こうして無事にメロのことも納得してもらい、俺は安心して仕事の支度を始めることにした。アイロンのかかったシャツを羽織って、黒とネイビーのストライプネクタイをセレクトして結び始めた。
「あ、そういえば大智さんにお願いがあるんですけど」
キッチンにいたはずの波留がヒョコッと顔を出して、俺の様子を伺うよに聞いてきた。
お願い……何だろう?
「実は心を保育園に預けて、近くのスーパーで品出しのパートに出たいと思ったんだけど、いいかな?」
「スーパーのパート……?」
あれ、もしかして俺が渡している生活費じゃ、足りなかった?
思いもよらないお願いに、俺はアタフタと焦ってしまった。
「いえ、お金が足りないって言うか……。私もずっと心と二人きりなので、息抜きがてら働きたいと思って。ダメですか?」
「ダメじゃないけどさー……」
波留のような可愛い人妻がきたら、野郎が放っておかないのではないだろうか?
せめて接客業ではなく、事務仕事とか工場の仕事とかは選べないのか?
だが、波留が言うには未経験の人でも働きやすい、尚且つ子供が急病の際でも休みが取れやすい職場が望ましいらしい。
「そこまで言うなら、試しに働いてみたらいいよ」
「本当ですか! ありがとう、大智さん」
こうして俺は波留の願いを聞き入れることになった。
(……けど、正直なことを言うと行かせたくなかったんだよな。波留に限って裏切るようなことはないと思うけれど)
大学時代に働いていたファミレスで、店長とパートの女性が付き合っていると聞いた記憶がある。しかも双方既婚者で、最終的に男性店長は地方に左遷。主婦のパートも他店に飛ばされたと聞いた覚えがある。
もし波留がそんな毒牙に触れたらと思ったら気が気じゃないが、仕方ない。
俺もいい加減、彼女離れをしないとと思いつつ、やむ得ず了承した。
一先ず食事も済ませて、全ての準備を終えた俺は、職場へ向かおうとしたのだが、あるべきモノがないことに気付き血の気が引いた。
「財布……! ない、ない、ない⁉︎」
いつから? たしか萩生達に金を渡したところまでは覚えているんだが?
昨晩の記憶を必死に遡っている最中、見慣れないアイコンからメッセージが届いた。スカイブルーの髪につけ睫毛バサバサの目。
嫌な予感がしたが、無視するわけにはいかない。俺は恐る恐るメッセージを開いた。
マリン『昨日はありがとうございました! 木梨社長のお財布、私が拾っていますのでご安心下さい♡』
くっきり谷間の前に掲げられた年季の入った長財布。コイツ、マジであり得ねぇ!
「誰が安心できるか、このデカパイ野郎!」
幸い免許証やクレジット関係はスマホケースに入れていたので安心だが、社長として恥ずかしくない現金が入っている。
流石にそれは盗まれると困るのだが⁉︎
マリン『萩生パパに社長の会社を教えてもらったので、近くのファミレスで待ってますね♡』
別れ際に意味深なことを言っていたが、これが理由だったのか。
こいつ……っ、キツめのお仕置きをしないと気が済まないぞ!
俺は職場に遅れる旨を伝えて、マリンの待つファミレスへと向かうことにした。
————……★
「今はスマホのキャッシュレス決済でタクシーにも乗れるから良かったものの……! マリン、許すべからず!」