(海里といい、煌斗といい、なんで急にあんなことを言い出すんだろう……)
──『……凛音はさ、俺の言ってる『好き』の意味、ちゃんとわかってないでしょ』
──『前みたいな関係に戻りたい。もう一度、凛音に触れる権利がほしい』
それぞれに言われた言葉の意味を考えているうちに時間だけが過ぎていき、翌日の代休日は何も手につかないまま、ただぼんやりするだけで一日が終わってしまった。
そして火曜日。ほとんど眠れずに登校した俺は、欠席しなかったことを心底後悔するほどの疲労感と倦怠感に見舞われていた。
いつもより格段に重く感じる身体を引きずるようにして教室に入り、一刻も早く座りたい一心で自分の席にむかう。
ところがこんな時にかぎって、普段あまり話したこともない女子たちが、週明けの朝とは思えないようなテンションで声をかけてきたのだ。
「ちょっと、凛音ってば、突然帰ったと思ったら海里と二人で何してたわけ⁉」
「どういう流れでああなったのか、そこんとこ詳しく!」
どうやら、海里が一昨日クラスのグループチャットにアップした画像についての話が聞きたくて、俺が登校してくるのを待ち構えていたらしい。
あれは海里に言われるがまま、わけもわからず撮られただけのもの。
しかもあのあと予想外のことが立て続けにあったせいで、そんな画像を撮ったことすら忘れていた。
いつもなら『海里が勝手にやったこと』だと言って終わりにするところだけれど……
あちこちから向けられる期待するような視線がやけにギラギラしてるように感じられるせいか、それとも海里に言われたことがずっと気にかかっているせいか。今日はそうすることに躊躇いを感じ、仕方なく当たり障りのない説明をすることにした。
「……べつに普通にメシ食ってただけ」
ところが。
「「『普通に』」」
俺の言葉に、なぜか周りにいた女子たちが一斉にハモったのだ。
まるでなにか含むものがあるかのような反応。
わけがわからず困惑する俺をよそに、女子たちの視線がなにかを期待するように俺に向けられる。
いたたまれなくなり思わず視線を逸らしたところで、ちょうど今教室に入ってきたばかりの海里と目が合った。
その瞬間、ほんの僅かに海里の表情が曇る。
見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった俺は、気まずさから反射的に目を伏せてしまった。
海里は初めて出会った時からずっと俺に対して好意的な態度をみせてくれていた。笑顔だけじゃなく、しょげたり困ったりという表情をすることもあったけど、怒ったり、不機嫌な態度をとったりされたことは一度もなかったのに……
これまで見たことのなかった海里の表情に、胸の奥がズンと重くなる。
それと同時に、毎日のように送られてきていたメッセージが昨日はきていなかったことを今更ながらに思い出し、海里が鈍感な俺に対し苛立ちを感じている可能性に思い至った。
海里の言葉の意味も、それにどう答えればいいのかもわからない。
これから海里とどんな風に接していけばいいのか、なんてぼんやり考えていると。
「大丈夫? もしかして具合悪い?」
すぐ側から焦ったような海里の声が聞こえ、俺は再び視線をあげた。
海里は、いつの間にか周りにいた女の子たちを押しのけて俺のところへ来ていたらしく、至近距離から俺の顔を覗き込んでいる。
あまりの近さに驚いた俺が咄嗟に身体を引きかけたものの、海里の大きな手が俺の額に当てられたせいで動けなかった。
真剣な眼差し。本気で俺の体調を心配してくれているのだとわかる表情に、申し訳ない気持ちになる。
タイミングを同じくして、教室内に小さく悲鳴とも歓声ともつかない声があがったが、海里の手を振り払ってまで確認しようという気にはなれず、俺はただ海里のされるがままになっていた。
「熱は?」
「……ない」
「ほんとに?」
その時、誰かが小さく「サービスショット……」と呟いた声が聞こえ、俺はようやくこの状況が無駄に注目を集めていることに気が付いた。
(これが一昨日海里が言ってたやつか……)
俺たちが仲良くしてる姿を見たいと思っている人が、思いのほか多いことがわかってげんなりする。嫌そうな目で見られるよりは断然マシだが、見世物のようになるのは正直気分のいいものじゃない。
「……ちょっと寝不足なだけで、他はなんともないから」
「だったらいいけど、しんどかったらすぐに教えて」
「わかったから、ちょっと離れて」
海里の手から逃れるように顔を背けると、俺の心情と状況を理解したらしい海里に苦笑いされた。
「そんな邪険にしなくてもいいでしょ。せっかく堂々と凛音に触れるチャンスだったのに、残念」
冗談めかした言葉と、軽いノリ。いつもと変わらない海里の態度に、教室内の雰囲気が一気に和み、温かい目がむけられる。
俺は一昨日の別れ際のやり取りを思い出して少しだけ気まずく感じたものの、海里の気遣いを無駄にしないよう、いつもどおりの態度を心掛けることにした。
ところが、海里と普通に接することができてほっとしたのも束の間。俺の体調は悪化の一途をたどっていった。
一時間目はなんとか耐えられた。でも二時間目が終わるあたりから顔を上げてることさえしんどくなってしまい、俺の異変に気付いた海里によって、三時間目が始まる前に保健室へ強制連行されてしまった。
しかも自力で歩ける状態じゃなかったために、海里に抱きかかえられるようなかたちで教室をあとにすることになり、結局俺は自分のせいでさらに注目を浴びる羽目になったのだった。