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05 小樽

 宿泊研修は一泊二日で行われる。一日目は早朝駅前に集合し、そのまま電車で移動して研修場所となる小樽市内へ。昼休憩までの午前中は自由行動。事前に話していた通り、バカと知花さんと俺の三人グループ。風川は不在。バカは興奮してひとり先行し、写真を撮りまくっていたので、実質俺は知花さんと二人で並んで歩くことに。


「風川はクラスAの連中に引き止められたから、合流が遅くなるって、さっき連絡が来たな」


「そうですね」


「なんだ、寂しくないのか。お前ら仲良さそうだったじゃん」


「私ですか? 大丈夫ですよ」


「風川と仲が良いんじゃないのか」


「ええ、仲良しさんですよ」


「そうか。俺と二人は平気か?やっぱりクラスの気の良さそうな人間集めて行動したほうが楽しかったか?」


「そんなに風川さんのことが気になるんですか?千木野くんは、私のことは気になならないですか?」


「え、それは、そんなことはないけど。ふたりきりだし。多少は」


「それは本当ですか? どんなところが気になりますか?質問手もいいですよ!」



 そんな、急に聞かれても。ええと。ええと。



「ええと、誕生日は」


「六月十七日です」


「血液型は」


「O型です」


「好きなゲームは」


「ファイナルファンタジーナインです」


「しゅ、趣味は」


「うーん、特にはないですけど、編み物ですかね。黙々と続けているのが、ハマったりしちゃって」


「へぇ、そうですか」



 俺の質問攻撃は終わってしまった。ネタ切れである。まだ他にも適当なものなら考えられそうな気がしたが、しかし、その適当な質問は無駄である。それがわからない俺ではない。



「じゃあ、俺が来ることを部活で待っていたって理由。俺が部活に入るからあの同好会に入ったって言った、その理由は何ですか」



 俺は歩みを止めて真剣な顔して聞いた。



 知花さんはくすっと笑って、俺の一歩先に音符が鳴るように一歩踏み出してからわざとらしく振り返って答えた。



「千木野くんはわかりませんか? 心当たり、ありませんか?」


「いや、それがわからないから、質問しているんですけど」


「それは、些細なことですよ。でも、私にとっては大切なことだったんです」


「些細なこと……?」


「それはまた、きっと話すことになると思います」



 そして彼女は俺の後ろを指さす。今度は俺が振り返る。そこには風川がいた。小さく手を振りながら小走り。なんだ、こっち来たのか。



「ごめんなさい、遅れてしまって」


「こっち来たんだな。クラスAのお友達はもういいのか?」


「ええ、あの人たちの私を引き留める言い分は大した話じゃなかったから」



 そうか。



 知花さんと三人になった。バカも写真をあらかた撮って満足したのか、戻ってきたが……その途中でずっこけた。バカだなぁ、まったく。



 一行は、ガラス屋へと向かうことに。ここ小樽は洋菓子と硝子工芸品がとても有名なのだ。訪れたのは木製の建物で雰囲気がすごくあり、二階まで展示されるまるで美術館のように飾られて販売されていた。本当に品物なのか疑うレベルで美しかった。ガラスのグラスとか、ガラスのタンブラーとか、ガラスの器とか。小樽には何度も来たことがあったが、ずっと欲しいなと思っていた物が一つあった。ガラスペン。あれほど美しいと思ったものはなかったが、しかし芸術品であるが故に少し高価。一学生が簡単に手を出せる代物ではない。しかし、それは本当に同じ人間が作ったのかと疑うレベルで、美しく、虜になる作品。この自由時間、自分の予算内であれば買い物が許されている。親に頼んで貰った少し多目のお小遣いでガラスペンを買うことに。カラーや造形をどれにしようか選んでいると、その様子を風川が覗き込んできた。


「ガラスペンなんて、おしゃれなもの買うのね、千木野くん」


「まあ、いいだろ。せっかくだし。風川も何か買ったら?」


「私はグラスを買ったわ。お母さんと、私のペア」


「そうかよ」



 お父さんには買わないのか。



「千木野くん、ペンでなにか書くんですか?」


「いや、眺めるだけだ。なんか持ってるだけでいいだろ。めちゃくちゃ繊細で、美しいじゃないか、これ。芸術品だよ。だから持っているだけで日々のクオリティがあがるんだ。そうに違いない」



 幸せの四葉のクローバーじゃないけど、見つけただけで、持っているだけで幸運になれる気がするだなんて言うまやかしみたいなことを信じているわけじゃないし、信じることはないし、そんなことのために買うんじゃないが、表向きの理由としてはそれで良いだろう。パワーストーンを買う人間の思考と同じ、ということにしておけば理解されることはないが、納得はする。俺はただ、ガラスペンの素晴らしさを知り、手に取り、その製作者の方に敬意を込めてお金をお支払いする。それをやりたいだけなのだ。魅了されているが故に、できることはただそれだけなのだ。



「すいません、この青いやつをお願いします」



 俺はレジに運ばれ、包装される芸術品にわくわくさせながら、支払いをして受け取った。ものすごい高揚である。


「良かったわね」


「良かったですね」


「ああ」



 俺は大切に、壊れないように包装されているそれをカバンにしまった。



「もう自由行動終わるな」



 俺たちはガラス販売店を後にし、学校が指定した集合場所へと向かった。


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