ビビとアミーナが緑園街のゲートの修復が終わって黒岩城の放置区域に戻った時、カミナは驚いたような顔をしていた。
「お姉ちゃん! ビビさんも無事で良かった!」
ジェノとアミーナの二人が緑園街に向かってから既に一週間。連絡を取る手段も無かった為に、カミナも二人のことを心配していたのだろう。
僅かに瞳を涙で潤ませてさえいた。しかし――、
「お姉ちゃん、ジェノさんは? それにその子は?」
二人と一緒に行動をしていた筈のジェノの姿が無い事にカミナは不安な表情を浮かべ、同時にアミーナの後ろに隠れるようについて来たラプラスを見て、首を傾げていた。
「あぁ……、何から話せばいいか……。とりあえず、この子はラプラス。アタシ達の行って来た緑園街ってとこのスラムで暮らしていた子だ」
「……よ、よろしく」
「う、うん。よろしくお願いします」
緊張の面持ちで頭を下げるラプラスにカミナも頭を下げると、二人してペコペコと何度も頭を下げる。その光景を微笑ましいと思いつつ、アミーナは彼女を保護することになった経緯を説明すると、カミナは驚きつつもラプラスを歓迎していた。
「お姉ちゃんの妹分ってことは、私にとっても姉妹になるよね? ラプラスちゃん、よろしくね♪」
「う、うん、カミナちゃん……。よろしくお願いします」
年齢が近いと言うこともあって、早くも友人のように話している二人の様子を見て、アミーナも安堵で胸を撫で下ろす。
だが、問題はスカディに連れ去られたジェノの一件だ。
「ゲートが直ったんだから、後はジェノさんを連れ戻すだけですね。ホシマチを使ってさっそく連れ戻しましょう」
「あぁ~……、それはそうなんだがなぁ……」
しかし、アミーナはビビの言葉に僅かに表情を曇らせる。
「ビビ、ジェノが持っているホシマチを使ってジェノを連れ戻すこと尾はアタシにも必要だとわかっている。だけど、こっちから不用意に行動を起して問題は無いのか?」
「と言うと?」
「いや、相手は黒岩城の上層にいる憲兵の中でもエリートだろ? アタシだってすぐにでもジェノを連れ帰りたいが、もしもジェノが、あの女憲兵と一緒に居たらどうなる?」
「あっ……。それは……マズいですね……」
ホシマチを通して話をする事さえ、一般人には到底手に入れられない機械だ。その上、自由度は低いが転移までができるとわかれば、ホシマチを持つジェノは今よりもずっと危険になる。
ホシマチがジェノにしか使えないとしても、狙われる理由は充分にあった。
「アタシとしても心配だが、ジェノからの連絡を待った方が良い。でないと、むざむざジェノを危険にさらすことになる」
「そうですね……。仕方ありません」
ビビとしてもジェノがどうなっているのかは心配なのだろうが、アミーナの言葉に頷きを返す。
そして結果だけを見れば二人の判断は的確だったと言うしか無い。二人が話をしているまさにその時、ジェノはスカディの付き人として行動を共にさせられていた。
「とりあえずは、こっちでやれることを進めておこう。さしあたってラプラスの住む場所と仕事を探さないとな」
「仕事? ラプラスちゃんも仕事をするの?」
「ああ、ハッキリ言って何も無しで養える程、アタシ達の生活も余裕があるほうじゃない。とりあえずは猟犬組の伝手で客引きの仕事でも探そうと思うが――」
「いや、それはやめた方がいいんじゃないですか?」
アミーナが自分と同じように花街での仕事を紹介しようとすることに反対をしたのはビビだった。
「アミーナさん、花街の客引きなら確かにラプラスさんは売春のような行為を止めることが出来るかも知れません。ですがお忘れですか? アミーナさんは客引きになったから注射を打たれたんですよね?」
ビビの言葉に思い出すのはアミーナが打たれた感染獣に近い異形への変身を可能にした注射薬。その薬の出所に思い当たるところは無いが、ラプラスが客引きとなれば、いずれアミーナと同じように注射薬を打たれる可能性は充分あり得る。
アミーナとしてはむざむざラプラスに、自分と同じ道をたどらせたくは無かった。
「しかし、どうする? それだと他の仕事は……。カミナと同じようにラーメン屋でも開かせるか?」
「そうですねぇ……。それも悪くは無いですが、私としてはラプラスさんには個人的に頼んでみたいことがあるんですよ」
「頼んでみたいこと?」
「はい。ラプラスさんにお訊ねしますが、緑園街での仕事の経験は全くありませんか?」
「そんなことないよ」
ビビの問いかけに対してフルフルと首を横に振るラプラス。
「第2ドームでの動物のお世話とか、第3ドームで野菜を育てるのも、少しだけ経験があります」
「なるほど。でしたら好都合ですね」
「お、おいまさか……」
ビビとラプラスの会話を聞いていたアミーナが表情を引きつらせる。
「はい、そのまさかです。この黒岩城でラプラスさんには農業から初めてみて貰おうと思います。元々、緑園街に行ったのは食事事情の改善の為でしたからね♪」
「黒岩城で……野菜?」
ビビの言葉にアミーナが驚くのも無理は無い。痩せた土壌で芋やサツマイモの栽培が限界だった黒岩城。そこで農作を始めることがどれだけ無謀かを、アミーナはよく理解していたからだ。
だがビビは「アーカイブに不可能はありませんから」と自信の笑みを浮かべていたのだった。