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第9話 家族の繋がり

「じゃあ、俺はこのまま仕事に戻る。お母さんにもそう連絡してあるから」

「迎えにきてくれてありがとう。忙しいのに手間かけさせてごめんね」

「何言ってんだ。具合の悪い息子を学校に迎えに行くくらい、手間でもなんでもねぇよ」


 当たり前だとばかりに笑顔でそう言った父親に、俺は気恥ずかしさを感じながらも、感謝の気持ちを素直に伝えた。


 父はやや厳つめの見た目に反して、穏やかで優しい性格で、家族をすごく大事にしてくれている。

 建築設計士として自分で会社を経営していることもあって、すごく多忙なはずなのに、『仕事は、家族あってのもの』だといつも言っていて、学校行事なんかにもほぼかかさず来てくれるのだ。

 小さい頃はそれが嬉しかったけど、ある程度世の中をわかってきた今となっては、本当はかなり無理してるんじゃないかと心配になることが多い。


「仕事、頑張ってね」

「おう、いってくるわ。凛音もちょっと楽になったからって遊んでないで、ちゃんと休めよ」

「わかってる。父さんも気を付けて」


 父は俺の言葉に朗らかに笑うと、俺が玄関のドアの前に着くのを待ってから車を発進させた。



「ただいまー」

「おかえりなさい」

「おかえりー!」


 家に入ると、心配そうな顔をした母親と一緒に、元気いっぱいの妹が出迎えてくれた。

 どうやら家の前に車が停まったのがわかったようで、わざわざ玄関で待っていてくれたらしい。


「学校で具合が悪くなったって連絡がきたからびっくりしたわ。熱はないって聞いたけど、大丈夫なの?」


 母はもうすぐ三歳になる妹の琴音ことねの面倒をみながら在宅で仕事をしている。

 仕事が忙しくて琴音をみていられない時や、打ち合わせなんかで出社する必要がある時は、父や母の実家に預けることもあるみたいだが、基本は家にいるため、今回の学校からの連絡は母が受けたようだ。


「たぶん睡眠不足が原因だと思う。保健室でちょっと眠ったらだいぶ良くなったし」

「それだったらいいけど、他に不調があるようだったらすぐに教えて。おばあちゃんに連絡して琴音を預かってもらうから、病院に行きましょう」

「わかった。もし具合が悪くなったらちゃんと言うから」


 どうやらすごく心配させたらしいことがわかり、俺は自分の体調管理の甘さと、精神的な弱さを反省した。


 中学時代、反抗期らしい反抗期はなかったものの、煌斗とのことがあってからすっかり無気力になり、高校生になる頃には家でぼんやり過ごすことが多くなった俺を、両親はとても心配してくれていた。

 でも何が原因でそうなったのか無理に聞き出そうとはせず、必要な時にすぐに手を差し伸べることができるようにと考えながら、辛抱強く見守ってくれていたのだと知った時には、申し訳なさでいっぱいになった。

 それに気づいたのは恥ずかしながらごく最近のことだけど、俺がある程度自分の気持ちに折り合いをつけるまで何も言わずにいてくれていた両親には感謝しかない。


 妹はまだまだ手がかかる。母はそんな妹を育てながら、仕事も家事もこなしてる。

 なのに俺は高校生にもなって、忙しい両親の助けになるどころか、今日も心配かけてしまうことになったのが心苦しい。


「仕事するなら、俺が琴音をみてようか?」


 少しでもなにかできればと、そう提案してみたところ、母は少し戸惑いながらも頷いてくれた。


「そうしてくれたら助かるけど、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫。琴音もそろそろ昼寝の時間でしょ。寝かしつけるついでに俺も一緒に寝るつもりだから」

「じゃあお願いしようかな」


 状況を理解できていない琴音は、これから何が始まるのかと期待に目を輝かせながら俺たちのやり取りをみている。


「おにいちゃん、なにするのー?」


 これから楽しいことがおきると信じている琴音に、単に昼寝をするだけだとは言いづらく、今日は俺と一緒に過ごすことになったのだと説明した。

 そのせいで、少しも眠そうじゃない表情で大喜びされ、すぐに寝かしつけるのは無理だと悟った俺は、ある程度遊んで琴音を満足させてから、円満に布団へ誘導する作戦をとることにした。


 一旦自分の部屋に戻り、制服から私服に着替えてリビングに戻る。すると、そこでは琴音が自分のお気に入りのおもちゃを準備して俺を待ちかまえていた。

 どうやら何をして遊ぶかは既に決定済みらしく、俺はもっぱら琴音の指示どおりに動く以外の選択肢はないようだ。


 無邪気に遊ぶかわいい妹を見ていると、一昨日からずっと俺を悩ませ続けていることを考えずに済むからホッとする。

 このまますんなり眠ってくれたらもっと最高なのに、と思ったところで、ふと帰り際の海里とのやり取りを思い出した。


 俺と琴音は一目見て兄妹だとわかるくらい母親にそっくりだ。そしてもはや笑い話になるくらい父親には似ていない。

 どこかひとつくらい父親の遺伝子を感じられるところがあるんじゃないかと、あらためて意識して琴音を見ていると、思ったよりも父の要素を感じる部分が多いことに気づかされた。


 家族の繋がりを実感できた気がして嬉しくなった俺は、リビングで遊んでいる俺たちが見える位置で仕事をしていた母に、思わずそのことを報告した。


「琴音って母さん似だけど、ふとした瞬間の表情とか、父さんにも似てるなって思う時あるよね。よく見たら耳のかたちとか一緒じゃない?」


 突然話しかけられたせいか、母は少しだけ驚いた顔でパソコン画面から俺たちのほうに視線を移した。


「──どうしたの、急に」

「今、琴音を見てたらそう思ったからさ。これ教えてあげたら父さん喜ぶんじゃない? ずっと自分だけジャンルが違うってすねてたじゃん」


 俺の大発見を聞いて、母は複雑そうな顔をする。


「そうね」

「自分じゃ全くわかんないけど、俺にもそう感じる部分があったりすんのかな」

「……そうかもね」


 同意は得られたものの、母は仕事のほうが気になるらしく、どこか気のない相づちをうちながら再びパソコン画面のほうに視線をむけた。

 俺は集中しているところを邪魔したことを申し訳なく思いながら、琴音の寝かしつけという、自分で引き受けた仕事を完遂できるよう全力を尽くすことにした。



























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