林間学校当日。
朝8時に学校に投稿し、クラスごとにバスに乗り込む。
その後、サービスエリアで休憩などを挟みつつ他県の自然公園に到着。
ここのレストランで昼食をとり、ハイキング。
トレーニングにもならない山道を列になって歩いていく。
「ひぃ……きつい」
「大丈夫か?」
「うん……頑張る」
俺には楽勝のハイキングだが、凪宮には少々キツいようだ。
凪宮だけじゃない。半分くらいの生徒は口数が減り、汗びっしょりになりながら必死に歩いていた。
かくいう俺も背中に汗が溜まってきた。Tシャツが肌に張り付いている。
「ねぇ結城くん。ちょっと汗拭いた方がいいんじゃない?」
「確かにちょっと冷えるな。よし」
俺はリュックサックからタオルを取り出すと、シャツをめくって汗を拭いた。
「きゃっ!? いきなりビックリするよ」
「なんだよ。別にいいだろ」
そんな俺を見て、凪宮が驚いた。
「な、何もでも人前でやらなくても」
「ほほう。結城くんかなり鍛えてるね?」
「ん? ああまぁな」
急に現れた桐生が俺の背中を撫でながら言う。
おい触るなこら。
「まぁまぁ減るもんじゃないし。眼福だね。ね? 凪宮ちゃん」
「う、うん……あ、違くて」
「わ~凪宮ちゃんのエッチ!」
「もうっ! 桐生さん! 怒るよ!」
まぁ、多少ゲームに時間を割くようになったものの、毎日のトレーニングは一日も欠かしていない。
「そんな鍛えられた男の子の身体を見てしまって、凪宮ちゃんは照れちゃったんだよ」
「もうそういう年頃か。じゃあ気を付けないとな」
「ええ何それ~結城くんおっさん臭いよ~」
「うるせぇ」
そんなやり取りを挟みつつ山道を進む。
未だクラスの連中と距離のある凪宮。まぁあんな目に遭っていたんだから当然だし、このクラスの連中を許せなんて言うつもりはない。
だが桐生だけは償いかのように凪宮に寄り添ってくれている。
距離感を探りながら、友達になれないかと模索しているのだ。
時間が経てば……凪宮の人生は少しだけいい方向に進むのかも知れない。
その可能性が見えてきたことを喜ぶ自分に、俺は驚いていた。
ハイキング後は宿泊施設に移動。部屋に荷物を運ぶ。
「くっ……なんで結城と同じ部屋なんだ……」
「隣の部屋の楽しそうな声、聞こえるか?」
「いいよな」
「別に嫌なら隣に行ってもいいんだぞ。その代わりこの部屋は俺が一人で使うけど」
「「「ひぃ!?」」」
「ほら。風呂の時間だ。行くぞ」
「「「はぁい……」」」
部屋のメンバー含め、4人で大浴場へ移動。
ハイキングでかいた汗を浴場で流す。俺が黙々と肉体のメンテナンスをしている最中。
「おいそこから露天風呂にいけるんだけどさ、女子風呂とは壁で仕切っているだけらしいぜ」
「じ、じゃあ覗くか?」
「い、いいねぇ。桐生絵美ちゃんとか入ってないかなぁ」
小学生の内からすげぇスケベな連中だな。覗きなんて現れるのは早くて中学くらいかと思っていた。
まぁこの学校に双葉はいないし、ヤツらが覗きをしようが構わないのだが。
もし凪宮が一人で露天風呂にでも入っていたら大変だ。
こういう悪戯、された方は一生引き摺るというからな。俺の背中見て顔を真っ赤にするくらいウブなヤツだし。
「おいお前ら」
「おっ。なんだ結城も覗くのか?」
「冷徹マンと見せかけて意外とむっつりなんだな」
「いいぜ。仲間に加えて――ぎゃああああああ」
性犯罪者予備軍三人をシバき倒し、俺は風呂を出た。
その後、美味くもなく不味くもなくな施設の晩ご飯を頂き、その後。
「さぁみんな。食器を片付けたらいよいよお待ちかね。肝試しの時間だよ! はいこっちこっち!」
「待ってないが」
先生がみんなを外へと誘導する。
この宿泊施設の裏には川が流れており、その周辺は散歩コースとなっている。
ほどよく薄暗く、肝試しにはピッタリのコースということである。
「ルールは簡単です。この道を道なりに進んで、500メートル先の倉庫のところまで来て下さい。そこに先生が待ってます! もちろん、途中には肝試し実行委員がお化けの格好をして隠れています。怖がらないようにね!」
先生の説明が終わると、凪宮が心配そうに尋ねてきた。
「結城くん大丈夫?」
「ああ。所詮小学生の仮装だろ。大丈夫大丈夫」
嘘。ちょっと怖い。
おかしいな。魔物とかは全然怖くないんだけど。
「ふふ」
「なんだよ。笑うなんて酷いじゃんか」
