ユリィさんとパーティーを組むという予想外の展開はあったけど。それはもう考えないようにして。
放課後、私はいつものようにスーパーに立ち寄り、日用品や食材の買い出しをしていたのだった。なにせ両親がいないからね。こういう買い物も私がやらないといけないのだ。
ちなみにアルーやミワの分の買い物も私の役目だ。アルーは買い物が壊滅的に下手くそなので余分なもの&無駄に高いものを買ってくるし、ミワは基本的に引きこもって仕事をしているので自分で買い物をするという発想がないのだ。
(私がいなくなったら、あの二人の生活が破綻してしまう……)
ほんとあの二人は見た目だけなら美人なのに……と考えてしまう私だった。いや普段のミワは学生用ジャージなので見た目もかなりアレなんだけどね。
さて。明日から実地研修でダンジョンに潜ることになるということで、今日の買い出しはちょっと多めだ。ダンジョンの中に飲食店はないから私とユリィさんのお弁当を作らなきゃいけないし、アルーとミワから『前夜祭』として夕飯を豪華にして欲しいと要求されていたからだ。
ちなみになぜ私がユリィさんの分のお弁当まで作ることになったかというと……明日の実地研修に向けた打ち合わせの席で、ユリィさんが言ったのだ。「昼食は現地で調達すればいいよね」と。
現地調達。
つまりは、討伐した魔物の肉だ。
勘弁してくれ、というのが正直な感想。私も魔物の肉を食べられないことはないけれど、ハッキリ言って魔物の肉は美味しくないのだ。飢えているならともかく、お弁当を持ち込めるならお弁当を持って行きたい。
「ユリィさんの好みは聞いてなかったけど……」
ハーフエルフのユリィさん。食事の好みは同じエルフのアルーとミワが参考になるかなぁと思ったけど……うん、何の参考にもならない。アルーは菜食主義者に近く、ミワがガテン系だからだ。
「ここは重箱形式でいこうかな?」
一段目はおにぎり、二段目は野菜系。三段目にお肉系。こうすれば嫌いなものを無理に食べる必要もないからね。
私は収納魔法である
「アルーとミワ相手なら冷凍食品を使ってもいいけど……まぁ、
そんなことを考えながら買い物を済ませ、私はアパートに帰ったのだった。
◇
「――他の女のニオイがしますわ」
帰宅後。
今日の夕飯の準備をしていると、いつの間にか私の部屋にやって来たミワが苦言を呈した。
くんくん、っと。遠慮することなく私の服に鼻を押しつけてくる。特に二の腕を重点的に。パーティーのメンバーを決めるときにユリィさんが抱きついていた場所だ。こわい。
「はいはい。アホなこと言ってないで手伝ったら?」
「――ふっ、甘いですね優菜さん! 私は! 料理が! 下手くそなのです!」
「……レシピ通りに作らずフィーリングで材料やら調味料やらを変える人間は『下手くそ』じゃなくて『ただのアホ』と言うんだよ?」
「辛辣!?」
自分の今までの行い(くっそマズい料理を量産)は棚に上げてショックを受けているミワだった。もちろん、その失敗作たちは責任を持ってミワに食べさせたけどね。
アホの子は放っておいて夕飯の準備を始めてしまう。今日はアルーも定時で帰ってくると意気込んでいたので早め早めの準備だ。まぁまた何か緊急事態で残業になる可能性はあるし、むしろその可能性の方が高いんじゃないかって気がするけれど。
今日のご飯は鍋。アルーとミワは好き嫌いが激しすぎ&肉好きと野菜好きで食べるものが違いすぎるのでこういうのが一番楽なのだ。アルーは野菜、ミワは肉、そして私は両方をバランスよく食べると。
あとはスーパーで買ってきたお肉系のお総菜と、野菜系のお総菜。ほんとはこれも手作りしても良かったのだけど、さすがにそんな時間はない。専業主婦にでもなれば時間を掛けられるのだけどね。
「私が優菜さんを養って、優菜さんにたっぷりと時間を掛けた料理を作ってもらう……。素晴らしい未来だと思いませんか?」
「ミワはスーパーのお総菜と手料理の違いも分からないでしょうが」
「……ここで重要なのは優菜さんが毎日私のためにご飯を作ってくれることでして」
「違いが分からないことは否定しないのかぁ」
というか、毎日ミワのためにご飯を作っているのは現状でも同じなのでは? まぁアルーのためにもご飯を作っているのだけど。
「優菜さんを独占したい乙女心、ご理解いただけませんか?」
キリッとした顔で口説いてくるミワ。でも、私としては別のことが気になってしまう。
「乙女心?」
「……なんですかその『歳を考えろ』という顔は? いいですか優菜さん。エルフと人間では精神の成長性に大きな違いがあります。つまり、人間にとっての『乙女』期間と、エルフにとっての『乙女』期間は大きく違いまして……」
若作り。
年甲斐もなく。
そんな言葉一つで済む説明を長々とするミワだった。
「――あひーん」
玄関を開ける音がして、知的生命体とは思えない鳴き声が。どうやらアルーが(奇跡的に残業なしで)帰ってきたらしい。
ちなみにここは私の部屋。当然のようにミワがいるし、当然のようにアルーが帰ってきたけど、私の部屋なのだ。
ま、今さらだけどね。
「おかえりアルー」
「たーだーいーまー。うひーん疲れたよぉ~優菜~癒やして~」
だっる~、っと。スーツ姿のまま抱きついてくる優菜だった。スーツがシワになるからまず着替えろといつも言っているのに。
「――ん?」
いきなり『キリッ』とした顔になり、くんくんと私の身体に鼻を押しつけ、ニオイを嗅いでくるアルー。エルフには遠慮という概念がないのだろうか?
「――他の女のニオイがする」
ミワと同じことをほざくアルーだった。なに? エルフってそんなに鼻が良いのだっけ?
「ミワのニオイじゃなくて?」
「そのニオイもするけど! 鼻がひん曲がりそうだけど!」
ひん曲がりそうって。
「それとは別に! 別の女のニオイがするのよ! まだ若い個体ね! しかも
「――てぇい」
うかつな発言をするアルーの頭に軽く手刀を叩き込む私。
混ざりもの。
つまり、人間とのハーフって意味だ。良く言えばハーフエルフ。悪い意味を込めれば差別用語。
「はい。アルー、正座」
「え、いや、あれは事実の指摘であって、別に差別的な意味合いはなくて――」
「正座」
「う゛、はい……」
スーツ姿のまま正座したアルーに対し、お説教開始だ。
正直過剰かなぁとは思うけど、アルーは公務員で、失言一つで懲戒処分されかねないからね。ここはちょっと厳しめに言っておこう。
お説教なのでちょっと真面目な口調だ。
「アルー。今は日本と異世界が繋がり、これからどんどん『ハーフ』は増えていくことでしょう。たしかに今の時点でハーフエルフは珍しいかもしれないけど、異世界との繋がりを仕事にしているアルーがそのような発言をしてはいけません」
懇々とお説教をする私と。
「……なるほど。やはりハーフエルフですか。日本では珍しいですわね」
ちいさく呟くミワだった。異世界で使い慣れた『混ざりもの』ではなく『ハーフエルフ』と発言するあたり、油断ならない女性である。普段はダメダメなのに一線は踏み越えないというか。
「……優菜にお説教されるの、これはこれで……」
またアホなことを呟くアルーだった。お望み通り、正座一時間コースかな?