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第14話 気まずい時間

 中学時代、何度も一緒に歩いた道を、今また二人で並んで歩いている。

 ついこの間まで、この道を通る度、もう二度と煌斗と並んで歩くことはないんだな、なんて切ない気持ちになっていたのに、まさかまたこんな機会が訪れるなんて思ってもみなかった。

 しかも今の俺は、そのことに感慨深さだとか懐かしさを感じるよりも、ただ圧倒的な気まずさが先に立っている状態で。どうして駅に着いた時点で強気で断らなかったんだろうと後悔している真っ最中だ。


 中学の時は無理に話そうとしなくても会話に困ったことはなかったし、会話が途切れる瞬間があったとしても、その沈黙さえも心が通じ合ってるみたいで嬉しくて、気まずさなんて感じることもなかったのに。


 さすがにあの頃のようにとまでは思っていなかったが、ホームで電車を待つ間も、電車に乗ってからも、そして駅から俺の家まで歩いているこの時間も、会話があるなしに関係なく、俺たちの間に流れる空気はぎこちないし、何より気まずい。

 それに、この間といい今日といい、煌斗がどういうつもりなのかわからないだけに、下手なことも言えない状況が、気まずさに拍車をかけている。


『今更だ』と、煌斗のことを拒絶できるくらい嫌いになれれば楽だったと思う。

 正直なところ、失恋の痛みがだいぶ薄らいできたとはいえ、煌斗を好きだった気持ちが完全に消えたわけじゃないことを自覚しているだけに、煌斗への『好き』の気持ちがまた大きくなって、もう一度失恋の痛みを味わうことになったら、と思うと、関わることすら怖いのだ。


 煌斗は『前みたいな関係に戻りたい』と言ったけど、本当の意味で前みたいな関係に戻ることは不可能だと思う。

 だからこそ余計ちゃんと話をしないとな、とは思うんだけど……


 自分がどうしたいのかもわからないのに、煌斗に対して言えることなんて何もない。


 俺がそんなことばかり考えていたせいか、それとも煌斗が気を遣ってくれたのか、結局会話らしい会話もないまま家の近くまで来てしまった。


 さすがにあのことには一切触れずに別れるのは悪い気がして、今伝えられることだけでも言っておいたほうがいいのかな、なんて考えていると。

 妹の琴音を連れて買い物に行くところだったらしい母が、家から出てくるのが見えた。


「あ、おにいちゃんだー! おかえりー」


 俺の姿を見つけて元気いっぱい手を振る琴音に、俺も手を振り返す。隣にいた煌斗はなぜか呆然とした様子で琴音を見ていた。


「どうかした?」


 俺の問いかけに、煌斗は我に返ったようにハッとする。


「琴音ちゃんが大きくなってる……。前に見た時はまだ赤ちゃんだったのに」


 どうやら琴音の成長を見て、あらためて時間の経過を実感したらしい。まるで久しぶりに会う親戚のおじさんみたいな反応をする煌斗に、俺は思わず笑ってしまった。


「あはは、そりゃそうだろ。ずっと赤ちゃんのわけないんだから」


 俺の指摘に、煌斗は珍しく拗ねた顔をする。


「わかってても驚くよ。俺からしたら、いきなり成長した感じなんだし」

「そんなこと言うなら、煌斗だってそうじゃん。背が伸びたし、大人っぽくなった。声かけられた時、びっくりしたもん」


 お前も一緒だと指摘すると、煌斗の表情が僅かに陰った。


「……凛音だって変わったよ。側にいられなかったのが悔やまれるくらいに」


 冗談やお世辞なんかじゃなく、本気でそう思ってるのが伝わってくる言い方に、俺はどう反応すればいいのかわからず黙り込む。

 話の雲行きがあやしくなってきたように感じていたその時。立ち止まったままでいる俺たちのところに、母と妹が手を繋いで歩いてきた。


「おかえりなさい。ちょっと琴音と出かけてくるわね」

「ただいま。わかった。いってらっしゃい」

「いってきまーす。おにいちゃん、いいこでおるすばんしててね」

「わかったよ」


 大人の真似をする琴音のおかげで一瞬で空気が和む。俺はそれにホッとしながら、琴音の頭を撫でた。母は俺と一緒にいるのが誰か気になっていたようで、煌斗のほうに視線をむけている。

 煌斗もそれに気付いたのか、母に対して軽く頭をさげた。


「こんにちは」

「あら、もしかして煌斗くん?」

「あ、はい。ご無沙汰してます」

「本当に久しぶりね。元気だった? すっかり大きくなっちゃってて、一瞬誰かわからなかったわ。たった一年くらい会わなかっただけなのに、男の子の成長って早いのねぇ」


 母が煌斗に会うのは、俺が煌斗と疎遠になった中学の卒業式以来のはずだから、今の煌斗の姿に驚くのも無理はない。

 見た目は大人と変わらないほどに成長した煌斗を見てしみじみする母に、煌斗が照れくさそうにしている。

 中学の時からすでに同年代と比べて圧倒的に大人っぽかった煌斗が子供扱いされている姿を見るのはなんだか新鮮で、俺はそのやりとりを笑顔で眺めていたのだが。


「私たちはこれから出かけるけど、遠慮なくゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。おじゃまします」


 母の申し出に笑顔で応えた煌斗にぎょっとする。

 母は俺たちが疎遠になっていたことは薄々察していても、その理由までは知らない。だから以前と同じ感覚で言っただけなのはわかる。

 でも煌斗のほうは、そうじゃないってことがわかっているのに、なんで家に来ようとしているのか理解できない。

 これからまだ気まずい時間が続くのかと思うと、今すぐ帰ってほしいと言いたいところだが、家族の前でそんな真似もできず、結局俺は煌斗を家に招き入れることになってしまった。


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