「ねぇ、あの人ってこの前会った凛音の中学時代の友達だよね? ──もしかして待ち合わせしてた?」
海里の問いかけに、俺はすかさず首を横に振る。
煌斗とは待ち合わせどころか、次に会う約束すらしていない。正直ここで会うなんて、予想外もいいところだ。
それに今日は平日で煌斗だって学校があったはず。なのに、こんな時間に煌斗の学校とは路線すら違う駅にいるということは、わざわざ俺に会いに来たというよりも、なにかこっちのほうに用事があったと考えるほうが自然だろう。
「じゃあ、部活関係かな。何部?」
「……中学の時は陸上部だったけど、高校でも続けてるかはわかんない」
「そういえば、高校に入ってから連絡とってないって言ってたね」
つい最近まで煌斗とは疎遠になっていた俺には、今の煌斗のことなんて本当に何もわからない。
(まあ、一緒にいた時だってわからないことだらけだったけど)
あれだけ一緒にいても、煌斗に好きな人がいたことにも気付いてなかったどころか、もしかしたら煌斗も俺と同じ気持ちかもしれないと勘違いしていたくらいだ。
だから、煌斗がどういうつもりで今更元の関係に戻りたがってるのかもわからないし、煌斗がどういう目的でこの駅にいるのかなんてわかるわけがない。
目は合ったものの、わざわざこちらから声をかけるような真似はしなくていいよな、なんて思っていると。
さっきまで少し離れた位置にいたはずの煌斗が、こちらのほうに近づいてきているのが見えた。
(え、なんで……?)
動揺を隠せない俺を見て、海里が警戒の色をあらわにする。そしてまるで煌斗からの視線を遮るように、さりげなく俺の前に出た。
しかし煌斗はそんな微妙な空気を気にする様子もなく、海里の背中に庇われるようなかたちで立っていた俺に話しかけてきたのだ。
「良かった、ここで会えて。昨日あの後すぐに連絡したんだけど既読つかないし、電源切りっぱなしになってるみたいだから、なにかあったんじゃないかって思ってさ」
「え……?」
その言葉で、昨夜煌斗に返信した後スマホの電源を切って、そのままだったことを思い出す。
(あの時、もしかしたら煌斗から連絡がきてるかも、とは思ったけど、ホントにきてるなんて……)
『また連絡する』と送ったことで、一旦考える猶予を確保したつもりだったのに、まさか電源を切りっぱなしにしていたせいで、すぐに直接顔を合わせることになるとは思わなかった。
(だからって、たったそれだけの理由で、学校が終わってすぐの時間に他校の最寄り駅にいるなんてことはないよな?)
俺のことはあくまでもなにかのついでで、姿を見かけたから話しかけてきたのだと思いたい。
まだ考えがまとまっていないどころか、考えれば考えるほど、煌斗から言われた言葉の真意も、俺自身の気持ちすらもわからない状態に陥っているのに、今会って話したところで俺から言える言葉は何もないのが現状だ。
(煌斗なら、それを正直に言えば無理に結論を迫るような真似はしないだろうけど)
かといって、海里がいる前でそんな話をするわけにもいかず、とりあえず俺は当たり障りのない言葉でこの場をうまくおさめることに決めた。
ところが。
「せっかく会えたところで悪いんだけど、今日は遠慮してもらっていい? 凛音、昨日体調悪くなったばっかでまだ本調子じゃないから、すぐに帰らせてあげたいんだよね」
俺が口を開く前に、海里が先に煌斗にむかって話し始めたのだ。
いつも明るくて人当たりの良い海里にしては少しトゲのある言い方に、珍しく海里が苛立っているのがわかる。
海里は俺と煌斗の間に何があったのか知らないはずなのに、俺の不自然な態度をとってしまったせいでなにか察するものがあったのかもしれない。
やっぱり海里は俺のことをよく見ているな、なんて苦笑いしそうになりつつも、『俺は大丈夫だから』という意味を込めて、俺の斜め前にいる海里の腕に触れる。
すると海里は少しだけ驚いたような顔をした後、納得のいかない様子ながらも、この場を俺に譲ってくれた。
海里とは後でちゃんと話そうと心に決めつつ、俺は煌斗と視線を合わせる。
「……メッセージ見れてなくてごめん。昨日学校で具合が悪くなって早退したんだ。夜一回起きた時にスマホ確認したけど、その後すぐにまた電源切って寝ちゃったから」
自分でも言い訳がましいとは思うけど、時間稼ぎしたかったと素直に言うよりマシだろう。
後ろめたさから視線を落としてしまいそうになるのをなんとか堪えていると、煌斗は俺の目をじっと見つめたまま、僅かに表情を歪ませた。
「……熱は?」
「ないよ。具合が悪かったって言っても、風邪とかじゃないから」
「どういうこと?」
煌斗の問いかけに、俺は一瞬言葉に詰まる。
寝不足になった原因のひとつは煌斗の言った言葉だったりするだけに、どう話したらいいのか正直迷う。
「…………ちょっと寝不足だっただけ。今日はもう大丈夫なんだけど」
べつに助けを求めようとしたわけじゃないものの、一方的な気まずさからつい海里のほうに視線を向けてしまいそうになる。
その時、まるでそれを阻止するかのように不意に煌斗の手が俺の首筋に触れた。