷はまだ生々しく開きかけており、一歩ごとに痛みが脳髄を貫く。しかし、立っている。意識は確かだ。なにより、守るべきものが俺の背後にいる。


 ――凪宮糸乃なぎみやしの


 今もなお手足を縛られ、恐怖に怯えながらも俺を見つめている少女。助けに来た俺の姿に微かに希望の色が浮かぶ。絶望に沈みかけていた瞳が、僅かにだけ光を取り戻していた。絶対に、ここで守り切る。


 その決意だけが、痛みを忘れさせてくれていた。


 目の前の桐生――否、十三段の魔法秩序エグゾ・マギアの魔人。

魔法界からはみ出した魔人たちからなる悪の組織。

 その存在が、俺の憎悪に火を点ける。


 一週目の人生で俺が堕ちた先、忌まわしき魔人の集団。その中心には、十三名の魔人たちが君臨していた。その中に、桐生絵美という名は存在していなかった。俺の知る限りでは、途中で脱落したか、それとも一週目で俺が加入する以前に加わっていた構成員か。


 いずれにせよ、こいつが名を残すほどの大物ではないと知れた。

 ならば負ける訳にはいかない。


「お前が魔法使いだったのは驚いたけど……別にいいよ。また殺せばいいだけの話だしっ」


 桐生が口元を歪め、不気味な微笑みを浮かべた。その瞬間、彼女の身体が音を立てて変形を始める。

 ブクブクと膨れ上がり、全身の骨格がミシミシと軋む音が森に響き渡る。皮膚が伸び、肉が盛り上がり、次の瞬間には少女の姿を捨て去り、成人女性の肉体へと変貌していた。


 金色の双眸が、妖しくギラリと光った。


「お待たせ。これが私の本性よ」


 ぶかぶかだった幽霊衣装がぴたりと張り付き、その異様な出で立ちが一層際立つ。肌は死人のように蒼白く、まるで幽鬼が実体を持ったかのような禍々しさがあった。


 しかし、俺は一歩も退かない。この程度の威圧感は、今まで何度も受けてきたのだから。


「はっ、人間の皮を被った怪物ってわけか」

「あら酷い。ふふ、今さら怖じ気づいてももう遅いわよ?」


 桐生の気色悪い声が、ねっとりと空気を撫でるように耳へと入り込んでくる。

 だが、俺の心は微塵も揺らがなかった。


 傷は痛む。血は滲む。だがそれでも……コイツだけはここで倒す。


「私の邪魔はさせないよ。私はなんとしても姫を魔人化して、あのお方の元へ連れて行くんだからねぇ」


 言葉が終わるや否や、桐生の右手が魔力を収束し始めた。激しく渦巻く闇の魔力が、唸りを上げながら螺旋状に膨れ上がる。


放出バースト!」


 魔流の上位技術、放出。俺も九条円との戦いで使用した、体内の魔力をエネルギー波としてそのまま放つ技だ。普通の魔法使いにとってこの技はあまり効率のいいものではない。


 ただの魔力に破壊力を持たせるためには相当の魔力が必要になるし、だったらそれぞれが固有の魔法を使った方が絶対にいい。


 俺はまだ手に入れていないが、魔力加工された武器を使えば、魔力を込めるだけで様々な効果を発揮する。

 固有魔法を持たない魔法使いは本来この魔法加工された武器――魔具を使用する。


 俺が九条円くじょうまどか戦でわざわざ放出を使ったのは、魔具をまだ持っていなかったのと闇の魔法を避けたからに他ならない。


 だが目の前のコイツは平気で放出を使ってくる。


「――っ」


 地鳴りのような衝撃音と共に、桐生の魔力が放たれた。咄嗟に身を翻して回避する。黒きエネルギー弾は俺の肩を掠め、そのまま後方の巨木を粉砕した。木片と砂埃が宙に舞い、爆風が俺の髪を激しく揺らす。


