子供の体力は予想以上に凄まじい。
ちょっと遊べばすぐに寝てくれると思っていた俺は、全く眠そうな気配をみせずに遊び続ける琴音に振り回され、正直疲労困憊だった。
普段もそれなりに琴音の面倒をみているつもりだったけど、遊ぶ気満々の幼児の寝かしつけの大変さは想像以上だった。
毎日ずっと一緒にいて、さらに仕事や家事までしている母をあらためて尊敬したのは言うまでもない。
そして俺はというと、保健室で寝たから大丈夫だと思っていたのに、いつの間にか琴音と一緒に眠っていたらしく、ごはんの時間だと琴音に起こされるまで爆睡だった。
昨日まであんなに眠れないと思っていたのに、その反動なのか、今度は眠くてしょうがない。
夕食を済ませた後、風呂に入ってから自室に戻る。
カバンに入れっぱなしだったスマホをチェックすると、クラスメイトたちからのメッセージに交じって、海里と煌斗の二人からそれぞれ連絡がきていることに気が付いた。
表示されている名前を見ただけで気が重くなってしまうのは、まだ二人から言われた言葉について俺自身どうしていいのかわからないからだろう。
向き合わなきゃいけない。そう思っても、つらく苦しい思いをしたくないという気持ちが俺を臆病にさせる。
毎日会ってる海里はともかく、ずっと疎遠になってた煌斗のほうは、『今更だ』と一蹴すればいいだけなのに、過去の煌斗への想いと一緒に過ごした思い出が、そうすることを躊躇わせていた。
一昨日から散々考えても全く進展のない自問自答が頭の中でループし続ける。
「あー、もうどうすりゃいいのかわかんねー」
いっそのこと全部なかったことになればいいのに、なんて出来もしないことを考えながら、ベッドに寝転がりもう一度スマホの画面を眺める。
すると、まだ最初のメッセージを開いてもいないというのに、ポップアップ画面には、海里から新しいメッセージが立て続けに届いたことが表示された。
(気づかなかったことにしようかな……)
一瞬そう考えたものの、俺の寝不足の原因を自分のせいじゃないのかと聞いてきた時の、ばつの悪そうな表情を思い出し、気が進まないながらもアプリを開いた。
『具合どう?』
『無理しないでね』
夕方に送られてきていたメッセージはこんな感じで、俺の体調を気遣うものだった。そして今送られてきたメッセージを目にした瞬間、俺は思わず苦笑いする。
『もし俺が言ったことが凛音の負担になってるならゴメン』
『でも』
『忘れていいよ、とも言ってあげられない』
『自分勝手でゴメン』
海里の優しさに甘えたらダメだと思うのに、答えを迫らないでもらえたことにホッとする。
俺は少し考えた末に。
『今日は色々ありがと』
『具合はだいぶ良くなった』
『明日は学校に行く』
あえて当たり障りのない言葉だけを送っておいた。
すぐに既読がつき、海里から次のメッセージが送られてくる。しかし俺がこれ以上やり取りをするつもりがないことを察したのか、『おやすみ』という一言だけで、それに続く言葉はなかった。
海里のほうはひとまずこれで済んだ。次は煌斗のほうをどうにかしないと。
そう考え、意を決して煌斗からのメッセージを開く。
『今週末って予定ある?』
『会って直接話したい』
その内容に思わず大きなため息が出た。
あんなに好きで、少しでも一緒にいたくて、些細なことでも煌斗のことならなんでも知りたくて。学校だけじゃなく、休日に二人きりで会えるとなったら、その日がくるまでずっとソワソワしながら過ごしてたのに。
ずっと好きで、失恋しても忘れられなくて、煌斗を想った分だけ苦しかった。
だからこそ、やっと苦しみが和らいできた今、煌斗には会いたくないといか、会うのが怖い。
もう既読にしてしまった以上、放置するわけにもいかず、どう返すか散々悩んだ末に、『また連絡する』とだけ送っておく。
問題を先送りにしただけだとわかっていても、今の俺にはこれ以外の言葉が思い浮かばなかった。
既読になったかどうか確認するまでもなく、そのまま電源を切る。
以前は少しでも長く煌斗とやりとりしたくて、あれこれ話題を考えていたけれど、今はむしろどうすれば連絡せずに済むかを考えてるのだから不思議なものだ。
すっかり変わってしまった自分と、昔の自分の行動の温度差に自嘲しながら目を閉じると、また胸の奥がズンと重くなった。
(今日も眠れないかもな……)
昼間爆睡したせいもあるのか、身体は疲れを感じているのに、少しも眠れる気がしない。それどころか目を閉じると、眠らなきゃというプレッシャーで、益々眠気が遠ざかっていきそうだ。
一旦眠ることを諦め、ぼんやりと天井を眺める。
この時間を無駄にしないよう何かをしようとも思えなかった俺は、ただベッドに横たわったまま、静かに息を吐きだした。
煌斗が俺からのメッセージを読んだかどうかはわからない。
もしかしたらあれを読んだ上で、煌斗から何か新しいメッセージがきているかもしれない。
でもそれに応えるだけの気力は、今の俺には備わっていない。
煌斗は『前みたいな関係に戻りたい』と言ったけど、色んなことが既に変わった状況で『前に戻る』なんて不可能で。
だったら、煌斗が知らない『今の俺』で、答えを出さなきゃいけないんだろうけど。
──そこで終わらせるか、先に進むか。
失恋の痛みが薄らぐのに一年以上の時間がかかった俺からすれば、今すぐそれを決めるのは、結構な難題のように思えた。