エルフには鍋を与えておけばいい。これ世界の真理ね。
というわけで、連日の鍋である。今日のメニューはすき焼き鍋と、たまには手作りもいいだろうということで作ったコロッケだ。
「おぉ……これが優菜の……」
「手作りコロッケ……なんと神々しい……」
私が作ったコロッケを拝む二人だった。エルフの宗教はよく分からないね。
ちなみにすき焼き鍋だと菜食主義っぽいアルーが食べられないんじゃないかなーっと考えたときもあったけど、アルーの場合は野菜があれば何でもいいみたい。むしろすき焼きの汁に浸かった野菜は大好物っぽい。つまり野菜なら何でもいいと。単純――ごほん。分かり易くていいよね。
もぐもぐと鍋をつついていると、何か思い出したようにアルーが手を叩いた。
「そういえば、あの同級生の……ユリィだっけ? もう口説き落としたの?」
落としていません。私を何だと思っているのか。
「甘いですねぇアルーさん。優菜さんのことだからもう結婚の約束をしているに決まっているじゃないですか」
決まってません。私を何だと思っているのか。
「あー、なるほど。ハーレム……」
なんでやねん。
「百合ハーレムというものですね。そろそろ正妻を決めませんと……」
なんでやねん。
私が律儀に一つ一つ突っ込んでいると――
「――――っ」
視線を感じた。
即座に部屋の窓を振り返る私。まだ夕方なのでカーテンは閉めていない。けれど、この周りに、この部屋を覗けるような場所はないはずだ。……普通なら。
「なになに? どうしたの?」
「まさか、視線を感じたとかですか?」
「……うん、そうなるね」
私が頷くとアルーがひらひらと手を振った。
「まっさか~。このアパートには私の警戒魔法とミワの結界魔法が施されているのよ? さらには妖精による監視付き。並みの人間が覗けるわけないじゃない」
お気楽なアルーに対して、ミワは深刻な顔だ。
「……つまり、アルーさんの警戒魔法と私の結界魔法、さらには妖精さんの監視すらくぐり抜けて覗き見をした存在がいると?」
たぶんそうなんじゃない?
「まっさか~。そんなの冗談じゃなく私と同じかそれ以上の魔法使いじゃない。そう! 勇者パーティーの魔法使いに選ばれた! この私と同じかそれ以上の!」
「…………」
「…………」
なぁんでこの子はわざわざフラグを立てるのかな? 思わず顔を見合わせてしまう私とミワだった。
◇
実地研修でダンジョンに潜るのも慣れたものだ。
「いや、普通はまだまだ慣れないみたいだけどね? みんな初体験のダンジョンに四苦八苦しているみたいだけどね?」
「現役女子校生が『初体験』とか口走っちゃうの、どうなんです?」
「……エロオヤジ」
「ぐっはっ」
とまぁ、ユリィさんとの仲も進展し、こんな気安いやり取りができるようになっていた。
「優菜は最初からフルスロットルだったと思うけど……。あと、仲が進展したというのならそろそろ呼び捨てとタメ口でもいいんじゃないかな?」
「え? それはまだちょっと早いと言いますか……恥ずかしいと言いますか……」
「……変なところで遠慮がちというかなんというか」
変なところって、どういうことです? 私なんてどこからどう見ても清楚で品のある、恥じらい乙女じゃないですか。
「あのアパートではそういう冗談が流行っているの?」
冗談て。
どういうことですかと突っ込もうとしていると――視界の端に、光が満ち溢れた。
「ん?」
「おや?」
ほぼ同時にその『光』に気づく私とユリィさん。
一言で言えば光の柱。でも、ダンジョンであんな現象あったっけ?
