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第6話 盗賊①


ゴトゴトと音を立て、馬車が険しい山道を進んでいく。両脇には二人の騎士が目を光らせていた。


日は徐々に沈み、夜の帳が山に降りる頃、老執事フォーデンは手綱を引いて、馬から降りて手際よく野営の準備を始めた。


同行するライアン家の騎士も馬を降り、慣れた手つきで手伝い始める。



やがて、テントが張られ、焚き火が燃え上りぱちぱちと音を立てる。ルーカスとジュリアは焚き火を囲み、楽しげに笑い声を交わしている。兄妹の笑顔と仲睦まじい様子が、辺りの冷えた空気さえも和ませていた。


その様子を眺めながら、フォーデンは顔に満ち足りたような笑みが浮かべた。この兄妹ほど仲の良い兄妹は珍しい。


この兄妹の成長を見守り、日々の世話をしてきたのがフォーデンである。だからこそ、老体に鞭打ってルーカスとジュリアをダクト城まで送り届け、魔法学院の試験に臨ませたのだ。


「ルーカス坊っちゃま、ジュリアお嬢さま」

フォーデンは焚き火越しに穏やかな声で告げた。


「明朝出発すれば、夕方までにはダクト城に到着いたしましょう」


「フォーデンお爺様、こんなに早く着いちゃうのね?」

焚き火の明かりに照らされたジュリアの顔は赤らみ、小さな唇から弾むような声がこぼれた。大きな黒い瞳をぱちぱちと瞬かせながら尋ねる。

「ダクト城には何か楽しいことがあるの?」


「ええ、もちろんでございますとも。例えば、春恒例の魔法ドッジボール大会や、魅力的な品々が立ち並ぶダクトの夜市など、数えきれぬほどございます……」


老いた執事は目を細めて楽しげに話をしていた時、ルーカスの耳が反応した。


――なんだ?疾駆する馬の蹄音……


馬12頭に対して人間13人。

目にも留まらぬ速さでこちらに向かっている。


無明鍛体法のlv4にて得られる恩恵は、強靭な肉体と驚異的な回復に加え、五感も驚異的な進化を伴う。

一味が2キロ先にいるにもかかわらず、ルーカスは超越した聴覚でその来襲を正確に判断していた。


「フォーデン爺ちゃん、聞いたことがあるんだ。ダクト城に向かう道中で、盗賊が現れることがあるって」

ルーカスは何かを思案するように呟き、老執事に告げた。


「な、なんですと?!」

老執事が少し驚きながら応答する。


「坊ちゃんの仰せの通り、そのような可能性もございますが、極めて稀なことでございます」


焚き火のそばで焼き芋を幸せそうに食べているジュリアを一瞥して、ルーカスは眉をひそめて立ち上がった。


「フォーデン爺ちゃん、早く支度をして。こっちに向かって不審な一味が急速に接近してるんだ」


こんな静かな野営地で、なぜルーカスがこの結論に至ったのかは知らなかったが、慎重な老執事はすぐさま二人の護衛を呼び戻し、脱いでいた鎧を再び着せ、武器を手に構え守りを固めさせた。


