宿泊施設から少し離れた森の中。
桐生絵美に攫われた
桐生絵美は鼻歌を歌いながら地面に何かを書いている。
そして、作業をしながら語り始めた。
「本当はね。私が裏で手を回していたんだ~。あ、これイジメの話ね」
イジメの主犯格は桐生だった。
彼女は裏でクラスメイトたちに噂を吹き込み、糸乃を迫害するように仕向けていた。
そのくせ表では「この状況をなんとかしたい」とまるで糸乃を助けたいと思っているような態度を見せていたのだ。
「どう……して」
糸乃の脳裏には、先ほどの光景が焼き付いて離れない。
赤黒く染まったシャツと倒れた一果の姿。咽かえるような血の匂い。
思い出して、恐怖で震える。だが、それ以上に激しい感情が糸乃を突き動かした。
生まれた初めての感情。
どんなに虐められても、理不尽な目に遭っても生まれなかった怒りという感情が糸乃を突き動かす。
「なんで私をいじめたのかって?」
「違う。どうして……どうして結城くんをっ」
「ああ、そっちか~」
嘲笑う桐生に糸乃の感情は揺さぶられる。
「私が憎いなら私を刺せばいいじゃない。なんで……関係のない結城くんを……うぅ」
涙が溢れて止まらない。
大声を出したことで怒りは霧散し、酷い悲しみが沸いて出る。
楽しかったここ二ヶ月の思い出が崩れていく。
「安心してよ。苦しまないようにちゃんと致命傷を与えたから。それに……」
桐生はにんまりとした邪悪な笑顔で、涙で歪んだ糸乃をのぞき込んだ。
「私はアンタが嫌いな訳じゃないんだ」
狂気を孕んだその顔にぞっとして目を逸らした糸乃。すると、地面に描かれた不気味な魔法陣が目に入る。
「あなた……何が……目的なの?」
「凪宮さん。貴女はね……私たちの姫になるの」
「何を言っているのかわからないよ……」
「じゃあ説明してあげる。今からこの魔法陣を使って魔獣を呼び出します」
「まじゅう?」
「貴女の好きなバーチャルモンスターみたいなものよ。その魔獣を凪宮さんの中に入れて、貴女を魔人にするの!」
「ひっ……やだ。そんなのやだよ」
「魔人になるとねっ! 永遠の命が手に入るんだよ! そしていずれは、私たち魔人が人間たちを支配する。その為には絶対に姫の力が必要なの!」
(怖い……)
桐生が言うことの半分も理解できなかった。
ただひたすらに怖かった。
「魔力は絶望によって闇へと反転する。私は一目見た時からわかった。貴女には莫大な魔力が備わっていると。だから小学生に化けて同じ学校に入学して……ゆっくり。ゆっくり。貴女の周りから人を遠ざけていった」
糸乃の不幸は全て桐生によってもたらされたものだった。
「本当は自ら世界の滅亡を願うように仕向けるつもりだったけど、邪魔が入った。だから計画を変更したの。あの男には貴女の希望になってもらって……その後で殺す。そうすることで貴女を絶望させようと思ったのよ」
「そんなことのために……結城くんを……」
(ごめんね結城くん。私なんかのせいで……本当にごめんなさい。ごめんなさい。やっぱりそうなんだ。私と関わった人は……不幸になる)
「どう? 世界が憎い? 絶望した? いいよいいよ。闇の魔力溢れてるよ! どうやら世界を支配したい欲が出てきたみたいだね!」
桐生の言葉に糸乃は首を振った。
「ううん。私はそんなこと望んでない。望まない」
「へぇ……」
「私は貴女を絶対に許さない。だから……貴女の思い通りになんてならない」
「よく言った」
「はぁ!? その声は!?」
「結城くん! よかった……生きて」
現れたのは結城一果。肩で息をしながらも糸乃のピンチに駆けつけたのだ。
「助けに来たぜ、凪宮」
「お前どうして……まさか……アンタ魔法使い!?」
「その通りだ。さて……」
一果はキッと桐生を睨む。
「この傷の借り、返させて貰うぜ」