「その後はどうだ、化神」

　神野問題から二日。その日も化神とキャッチボール。話題はイケメン高身長、野球部の次期エース神野の話。

「うん、おかげでよく一緒にキャッチボールをするようになったよ。僕も少しだけど野球部に居場所ができつつある。なんだかんだ神野くんは宿木さんともうまくやっているみたいで。もちろん交際は野球を理由にはっきり断ったけど。でも、他の女の子に対しても今は・・考えられないということをアピールできてよかったって言っているよ。野球部の人間関係も大きく荒れたり、おかしくなったりしていないから、大丈夫かな。全部、千木野君のおかげだよ。本当に、ありがとうね」

　俺はその言葉を化神聴いた直後、受け取ったはずのボールをぽとりと落とした。いま、「ありがとう」と言われたか。俺は今「ありがとう」と言われた、言われたのか。美少女美少年に。美少年でもあり、美少女でもある彼でも彼女でもある彼（仮）に、ありがとうと言われたのだな。いや、生きていてよかった。生きていてよかった。このまま、彼のルートに入って終わって欲しいと思えるくらいには、嬉しかったかもしれない。やっぱり可愛いって正義だよな。可愛いこそが正しい。いけ好かないイケメンエースピッチャーの悩み相談受けたのは、お近づきになっておこうかなと思って部活のメンバーにした彼に好かれるための手段。布石。大正解。俺はこの結末を手にすることを読んでいたのだな、ふはは。たぶん。

　ちなみに、言う必要ないけど宿木へのアフターフォローは完璧だった。神野へ授けた伝言は上手く行ったようで。

「神野。宿木には『今はマネージャーとして自分支えてほしい。恋愛だけが人生の楽しみじゃないはずだから、他のことも楽しみながら、やれることをやりながら一緒に頑張っていこう』みたいなことを言え」

　当然、これは作られた言葉で神野の気持ちでも考えでもましてや俺の意見でもない。虚言きょげんである。嘘八百。空ごと。意味をまったく持たない戯言ざれごと。しかし、だからこそこれを本人の口、神野自身から言わせること、本人の意思であるかのように周りに宣言することが効果的なのだ。しかし、虚言である以上、百上手くいくとは思っていなかったが、聞いたところでは、百上手くいったみたいだな…………。

　化神はあまり野球が上手ではなく、神野はとても野球がうまい。だから、俺は二人を仲良くするように仕向け組ませることにした。化神に野球部の居場所とやりがいを与えてやることに成功するし、神野の部活内の人間関係づくりにも成功する。実力だけの孤独なエースより、みんなが信頼、頼りにしている我らがエース、の方が野球部としても都合が良いだろ。恋愛脳マネージャーを牽制し、野球部の野球への打ち込みを強化する。部内恋愛はしづらくなる。神野の思い通り。文字通り、すべてがうまくいくのだ。野手化神と投手神野。野手投手の違いあれども、互いのポジションから学ぶことは多いはずだ。野球という一つの競技を通して己を高められるならそれに越したことはない。化神と、野球……化神と汗を流しながら青春過ごす……俺はやはり入る部活を間違えたかもしれない。今からでも、野球部にーー。

「残念だけど、野球部は定員で、もう募集していないんだ。大型転校生でもない限りは今年は無理かな」

　俺はへこんだ。化神と汗と涙を流しながらの青春。過ごしたかったな……。

「こっちの、生徒お悩み相談の方にも顔を出すようにするよ。まだまだ一軍じゃないから、練習機会も常にもらえるわけじゃないからね」

「そうか、それなら、俺もこの部活頑張るよ」

　女子二人が何か言いたげにこちらを見ている。なんだよ、別にいいだろ、美少女美少年との部活を楽しみにしても。それと、俺は君たちとは何か約束した覚えは無いんだぞ。本当に。何かあるから、俺がいるからこの部活に入ったとか言っていたのは、それは忘れてないけども。

　軽く投げ、ボールが化神のところに帰ったところで、キャッチボールは一時中断。休憩。自分の椅子に座り、水を飲む。その機を狙っていたのか、意図せず何となくなのかは分からないが知花さんに声を掛けられた。

「そういえばですけど、小樽の話、千木野くんオーケーしてくれましたか？」

　小樽？　ああ、今週末の宿泊研修。そんなのもあったな。そのことは忘れてないけど、返事は忘れていたかもしれない。

「まあ、別にいいよ。一緒に行っていただけるなら、その、こちらこそお願いします」

　他に行く予定の人がいないかったから、このままだとひとりぶらり小樽散歩になるところだったのだが、まあ、せっかくだ。可愛い女の子が誘ってくれているのだ。その手を払うのは惜しいと思うのは、普通ではないだろうか。

　知花さんはどこか嬉しそうだった。風川も物好きなことに多分一緒に来るんだろうけれども。本当、何が楽しいんだか。

　今日は依頼人が来ない日であった。この一ヶ月弱もそんな日ばかりだったのだろう。俺の次に来た羽場が初めての依頼人だ、みたいなことを言っていたからな。その間、風川と知花さんのふたりきりで、この部活にいて何を話していたのだろうか。仲は良いのだろうか。なぜ俺を待ち続けたのだろうか。

「あの、連絡先を交換しませんか？」

「連絡先？　あ、連絡先。は、はい」

　俺の返事は一回り遅れた。それは考えてもみなかったことだったからだ。女子の連絡先がこの端末に登録される……そんな事が起きていいのか？　まるで青春のようじゃないか。おいおい、正気かよ。

　交換した。風川も手を挙げたので風川とも交換した。その流れで化神とも、もうそれはすぐにでもまっさきに女子二人よりも先に化神と交換した。それからふと思い出し、ついでに何かあると困るかもと思われたのでバカとも交換した。

　一年生始まって一番目の行事、宿泊研修は今週末。気がついた時には、それはもう目の前に来ていた。