俺が行動した結果か、凪宮糸乃に対するイジメは表面上は鳴りを潜めた。
とはいえそれでみんなが仲良しこよしになるかといえばそんなことはない。
子供の社会だってそこまで甘くない。みんな仲良くなんて綺麗ごとでは回っていないのだ。
凪宮糸乃へのイジメはクラス中から無視されるという形に落ち着いた。
落ち着いたのか?
まぁ無視されているのは俺も同じようなものだ。
初日にあんなことをしでかして、それでも俺と友好的な関係を築こうとするものなどいるわけがない。
「ま、私は違うけどね!」
最早話し掛けてくるのも桐生絵美一人となった。
「何か悩み事? クラスのみんなと仲良くなりたいとか?」
「いや、それは別にいい」
「い、いいんだ……マジ?」
驚愕された。
いや、別に小学生の友達なんていらんだろ。
「それより、凪宮に無視されているんだが……」
「あ~感じ悪いよね。せっかく結城くんが自分を犠牲にして助けてあげたのに」
「は? 別に犠牲にはなってないが?」
「え? もしかして結城くん……この状況本当にノーダメージなの?」
「ああ。寧ろ余計な会話が避けられてラッキーまである」
「うわ~」
ドン引きといった表情の桐生。だが本当なのだから仕方がない。
一度高校生を経験した俺にとって、小学生との会話は苦痛すぎる。
あ、双葉との会話はまったくそうは思っていないぞ。
「なんか避けられてる理由があるだろ。心当たりないか?」
「普通に怖がられてるとか?」
「ううむ」
まぁちょっと暴力的だったかもしれないし、気弱な女の子には怖がられても当然か? 一体どうしたらいいのか。
「あ、そうだ」
女の子のことは女の子に聞くのが一番。
俺は双葉に連絡すると、近所の公園で待ち合わせをした。
最近、俺も双葉もスマホを買って貰ったばかりなので、約束を取り付けるのは簡単だった。
本当は学校に持っていくのは校則違反なのだが、この前の魔物騒ぎがあったためか、親からは黙認されている。
まぁ、学校で使わないってのが前提条件だが。
「お待たせ一果!」
「双葉!」
五年生になった今も、一緒に夕飯を食べるという結城阿空両家の日課は続いている。
多分一週目の時にこの習慣が自然消滅したのは、思春期に突入した俺の影響が強いのではないかと思われる。
なんか、知り合いの女の子とか母親と仲良くしているところを他者に見られるのが恥ずかしい……そんな今から思い返せば謎な時期が確かにあったのだ。
「一果が相談なんて珍しいね」
「ああ……実はな」
一通り、新しい学校での出来事を説明した。
俺からの相談を、双葉は終始ニヤニヤしながら聞いていた。
「おい……一応真面目な話なんだけど」
「うんうん。わかってるって」
いやわかってないだろ。なんだその満面の笑みは。
「ううん。一果がね。私以外の人に興味を持ってくれたのが嬉しくて」
「興味? いや……そういう訳じゃ」
俺が凪宮を助けたいと思ったのは零丸の影響で……。
「でも一果が暴れたお陰で、表面的にはイジメはなくなったんだよね?」
「暴れたって……うん。まぁそうだけど」
「一果のそういう自分を悪者にして誰かを助けるやり方、あんまり好きじゃないけど。でも今回はナイスだよ! よくできました~」
「むむ……」
双葉に頭をなでられる。完全にガキ扱いである。
ううむ。中身は俺の方が大人のはずなのに……やはり双葉には逆らえない。
「うん。表面的なイジメは収まった。それで解決でもオッケーなのに、それでも一果はその子のことを気に掛けるんだね」
「言われてみれば確かに……」
あれ……なんでだろう。
何故俺はあんなにアイツに構いたがるんだろうか。
「むっふ~。これは初恋かな?」
「は? ちげーし」
「否定するところが怪し~」
出た。他人の恋愛になったときの双葉のちょいウザいテンション。
ぶっちゃけ可愛い。
でも俺がイジられるのはちょっと嫌だな。
これでも双葉は初恋の人だった訳だし……傷口に塩塗られてる気分だ。
「大丈夫。一果は不器用だしやり方も怖いけど」
「おい」
「その優しさはきっと、その子に伝わると思う」
「優しさ……か」
零丸に恥じない人間になりたい。そのために、困っている子を助ける。
それは果たして本当に優しさなのだろうか。
疑問だが、やらないよりはずっといい。現に、彼女への酷いイジメは止まり、クラスの共通の敵は俺になりつつある。
それがゴールでいいはずなのに。
「もうすっかり日が落ちたね。帰ろっか一果」
「ああ。家まで送っていくよ」
「もう何それ~。一緒じゃん」
冗談を言いながら歩いていると、公園のベンチで見慣れた顔を見つけた。
あの長い黒髪……アイツは。
「アイツだ。アイツだよ」
「もう! 女の子にアイツは駄目!」
「えっと。凪宮だ。なんでこんなところでゲームなんてしてるんだろう」
家でやればいいのに。
「あれ、ツイッチだね」
「ツイッチ?」
「うん。お家でも遊べるし持ち運びもできるゲーム機だよ」
「へぇ……」
「うわぁ……一果興味なさそう……」
うん。マジでないんだなこれが。
だってゲームキャラのレベル上げするより自分のレベル上げたほうが楽しいだろ。
「でもそっか。凪宮さんはツイッチが好きなのか……あっ! 私、閃いた!」
「え?」
ぱっと顔を輝かせる双葉。あまりいい予感はしないのだが、一応何を思いついたのか聞いてみる。
「一果も買うんだよ。ツイッチ!」
「え? なんで」
「意中の相手とお近づきになる手段その1。共通の趣味……だよ!」
「だから、意中の相手じゃねーよ」
とはいえ、暴走恋愛大好きマンになってしまった双葉は止められない。
その日の夕飯で双葉から結城・阿空両母親に意見提出がなされ可決。
翌日、俺は生まれて初めてゲーム機というものを買って貰うのだった。