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03  神野声時の相談

「ちわーっす」 



 もう二週間くらいになるだろうか。なんてことはない、何も起きることのないこの同好会に俺は懲りずにせっせと通っていた。モノ好きも良いところである。しかし、他に自分の居場所が校内にあるわけでもなく、友達友人がいるわけでもなく、勉強に励むつもりもなければ、他の部活で汗を流したりする予定もなく、本を読む虫になる程度のことが精々である。他に行くところもない。留年にはなりたくないしな。顔だけでも出しておかないと。



「こんにちは」「千木野君、こんにちはです」「千木野くん」「よお! 千木野」などと挨拶を返された。なんだろうな、これが友達というやつなんだろうかな。あまり友達とか、特に女の子の友達とかいたことがないから、なんとも居た堪れない気持ちになったが、しかし友達だと言い合ったり握手をした記憶は無いので、これは友達というより知り合い。仲間というより運命共同体。できることなら運命を共にしたくない。



「もうすぐ宿泊研修ですね。小樽でしたっけ。楽しみです」



 女子は二人で固まって座り、男子は反対側に固まって座っている。俺も男子のそちら側に座る前に知花さんに宿泊研修の話しを世間話に持ち出された。



「いや、あれは別に遊びに行くんじゃないだろ。自己分析とか、クラス毎の発表会とか、そんなのをやらされるんだ。プライベートな時間まで奪われて、クラスメイトと一緒に過ごすことを強制されて。億劫だよ」



 バカまたはエンドのEクラスの連中がその対象で、その中から宿泊研修のグループとか宿泊部屋が決められる。女子とは別部屋になるだろうし、天地がひっくり返っても知花さんみたいな可愛い子とは現地行動のグループは一緒になれないだろう。憂鬱だ。何が楽しくてガキみたいな男共と一緒に寝食を共にせねばならんのだ。



「そうですか? 千木野さんも風川さんと私と一緒に自由見学とか回らないかって、話をしていたんですけど。自由行動の時なら、クラス関係無いので。きっと楽しいことはあると思いますよ?」



 なん……だと……? 



 俺は思考も身体も硬直した。予想外すぎる。俺が女子と自由時間に自由行動をするだと。自由というのはつまり自由であるが故にその自由であるというあの自由なのか? ……よくわからなくなってきた。しかし、百歩譲って知花さんは同じクラスだから万が一の成り行きで共に行動をすることになっても一応理由になるが、風川も一緒に? あの風川雨乃がそんなこと、許したりするのだろうか。最高クラスのAクラスに所属し、人間関係も、勉強も、完璧で、その上最高のスタイルを持ち、美しく、他を寄せ付けず、まさに高嶺の花の上の崖の上の天に咲く絢爛豪華な花という表現がふさわしい、その表現が現実にあるのだとすれば校内では彼女以外にいないだろうその風川が、俺と自由行動? 思い込みと偏見が激しい俺ではあるが、しかし同時に常識的思考も忘れずに持ち合わせているのも忘れてはならない。その常識的思考からすれば、やはりどう考えても不運にも同じ部活に、所属してしまったとはいえ、そんな行動をするとは思えない。冴えないエンドクラスの最底辺のような男だ。楽しいはずの自由行動が楽しくなくなってしまうだろ。普通に考えて。



 知花さんも、知花さんである。



 巷の噂を聞いたところではかなりの数の男がまあ、知花さんに好意を向けているらしい。入学して数日でその胸と優しさと女の子の香りに騙されて「お願いします」と言ったに違い無い。


 特にEクラスのバカの殆どは知花さんの優しさと胸しか見ていない。つまり風川と合わせても校内一位を争う美貌と美少女っぷりと振る舞いとがそう噂させるのだろう。しかしそう考えると、この部活はとても可愛らしい恵まれた部活なんじゃないかと、そう素直に思えてしまう。人手が足りないなら、その二人の可愛さとキューティーさと、みんなの憧れを振りまいてバカな男どもを集めて悩み相談員に仕立て上げればそれで十分。あっという間に大所帯部活に成り上がるだろうよ。まあ、そうやって夢見て、上見て、憧れているバカ男共なんて本当にバカしかいないから、最初から相手にする価値なんて微塵もないのは確かなんだけどね。



