レベルアップコーポレーションを出て約1時間ほど経過した。
俺と西奈さんの前には、E級ダンジョンへ通ずるらしいゲートがある。
「冒険者からはこう見えていたのか」
俺はゲートと呼ばれる空間を前にそう呟いた。
なんというか小さなブラックホールみたいな形状で、近づけば一瞬で吸い込まれそうな感じ。
「……まぁ普通の人達からは見えないですからねぇ」
西奈さんの言うことは本当で、俺自身今日の今日までこんなもの見えなかったのだ。
しかしなぜか今は目の前にある。
きっとこれも冒険者になったっていう証明なんだと思う。
一応ダンジョンという存在は知っていた。
SNSでも話題だったからな。
“これ、ダンジョンらしいよ“
“なんもないただの街じゃん“
“動画、最後まで見ろって。人が何人も吸い込まれるように消えてってるから“
“合成で草“
“いや実際現場にいたが、冒険者が何人も入って行ってたぞ“
“場所どこ? 見に行きたいんだけど“
なんて、初めの頃は大盛り上がり。
最近では「またダンジョンか。まぁ僕達私達には関係ないけど」程度にはサラッと流されているのが今の現状。
だから正直冒険者としてこのゲートをくぐるのは、意外と抵抗がないのだ。
「戸波さん、とりあえず行ってみましょうか、チュートリアルにっ!」
「いや、これ普通にいく感じ? ちょっと怖いんだけど!」
当たり前だ。
初めての非現実なのだから。
ワクワクの前に恐怖心が先立ってるし。
「ものは試しです! ほらほら!」
「うおっ!? 待て待てって……わーーっ!!」
ハロワの美人職員、西奈さんは俺の背を押して半ば強制にゲートに押し込めてきたのである。
「どうですか? 初めてダンジョンに来た感想は?」
どうですかって……まぁ中は意外と明るいな。
まるで空間全体を照らすLEDが点いてるんじゃないかと思うほど。
それによく見れば、壁や天井には光の砂のようなものがキラキラと輝いている。
さらに周りを見渡してみると、ちらほらと人がいた。
皆、それぞれスコップやピッケルで壁や床を掘り起こしている。
「あの人達は何してるんですか?」
「鉱石集めですね。一応本社に行けば換金してくれるので」
「へぇ、大体いくらくらいになるの?」
俺の質問に西奈さんは、あくまで興味のなさそうに答える。
「まぁ普通の鉱石1つでだいたい1万から2万、いいのだと100万はしますかね。入口付近はモンスターも出ませんし、誕生したばかりのダンジョンではよくこうやって採掘しにくる冒険者が多いんですよ」
西奈さんはそう言って、やれやれとため息を吐く。
「100万っ!? そりゃ欲しいでしょうよっ!」
待て待て、いきなり冒険者という職業に夢を感じてきたんだけど。
前働いてた会社の給料が手取りで16万だったから、えっと……1日1個でも鉱石を取れりゃすでに前職の収入を上回っちゃうじゃないの。
やっぱり頑張っちゃおうかな、冒険者。
「えー。そんなものよりモンスター倒す方が楽しくないですか? 魔法や斬撃でスパンとやっつけた時なんて爽快だと思いますけど」
対する西奈さんは冒険者の醍醐味はモンスター討伐だと言わんばかりのうわずった様子でそう語る。
「そう、なのかな。……ちなみにモンスターってもしかしてゲームみたいにドロップアイテムみたいなものが落ちたり?」
「はい、もちろん」
「じゃあそれも換金できるんですねっ!?」
「そうですね。だいたい数千円くらいには?」
「えっ!? じゃあ俺ここで採掘しときたいんだが!?」
「採掘なんてつまんないですよー。ほーら戸波さん、奥へ行きましょう。ささっ!」
「え、やだ! 採掘したい!」
「きっと戸波さんも一度経験すればモンスター討伐の虜ですよっ!」
西奈さんはまたも無理矢理俺の手を引いてダンジョンの奥へと足を運んでいくのだった。
採掘の楽しさを知ることもなく、俺は西奈さんに誘導されるまま奥へ進んでいく。
変わり映えしない洞窟のような景色が続いていくだけのダンジョンに多少飽き飽きしつつも、さっきまで見えていた人集りからはかなり離れてしまい、多少不安も感じ始めてきた。
「ねぇ西奈さん、このまま進んで大丈夫そ?」
「はいもちろんですっ! 安心して私についてきてくださいね」
ニッコリ笑顔の西奈さん。
彼女がそう言うなら信じるしかあるまい。
何しろ今日の俺は、全て西奈さんの言われるがままされるがままなのだから。
自分で言ってて少し情けない気もするが、知らない世界なので仕方ない。
まぁ西奈さんもレベルアップコーポレーションに関係する冒険者、のはず。
さっきだってモンスターを倒す楽しみを語っていたくらいだし、例えこの先にモンスターが現れたとしても、手取り足取り教えてくれるだろう。
それに今回のダンジョン探索はチュートリアルだと言っていた。
一般企業でいう入社すぐのOJTみたいなもんだ。
よし、そう思おう。
「戸波さ〜ん。さっそく出ましたよ、コボルト!」
「えっと、コボルト……?」
西奈さんが指差す方には、ガウガウと果たして強いのかよく分からない鳴き声で鳴く二足で立つ武装済みの犬が立っていた。