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第22話 林間学校

 林間学校当日。


 朝8時に学校に投稿し、クラスごとにバスに乗り込む。


 その後、サービスエリアで休憩などを挟みつつ他県の自然公園に到着。


 ここのレストランで昼食をとり、ハイキング。

 トレーニングにもならない山道を列になって歩いていく。


「ひぃ……きつい」

「大丈夫か?」

「うん……頑張る」


 俺には楽勝のハイキングだが、凪宮には少々キツいようだ。


 凪宮だけじゃない。半分くらいの生徒は口数が減り、汗びっしょりになりながら必死に歩いていた。

 かくいう俺も背中に汗が溜まってきた。Tシャツが肌に張り付いている。


「ねぇ結城くん。ちょっと汗拭いた方がいいんじゃない?」

「確かにちょっと冷えるな。よし」


 俺はリュックサックからタオルを取り出すと、シャツをめくって汗を拭いた。


「きゃっ!? いきなりビックリするよ」

「なんだよ。別にいいだろ」


 そんな俺を見て、凪宮が驚いた。


「な、何もでも人前でやらなくても」

「ほほう。結城くんかなり鍛えてるね?」

「ん? ああまぁな」


 急に現れた桐生が俺の背中を撫でながら言う。

 おい触るなこら。


「まぁまぁ減るもんじゃないし。眼福だね。ね? 凪宮ちゃん」

「う、うん……あ、違くて」

「わ~凪宮ちゃんのエッチ!」

「もうっ! 桐生さん! 怒るよ!」


 まぁ、多少ゲームに時間を割くようになったものの、毎日のトレーニングは一日も欠かしていない。


「そんな鍛えられた男の子の身体を見てしまって、凪宮ちゃんは照れちゃったんだよ」


「もうそういう年頃か。じゃあ気を付けないとな」


「ええ何それ~結城くんおっさん臭いよ~」


「うるせぇ」


 そんなやり取りを挟みつつ山道を進む。


 未だクラスの連中と距離のある凪宮。まぁあんな目に遭っていたんだから当然だし、このクラスの連中を許せなんて言うつもりはない。


 だが桐生だけは償いかのように凪宮に寄り添ってくれている。


 距離感を探りながら、友達になれないかと模索しているのだ。


 時間が経てば……凪宮の人生は少しだけいい方向に進むのかも知れない。


 その可能性が見えてきたことを喜ぶ自分に、俺は驚いていた。




 ハイキング後は宿泊施設に移動。部屋に荷物を運ぶ。


「くっ……なんで結城と同じ部屋なんだ……」

「隣の部屋の楽しそうな声、聞こえるか?」

「いいよな」


「別に嫌なら隣に行ってもいいんだぞ。その代わりこの部屋は俺が一人で使うけど」

「「「ひぃ!?」」」

「ほら。風呂の時間だ。行くぞ」

「「「はぁい……」」」


 部屋のメンバー含め、4人で大浴場へ移動。


 ハイキングでかいた汗を浴場で流す。俺が黙々と肉体のメンテナンスをしている最中。


「おいそこから露天風呂にいけるんだけどさ、女子風呂とは壁で仕切っているだけらしいぜ」

「じ、じゃあ覗くか?」

「い、いいねぇ。桐生絵美ちゃんとか入ってないかなぁ」


 小学生の内からすげぇスケベな連中だな。覗きなんて現れるのは早くて中学くらいかと思っていた。

 まぁこの学校に双葉はいないし、ヤツらが覗きをしようが構わないのだが。


 もし凪宮が一人で露天風呂にでも入っていたら大変だ。


 こういう悪戯、された方は一生引き摺るというからな。俺の背中見て顔を真っ赤にするくらいウブなヤツだし。


「おいお前ら」


「おっ。なんだ結城も覗くのか?」

「冷徹マンと見せかけて意外とむっつりなんだな」

「いいぜ。仲間に加えて――ぎゃああああああ」


 性犯罪者予備軍三人をシバき倒し、俺は風呂を出た。

 その後、美味くもなく不味くもなくな施設の晩ご飯を頂き、その後。


「さぁみんな。食器を片付けたらいよいよお待ちかね。肝試しの時間だよ! はいこっちこっち!」

「待ってないが」


 先生がみんなを外へと誘導する。


 この宿泊施設の裏には川が流れており、その周辺は散歩コースとなっている。


 ほどよく薄暗く、肝試しにはピッタリのコースということである。


「ルールは簡単です。この道を道なりに進んで、500メートル先の倉庫のところまで来て下さい。そこに先生が待ってます! もちろん、途中には肝試し実行委員がお化けの格好をして隠れています。怖がらないようにね!」