「まあ、二人がいいなら別にいいけど……考えとくよ。一応、男子二人は?」


「僕は、Cクラスで班を作ったから、そっちで行くかな」


「あ、はーい、はーい! 僕は空いてます! 空いてます、空いてる脇の下をそのままロックして技を決めないでイタタタタタタ!!」



 まあ、この痛めつけているバカは放っといても行く当てがなくてメソメソついてくるだろうよ。可哀想な奴め。同情なんてしないし、情も掛けてやらないし、面倒もみてやらないけどな。



 コンコン、コン。



 またノックが鳴った。それに反応して、知花さんが大きな声で「はーい、どうぞー」と言った。



 教室に入ってきたのは、背の高い男だった。投手で言うなら佐々木朗希のように背がすらっと高くみえる。そしてイケメン。めちゃくちゃかっこよく、男からみてもそう見える。ハーフとまでは言わないけど、日本人離れしたすっとした顔を持っている。そしてこの男もどこかで見たことがあったような、そんな気がする男だった。



「ええと、桜崎先生に聞いてきたんだけど、『生徒お悩み相談同好会』ってここで合ってるのかな?」


「ええ、その通りよ。神野(かみの)くんね。どうぞ、お掛けになって。部長の風川です」


「知花です」


「千木野」


「羽場でーす!」


「化神です。ええと、同じ野球部だよね。僕のことわかるかな?」


「ああ、もちろん。同じ一年生だろ。確か、Cクラスだっけ?」


「そ、そうだよ。よかった。僕なんてほとんど活躍してないから、わからないかと思っちゃった」


「野球をしているのか。クラスは?」


「Eクラス。勉強はあまり得意じゃなくてね、だからEクラスなんだ。部活は好きで、野球部のピッチャーで、これでも一応一年生のエースとして投げている。野球がしたくてこの学校に入ったようなものだよ」



 そうか、俺と同じクラスだったのか……どうりで見たことある顔と体型だと思ったわ。高身長で野球部のエースにして、おまけにイケメン。そんなやつに悩みなんてあるのだろうか。



「野球のために……へぇ。うちって強豪校だったのか」


「まあまあだよ」


「ふーん、そうかよ」


「それで、お悩みは何かしら、神野君」



 風川が話を進めようと、切り出した。そういう強引なところ嫌いじゃないぜ。



「ええと、その、だな……ええと……」


「なんだ、言いにくいことなのか。まあ、美少女、美少女、俺を飛ばして、美少女美少年、それとおまけにバカだからな。言いにくいのも仕方ないだろうけど、一応そういう部活なんだ。親身になって話を聞くぐらいのことは、最低でもするから安心して話すといいぜ」


「僕は女の子じゃなくて、男の子なんだけど……」


「俺はバカなのか……」



 なんだ、羽場。気づいていなかったのか。それは気がつくことができて良かったな。



「まあ、そうだよな……その、相談というのは別に大したことじゃないんだけど、じつはその、告白をされて。女の子に。俺の意思としては、申し訳ないけど断りたい。野球に集中したいんだ。まだ一年だし。そんなことにうつつを抜かしていてはダメなんじゃないかと、素直に思うから」


「恋愛か……よくある話だな」



 生徒の悩みのベストスリーに入るだろう定番中定番の悩み。そんなのは誰でもあるし、そんなことは誰にだってあるし、誰でも同じように悩んでいるかもしれない。俺は恋愛なんて縁がなさそうだけどな。エンもユカリも無さそうである。



「ちなみに、誰に告白されたんだよ。言いたくなかったら、構わないけど」


「Aクラスの宿木(しゅくのき)というやつだ。同じ野球部で、彼女はマネージャーをしている。まだ日も浅いし、特に何かした覚えはないんだけどな」



 やれやれ、イケメンは大概決まってそう言うんだよ。少しでも女の子に優しくしてみろ。それで一撃だよ。チャンス一撃。そんなのは、もう恋の道まっしぐら、一直線になってしまう。イケメンがイケメンたるゆえの罪というか、原罪というか、まあ、他人に相談するほどの面倒に悩まされるようなので、まったく羨ましくはないが、しかし、俺はここの部活動を命じられているためここに持ち込まれた以上、その面倒に向き合わなければいけない。解決はしなくても、今後の方針ぐらいは導いてやらなければいけない。風川や知花さんに任せてもいいが、ここの部員となった以上は任せっきりというのも良くないと思う良心は残っている。あとの男二人は戦力になるのかわからないので、それは発言次第、発言待ちだが。



