目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第13話 予期せぬ遭遇(後編)

 不意打ちにもほどがある煌斗の行動に、俺は驚きのあまり大袈裟なほどに身体をビクッと震わせる。思わず煌斗を見上げると、困ったように苦笑いされてしまった。

 それでも煌斗は俺に触れた手を離そうとはせず、まるでなにかを確かめようとするかのように、じっと俺を見つめた。

 その表情は俺の知っている煌斗より随分大人びた印象で。そのせいかまるで知らない人に触れられているようで落ち着かない。

 それだけでも充分驚いたというのに。


「──熱はないみたいだけど、顔色はあんまり良くないね」


 心配そうな表情をした煌斗に超至近距離から顔を覗き込まれ、俺は身動きが取れないどころか、息をすることさえ忘れてしまいそうになっていた。


 煌斗の瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。その瞳が段々と近づいてくるのを、俺はただ呆然と見ていることしかできない。まるでキスする直前のような体勢に、俺の頭の中は真っ白になった。


 そんな俺たちの間に、見たこともないほど険しい表情をした海里が割って入る。


「何やってんの? 凛音が困ってるのがわかんない?」


 口調こそ、いつもと変わらないような軽い調子だったものの、煌斗に対する視線は鋭い。

 煌斗はというと、海里を一瞥した後、何事もなかったかのように俺に触れていた手を下ろし、ほんの僅かに距離をとった。


「凛音のことが心配で、他のことなんて目に入ってなかったから、つい二人でいる時みたいな感覚になってた。ごめんね」


 海里のおかげで心臓に悪すぎる状況から解放され、ホッとしたのも束の間。笑顔と一緒に投げられた爆弾に、海里だけじゃなく俺のほうも咄嗟に言葉が出てこない。


いくら『前みたいな関係に戻りたい』と言ったからって、まるで離れていた時間など全くなかったかのような言い方をする煌斗に違和感しか感じないし、どういうつもりでこんな発言をするのか、その意図がわからないこともあって、別人と接してるような気さえしてくる。


 それに海里には煌斗のことを中学の時の同級生としか言っていないのに、こんな言い方をされてしまったら、全部とは言わないまでも、俺と煌斗の関係をある程度説明しないわけにはいかなくなりそうだ。


 この状況をどうするべきか考えていると、相当苛立っているらしい海里が先に口を開いた。


「ホントに仲良いなら、凛音がこういうの苦手だって知ってるでしょ。それにさっきも言ったけどさ、凛音はまだ本調子じゃないから早めに帰らせてやりたいわけ。積もる話があるのかもしんないけど、ちょっとは空気読めよ」

「ここまで付き添ってくれてありがとう。なら、凛音のことは俺が責任持って家まで送っていくから、あとは任せてもらっていいかな?」

「は? 一体何目線で物言ってんの? アンタに礼とか言われる筋合いないんだけど。中学の同級生だかなんだか知らないけど、ずっと疎遠だったくせして、再会した途端に当然みたいに友達ヅラするとか調子良すぎねぇ?」


 俺の意思とは関係なしに勝手に繰り広げられる会話に面食らう。あきらかに険悪な雰囲気なのに、口調だけはいつもと変わらない感じなのが逆に怖い。

そんな二人に挟まれて、俺はどうすればいいのか考えていると、ふと気になることを思い出した。


「──ちょっと待って二人とも。俺のことなのに、俺抜きで勝手に話を進めないでくれる?」


 思ったより強い口調になってしまったけれど、気にしない。


「俺はひとりで帰れるからお構いなく。それに煌斗はさ、何か用事があったからわざわざこんなとこまで来たんじゃないの? 俺のことよりそっちを優先しなよ」


 これで話は終わり。各自解散。──そのつもりだったのに。


「もう用事は済んだから大丈夫。俺は凛音に会いに来ただけだから」

「は?」


 煌斗は平然ととんでもないことを言い出した。しかも。


「そろそろ次の電車が来る時間だし帰ろうか」


そう言うなり、海里のほうには視線すらむけず、俺の手を取って歩き出したのだ。


「え、ちょっと待って! どういうこと?」


慌てて説明を求めてみたものの、煌斗は口では『ごめん』と言いながらも曖昧に笑うだけで何も答えてはくれない。

 俺は煌斗の強引な行動に戸惑いながらも、この場にひとり残されるかたちになる海里に、口パクで『ごめん』とだけ言っておいた。


海里は軽くため息を吐きながらも、手に持っていたスマホを軽く振るような仕草で俺を見送ってくれた。きっと後で連絡するってことだろう。


 俺はそれに軽く頷くと、俺と手を繋いだままでいる煌斗のほうに視線をむけた。

すぐ前を歩く煌斗は表情こそ見えないものの、あまり気持ちに余裕がないようにも感じられる。

それは一緒にいた時には一度も感じなかったことであり、俺の知っている煌斗には縁がないようにも思えたものだ。


(あの頃は誰にも俺の気持ちを知られないように必死だったからなぁ……)


 いつも穏やかで優しい印象しかなかった煌斗にだって、焦ったり苛立ったりすることもあっただろう。……俺の前では一切そんな様子をみせなかっただけで。

それに、いくら煌斗がモテるといっても、好きな人や彼女のことで全く悩まなかった、なんてことはなかったはずだ。

そんなことすら考えつかなかった俺が、煌斗に何も相談してもらえなかったとしても納得がいく。


(まあ、そんなことされたら、ショックで泣いてただろうけど)


俺は煌斗の背中を見つめながら、煌斗を好きで堪らなかった時には気づけなかった変化を感じられたことに、あらためて時間の経過を実感せずにはいられなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?