翌日。学校に行くと、クラスメイトから次々声をかけられ戸惑った。
でも昨日と違うのは、俺と海里のことを興味津々に聞くことはなく、誰もが俺を心配してくれる言葉ばかりだったことだ。
「具合大丈夫?」
「昨日体調悪かったのに、うるさくしてごめんね」
「つらかったら無理しないで」
「『嫌だ』とか、『今は無理』とか、はっきり言っても大丈夫だよ」
「そうそう。うちらなんて適当に相手してくれていいし」
「え、あ、うん、……ありがとう」
昨日と同じような勢いに圧倒されつつも、気遣ってくれているらしいことに感謝する。
そしてこの時になってようやく、クラスのグループチャットにも、俺個人のIDのほうにもいろんな人から連絡をもらっていたのに、一切見ていなかったことを思い出した。
「そういえば、もしかして昨日連絡くれてたりとかした? 通知がきてたのは知ってるんだけど、内容まで見れてなくて、ごめん」
心配してもらっておきながら失礼な対応をしたことを謝ると、彼女たちはなぜか一様に驚いたような表情になり、その後お互いに顔を見合わせる。
どういうことか訝しんでいると、たった今登校してきた海里が、慌てて俺と女子たちの間に割って入ってきた。
「ちょっと、みんなで凛音を取り囲んで何やってんの⁉」
「……何って、昨日のこと話してただけだけど。海里こそ何やってんの?」
半ば呆れながらそう答えると、海里が拍子抜けしたような表情になった。
教室に入って目にした状況が昨日と同じような感じだったことから、昨日の二の舞になるのではないかと心配したらしい。
さっきまで俺と話してた女子たちは、一歩下がった位置からまるで微笑ましいものでも見るように俺たちのやり取りを眺めていた。
(また噂のネタを提供して!)
海里の言動のおかげで、こういう注目のされ方に多少免疫がついたとはいえ、慣れることはない。
半分八つ当たりのつもりで軽く海里を睨むと、あからさまにしょんぼりされてしまった。
この表情を見て、ほんの少しだけかわいそうに思えてきたのだから、俺はある意味、海里には甘いってことなのかもしれない。
「俺のこと心配してくれたのはわかってる。でもちょっと過保護すぎ」
本当は文句のひとつでも言ってやるつもりだったが、今回はこのくらいにしておいてやろう。あんまり目くじらたてることでもないよな。──なんて思ったのが間違いだったと、すぐに後悔することになった。
海里は一瞬信じられないといったように目を見開いた後、すぐにとろけそうな笑みを見せたのだ。
「過保護じゃないよ。俺が凛音に必要とされたいだけ」
他人目もはばからず呟かれた甘い言葉に、教室内の空気と視線が一気に生温かいものに変わった。
(あ、終わった……)
俺は周囲から感じる『海里を頼ってあげて』というオーラに微妙な気持ちになりながらも、抗ったり否定したりするのも面倒に感じ、諦めの境地で「……頼りにしてる」とだけ口にした。
◇
なにかにつけ世話を焼きたがる海里と、微妙な表情でそれを受け入れる俺。
そんな状態が一日中続き、やっと下校の時間を迎えた。
(これでやっと無駄に注目されることから解放される……)
一緒に帰ろうとは言われるだろうが、それは駅までのこと。ひとりになったら即効連絡して、明日からは普通にしろって言ってやる。
昨日とは別の意味で疲労困憊になりながらそう決意する。ところが海里は俺の心情を知ってか知らずか。
「また具合が悪くなったら大変だから、家まで送るよ」
なんて言い出し、俺は思わず素で嫌そうな顔をしてしまった。
「そこまでしなくていい。マジで大丈夫だから」
「じゃあ、駅まで一緒に帰ろうか」
強めの口調になったからか、海里は俺が本気で断っていることがわかったらしく、あっさり引き下がってくれた。
俺はこのやりとりのことを深く考えてはいなかったのだが……
(気まずい……)
学校では鬱陶しいくらい何くれとなく世話を焼きながら、ずっと俺に話しかけていたくせに、駅までの帰り道、海里は今までにないくらい静かだった。
話しかければ応えてくれるし、気遣いもしてくれる。
けれどあきらかに『心ここにあらず』という状態の海里に気付かないふりをしたまま駅で別れることに罪悪感を覚えた俺は、思い切ってその理由を尋ねてみることにした。
「なんで今はそんなに静かなわけ? 学校じゃもっと喋ってたよな?」
俺の問いかけに、海里は口元に曖昧な笑みを浮かべる。そして少し目を伏せた後、ためらいがちに口を開いた。
「……学校では他の人がいるから凛音もある程度俺のすることを黙認してくれてるでしょ。でも二人きりの時まで鬱陶しくして、嫌われたくないから」
「は? なんだよそれ。いつも俺の気持ちなんてお構いなしのくせして、急に俺がどう思ってるのか気にするなんて、おかしくね?」
俺の気持ちを見透かされていた気まずさから、つい反射的に言い返してしまう。でもすぐに俺の言葉に傷ついた表情をした海里を見て、ひどく後悔した。
「……ごめん。今のは俺が無神経だった」
謝ったところで、言ってしまった言葉は戻らないし、無くならない。
自分のしてしまったことの結果を目の当たりにするのが怖くて、海里の表情を見れずにいると、いつの間にか歩みを止めていた海里が低く呟いた。
「……気にするに決まってる。だって、好きな人のことだよ? 凛音の気持ちをどうでもいいなんて、一度も思ったことないよ」
『好きな人』という言葉が、胸の内側に棘のように突き刺さる。
結局俺はまた何も言うことができずに黙り込む。
海里も今日は思うところがあるのか、それともなかったことにするつもりはないのか、この間のように『いつもどおり』を装うことはしなかった。
気まずい空気が解消されないまま、駅までの道を無言で歩き続ける。
海里が何か言いたそうにしている気配を感じつつも、俺はそれに気付かないふりをすることで冷静さを保とうと必死になっていた。
改札をくぐれば、海里とは別々の方向に進む。
『海里に言われたことを忘れたり、なかったことにしたりはしない』
色々自分の中で考えた結果、別れる前にそのことだけは伝えようと心に決めた。
ところが口を開こうとした矢先。改札口に近い柱のところに、ひときわ目立つ人物が立っていることに気が付いた。
海里もそれに気付いたらしく、あきらかに驚いた顔をしている。
ここは俺たちの高校の最寄り駅。他の高校の生徒が利用することももちろんあるが、アイツがこの駅を利用するとは考えにくい。
俺たちの視線に先にいるのは、制服姿の煌斗。俺に気付いて口元に笑みを浮かべた煌斗に、俺は好意的な反応をすることができなかった。