 よって、恋愛相談を持ちかけるイケメンには早々にご退場願いたい俺としては手短に整理して答えを突きつけて帰って貰うのが一番。口を開く。



「神野、お前は宿木から告白されたが今は一年生で部活に入ったばかりだし、野球に集中したいってことだな。しかし相手は野球部のマネージャーだ。人間関係を最初から壊すようなことをしては、部内での立ち位置や人間関係がおかしくなりかねない。いや、もう告白という事実が起きてしまっている以上、歪み始めているのかもしれないが、そこはまだ大目に見たとして、問題はこれからどうするのか。これは些細な事のように思えて、他人にはどうでもいいように思えるが、しかし自分で答えを出して決めることは後悔しか残らないことは明白だからこそ、だからこそ誰かに相談したい。一人で抱え込んでいたらおかしくなるだからここに相談に来た……とまあ、大方こんなところだろう。従うかどうかは別として、俺なら結論を出せる。女性陣は何か意見ある?」


「え、千木野くん、もう解決できるんですか? すごいです! さすが、千木野くん」


「千木野くんの意見を聞いてからにするわ。自信ありそうだし」



 二人も頷く。なら……仕方ないな。



「告白を断れ、神野。直接、本人に伝えて断れ。できることならそこに第三者が見ているとなお、いい」


「えっ、それは……」


「そうだ、壊してしまえ。そんな人間関係。最初から無かったことにしてしまえばいい。楽でいいぞ。ひとりは。陰口を言われたら徹底的に全てに聞き耳を立てて、潰すか、氷の心で無視を決めつけるんだ。それから男友達をひとりでもいいから作れ。野球の下手なやつがいい。あまりうまくないやつと仲良くすると、上手いやつとだけ贔屓にしていると見られることがなくなるし、情報も幅広く入ってくるから部内の人間関係を把握するのに役立つだろう。神野、お前が怖いのは人間なんだよ。同じ部活にいる人間。そいつ等が自分のことをどう思っているのか、それを考えるのが怖いんだ。マネージャーちゃんとの恋愛関係でも、その後の気まずさでもない。誰かとの人間関係ではなく、誰かにどのように思われるかを気にしているだけ。それなら断って、自分の意思を示したら良い。他人の考えに支配されず、自分の足で立って。エース投手なんだろ」


 少し沈黙があった。無論、この程度の沈黙や他人からの評価を気にしていたらこのような発言はできない。できるような人間でも、思考でもない。


「千木野くん、だっけか。君も他人が怖いと思うのか


「ああ、もちろん。超怖いね。誰に何と思われているかなんて、ものすごく気になるし、少しでも悪口言われたら死にたくなるし、気取ってるように思われたら恥ずかしくなるし、だからこそ一人であることを高校生になってからは貫いてるんだよ。伊達にぼっちやってない。俺は全ての噂に耳を立てて収集している。俺に関係あっても、無くても。裏も表も、どこからでも。味方なんてこの世にはいない。人間なんて馴れ合うだけ無駄、全員が敵。利用してなんぼ。自分を保つために、自分を大事にしてやらないといけないのに、誰彼他人のことなんて構っていられない。自分自身だけで精一杯。それこそ他人の悩み相談なんて不本意極まりないが、俺はここの部活を強制させられている。別の部活を探してもいいだろうが、新入生勧誘期間は終わっている。歓迎されるとは考えにくい」


「そうか……君は、そういう。そういう考え方なんだね」


「そうだ。曲げるつもりはない。訂正の余地もない」


「私からいいかしら」



 風川が手を挙げて、発言した。俺は覚悟をした。



「千木野くんの考え方の場合、相手の女の子……宿木さんのことは考えていないように思えるのだけど」


「もちろん、対策は講じるつもりさ。条件付きでね」


「条件?」



 俺は満面の笑みで、ひとりの美少女美少年の肩を両手で取り、さっと差し出した。




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