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第37話 ホシマチファーム

 黒岩城で農場を始める。


 ビビのそんな無謀な試みを、アミーナも無理だと思っていた。実際のところ、過去にも黒岩城で野菜の栽培ができないかと温室を使って試みられたことはあった。


 だがどれだけ肥料などを使っても野菜の栽培に成功した試しはない。


 上層でも野菜の栽培について、どうして失敗するのかという研究が行われたが、その結果わかったのは黒岩城の周囲の土壌や地下水に至るまで、幾らか汚染されているというのが原因のようだった。


 黒岩城を中心に周囲の土には鉱石の成分が多く含まれており、只普通に栽培しただけでは健康被害まで出るような土地。


 その為に黒岩城では鉱石の成分を含んでない土を黒岩城から離れた土地から都市間列車に乗せて運び、隔離された温室の中で利用し、作物を育てる為の水は雪原から雪を溶かすことによって利用している。


 だがそんな栽培方法では作れる量にも限界があり、その為に一度の収穫量の多い芋類が中心に作られているのが現状だった。


「まぁ、そういう状況なのはなんとなく知っていました。私はこう見えても高性能のアンドロイドですから。土の成分も水の成分も、解析くらいは訳無いのです」


 だけどビビはそんな現状も理解しているという。


 その上、アミーナの為にあるものを用意してくれていた。


「まさか……、一度は諦めたロストテクノロジーをアタシが使うことになるとはな……」


 ゲートを潜って緑園街の地底湖に戻るアミーナ。そして彼女はその場で衣服を脱ぎ捨てると、下着だけになって地底湖へと潜っていく。その上で彼女が手にしていた彼女専用のホシマチを起動させれば、大量の水がホシマチのストレージへと溜まっていった。


「元々、ジェノさんにお願いされていたんですよ。アミーナさんにもホシマチを持たせた方がいいって。アーカイブのエネルギーは相変わらずカツカツですのでちょっとずつしか溜められなかったのですが、ホシマチを一つ作るくらいは問題ありません。だからこれは、アミーナさんに差し上げたいと思います」


 そう言って渡された懐中時計・ホシマチは殆どジェノの持っているものと機能についての遜色はないらしい。


(とりあえず……、こんなところで良いだろう……)


 地底湖の清浄な水をストレージの中へと溜め込むと、アミーナは今度は水中で今も稼働している浄水器にホシマチを向ける。瞬間、浄水器に向かってホシマチが光りを放ち、その仕組みや構造をスキャンしていく。


 その上でアミーナが地底湖から出れば、ビビとラプラスがアミーナを出迎えていた。


「これでいいのか?」

「そうですね……。はい、問題ありません♪ これでこの地底湖の水を幾らか手に入れられましたし、浄水器の機能についても大まかに把握できます。これなら複製が可能です」


 ビビが考えた作戦は基本的には黒岩城が今までやってきた工夫とそうは大きく代わらない。ただ大きく違ったのは清浄な水を手に入れる為の工夫だろう。


 黒岩城の現在の技術では完全な浄水器を作ることは難しい。ユキの中にも少なからず汚染物質を含んでいる水では満足な栽培はできないが、それすらも取り除く旧世界の浄水器を使えば、飛躍的に農業の効率が上がると予想していたのだ。


「それでラプラスの方は?」

「は、はい。ビビさんの言っていた通り、第3ドームから土を少しだけ貰ってきました」


 言いながら土を入れた布の袋を見せるラプラス。そしてビビがその土の成分を解析すると、アミーナに必要な素材を伝える事になる。しかし、その材料にアミーナは絶句することになった。


「必要なのはウンチですね。鶏の糞、牛の雲、豚の糞を、それぞれ個別に集めてください。肥料の効果が違いますから、しっかりと分けて集めて下さいね」

「マジか……」

「はい、大マジです。ホシマチを使えば簡単ですよね?」


 ビビの言葉に表情を引きつらせるアミーナ。


 本音を言えば、アミーナはホシマチを使えば、もっと効果的で楽な方法で農園を開発できると思っていた。少なくてもジェノのようにクラフトで家を建てたり、ラーメンの時のように美味しい食事を作れると思っていたのだ。


「まさか、ロストテクノロジーを使っての仕事が、水くみと糞集めになるとは……。アタシのホシマチが泣きそうだよ」


 いいながら肩をおとして第2ドームへと向かうアミーナ。不承不承ではあったがラプラスのことを考えれば、姉としては断れない。


 結局、アミーナはその後数時間に渡ってそれぞれの家畜小屋へと向かい、それぞれの動物の糞を集めることになったのだった。




 その甲斐あって、アミーナが再びゲートを潜って放置区域に戻った時にはゲートの建物の隣には、小さいながらも畑が出来上がり、ラプラスがさっそくビビに渡された肥料を撒いていた。


「あの肥料ってさっきアタシが集めた糞なのか?」

「いえ、直接糞を撒いている訳ではありませんよ。そんな事をしたら野菜が枯れちゃいますから。アミーナさんの集めて下さった糞は、アーカイブで急速発酵させて、ようやく肥料になるんです」


 ビビが言うには、黒岩城の土地の鉱石の成分についてはどうしようも無いらしい。だが、鉱石の成分を含んでいない幾らかの土と各種の肥料があれば、充分に野菜を育てる基盤にはなるらしい。


「今撒いているのは牛の糞を元にした肥料ですね。あんまり肥料としての効果は強くないですけど、土の中の繊維質が増えて、土壌の改良にとっても役に立ちます。まずはこのあたりから進めるのがいいかな、と」

「ってことは、鶏と豚にもそれぞれに特徴が有ったりするのか?」

「勿論です。でないとアミーナさんにあつめてもらったいみがありませんからね」


 ビビの得意そうな顔を見て、アミーナは痛感する。


「アタシには農業はできなさそうだ」


 そんな彼女の呟きを聞いて、ビビは「農作は一日にしてならず、ですよ」などと笑っていたのだった。

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