「ごめんね。でも結城くんにも苦手なものがあるんだって思うと、なんだか可笑しくて」
「おい……ちょっとからかってねーか?」
「違うよ? ちょっと可愛いと思って」
笑ってるじゃねーか。
まぁ楽しそうだからいいや。
「はい次ー! 三番の番号のペア」
「はいはーい。よし、行くか凪宮」
「うん」
「はいはい。ペアの人ははぐれないように手を繋いでね」
「だってさ。ほら」
「う、うん……」キュッ
俺たちは二人、手を繋いで歩き出す。
少し歩けば喧騒は遠くなり、田舎道は虫の声しか聞こえない。
まるで世界に二人だけしかいなくなったような錯覚を憶える。
「ねぇ結城くん。私ね。今日はとても楽しかった」
「そっか」
「うん。少し前までは林間学校嫌で嫌でしょうがなかったけど。でも結城くんが来てから、私の世界は変わったの。ゲーム以外にもこんなに楽しいことがあるんだって……それを知るのが楽しいの」
「そりゃよかったよ」
「全部、結城くんのお陰なんだ。本当にありがとう」
裏も表もなく、真っ直ぐに告げられたその言葉に俺は頬が痒くなる。
零丸が居たら「ほら。やっぱ人助けっていいだろ」とか言うんだろうな。
でも、あの苦難を逃げずにずっと戦ってきたのは凪宮で。だから今が楽しいのはすべて凪宮の手柄なのだ。
「俺は何もしてないよ。あんまりにも多勢に無勢だから、お前の味方になっただけ。助けた訳じゃない」
「そんなことないよ。私ね。君に会うまでは、この世界にたった一人だったの。私の味方なんて誰もいないって思ってた。だから結城くんがしたことはとても凄いことで……だから」
むぅ……。本当に大したことしてないんだけどな。
寧ろ逃げずにずっと学校に来続けていた凪宮が凄いのであって。
って、これもうループだな。
「ぷっ」
「あ、何が可笑しいの!? 私は真剣に」
「いや……悪い。ただお互い頑固だなって」
「あ、そ、そうだね……」
通したい我が出てきたようで何より。
「話してたら随分進んじゃったね」
「ああ。しかし全然お化けでてこねーな」
「確かに……迷子になっちゃったかな?」
いやそんなハズはない。道は多少うねってはいるが一本道。迷子になることなんて……。
「おっ。お二人さーん。ラブラブだね」
「あ、桐生さん!」
道の手すりに腰掛けていたのは白装束の幽霊……のコスプレをした桐生だった。
隠れるでもなく脅かすでもなく。
気さくに手を上げるとこちらに近づいてきた。
いやお化け役がそれじゃダメだろ。
「聞こえたよー。結城くんに会って世界が変わったとか。きゃー! お熱いー」
「も、もう! そんなんじゃないよー!」
本当に仲良くなったなコイツら。
からかわれてはいるが、凪宮も楽しそうだ。
「ねぇ凪宮ちゃん。今、幸せ?」
「う、うん。桐生さんとも仲良くなれて、とっても楽しいよ」
「そっかそっか。よかったよ。これも全部、結城くんのお陰だね」
ありがとうと言いながらこちらを向いた桐生。その手にはゲームで見るようなゴツいサバイバルナイフが握られていて。そのナイフは何の迷いも躊躇いもなく、俺の胸に伸びてきた。
「ぐっ――はっ!?」
一瞬何が起こったのかわからず、避けることができなかった。
心臓を一刺し。信じられない激痛と痛み。
桐生は俺からサバイバルナイフを引き抜くと、それを無造作に捨てた。命を刈り取る形をした禍々しい刃が血に濡れて光っている。
俺はなんとか桐生を抑えようとするが……ダメだ。体に力が入らず倒れてしまう。
「え? ……あ……え? きゃああああああああ」
凪宮の悲鳴が聞こえる。
「もう~うるさいよ凪宮ちゃん。ちょっと眠っててね」
「来ないで……結城くんっ。結城……うう」
魔力の反応がして、凪宮がその場に倒れ込んだ。
「がは……凪宮に何を……」」
「ちょっと眠らせただけ。大丈夫大丈夫。殺しはしないよ。我らが大事な
眠らせたということは魔法使い? 桐生が隠された覚醒者? いや違う。
「お前……ごっ……一体……何者だ?」
「死にゆく君に教える必要はないかな。でもありがとう。君が姫を救ってくれたお陰で、計画を一年早めることができたよ」
桐生はいつもの調子で笑うと、凪宮を抱えてどこかに去っていった。
「ま……待て……ぐっ。駄目だ。このままじゃ死ぬ……」
『私に関わると……貴方まで不幸になる』
「お前……だったのか……凪宮は……」
そして薄れていく意識の中で思い出す。
俺は一週目の人生で一度だけ……凪宮に会ったことがあるということを。