護衛たちが備え終わるや否や、遠くの山道に土煙が巻き上がり、10騎以上の馬にまたがった、凶悪な顔つきの男たちが、ルーカスたちをめがけて突進してきた。


「ガッハッハ!また楽な稼ぎにありつけるぜ!」


「へへっ、頭の見立て通りだ! この時期、魔法学園の入試で貴族の甘ちゃんどもがこの道を通る、絶好のカモだぜ!」



「おっ、嬢ちゃん、可愛いじゃねえか。高く売れそうだな」


「こっちの小僧もイケるじゃねぇか。手入れすりゃ、特殊な嗜好の客が喰いつきそうだぜ」


「じじいと護衛どもは全員殺せ!ガキ2人は縛り上げろ。お前ら、かかれ!」


老執事の顔色が一変し、腰に佩く長剣を引き抜き、戦闘態勢に入る。

一方、騎士の2人はルーカスの指示に従い、すぐに鎧を身に着けていたことを幸運に思い、両手で槍を握り締め、その鋭い穂先を迫り来る盗賊たちに向けた。



「ライン家に仕える者として申しますが、貴族に対する無謀な行いが如何なる結果を招くか、承知しておられますな?」


老執事には経験があった。もし相手がただの盗賊なら、貴族の名を聞けば大抵は怯んで逃げ出すと知っていた。


しかし、盗賊たちはその言葉を聞くや否や、馬を駆りながら大笑いした。まるで老執事の言葉がただの冗談に聞こえたようだった。


戦闘は一瞬にして始まった。

たった一度の交戦で、先頭を走っていた二人の盗賊が護衛たちの槍で馬から突き落とされた。その直後、老執事フォーデンはその年齢からは想像できない俊敏さで駆け寄り、落馬した盗賊の首を見事に斬り落とした。


ルーカスは素早くジュリアの前に立ち、彼女に血生臭い光景を見せないようにした。

「ジュリア、馬車の中に隠れておいで。お兄ちゃんが呼ぶまで絶対に出てきちゃダメだよ」


兄に率直に従うジュリアは、小さく頷くと、踵を返して馬車へと駆けていった。


盗賊団の頭領は醜い片目の男だった。部下が殺される様子を目の当たりにして怒り狂った彼は、懐から魔法の杖を取り出し、呪文を唱え始めた。

その間、老執事と二人の護衛は他の盗賊たちに足止めされていた。


賊の頭領が呪文を唱え終わると、魔法の杖を振りかざし、灼熱の豪火球を二つ放った。その火球は正確無比に、重厚な鎧に身を包んだ騎士たちを直撃した。

物理的な攻撃に絶大な防御を誇る騎士鎧も、魔法の前では無力だった。


2人の騎士はたちまち火球によって焼き殺された。

「なんと、不覚にも盗賊の一味に魔法使いが紛れておるとは!」

「坊っちゃま、お嬢さま、森へお逃げください!」


老執事と二人の護衛の実力からすれば、これらの盗賊たちを相手にすることは何ともなかった。しかし、盗の頭領が魔法使いであることが明らかになった今、老執事は顔に恐怖を浮かべた。


この世界では、彼らのような武人は、魔法使いには敵わない。


フォーデンにとって、自分の命など今さら惜しくもないが、成長を見守ってきた自分の孫のような二人を、賊どもに渡すわけにはいかなかった。


フォーデンの目は充血し、怒りに燃えた。手に握る長刀を振るい続け、なんとかして二人を守ろうとする。盗賊をまた一人と斬り伏せたものの、腰に一閃浴び、深い傷口が開いた。


フォーデンは己を奮起させ、Lv2の武者としての力を余すところなく解き放ち、磨き上げた<狼 咬 刀 法ろうこうとうほう Lv.2>を繰り出した。鋭い刀光があたり一帯を包み込み、盗賊たちの足を止める。


老執事が命を懸ける理由――ルーカスとジュリアを守り、脱出のためのわずかな猶予を作ること、それだけだった。


老執事の催促を受けても、ルーカスはジュリアを連れて密林へ逃げることはなかった。彼の瞳は冷静に離れた馬上の盗賊の頭を射抜いていた――魔法の杖を軽々と振り回し、卑劣な笑みを浮かべながら笑っている。


――前世では、大切な人を守り、穏やかな日々を送ることを願った。しかし、交通事故により、その願いは儚く散った。


――だが、この生を授かり、武の加護を与えられ、この度こそ願いを守り抜く。


誰ひとりとして、この今を壊させない。

守るべき者に向けられた刃は、この手で叩き折る。


フォーデン爺ちゃんは幼少の頃から俺を遊びに連れて行き、帝国の物語を語り聞かせてくれた。さらに、武道の基本である呼吸法を教えてくれた。血縁はないが、紛れもなく俺の家族だ。


――お前たちのような悪は、この場で断たねばならない!



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