「もう、ちゃんと覚えていなよ……。緊急脱出用の魔導具だよ。あの光の色だと第三階層から戻ってきたのかな?」
「あー、脱出用の……」
なんかそんな説明を受けた気も。光の色で階層まで分かるのか。
たしか、緊急時に使うと一番最初の階層に戻れるんだっけ? で、一時期は『大物を倒したときに持って帰るのが面倒くさいから~』みたいな理由で多用され、対策として無闇に使うと停学だったり退学になるとか。
「なんでそんなことばかり詳しいのさ?」
「そりゃあ、『すみませーん、間違って使っちゃいました~』と言い訳すればダンジョンからすぐに帰れるかなーっと。思って調べたら前にもそうやって使った人がたくさん……」
「優菜みたいな人、昔にもいたんだね……」
なんか可哀想なものを見るような目で見られてしまった。解せぬ。
そんなやり取りをしている間に光は収まり、四人組のパーティーが姿を現した。
「やばいやばいやばい!」
「早く早く!」
「とりあえず先生に言わなきゃ!」
「急いで!」
なんか、とっても慌てているね? それに全身が砂やら何やらで汚れているし。ケガをしている人もいるっぽい。
(……あれ?)
逃げていくパーティー、なにやら見覚えがあるような……。いや同級生なのだから顔を合わせたことくらいはあるのだけど、なんか最近見た覚えが……。
「強力な魔物が出たかな?」
そんな推測をしたユリィさんの声は緊迫感に溢れていて。どうやら冗談ではなさそうだ。
「学校のダンジョンで、そんな強力な魔物が?」
「でも、四人パーティーであんな必死に逃げ出すなんて、そうとしか考えられないよ」
「それもそうですかね……。まぁ、魔物は別の階層に来ることはありませんし、あの人たちが先生を呼びに行ったなら問題はないでしょう」
「できれば討伐した方がいいと思うけど……」
「駄目ですよ。不意に遭遇したならとにかく、どんな魔物かも分からないのだから危険すぎます。しかも四人パーティーで逃げ出すとなれば――あ」
「あ?」
「いえ、そういえば、一人足りないなぁとですね……」
思い出した。
あの四人組。ミワと一緒に出かけたとき役所に入っていった人たちだ。たぶんあのあと冒険者登録をしたのだと思う。
でも、おかしい。
あのとき役所に入っていったのは五人だったはずだ。でも緊急脱出用の魔導具で逃げてきたのは四人。
一人、足りない。
いや、学校では四人で行動しているとか、今日は一人病欠したとかの可能性はある。
しかし、なんだか嫌な予感がしてしまって。
それは、ユリィさんにしても一緒みたいだった。
「――――っ」
いきなり駆け出すユリィさん。私に何の確認もすることなく、だ。
「だから! 危ないですって!」
「ちょっと確認するだけ! 優菜はここで待ってくれていていいから!」
「そんなわけにもいきませんよ!」
仕方ないのでユリィさんの後に続いて、『オブジェクト』がある場所へ。
オブジェクト。
階層と階層の間を移動するために使う転移装置で、まぁ簡単に言うとエレベーターみたいなものだ。
魔物はオブジェクトを使えないので、この階層にいればあの四人が逃げ出した魔物と遭遇することはない。
だというのにユリィさんは迷うことなくオブジェクトに触れ、魔物が出たであろう階層に移動しようとする。
と、オブジェクトに触れる直前、ユリィさんが私を振り返った。
「優菜はここで待機していて欲しい」
「いやいや今さら。今さらですから」
「でも、危険だし……」
「危険と言ったらユリィさんの方が危険ですよ? なにせ私には『自己防御力上昇・B』というスキルがあるんですから。ユリィさんは攻撃一辺倒でしょう?」
「それは、そうだけど……」
「むしろ私を盾にして生き延びるくらいの気概を見せませんと」
「いや、そういうわけにも……。女の子を盾にするなんて……」
「……ユリィさんって、あっさり死にそうですよね」
「そ、そうかな?」
「まぁでもいいでしょう。――友達ですからね。私が守りますよ」
少しふざけた口調で私が宣言すると、ユリィさんは少し頬を赤く染めながら微笑んだ。
「うん、お願いしようかな」