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第26話 秘密基地

 外はすっかり暗くなっていた。

 ドローンのサーチライトが瓦礫を照らし出し、不気味な影が地面を這う。まるで、あの黒い霧がどこかに潜んでいるかのような、不安な気配が漂っていた。


 ノーマンたちは、瓦礫の山を慎重に進んでいた。足元が不安定な事に加えて、壊れた建材や散乱したガラス片を避けながら歩くので、なかなか先に進めない。足を止めるたびにドローンも立ち止まって待っていた。

 カーラは、ルリの背中で意識を失ったままぐったりとしている。ノーマンや加藤が代わろうかと申し出ても、ルリは首を横に振った。


「お姉さまは……わたくしが運びます」


 強い意志を込めたその声に、誰もそれ以上は何も言えなかった。

 ルリは背中に感じる重さが、不思議と心地よかった。誰かのために戦い、支えることが、こんなに充実感のあるものだったとは知らなかった。



「……ずいぶん歩くな」

「もう一時間は経ってるだろ」

 ノーマンが額の汗を拭いながら、ぼやく。


 そのとき、ドローンが一軒の破壊されたショップの前で停止した。

 高級ブランドを扱っていたらしいその店は、もぬけの殻だ。倒れたショーケース、散乱するバッグや服。割れた香水瓶から甘ったるい香りが漂い、土埃と混じって鼻をくすぐる。


 ドローンは迷いなくカウンターの奥へと進んでいく。裏手にあったのは、事務机が四つ並ぶだけの簡素な事務室だった。そこで、ぴたりと停止した。


「……ここか?」

「まさか、この事務所にアルケーが?」

「こんな場所に……考えにくいですわ」


 半信半疑のまま室内を見回していたとき、不意に背後のドアが「バタン」と音を立てて閉まった。


「ドアが!?」


 直後、部屋全体が「ガクン」と揺れ、身体がふわりと浮く感覚が襲ってくる。

 壁のどこかから、「シャーッ」という空気の流れる音と機械音が滑るように響く。


「……まさか」

「ああ、部屋が――下に降りてる」

「まるごと、エレベーターか」

「じゃあ、この下に……アルケーが?」


 一分ほど経つと、重力が一瞬強くなり、部屋が静止した。


「止まった……」


 音もなくドアが開くと、ドローンがすっと外へ出ていく。ノーマンたちもその後に続いた。


 ドアから表に出て、誰もが思わず立ち止まった。

 そこに広がっていたのは、想像を超えた光景だった。


 天井までの高さが100メートルはある、地下に築かれた巨大なジオフロント。

 コンクリートの空洞の中に、いくつものビルがそびえ、道路やチューブ型の交通機関が立体交差している。人工の太陽灯が青白く辺りを照らし、眠らない都市のように、そこは静かに息づいていた。

