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第21話 ゲーム

 翌日。

 無事ゲームを購入した俺はあの公園に向かう。

 予想通り、凪宮はベンチに腰掛けながらゲームをしていた。


「一体何をやっているんだ俺は……」


 こっそり様子を窺いながら、ぼやく。


 イジメは終わった。凪宮に友達ができたとかそんなことは全くないが、少なくとも学校に来て嫌な思いをすることはなくなったはずだ。


 だから俺はさっさと本来の目的である覚醒者探しを始めればいい。


 だが……。


「助けてくれたのはありがとう。でも、私と関わらない方がいいよ? 結城くんまで不幸な目に遭うかも」


 転校した次の日の朝、凪宮は俺にそう告げてきた。


 その言葉にどこか引っかかりを憶えたのだ。昔、誰かに同じことを言われたような。


 そんな記憶。


「ここまで来て何言ってる。考えても仕方がないだろ」


 そう自分に言い聞かせる。どのみちアイツのことが双葉にバレた以上、今日の夕食で根掘り葉掘り聞かれるだろう。


 結局声を掛けられませんでしたじゃいい笑いものになる。


「おい」

「……」

「おい、凪宮」

「え、私? きゃあああ!?」

「悲鳴を上げるな。俺だ」

「ゆ、結城くん!?」


 最初はゲームに集中していたのか、俺に気が付いた凪宮は大声をあげた。

 んな化け物が現れたみたいに叫ばんでも。


「わ、私に何の用なの……?」

「ゲームを買ってきた。一緒にやるぞ」

「え……私と?」

「ああそうだ」

「い、いいけど……」

「因みになんてゲームをやっているんだ?」

「わ、私のやっているゲームはね!」


 ゲームに聞いて尋ねると、凪宮は勢いよくしゃべり出した。


 まるで決壊したダムから流れる水のように。今遊んでいるゲームについて語ってくれた。


 その内容の半分も理解できなかったが、どうやらバーチャルモンスターというゲームを遊んでいるらしい。


「よし。じゃあ俺もそれをやる。ん? このストアってところでダウンロードするのか?」

「そうだけどお金大丈夫? 勝手に買ったら怒られるんじゃ?」

「いや待て。金かかるのか?」


 スマホのゲームとかは無料と聞いたが。


「本体だけで三万円もしたのにか?」

「あ、当たり前だよ。ゲームソフトの売り上げが重要なんだから」

「マジか……」


 誤算だった。てっきりスマホゲー(それすら全くやったことはない。CMで無料と言っているから知っている)のように無料なのかと。


「か、買って貰える算段はあるの?」

「一応事情を説明してみるつもりだ」

「そっか。買って貰えるといいね」


 凪宮も一緒に遊べることを少し期待していたのか、しょんぼりしているように見える。


「まぁ今日は一緒には遊べないが……」


 俺は凪宮の横に腰掛ける。


「明日には入手してくる。だからゲームについていろいろ教えろ」

「え!? え!? えええ!?」

「えっと、嫌か?」

「嫌じゃない……嫌じゃないんだけどその……距離感というか……ううん。なんでもないよ」

「そっか。じゃあゲームについて教えてくれ」

「は、はいっ」


 その日の夜。無事にバーチャルモンスターというゲームのDL版を購入。


 次の日から毎日公園で凪宮と遊ぶようになった。


 初めは緊張していた凪宮だったが、やはり好きなことをしていると心のガードが緩むのだろう。

 いろいろなことを教えてくれた。


 小学校に入学したくらいの頃、両親が亡くなったこと。


 少しオカルト趣味のある祖母から、息子(凪宮の父のこと)が死んだのは「お前が原因だ」と言われたこと。


 今は親戚の家で暮らしていて、ほぼ無視されていること。


 いつからか「呪いの子」という噂が広まり、学校ではずっと虐められていたこと。


 ゲームを遊んでいるときだけが自分が自分でいられたということ。


 互いに横並びに座りながら。ゲームをしながら、凪宮のことを知っていく。


 双葉と零丸以外、何もいらない。

 そう思っていた俺にとって、それは不思議な時間だった。


 知らないヤツのことを知っていく感覚。それは、凪宮糸乃という違う物語の登場人物になったようで。悪くないなと思った。


「そっか。大変だったな」

「うん……とっても辛かった。でもゲームをやっていれば現実の嫌なこと、全部忘れられたよ」

