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第17話 進化

 焚き火を囲む様に設置されたベンチにみんなが座った。

 満天の星空にはオーロラが色彩を放ち、遠くからフクロウの鳴く声が聞こえてきていた。

 焚き火がたまにパチッと爆ぜる音がアクセントのように響いている。焚き火の灯りに照らされた男の顔は穏やかに微笑んでいた。


「さて、まずは自己紹介といこうか。僕の名はアルケー。アルケー・マーナーだ。ここ、高次物質科学研究機構のルミノイド開発室で室長をやっている。」

「ちょっとまった」

 加藤が話を遮った。

「ここは病院じゃないってことか?」

「そうだが?それが何か?」

「あの二人は……治療中じゃないのですか?」

 カーラは思わずルリを振り向いた。けれど、ルリは何も言わず、ただ静かに焚き火を見ているだけだった。

 不安が胸を締めつける。カーラはもう一度アルケーに視線を戻し、眉を寄せるように問い詰める。

「治療……?ふむ。治療といえば治療になるのかな?」

「どういう意味ですか?……」

 カーラが不安そうに聞き返した。

「さっき、僕は彼女らは絶対死なせはしないと言ったよね。その言葉通りの意味だよ。」

「わかりません!」

「うーん、口で説明するよりも見たほうが良いかな……」

 アルケーがパチンと指を鳴らすと、焚き火の上に立体映像が浮かんだ、


「こ…これは……」


 映像の中には、無機質な部屋の中で横たわる二体のルミノイド—— いや、“自分たち” がいた。銀色の髪、冷たい人工の肌、体中に繋がれたコード。まるでただの “モノ” のように、機械と繋がれ、静かに横たわる姿が映し出されていた。


