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第35話:スカディの提案

 アミーナとカミナの2人が2つ目のゲートの修復を進めていた頃、ジェノはと言えば、半ばスカディの付き人のような役目を任されていた。


(どうしてこうなった……)


 前を歩くスカディの斜め後ろを歩きながらジェノが黙考する。


 最初の頃は軟禁状態だったのは間違いない。部屋の中で何もすることができず、出来ることと言えば窓の外を眺めることだけ。


 いっそのことホシマチのストレージにある素材を使って脱出をできないかと考えたこともある。だが相手は感染獣でも無いし、ドーム内をボートを使って逃げたとしても、いずれは掴まるのが目に見えていた。


「どうやら退屈なようだな。私と行動を供にしろ」


 そんなジェノの様子に、スカディが同行を求めたのは、ジェノの軟禁から半日が経った頃だった。


 彼に求められたのは、ただスカディと共に行動をする事だけ。但し、そのスケジュールは過酷だった。


 ドームの会議室で会議に出席したと思えば、憲兵を相手に警備の指示を出し、また別件の相談を受け付け、即応して新たな指示を出す。


 ジェノが食事をとっている間も表情費と使えずに彼女は迅速に仕事をこなし続け、その姿は超人と言って差しつかえなかった。




 そしてようやくスカディが一息をついたのは、殆ど一日中仕事をした後、既に多くの憲兵が眠りにつく時刻になった頃だった。


「ったく……、あんたどんな体力してるんだ? どう考えても異常だろ」

「疲れたのか? それは配慮が足りなかったな」


 ソファーに座り、涼しい顔をして紅茶を飲むスカディ。その対面に座るジェノは、スカディに付き合っていた為に、あちらこちらに引きずりまわされて、既に足が棒のようになっていた。


「だが余計なことをする暇も無かっただろう。通信などな」


 彼女の言葉に僅かに心臓の鼓動が強くなるジェノ。そんな彼に対してスカディはニヒルな笑みを浮かべていた。


「知ってたのか?」

「言った筈だ。ロストテクノロジーの扱いには気をつけた方が良いとな。今の不安定な情勢の中、君の持っているテクノロジーは危険なものだ。どこに目があるかもしれないのだから、扱いは重々慎重に行うべきだとは思わないか?」


 彼女の言葉に何も答えられないジェノ。


「アンタの真意がわからない以上、仲間と連絡を取るのは普通の事だ」


 それでもジェノは自分の気持ちを包み隠さずに口にした。


「スカディ、アンタの目的は何なんだ? この前のチーズの一件といい、今回といい、アンタは俺の行動を少なからずフォローしてくれているだろ? それは憲兵の仕事としてか?」

「そういった意識は無い。寧ろ私はロストテクノロジーに期待をしてはいるが、その復活の危険性についても警戒をしている派閥に所属している」

「どういう意味だ?」

「君の持っている技術が世界を変える危険性を持っているという話だ」


 スカディがソファーに座りながら身を乗り出すようにジェノに語り掛ける。


「ジェノ、現在の黒岩城やこの街はとても危ういバランスの上に成り立っている。貧富の差こそあれ、それでも成り立っているのは何故だと思う?」

「そんなの富裕層が技術や知識を独占しているからだろ?」

「そう。特に技術の独占の意味合いが強い。富裕層を富裕層たらしめているのは、一般市民には無い失われた技術や武器を持っているからに他ならない。だが、もしも一般市民が富裕層に近い能力を持つことになったらどうなると思う?」

「それは……」

「最悪のシナリオは、この世界に生き残った人類による富裕層と貧民層の間の紛争だ。憲兵が恐れているのは、貧民が必要以上の能力を持つことだ」


 そんな事にはならないとジェノは言えない。


 黒岩城の中でも憲兵と猟犬組という二つの派閥による衝突は度々起こっている。もしも猟犬組がホシマチの技術などを手にすれば、黒岩城内の勢力は大きく代わるのは間違いない。


 その際に大きな被害を受けるのは間違いなく、黒岩城内で暮らす人々になるだろう。


「ジェノ……。君はロストテクノロジーを捨て、このまま私の付き人として生活をする事はできないか?」

「なっ……。どうして俺が……」

「君は既に一定以上のエンジニアとしての腕を持っていることは理解している。壊れていた旧時代の鉱車を修理し、市民への薬の配布、その功績は素晴らしい。だが君の存在はいつか爆発するかもしれない火薬庫そのものだ」

「だから俺に全部捨てろって?」

「そうだ。君が私につくというのであれば、この私が後見人となって君が黒岩学園の『機械クラス』に編入し、今後の生活を保障してやる」


 スカディの提案はこの上なく魅力的なものだ。


 もしも機械クラスに編入をできれば、今後のジェノの一生は何かに不自由することも無く安定することになるだろう。


 スラムを離れ、富裕層の1人として生きていけるだけの道が用意されることに等しい。


「嬉しい提案だけどな……。お断りだ」


 しかしジェノはスカディの提案を断わった。


「理由は?」

「それじゃあ、父さんとの約束を守れない。俺の目的は黒岩城で安定した生活を送ることじゃない。あくまでも外の世界に行くことだ」


 肌身離さず持っている世界地図を意識するジェノ。


 そんな彼の表情を見て、この場は何を言っても意見が代わることは無いと察したのだろう。


 スカディがジェノに部屋に帰るように言うと、ジェノはまっすぐに与えられた自室へと戻っていく。1人になったスカディは無表情に変わりは無い。


 だが彼女は明らかに苛立ちを覚えていた。


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