「あぁ……あぁぁぁあああっ!!!!!! ユイカ……ユイカユイカユイカァァァァァッ!!!!!!」
青年は膝から崩れ落ち、悲鳴をあげている。
「本当なんなんだよ、お前! ユイカはすでにA級レベルだったはず。それに……武闘家がなんでポンポンと上級魔法を放てんだよ!」
かなり荒れてるな。
最初の冷静さが嘘かのようだ。
「別にお前に教える義理はないよ」
俺は青年に手をかざした。
コイツはもうすでに人間の心を捨てている。
ここで葬っていいはずだ。
「うわぁぁああああ! やめろ、やめてくれぇぇぇっ!」
「見苦しい後悔はあの世でしてくれ。フェニッ……えっ!?」
言葉が詰まった。
突然後ろからホールドされたからだ。
細くて白い肌。
そんな華奢な腕が背後から俺を包み込んできたのだ。
「海成くん、落ち着いてっ! もうあの子に戦う意志はないよ!」
「……紗夜さん?」
少しずつ正気に戻っていく。
そんな中、今自分がしようとしていたことの残酷さが心にのしかかってきた。
まるで俺の意志の中に、俺じゃない意志が備わっていたかのような。
「私達の目的はダンジョンの攻略! この奥にボス部屋へ続く階段があるらしいの。そこへ行かなくちゃ!」
「そうでしたね。ごめんなさい、紗夜さん」
「……よかった。いつもの海成くんだ」
いつもの俺、か。
たしかに戦闘中の俺は俺じゃないみたいだ。
それはいつもお世話になっている【不屈の闘志】、このパッシブスキルの影響。
これのおかげで俺は恐怖を抱くことなく戦うことができている。
しかしさっきはそれだけじゃなく人やモンスターを殺す時にすら、何の感情も湧かなかった。
もしかしてこのスキル、実はめちゃくちゃ怖いものなんじゃ……。
「って紗夜さん、そろそろ離れて頂けると助かります」
「……え、あっ、あぁあっ!? ごめんなさいっ!」
終始俺にバックハグしていた紗夜さんは俺から手を離し、勢いよく後退した。
俺自身さっきまでスキルのおかげで冷静だったものの、正気に戻ったせいで突然羞恥心に苛まれたのである。
「いや、えっと紗夜さん、先進みますか?」
すると、紗夜さんは顎に手を置き、思考を巡らす。
「そうねぇ。でも彼をこのままにしておくわけにもいかないし……」
彼女が目をやった先にはあの青年。
地面にへたり込み、表情が抜けきったような顔。
もうすでに戦う意欲など微塵も感じられないが、彼の能力は厄介。
再び暴れられたら、どれだけ被害が出るかも分からないし。
「戸波さ〜んっ! 遅くなりましたぁっ!」
「陽介!?」
「私もいますよ、戸波さんっ!」
彼に遅れて陽菜もこの場に到着した。
「陽菜もっ! 2人とも無事でよかった。」
「ちょっと戸波さん、それはこっちの台詞ですよ! あれだけ大量のモンスターの気配があったのによく無事で……」
陽菜はやれやれといった様子で、俺にそう言って嘆息を吐く。
「陽菜ちゃん、あの戸波さんだよ、やられるわけないだろ」
「……まぁ私もそう思っていたけどね」
なんか2人で勝手に納得してるし。
ちょっと俺を信用しすぎじゃない?
「えっと海成くん、この2人は?」
紗夜さんが首を傾げている。
「あ、紹介遅れました。2人は俺が転移した先で出会った冒険者、工藤陽介くんと工藤陽菜さんです」
俺の紹介に合わせて2人はペコリと頭を下げ、改めて自己紹介をした。
それから紗夜さんが挨拶をしたところで、陽介が問いを投げてくる。
「そういえば、あそこの男の子は?」
そう言って座り込んでいる青年を指差す。
「彼はね、ここでモンスターに命令を下してきた『テイマー』よ。普段臆病なナイトワームが凶暴だったり、リザードマンの団結力が異様に高かったのも彼が【テイム】で操っていたからなの」
紗夜さんの説明に陽介と陽菜は目を丸くする。
そして奥にいるであろうボスモンスターの件や、今検討中の『テイマー』の所在を2人にも伝えた。
「なら私達が彼を捕縛しておきますよ。ね、陽介くん?」
「はい。僕達がここで見張っておきます!」
「えっと、本当にいいの?」
紗夜さんが遠慮気味に2人へ問う。
たしかに青年を2人に任せて、その間に俺と紗夜さんがボスを倒すってのがこの中では最適解だな。
「はい! 僕達もできればボスと戦いたくなかったですし」
「ちょっと陽介くん! 今から戦ってきてくれる2人にそんなこと言っちゃダメだよ」
ナハハと笑いながらそう言う陽介に陽菜は軽く叱責を入れる。
そんな2人に、紗夜さんは軽く笑みを見せながら「大丈夫、任せて」そう言って話はまとまった。
本当に陽介と陽菜にはお世話になりっぱなしな気がする。
ここを出たら改めてお礼をさせてもらおう。
「陽介、陽菜、本当にありがとう!」
俺は2人へ心からの感謝を伝え、紗夜さんと下層へ続く階段があるという通路を通った。
まっすぐ続く道、これからボスと戦うってちょっと緊張する。
……なんて今は思うが、いざ対峙した時はきっと【不屈の闘志】で大丈夫なんだろうな。
しかし使い方によっては恐ろしいスキルだ。
しかも何が怖いって、戦闘中、罪悪感どころか人を殺すことに冠して躊躇すらしなかった。
つまりこのスキルは使い方によっちゃ毒にも薬にもなるということ。
そのことを俺は心に留めておかねばなるまい。
「……海成くん」
「え、あっ、はいっ!?」
「さっきの戦いのことなんだけど……」
さっき、といえば思い当たる節が多すぎる。
【テイム】の無効化や【フェニックス】の連発、躊躇なく青年を殺そうとした冷徹さ。
さて何を聞かれるやら……ってまぁ全部だろうな。
「ううん、やっぱり大丈夫。きっと話したくないよね?」
紗夜さんは直前になって言い淀む。
「え、まぁ……そうですね」
そりゃ心配かけたくない。
それに俺が進化石で『マジックブレイカー』に進化したことを知ってしまえば、もし全てがバレた時、紗夜さん自身にも危険が及ぶかもしれない。
今この時点で隠すのは相当無理がある話だが、詳細さえ知らなければリスクだって少ないはず。
できればこのまま知らぬ存ぜぬくらいでいてほしいものだ。
「分かった! じゃあ、海成くんが話せる時を待ってる!」
「紗夜さん、ありがとうございます」
これでいい。
とりあえず隠し通せた?わけだし、残るボス戦へ全神経を注ごう。
「海成くん、着いたよ。降りよっか?」
どうやらもう辿り着いたらしい。
ここを降りたらボス部屋か。
「はい、行きましょう」
そして紗夜さんが先頭を切る。
俺はその背中を追いかける形で階段を降っていくのだった。