 先生の説明が終わると、凪宮が心配そうに尋ねてきた。


「結城くん大丈夫?」

「ああ。所詮小学生の仮装だろ。大丈夫大丈夫」


 嘘。ちょっと怖い。

 おかしいな。魔物とかは全然怖くないんだけど。


「ふふ」

「なんだよ。笑うなんて酷いじゃんか」

「ごめんね。でも結城くんにも苦手なものがあるんだって思うと、なんだか可笑しくて」

「おい……ちょっとからかってねーか?」

「違うよ? ちょっと可愛いと思って」


 笑ってるじゃねーか。


 まぁ楽しそうだからいいや。


「はい次ー! 三番の番号のペア」


「はいはーい。よし、行くか凪宮」

「うん」


「はいはい。ペアの人ははぐれないように手を繋いでね」


「だってさ。ほら」

「う、うん……」キュッ


 俺たちは二人、手を繋いで歩き出す。


 少し歩けば喧騒は遠くなり、田舎道は虫の声しか聞こえない。


 まるで世界に二人だけしかいなくなったような錯覚を憶える。


「ねぇ結城くん。私ね。今日はとても楽しかった」

「そっか」

「うん。少し前までは林間学校嫌で嫌でしょうがなかったけど。でも結城くんが来てから、私の世界は変わったの。ゲーム以外にもこんなに楽しいことがあるんだって……それを知るのが楽しいの」

「そりゃよかったよ」

「全部、結城くんのお陰なんだ。本当にありがとう」


 裏も表もなく、真っ直ぐに告げられたその言葉に俺は頬が痒くなる。

 零丸が居たら「ほら。やっぱ人助けっていいだろ」とか言うんだろうな。


 でも、あの苦難を逃げずにずっと戦ってきたのは凪宮で。だから今が楽しいのはすべて凪宮の手柄なのだ。


「俺は何もしてないよ。あんまりにも多勢に無勢だから、お前の味方になっただけ。助けた訳じゃない」

「そんなことないよ。私ね。君に会うまでは、この世界にたった一人だったの。私の味方なんて誰もいないって思ってた。だから結城くんがしたことはとても凄いことで……だから」


 むぅ……。本当に大したことしてないんだけどな。


 寧ろ逃げずにずっと学校に来続けていた凪宮が凄いのであって。


 って、これもうループだな。


「ぷっ」

「あ、何が可笑しいの!? 私は真剣に」

「いや……悪い。ただお互い頑固だなって」

「あ、そ、そうだね……」


 通したい我が出てきたようで何より。


「話してたら随分進んじゃったね」

「ああ。しかし全然お化けでてこねーな」

「確かに……迷子になっちゃったかな?」


 いやそんなハズはない。道は多少うねってはいるが一本道。迷子になることなんて……。


「おっ。お二人さーん。ラブラブだね」

「あ、桐生さん!」


 道の手すりに腰掛けていたのは白装束の幽霊……のコスプレをした桐生だった。


 隠れるでもなく脅かすでもなく。


 気さくに手を上げるとこちらに近づいてきた。


 いやお化け役がそれじゃダメだろ。


「聞こえたよー。結城くんに会って世界が変わったとか。きゃー! お熱いー」

「も、もう! そんなんじゃないよー!」


 本当に仲良くなったなコイツら。

 からかわれてはいるが、凪宮も楽しそうだ。


「ねぇ凪宮ちゃん。今、幸せ?」

「う、うん。桐生さんとも仲良くなれて、とっても楽しいよ」

「そっかそっか。よかったよ。これも全部、結城くんのお陰だね」


 ありがとうと言いながらこちらを向いた桐生。その手にはゲームで見るようなゴツいサバイバルナイフが握られていて。そのナイフは何の迷いも躊躇いもなく、俺の胸に伸びてきた。


「ぐっ――はっ!?」


 一瞬何が起こったのかわからず、避けることができなかった。


 心臓を一刺し。信じられない激痛と痛み。


 桐生は俺からサバイバルナイフを引き抜くと、それを無造作に捨てた。命を刈り取る形をした禍々しい刃が血に濡れて光っている。

 俺はなんとか桐生を抑えようとするが……ダメだ。体に力が入らず倒れてしまう。


「え? ……あ……え? きゃああああああああ」


 凪宮の悲鳴が聞こえる。


「もう~うるさいよ凪宮ちゃん。ちょっと眠っててね」

「来ないで……結城くんっ。結城……うう」


 魔力の反応がして、凪宮がその場に倒れ込んだ。


「がは……凪宮に何を……」」

「ちょっと眠らせただけ。大丈夫大丈夫。殺しはしないよ。我らが大事なだからね」


 眠らせたということは魔法使い? 桐生が隠された覚醒者? いや違う。


「お前……ごっ……一体……何者だ?」


「死にゆく君に教える必要はないかな。でもありがとう。君が姫を救ってくれたお陰で、計画を一年早めることができたよ」


 桐生はいつもの調子で笑うと、凪宮を抱えてどこかに去っていった。


「ま……待て……ぐっ。駄目だ。このままじゃ死ぬ……」


『私に関わると……貴方まで不幸になる』


「お前……だったのか……凪宮は……」


 そして薄れていく意識の中で思い出す。


 俺は一週目の人生で一度だけ……凪宮に会ったことがあるということを。



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