「今、運ばれてきた彼女たちの意識をルミノイドにインストール中だ。もう少しかかるかな?」


 カーラの瞳が大きく見開かれ、呼吸が乱れる。頭の中が真っ白になり、膝が崩れそうになるほどの衝撃だった。

 次の瞬間、視界が揺らぎ、足元の感覚が遠のいていく——

「カーラ!」

 ノーマンが咄嗟に支えなければ、そのまま倒れ込んでいただろう。


 その傍らで——

 ルリの顔が、みるみるうちに蒼白になっていく。瞳孔が開き、唇がわずかに震えた。何かを言おうと口を開くが、声が出ない。喉が塞がれたかのように、言葉が形にならない。


 彼女の細い肩が小刻みに震え、指先が空を掴むように宙を彷徨う。その動きはまるで、逃れられない悪夢の中で助けを求めるかのようだった。


「嘘……こんなの……違う……」


 これは悪い冗談か何かだろうか。


「違う……違う……あれは、私じゃない……!」


 叫びたかった。頭を抱え、耳を塞ぎ、すべてを否定したかった。


 だけど、視線はあの “自分” から逸らせない。まるで、自分という存在そのものが壊れてしまったかのように、心が深い奈落へと沈んでいく。


「違う!絶対違う!あれは私じゃない!」


 ルリは叫ぶと、腕を振り上げ泣きながら映像に向かってふらふらと殴りかかっていった。しかし、虚しく宙を切り、その勢いのまま反対側に転がり込んだ。

「ルリ!落ち着いて!」

 カーラがルリの元に駆けつけて、抱きしめようとしたがカーラの手を払いのけた。

「ああああー!」

 叫んでまた映像に突っ込んでいった。ルリは通り抜けた所で力無く膝をついて自分の肩を抱くと震えていた。

「ルリ……」

 加藤がルリの肩に手を掛けようとした時、アルケーが腕時計型デバイスに触れた。

 ルリの体が硬直し、そのままカクンと崩れ落ちたまま微動だにしなくなった。

「おい……なにしやがった!」

 加藤がルリを抱きとめるとアルケーを睨みつけた。

「……ん?感情制御が上手くいっていないようだったからね、一旦機能を停止させただけだよ。少し休ませれば、また正常に動くさ。」

 アルケーは穏やかな微笑みを少しも崩さずに言った。

 その様子を見ていたカーラは突然の頭痛にうずくまると、記憶がフラッシュバックした。同じ様にアルケーの手で機能を止められた記憶だ。

『ああ、そうだった。私はこの男に、一度殺されたんだ……』

 戦慄して身体の震えが止まらなかった。

「大丈夫か」

 ノーマンがカーラの肩に触れようとした瞬間、ノーマンの顔とアルケーの顔が重なって見える。

「ごめんなさい、触らないでください……」

 カーラはノーマンを遠ざけた。

 ノーマンは一瞬、理解できなかったが、カーラの目を見た瞬間、それが拒絶だと悟った。

「おい! ルリが倒れた途端、何言ってるのか分からなくなったんだけど!?」

「ルリがあなたの翻訳を補助していたからよ。少し待って、私が……」

「お、おう……助かる……」

 加藤はアルケーを指差した。

「お前!人をまるで機械のように扱いやがって!」

 加藤が激しい剣幕で捲し立てた。

「なにを言っているんだい?機械じゃないか?」

「手前!」

 アルケーに殴りかかろうとした加藤をノーマンが必死で止めた。

「やめろ加藤!今殴ってもなにもならない!」

「訳がわからないな、暴力はないだろう。」

 加藤は怒りを抑えきれず、なおもアルケーに詰め寄る。

「お前……何を考えてやがる!」

「何を考えているって?」

 アルケーは肩をすくめた。

「君たちが今見ているのは、単なる事実だよ。彼女らはこうして、僕の手で救われた。それだけの話だ。」

「救われた……だと?」

 ノーマンが低い声で呟く。

「そう。彼女たちはもう壊れない。痛みも、恐怖も、死ぬことさえもない。これこそ、真の進化だと僕は思っている。」


「進化……」

 カーラの喉が引きつった。

「あなたは……私たちを人間とは思っていないのですね?」

「思っていない? 君はなぜそんな風に決めつけるんだ?」

 アルケーは笑う。

「僕はね、カーラ、君たちを人間以上の存在だと思っているんだよ。」

「……人間以上?」

「人間は愚かだ。恐怖に怯え、感情に流され、自らの限界を超えられない。だが、君たちは違う。完璧だ。肉体の制約を受けず、知識を蓄え、永遠に生き続ける。精神侵略にも耐える。人間が目指すべき理想の形……人間の愚かさや弱さを捨てた存在がルミノイドだよ。」

「ふざけんなッ!!」

 加藤が再び拳を振り上げるが、ノーマンが強く押さえつける。

「離せ、ノーマン!」

「落ち着け、加藤……」

「落ち着けだと!? こいつが言ってること、わかってるのか!?」

「……ああ、わかってるさ……」ノーマンの声は低く、冷え切っていた。

「そして、俺は理解した。こいつは正気じゃない。」

「おやおや、ひどい言い草だな」

 アルケーはくすくすと笑う。

「僕は正気さ。君たちこそ、自分の目の前の真実を受け入れられないだけだろう?」

「お前の言う真実なんて知ったことかよ!」

 加藤は怒鳴った。

「カーラも、ルリも、人間だったんだ! それをお前は勝手に機械に作り変えた……それのどこが救いだって言うんだよ!?」

「救いさ」

 アルケーは淡々と言い放つ。

「彼女たちは死ぬ運命だった。それを僕が止めただけだ。事実、こうして生きているだろう?」

「……生きている……?」

 カーラが呟いた。自分の胸に手を当てる。確かに、鼓動はない。体温も、人間のそれとは違う。だが、それでも……。


『私は生きているのか?』


 ルリは、相変わらず機能を停止したまま、加藤の腕の中に倒れていた。

 彼女が再び目覚めたとき……その瞳は、以前と同じ光を宿しているのだろうか?


 カーラは震える声で問いかけた。

「あなたは…… 私を助けたつもりだったのですか……?」

「もちろんだよ。感謝してくれてもいいんだよ?」

 アルケーは、まるで当然のことのように微笑んだ。


 スッとドアが開いて、宙に浮いた小型のドローン型ロボットが部屋に入ってきた。ロボットは潰れたペンとふちが焦げたカードを乗せたトレーを持っていた。

 アルケーは怪訝そうにトレーからペンとカードを取り出すと、「これは?」と聞いた。

『はい、ルリ・マーナー様が左手に握っていたものです。アルケー様宛だったのでお持ちしました』

 アルケーがカードを見るとそこには『ハッピーバースデーお兄さま!』という文字とうさぎがクラッカーを鳴らすイラストが書かれていた。所々に血が付いた跡がある。

 それはあの怪我をした少女が書いたバースデーカードだった。

「ああ、そういえば、今日は僕の誕生日だったか……」そういうとペンとカードをトレーに戻した。

「これは廃棄してくれ、使えなければゴミと同じだ。」

『承知しました』

 加藤の握りしめた拳が震えていた。

「てめええ!」

 激昂した加藤がノーマンを振り払ってアルケーに殴りかかっていった。

 拳がアルケーに触れそうになった瞬間、バチッという音とスパークが走り体が弾き飛ばされた。    

 加藤は背後のドローンロボットに勢いよくぶつかり気絶した。

「あー、痛かったらすまない。こう見えても僕は要人なものでね、テロ対策用のスタンバリアが張り巡らされているんだ。」


 倒れた加藤の横にロボットのトレーから飛ばされたペンとカードが無惨に転がっていた。

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