この世界には魔人たちによって作られた組織がある。
その名も
魔法使いこそが人類の上位存在であるという魔力優生思想を掲げた集団だ。
世界を書き換える力を持つという伝説の秘宝「オメガスクリプト」を求めて活動を続けている。
その名の通り十三体の魔人によって作られたこの集団に、一週目の俺も一時的に属していた。
いや、寧ろコイツらの力を借りることによって俺は魔人となったのだ。
苦い記憶だ。
元魔法使いとはいえイカれた連中が多く、俺は共に活動することはなかったのだが、一度だけ会議に出席するために本部へと連れて行かれたことがあった。
その時に、メンバーから姫と呼ばれる魔人と出会ったことがある。
真っ白い髪をした不気味な少女。
口数はほぼなかったが、一度だけ話す機会があったのを思い出す。
その時だった。
『私と関わらないで。貴方も不幸になってしまうから』
そう言われたのだ。
感情を全て失ったような表情が印象的だった。
一週目では魔人となっていたからわからなかったけど……。
そうか。姫と呼ばれていたあの魔人は……凪宮だったのか。
「あっ……痛ぇ……」
ガラガラの声が漏れる。
意識が遠くなったり戻ったり。もうかなり出血しており、熱かった傷口の感覚はなくなり、凍えるような寒さがやってきた。
どうやら……俺の二週目の人生はここで終わりのようだ。
あっけない。いや、なんという間抜けだろう。
凪宮を姫と呼び、攫っていった桐生絵美はおそらく魔人だろう。恐ろしく精度の高い擬態。
魔人になったこともある俺の目や何度か訪れていたであろう魔法協会の調査員の目すら欺くなんて。
おそらく。クラスを裏で操り凪宮を虐めていたのも桐生なのだろう。
凪宮を孤立させ、その心を折り、絶望させる。魔人に至るための負の感情を蓄積させていたのだ。
そんなことにも気付かないなんて……平和な小学生としての生活で感覚が鈍っていたようだ。
とはいえ……後悔しても仕方がない。
俺はここで人生を終えるのだ……。
「まぁ……こんなもんだよな」
一度悪の道に堕ちた男が二週目の人生でやり直しなんて都合が良すぎると思ったが。
こうやって虫のように死んでいくのが罰だというのなら、甘んじて受け入れよう。
そういえば今世で悪事を犯した人間はゴキブリに生まれ変わらせられると聞いたことがある。
俺も似たようなものだったのかもしれない。ならば愛しの双葉にもう一度会えただけでもよしとしようじゃないか。
『結城くんはヒーローだよ。弱い人を助けてくれるヒーロー』
その時。いつだったか凪宮に言われた言葉が蘇る。
照れくさかった言葉。俺なんかには勿体な過ぎる言葉。
ヒーローっていうのは零丸ような正義の存在のことで。俺なんかにはまったくふさわしくない言葉だ。
でも……。
それでも俺をヒーローのようだと言ってくれた少女が今、ピンチに陥っている。
俺が罰を受けるのはいい。俺は自分の意志で魔人に堕ちた。だが凪宮は違う。
桐生絵美という卑劣な魔人に目をつけられた被害者だ。
この二週目の人生の意味なんて何もわからない。だが……。
きっと凪宮を一週目に出会った姫と呼ばれる存在にはしてはいけないんだ。
心臓はもう殆ど機能していない。だけど……。
「こ……ゆう……魔法」
固有魔法。
魔法使いの中でも限られたごく一部にだけ与えられる選ばれた力。
ひとりひとり異なる、まるで魂そのものが形になった魔法。
発現すればそれだけでA級魔法使いになれる。
魔法協会が定めた才能の証。
一週目の俺には、その力がなかった。
魔力は人並み以上にあったし身体も鍛えまくった。
魔流も魔視も放出も、魔力でできる技術は全部鍛えた。
それでも固有魔法に目覚めることはなかった。
魔人に堕ちるまでは。
使うつもりはなかった。俺の固有魔法は魔人化によって手に入れた禁断の闇の魔法で……恥ずべき一週目の人生の象徴のようなものだから。
使う度に闇が心に侵食してくる。俺が俺でなくなる
でも……。
九条円との修行によって、新しい自分の人生の軸をいくつも手に入れた。
元からあった双葉や家族との生活。
親父から与えられた任務と責任。
零丸のまねをして嬉しかった気持ち。
そして。凪宮という少女を助けたいという思い。
これだけの支えがあれば、大丈夫だと思った。
とにかく、今は……凪宮を攫った魔人をぶっ倒す。
「――闇魔法起動」
残された力でなんとか呟く。
俺の忌むべき闇の固有魔法。その名も
決して手に入らない固有魔法を欲し続けた歪んだ欲望が具現化したようなこの魔法の効果は、一度俺が受けた魔法をコピーして使える能力。
単にコピーというと聞こえはいいが、実際のところは闇の魔法によるでっち上げ。似たような効果を作り上げる劣化コピー魔法だ。
コピー元の使い手と打ち合えば精度差で必ず敗北する情けない魔法。
だがこの状況では、その情けない魔法が何より役に立つ。
「――回復」
重油のような黒い魔力が俺の傷口に流れ込み、塞いでいく。
使ったのは双葉の回復魔法……その劣化コピー。もちろん回復なんて大層な真似が闇の魔法にできるわけがない。
とにかく出血を防ぎ、なんとか命を繋ぐだけの応急処置。痛みが引くわけでもないし、暴れれば再び傷口は広がり今度こそ致命傷になるだろう。
「体……痛ぇ……でも」
俺は歯を食いしばって立ち上がる。
「待ってろ凪宮。必ず助けてやるからな」
俺はまず、凪宮に言わなくてはならない。
おそらく今、自分を責めているであろう彼女に真っ先に、言いたいことがあった。
『お前といても不幸にはならない』
そう伝えたかった。
「魔力の残滓……見つけた。こっちだな」
魔人・桐生絵美の魔力の痕跡を辿り、後を追う。