「……まるで、音が吸い込まれていくみたいだ」

 加藤がポツリと呟いた。

「何もかも止まってる。時間も、人も、世界ごと……」

 ノーマンはその言葉に黙って頷いた。


 ノーマンの前に四人乗りの小型車が降りて来て、ドアが開いた。

『乗りたまえ』

 通信機からアルケーの声が響く。

 ノーマンは加藤とルリの顔を見た。二人とも黙って頷いた。

「乗るしかないか……」

 ノーマンと加藤は前の席に、ルリはカーラを後ろのシートに座らせると自分は隣に座った。左手をカーラの右手にそっと重ねた。

 ドアが閉まると、車はふわりと宙に浮かんで走り出した。

「なあ、外を見て気が付いたか?」

「ん?なにが?」

「人の気配がしませんわね」

「ああ、巨大な施設と言うべきかはわからないが、動くものを見ないんだ」

「道路もチューブ型の交通機関もありますのに、一台も動いてないですわ」

「まるで、ゴーストタウンだ」

「色々ありすぎて、もうお腹一杯だ。アクパーラ号が懐かしいぜ」

 加藤が肩をすくめた。


 数分も走ると、車はジオフロントの中央にある巨大なドーム型の建物に入っていった。

 車はエントランスの車寄せに到着してドアが開くと、そこにはアルケーが立っていた。アルケーの横にはストレッチャーが控えている。

「カーラをそのストレッチャーに寝かせたまえ」

 ルリがカーラを寝かせると、ストレッチャーは音もなく建物の中に入って行った。


「なんか、救急車に乗った時と似てるな、完全にデジャヴってるよ……」

 加藤がため息をつきながらぼやいた。


「デジャヴの使い方としては間違っている気がするが……。しかし、ひどい有様だな」


 アルケーは眉を曇らせた。ノーマンも加藤も埃まみれで、所々服が破れ、体も擦り傷だらけだった。ルリも細かい傷があり、一部の装甲が剥げている。


「話をする前に、君たちは医務室に案内しよう。ルリ、君はメンテナンスが必要だ。僕と来たまえ」

「変な事をしないだろうな?」

 加藤が鋭い目でアルケーを睨む。

「今、君たちに不利益な事をしても、僕には何の得もないよ」

「加藤行こう。こういう時のアルケーは信用できる」


 ルリはアルケーとメンテナンスルームに向かい、ノーマンと加藤は再びドローンに案内されて医務室に向かった。


「二手に別れたか。気に入らねえなあ」

「この世界では他に頼れるものもないからな」

「全く!気に入らねえ」


 加藤がぷりぷり怒りながら、ドローンに付いて歩いていた。


 医務室に着くと、簡易診断スキャナーがノーマンたちの身体をスキャンし、傷の部位と深度を自動的に分析した。

「表皮損傷、軽度の筋繊維断裂。再生パッチを適用します」

 メディカルドローンが、痛み止めと再生促進剤を含んだスプレーを吹きかけると、肌に薄い膜が形成されていく。

「すごいな、ヒリヒリしていたのがあっという間になくなったぜ」

「アクパーラ号にも積んで欲しいな」

「ほんとな」

 ノーマンと加藤、互いに顔を見て同時にため息をついた。


 治療が終わり、隣の休憩エリアに案内された。

 食堂のような広い部屋に観葉植物やソファー、食事用のテーブルが置いてある、この建物の人たちが休むための部屋だった。

 横のシャワールームで二人ともシャワーを浴びると用意されてあった服に着替えた。

 シャワーから出ると、加藤も同じジャケットにスラックス姿で出てきた。ノーマンは薄いグリーン、加藤はブルーの服だ。

「これ、すごく軽くて動きやすいな」

 加藤がぴょんぴょん飛び跳ねる。


 テーブルの上には食事が用意されていた、いかにも今温めたばかりのチキンドリアにサラダとスープがトレーの上にあった。

「さすがにホテルのような料理とはいかないのな」

「あそこがおかしかったんだ」


 加藤がチキンドリアを一口食べる。

「ん、美味いね、これ」


 加藤はチキンドリアをプラスチックのフォークでつつきながらノーマンに聞いた。

「さっきカーラやルリが戦っていた奴を見たか?」

「ん?ああ。あれはカーラだったな……」

「――天使のひとみは宝石のように赤く光り、白銀の羽をひろげてまいおりた」

「破滅の天使か?」

「もしかして……あたしたちはとんでもない過去に飛ばされてるんじゃないか?」

「疑う事なく、ここは星降り神話の時代だ……そうでなければ、壮大なドッキリだ。出来ればドッキリであって欲しいよ」

 ノーマンがチキンドリアを口に運ぶ。

「破滅の天使と対面したあとにドリア食ってるなんて、普通の感覚がバグりそうだ」


「……やっぱり、あたしたちは本物の破滅の天使と対面したってことか?」

「あれが破滅の天使だという確証はないが、状況的にはほぼそうだろう」

「前に初めてアクパーラ号でカーラを見た時は震えが止まらないくらい怖かったんだ」

「……」

「今日、そのなんだ、本物の破滅の天使を見ても震えがこなかったんだ。……いや、怖いのは怖いけど、船に乗っていた時ほどの怖さを感じないんだ。同じカーラのはずなのにさ、不思議だけど」

 ノーマンは加藤の話を聞くと、首を捻った。

「カーラを知ったからなのか、それとも」

「それとも、なんだよ」

「船に乗っていた時は何かしらの影響があったのかも知れないな」

「影響?」

「ヌシとか……」

「嫌な事言うなよ!」

「ヌシといえば、あのカーラに付き纏っていた黒い霧。あれはヌシそっくりだったな」

「ヌシに乗っ取られているとか?」

「考えられるな……」


 突然、頭の中にアルケーの声が割り込んできた。

『メンテナンスルームに来て欲しい、話したい事がある』


「わかった、すぐ行く」

「いきなり、頭の中で声がするのは慣れないな」

 二人はぼやきながら、案内役のドローンに付いてメンテナンスルームへ向かった。


 メンテナンスルームはバスケットコートほどの広さで、中央のベッドにカーラとルリが横たわっていた。複数のロボットアームがルリの装甲を付け直していた。


「来たか」

 アルケーがコンソールから顔を上げると、ノーマンを見る。

「カーラの事だが」

「何かあったのか?」

 ノーマンが心配そうな顔をした。


「カーラの中にヌシの存在を見つけた」


 それだけ言うと、アルケーは眉間に眉を寄せて黙った。表情にいつもの冷静さはなかった。

 メンテナンスルームにロボットアームの動く音だけが響いていた。



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