「もっと早く俺が転校してくれば……すぐに助けてあげられたのにな」

「……え?」

「俺、前の学校でもイジメっ子を退治してるからな」

「そ、そうなんだ」


 その時、凪宮はなぜか少し落ちこんだように見えた。


「私だけが特別じゃないんだ」

「何か言ったか?」

「ううん。なんでもない。でも凄いね結城くん。まるでヒーローみたい」

「ヒ、ヒーロー……?」


 なんだそれ。なんか照れくさいな。


「やめろよ。俺はそんな大層なものじゃない」

「ううん。結城くんはヒーローだよ。弱い人を助けてくれるヒーロー」

「だからやめろって。それに……お前は弱くないだろ?」

「え……?」

「逃げずに学校来てたじゃん。それも立派な戦いだぜ……あっ負けた!?」


 ぐぬぬ……やはり凪宮、強い。


 初めは凪宮と仲良くなるためのツールぐらいにしか思っていなかったゲームだが、今では結構ハマっている。

 とりあえず凪宮から一勝をもぎ取るのが、今の俺の目標だ。


「私……結城くんが思ってくれているみたいに……強くなれるかな?」

「あ? だから強いだろ」


 心も。ゲームも。


 そして二ヶ月が過ぎた。季節は初夏。


「はい。それでは今日は、林間学校初日の夜に行われる肝試し。そのペアを決めまーす!」

「「「わーい」」」


 小学五年生最大のイベント、二泊三日の林間学校を目前に控えたホームルームは異様な盛り上がりを見せていた。


 俺としてはほぼ三日間双葉に会えなくなるのは悲しみ以外の何物でもない。


「うぅ……流石にゲームは持ち込めないよね」

「我慢だな」

「はぁ……」


 凪宮も俺と同じ理由で憂鬱なようである。


 あれ以降、俺が目を光らせ続けているだけあって、表立って凪宮にちょっかいをかけるヤツはいなかった。

 だが同時に、覚醒者の手がかりもまったく掴めておらず。


 先週親父が帰ってきたときはかなり気まずかった。


 そろそろなんとかしないとな。


 そう思っていた時だった。


「はい結城くん。くじ引いて。あ、凪宮さんも」


「あいよ」

「うん。ありがとう桐生さん」


 桐生絵美がくじの入った箱を持ってきた。どうやらこれで肝試しのペアを決めるらしい。


「結城と一緒じゃありませんように結城と一緒じゃありませんように」


 前の方の席に座っているやつがそう呟きながらくじを引く。

 嫌われたもんだな。


「はい。じゃあくじに書いてあるのと同じ番号の人を探して。その人がペアです」


「ゆ、結城くんは?」

「俺は1番」

「私は3番……別々……だね」

「ま、こればっかりはな」

「うん……」


 凪宮が明らかにしょんぼりしている。まぁクラスで凪宮が話せるの、俺か桐生くらいだからな。


「うえええええ3番だあああ!?」

「うっわ。お前呪いの子と同じじゃん」

「呪われるぞ~」


 近くから、男子の声が聞こえてきた。

 どうやら凪宮とペアになったことをからかい合っているらしい。


「うっ……」


 当然それは凪宮の耳にも届く。彼女は泣きそうな、でもじっと耐えるような表情で俯いた。


「おい」

「なんだよ……ってうわぁ!? 結城だ!?」

「そんなに凪宮と組むのが嫌なら俺と代われ」

「え……?」

「なんだ? お前あんなこと叫んでおいて本当は女子と組めて嬉しかったのか?」

「ち、ちがわい! いいぜ、交換してやるよほら」


 互いのくじを交換し、席に戻る。


「これで俺とペアだな。よろしく頼む」

「ゆ、結城くん……」


 交換してきた3番のくじを凪宮に見せる。


「わ、私のために……?」

「それもあるが……」

「え?」


 俺は凪宮だけに聞こえるように静かに言った。


「実はな。俺はお化けが嫌いなんだ。だから頼む。マジで」

「え、嘘でしょ?」


 マジだ。

 おそらく当日、情けない声を出すことになるだろう。


 凪宮以外のヤツには舐められるから聞かれたくないほどに、情けない声を。


「あ、あはは。意外な弱点だね。でも嬉しいな……お泊まりの行事が楽しみなんて、生まれて初めてだよ」

「そうか。それはよかった」


 幸せそうに笑う凪宮を見て、何故か俺は不安を感じた。


 そして、その予感は的中することになるのだ。



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