 ゴゴゴと音を立てて倒れる木を横目で見ながら、俺は思わず舌打ちをした。


「なんて破壊力だよ」


 そう思ったからだ。もちろん口にはしない。そんなことをすれば相手を調子づかせてしまう。

 今の桐生にとって、俺への認識は「殺したのに何故か復活してきた不気味なガキ」なのだ。

その畏怖は魔法戦闘において、圧倒的なアドバンテージとなる。


 だが魔人の持つ莫大な魔力から撃たれる放出も厄介だ。直撃すれば今の俺ではひとたまりもない。

しかし魔人とて魔力が無限にあるわけではない。こんな効率の悪い攻撃をしていればいずれ魔力は尽きる。そこを叩けば……。


「……ニィ」


 そんな俺の考えを見透かすように、桐生の口角がつり上がる。すると、照準を変えるように手の向きを変えた。


「おいまさか」

「ふふ――放出バースト!」

「なっ!?」


 なんとヤツは凪宮を攻撃したのだ。当然だが一般人だった凪宮では避けられない。彼女を抱えて回避したいが……ここからじゃ間に合わない。


「――ぐっ」

「結城くん!?」


 凪宮に向けられた魔力弾を見て、即座に俺は飛び込んだ。背中で攻撃を受け止め、重い衝撃に膝が崩れる。鋭い痛みが走り、視界がチカチカと揺らいだ。


「ふふふ、やっぱりそうなるよね。守るべきものがあるって、本当にいいわね? 私はそういうの……大嫌いだけど」


 桐生が嗤う。その表情には、人間性など微塵も残っていないように見えた。


「な……凪宮はお前らの姫なんじゃなかったのか? それを……」


 まさか攻撃してくるなんて。


「別に? 頭さえ残っていれば魔人化には問題ないからね。それに……アンタが姫を庇ってくれればこちらとしては万々歳だ」


「結城くん……大丈夫!? 血がこんなにたくさん……」

「ちっ……このくらい大丈夫だ。問題ねぇよ」


「あははっ。そうは見えないけど? どう? 次も私は姫を狙うよ? 避けたらどうなるか」


 大きく口を開けて桐生は笑う。


「受けるしかないよねぇ! 私の攻撃、耐えられそう?」


 キンキンとアイツの声がうるせぇ。血を失ったことによる貧血と今のダメージによる痛みで頭がどうにかなりそうだ。


「ゆ、結城くん……お願いだから逃げて。私はどうなってもいいから」

「うるせぇんだよバカ……俺はな……」


 お前を守るって決めたんだよ。ここでおめおめと逃げ延びて……その先の未来で零丸に会ったとして……俺は堂々とアイツと向き合えるのかよ?


「あははっ! バカだねアンタ。それじゃあ次の攻撃をするよ? いいのかな? 次は本当に死んじゃうかもしれないけど……でも避けたら姫が大けがしちゃうから……避けられないんだよね。可哀想~」


 ぎゃははと、下品な挑発をしながらヤツは魔力を練り上げる。次の放出の準備をしているのだ。

だがそれは幾分か悠長だ。


 人を守る――それには二つの方法がある。


 ひとつは今、俺がやったように全力で敵の攻撃から凪宮を助けること。


 もうひとつは単純だ……凪宮に危害を加えようとする原因の方を排除すること。


「魔力準備完了。それじゃいくよ……バァアス――」

「おい」

「はぁ? 何? 命乞い? 命乞いなら今さら聞かないけど?」


 いや。命乞いなんて……絶対ぇしねぇ。


「違げぇよ。お前。随分、涼しそうな格好になったと思ってな」

「涼しそう? お前は何を言って……きゃあああああああああああ!?」


 桐生の幽霊衣装が霧散し、全裸になった彼女は慌てて胸と股間を両手で隠す。顔面は羞恥に染まり、蒼白さの上に鮮烈な紅潮が浮かんだ。


「お、お前!? 私に一体何をした!?」


 桐生が纏っていた幽霊の着物と三角頭巾は消え、ヤツは今全裸になっている。恥じらうように胸や股間を隠したせいで、やつの攻撃は失敗した。


「答えろおおおおおお!? な、な、な、何をしたあああ!?」


「はっ、意外だな……魔人だの人類支配だの抜かしながら、羞恥心は健在かよ」


「くっ……くぅぅ!」


 俺の固有魔法【虚影絶奏ファンタズマ】は一度受けた魔法……その真似事ができるようになる。


 それにより、魔法少女おじさんこと九条円から受けた固有魔法【変幻魔装マジカルステージ】を桐生に使ったのだ。


 俺の完成度では元の対象者の服を着替えさせるまでは行かず、対象者の服を剥ぐだけの結果に終わったが。

 それでも、効果は絶大。ヤツの力を大きく削ぐことに成功した。


 手足で身体を隠したことで桐生の魔力制御は完全に乱れ、蓄積していた放出の魔力が空へと弾け飛んだ。


 俺の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。


「さぁ桐生……いや魔人。勝負はここからだぜ」


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